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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第二章 対馬富国編

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44話 対馬争乱(下)

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。


頑張って更新頻度を上げていきます。

天文二十五年(一五五六年)十一月。


包囲陣の中央、本陣に座る佐伯利興(さえき としおき)は急峻な山の上にそびえる城郭を見上げていた。

かつてなら、隣には佐須盛円(さす もりのぶ)が控えていただろう。


(盛円……。俺は豊かな対馬を、民の笑顔を必ず実現してみせる)


利興は城を見上げた。冬の入り口の、抜けるような青空。

その下に、この対馬の旧権力に縛られた一人の男の「時代」が閉じ込められている。


「……十五日目か」


近くに控える近習が告げる。

「はっ。城内の備蓄は、今朝方で完全に尽きたはずです」


利興は何も言わずに、再び清水山城に目を移した。

かつては「民を豊かにするため」に行った施策から生まれた富が、今は「主君を追い詰めるため」に利用されている。


どれだけ大義を自らに言い聞かせても...

客観的に見た時のその事実に不快感を拭い去ることの出来ない自分がいた。


————————————————————


城の北側から対馬海峡が見える。義調(よししげ)はその景色を毎朝眺めている。

壱岐が見える。晴れた日には遠く肥前の影も見える。

城の南側には、利興の旗が立っていた。包囲が固まるたびに、義調は北に目を移す。


この五日間、利興が仕掛けたのは、義調の知る「戦」ではなかった。

武士が名乗りを上げ、矢を交わし合う情緒などそこには微塵もない。

利興の軍勢は、喚声を上げて突撃することさえなかった。

代わりに、等間隔に並んだ足軽たちが、一斉に火縄銃を構える。


「放て!」


轟音と共に、鉛の玉が清水山城の板塀を粉砕する。

木片が飛び散り、防備に当たっていた宗家の兵たちが次々と倒れていく。

利興の戦いは、残酷なまでに「作業」だった。


城内からの弓矢は届かず、逆に利興の火縄銃は遠距離から城内を正確に狙い撃つ。

宗家の古い武士たちは、「名もなき足軽に撃ち殺されるのか」と憤り、突撃を繰り返したが

それは利興が配置した陣立の柵と、十字砲火の前に、ただの肉の塊となって積み上がるだけだった。


「義調様、お下がりください!」

調信(しげのぶ)が叫ぶが、義調は動かなかった。

壊されていくのは、自分の城だけではない。

自分が守ってきた「宗家」という古い権威そのものが、利興の持ち込んだ新しい理によって、物理的に粉砕されていく光景。


(……利興。お前の言う『豊かさ』には、この古き壁は邪魔なのか)

義調は、粉塵の中に利興の「正しさ」を見た。

石垣が崩れる音の一つ一つが、宗氏支配の終わりを告げる弔鐘のように聞こえた。


その夜、利興からの使者が訪れた。

「利興様は、ご当主の対馬退去を申し出ておいでです。

 肥前に隠居所を用意します。今後の勢力拡大次第では、年間の隠居料の加増も考慮いたします」


「断る」

義調の返答は短かった。


————————————————————


城内を歩く義調の足取りは、目に見えて頼りなくなっていた。

清水山城は山の中腹にある。城壁の外は崖であり、容易に攻め上がることは出来ない。


利興は六日目から、さらに執拗な攻勢に出る。

城の生命線である「水手(みずのて)」の完全な遮断である。


利興は、対馬の開墾の際に培った測量技術を使い、城へ続く水源を特定。

そこへ一兵も近づかせぬよう、徹底的に火縄を配置した。

同時に、城を包囲する堀に大量の土を投げ入れ、埋め立てていく。


「……あれは、戦ではない。大規模な普請だ」

義調の側近が絶望と共に呟いた。だが義調は知っていた。


邪魔な岩を退け、水路を通し、不毛な土地を黄金の穂に変えてきた、

あの執念深い「普請」の延長線上に、今の攻城戦がある。


利興にとって、この城を落とすことは、灌漑用の堤を作るのと同義なのだ。

感情を排し、ただ目的のために最適な手段を積み上げてくる。


十日目になると、城内には喉を焼くような渇きと、胃を削るような餓えが蔓延した。

兵たちは利興の陣から漂う兵糧の匂いに鼻をひくつかせ、その圧倒的な「物資の差」に心を折られていった。


(俺は……お前のその仕事に、何度救われただろうか)


義調の脳裏に、二十万石へと駆け上がる対馬の活気が浮かんだ。

飢えに震えていた民が、利興の施策一つで笑い合うようになった。

その奇跡を、義調は誰よりも側で見て、誰よりも誇らしく思っていた。

利興の目指す未来は、義調にとっても「夢」だったのだ。


二度目の使者が訪れる。

「清水山城退去後の行き先は、ご指定いたしません。

 柳川調信(やながわ しげのぶ)殿の同行も、利興様が保証いたします」


利興は条件を増やしてくる。

相手の拒絶を分析し、一歩ずつ逃げ道を狭めていく。

「断る」


その夜、調信が居室を訪れ、隣に腰を下ろす。

「義調様、お心残りはございますか」


「特にない。……ただ、調信。お前が傍にいてよかった。お前がいなければ、私はもっと孤独だっただろう」

「……」


「利興の道は正しい。私も、あいつの作る未来を見たかったと心より思う。

 ……だがな、調信。私は宗家の当主だ。この島の国主なのだ。

 物分かりのいい当主を演じることも出来るだろう。

 しかし、いずれは今のように衝突する時が避けられていなかったような気がする」


義調は海の方を見た。

利興は今後、前例のない施策を編み出し続けるだろう。

そこには、古い権力機構の中にある宗家の当主が、存在する余地があるかどうかも計り知れない。


だが、主君として膝を屈し、あいつの「情け」で生き永らえることを

義調の中に残った最後の尊厳が許さなかった。


「利興は、私を殺したくないのだな。……優しい男だ。

 だが、その優しさが、あいつの作る完璧な図面に墨をこぼすことになる。

 ……私は利興と相入れぬ以上、ここで終わらねばならん」


————————————————————


十一日目から、利興の攻撃は一変した。

「降伏の意思なし」と見た彼は、一切の温情を捨てたのだろう。

昼夜を問わず鳴り響く銃声。夜陰に乗じて仕掛けられる、火薬を用いた城壁の爆破。


爆音と共に、堅固なはずの石垣が紙細工のように宙を舞う。

城内の兵たちは、眠ることも許されず、ただ「破壊」に晒され続けた。


十五日目の朝。

利興は最後の手札を切る。

城門の前には、彼が交易によって手に入れ厳原にて管理し改良を重ねた「大筒」が据え付けられた。


一発の試射が行われ、本丸の屋根が粉々に砕け散った。

もはや、城という概念すら、利興の計算の前には無力だった。


最後の使者が立った。

「これが最後の要請である。今日正午までに開城なされよ。さもなくば、総攻めを開始します。

 ……これ以上の出血は、対馬の未来を損なうだけです」


「未来、か」

義調は微かに笑った。


「……断る、と伝えろ。だが城門は開ける。私以外の者は、すべて降そう」


義調は使者を返し、広間に集めた自兵たちに語りかける。

「武器を置いて降つことを命じる。利興は命を取らない。私が保証しよう」


まず近習たちが顔を見合わせる。

「義調様が降りないなら、我らも降りません」


「……私に殉ずることが、私への忠義か?

 違う。生きることが忠義である。この島に残り、利興と共に、あの男の描くこの島の民の笑顔を創る。

 ……行け。これは、当主としての命令だ」


調信が立ち上がる。

「皆、義調様の命に従え。行け!」


主だった者たちが兵をまとめ、城を降りていった。


彼らの背中に向かって、義調は心の中で呟いた。

(其方たちは、利興の新しい世界で生きろ。……私の分まで、豊かになった対馬を見届けよ)


城内には、義調と調信の二人だけになった。


「調信、お前も降れ。最後の命令だ」

「……一つだけ、お聞かせください。義調様は、後悔されておられますでしょうか」


「していない。……お前は」

「私は後悔しています。こうなる前に、お心を図るやりようがあったのではないかと」

「私は最後は自分で決めた。利興の邪魔をせず、宗家の誇りを守って死ぬ。……それでいい」


調信は深く頭を下げ、城を出た。


————————————————————


一人になった。

義調は城の北側へ歩いた。対馬海峡が見えた。

冬の風が吹いている。海が光っていた。


この海を見ながら育った。

形だけの当主だったかもしれない。しかし——民がこの島を誇れるようにしたい。

望みは本物だった。利興が、それを叶えてくれるだろう。


(利興に……全て預けて良いのだな)

義調の心から、葛藤が消えた。


利興への共感。当主としての意地。

その二つは、ようやく一つに溶け合った。


利興という男に出会わなければ、自分は歴代の当主と同じように

この島を豊かにするために苦心して生涯を終えるだけの一国の当主であっただろう。

利興がいたから、自分はこの島が豊かになる夢を見ることができた。

利興に殺されるのではない。利興の道を完成させるために、俺は死ぬのだ。


「この島に生まれて、よかった」

最後に、それだけを思った。

義調は静かに座り、刀を抜いた。


————————————————————


利興は、城門から出てくる調信の姿を確認した。

「……義調様は」


調信は、利興を見なかった。絞り出すような声で言った。

「……『民がこの島を誇れるようにしたいという望みを、其方が叶えてくれ』。そう、言伝を預かりました」


「……それだけか」

「私には利興殿の元で働くようにと。『これからは当主が望むことよりも、正しいことを選べ』と」

利興は絶句した。


最期まで、主君は「正しさ」を自分に突きつけてきたのだ。

利興が持ち込んだ新たな価値観を、完成させるために、義調は自らを「余剰」として切り捨てた。

それは、利興が教えた合理主義への、義調なりの最大限の「共感」であり、「皮肉」だった。


「調信殿、其方は……なぜこちらに降った。あの方を見捨てられたか」


調信は、ようやく利興を見た。その瞳は、涙で濡れながらも、冷徹な光を宿していた。


「見捨てたのではありません。託されたのです。

 ……利興殿の実現する未来を、形にする者が必要であると」


利興は、無言で山を仰いだ。

(……義調様。俺の正しさが、あなたを殺した。……いや、あなたが俺の正しさを完成させたのか)


利興は、崩れ落ちるようにその場に膝を突いた。


「……全軍、撤収する。

 城内を確認する必要はない。……此度の戦はこれにて終わりである」


利興は馬を返し、厳原の街へと続く道を歩き出した。

視界が、少しだけ滲んだ。


————————————————————


利興は、懐からボロボロになった書付を取り出した。

これからの対馬。新たな体制。貿易の拡大。

考えることは山ほどあるだろう。

それが、主君を殺してまでこの島を背負った、自分に課せられた「義務」である。


「……行こう」


背後の清水山城には、もう利興は振り返らなかった。

北の海に沈む夕日が、一人取り残された利興の背中を、赤く染めていた。

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