43話 対馬争乱(上)
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
天文二十五年(一五五六年)十一月。
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義調が挙兵に着手したのは、十月の終わりからであった。
まず動いたのは柳川調信だ。
上県の国人衆三家への使者。
守護大名としてのきたる争乱における恩賞の約束。対馬の北部を固める根回し。
それと並行し、義調は自ら下県の国人衆に書状を出した。
守護大名としての内密かつ正式な呼びかけである。
返答が届き始めたのは、十日ほど経ってからだ。
応じる者も一定数いたが、多くは返答がなかった。
十一月の初め、義調のもとに集まった兵の報告が届いた。
国府の近習——五◯。
上県国人衆——四◯◯。
下県の国人衆——二◯◯。
国府の親衛隊——一五◯。
「……一◯◯◯にも届かぬか」
「はっ」
「豊かになりつつある対馬で、代々守護である宗家が、千の兵も集められんとはな...」
「島の兵力のおよそ半数は、上県の国人衆によるもの。しかし津奈様の影響下にある国人衆が、動きません」
「もう半数は」
「利興殿の名の下に集まっています」
利興は壱岐を領有し、現地には弟の利繁、肥前に今や腹心である山本康範を置き、各地の国人衆と直接の誼を結んだ。
その積み重ねが、今の兵力差になっている。
「私は守護大名として、この島を治めてきた。しかし利興に従う者の方が多い」
「はい」
「それが——この島の現実か」
調信は答えなかった。
義調は立ち上がり、静かに呟いた。
「動くぞ。」
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同じ頃、佐須盛円の家の下男が利興の屋敷を尋ねた。
「今しがた、武装した男たちが屋敷に押し入りました。旗印は宗家。」
「危急の知らせか!盛円は...」
「生死は不明。某には急使として佐伯様へお伝えするようにと」
聞き終えると同時に、手もとの紙に筆を走らせる。
事前に最悪の事態を想定して、声をかけておいた国人衆たちへ宛てたものである。
書き終えて封じる。
従者を呼んだ。
「馬を引け!津奈の屋敷へ急ぐ!」
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既に夜更けではあったが、津奈の屋敷へ赴いた。
「盛円の件は聞いた」
「はっ」
「兄が死してからは、誠実にこの対馬のために尽くした男であったな」
利興は頷いた。
危急の時である。多くは語らない。
「兵の準備は以前から進めておる。
上県の国人衆は儂の呼びかけに応じる目算だ。一五◯◯は集まるだろう」
「義調様の兵は」
「多くても一◯◯◯と見ている。金石城と清水山城に籠もられれば、長期戦になるだろうな」
「籠もらせる前に勝負を決するには、野戦に持ち込む必要がありますか」
「そうだ。儂と利興殿は、上県で旗を上げる。
鰐浦にて国人衆を結集しよう。一路、南へ進軍するのだ。
義調様は戦の経験がない、厳原に兵を引き入れることを嫌がるはずだ。
必然、遅くとも船越での決戦になる」
「途中で義調側の国人衆とぶつかる恐れもありますが...」
「それはその都度片付ける。抵抗する気を失くすほど徹底的にな。
しかし利興殿、義調”様”を忘れておるぞ。ようやく心を決めたか」
危急の中でも、津奈はニヤリと笑った。
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天文二十五年(一五五六年)十一月十日。
対馬の最北端、鰐浦に旗が立つ。
津奈調親の旗と、佐伯家の旗。
一五◯◯の兵が、鰐浦の浜に集結した。
玄界灘から吹き込む北風の中、津奈が全軍の前に立った。
「これより南へ下る。目指すは厳原の金石城である。
道中で宗家の旗を掲げる者と戦うことになる。同胞と争うことに抵抗がある者もいるだろう。
しかし——遅れをとることは許さん!この島の将来を憂うのであれば、ひたすら先に進め!」
利興は津奈の傍に立ち、兵たちを見据えた。
壱岐から渡った兵。上県の国人衆の兵。対馬の守護兵。
本土の前線ではある肥前からは、呼び寄せていないものの
間違いなく、利興が積み上げてきたものが、ここに集っている。
盛円は義調が差し向けた兵により、討ち取られていた。
事態を飲み込めないままの、無念の死であっただろう。
この島への想いと、同胞への想い、主君への後悔もある。
諸々の感情を込め、声を張りあげた。
「出陣だ!」
軍が動き始める。
鰐浦の浜を出て、南へ進軍する。
冬の北風が、背中を押した。
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鰐浦から佐護へ。
対馬北部の平地を、一五◯◯の兵が南へ向かって動いた。
ここら一帯は山の多い対馬では貴重かつ僅かな平野であり、佐護川沿いの道は広い。
途中、佐護の国人、小田家が道を塞ぐ。
兵は五◯ほど。
当然ではあるが宗家の旗を掲げている。
谷の出口に横陣を敷いている敵兵に対し、津奈の先鋒二◯◯が展開した。
正面に一◯◯。東の丘に五◯。西の斜面に五◯。
兵数の利を活かし、三方から圧力をかける。
小田家の五◯は容易に崩れなかったが、しかし有効な動きを取ることも出来ない。
兵数の少なさ故か、戦闘は半刻で幕を閉じる。
徐々に圧力を強める佐伯軍に対し、小田家の兵は武器を置いた。
「この島の将来を思えば、降伏は恥ずべきことでは無い。
負傷した兵の手当てをしてから、国府まで追いかけてこい」
利興はそう諭し、南へ進む。
一五◯◯の兵が、山道に吸い込まれていった。
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志多留の手前で、本陣に使者が訪れる。
当然、義調からの使者である。
「義調様より言付けを承っております。
『進軍を止めよ。互いに話し合いの場を設けよう』と」
利興は津奈に視線を送ってから答える。
「義調様にお伝えいただきたい。『話があるならば、国府で伺おう。座してまたれよ』とな」
使者は肩を落として早馬を飛ばしていった。
軍は南へ動き続けた。
志多留を通過したが、集落の人間は家に閉じこもっている。
戦略上、重要拠点ではあるのだが
道には兵がおらず、宗家の旗も掲げられていない。
この様子を見て、利興は津奈に告げる。
「志多留は義調様を見限りましたな」
「見限ったのではない。どちらにもつかない、と決めたのだろう。力なき者としては賢い判断だ」
「義調様はどう思うでしょうか」
「それは義調様が決めることだ」
軍は静かな集落を通過した。
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女連まで兵を進めると、さらに物見より報告が届く。
「義調軍が北に向かって進軍を開始。三根あたりで迎撃の構えとのこと」
「兵力は」
「六◯◯ほどと見ています」
津奈が地形を確認する。
三根は峠を抜けた先の谷あいだ。道が狭くなる。
「利興殿、三根は正面突破ではなく山を巻こうと思う」
「東の山道ですか。しかし時間がかかりますが...」
「正面から押せば損耗が大きい。
三◯◯を囮に正面に当てて、本隊は東の山道を二里迂回する。山を越えて三根の集落の出口に廻る」
「宜しいかと」
利興は地図を広げた。
三根の東、山道を二里。険しいが通れないことはない。
「先に斥候を出します。道を確かめてから本隊を動かしましょう」
「うむ、急がせよう。義調軍に先に動かれると困る」
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三根の戦いは、数日を費やした。
女連から三根へ向かう道は、峠を越える一本道である。
峠の先は谷あいになる。
義調軍の六◯◯が谷に陣を張っていた。
正面は崖に挟まれた幅の狭い道だ。兵力差が活かせない。
津奈は本陣で地形を見た。
「利興殿、東の山を越えられるか」
「険しいですが、二里ほどで裏に出られます」
「本隊を東へ回そう。三根の南側に出ていただきたい。
儂は正面から三◯◯で引きつける。本隊が南に出た合図を見たら、挟撃の構えをとり正面も押す」
利興は本隊一二◯◯が山道に入る。
一里ほど進んだところで道が消え、人が歩いた形跡のない獣道になる。
三根の南側の丘に出たのは、決行より三刻後である。
利興は自軍と宗軍が展開する、谷を見下ろす丘の上から旗を振った。
津奈率いる正面の三◯◯が守りの構えから一転、勢いをつけて峠を下り始める。
義調軍は正面に向き、迎撃の態勢をとる。
その背中めがけて、利興は全軍突撃の采を振る。
挟まれた義調軍の六◯◯は、見る間に瓦解する。
緒戦で宗軍を蹴散らし、勝鬨をあげる自軍に声を張り上げる。
「無駄に追撃を行うな!先を急ぐ!」
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三根を抜けて、仁位へ。
仁位の港には義調側の船が三隻、停泊していた。
利興は港の兵に命じる。
「船を沈めるな。船頭を確保しておけ」
港の制圧は五◯を割いて行い、要所として兵を残しておく。
義調軍はここに兵を置いていなかったのである。
「津奈殿、敵方はなぜ兵を配置しなかったのでしょう」
「兵が足りなかったのでしょうな。
総数一◯◯◯で守るべき要所が対馬には十を超えまする。どこを重要視するかの選択でございましょう」
「義調様は守りやすい三根に集められましたな」
「道理は通っておりますが...——守るべき場所が多すぎます」
利興は仁位の港から対馬海峡を見た。
快晴だった。海は光を反射して輝いている。
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仁位から船越へ軍を進める。
対馬の腰がくびれる場所である。
東の三浦湾と西の浅茅湾が、ほとんど陸続きになっており陸の幅は一里もない。
ここを抜ければ下県。国府のある厳原は目と鼻の先である。
史実でも津奈と山本が起こした謀反の主戦場はこの地である。
「津奈殿、この地は島を二つに断つ要所である。
ここを押さえれば、北の宗家方の国人衆は南へ援軍を出せませぬ」
「正しい見立てかと。
ここには、一隊を残して参りましょう」
津奈は船越の制圧に一隊を残した。
その数一◯◯。
本隊は南へ進み続ける。
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船越を過ぎて小浦へ向かう途中、斥候から報告が入る。
「敵方総大将、宗様が清水山城に入られました。兵は三百ほど」
利興は津奈と顔を見合わせる。
「三◯◯ですか。出発時は一◯◯◯はいたはずですが」
「途中で降伏した者、山へ散った者、逃げた者。それぞれですな。
それだけこちらが優勢なことが島内に知れ渡っているのです」
「清水山城は」
「厳原の北の山城ですな。石垣があり、正面からの力攻めは難しいでしょう」
「しかし山城であれば攻め手がある。水と兵糧はいかがでしょう」
「籠城の備えがあれば持って半年。しかし急いで籠城の手配をしたようで三月が限度かと」
利興は少し考えた。
「義調は、長期戦の心づもりでないでしょう」
「それはどういう目算でしょうか」
「兵力差を知りながら動かれたのです。
島内には既に援軍を頼み得る国人もおらず...長くなれば不利だとわかっておりましょう。
清水山城に入ったのは、討死覚悟か降伏交渉の時間稼ぎかと」
「……そうかもしれませんな。こちらからも使者を出しましょう」
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小浦の戦いは、夕暮れ時だった。
義調軍の残党、三◯◯ほどが小浦の浜に陣を構えていた。
指揮しているのは下県の国人の一人である。
背後は海。東西は崖。正面だけが開いている。
津奈は兵を三手に分ける。
浜の正面に五◯◯。東の崖上に一◯◯。西の山道に一◯◯。
残りは本陣に控える。
「正面が当たったら、崖上と山道から射かけろ。浜に出れば海だ。逃げ場がない」
日が沈みかけたころ、攻撃を開始する。正面の五◯◯が浜へ出る。
三◯◯の義調軍が迎撃の態勢をとる。浜の砂地で、両軍がぶつかった。
崖上から矢を射かける。
三方から押された義調軍が、海の方へじりじりと後退を余儀なくされる。
潮が満ちる時間である。足元まで波が押し寄せる。
「武器を置け!」
鎧を抱えたまま海を背に後退するか、武器を置き降伏するか。
義調軍は言葉を発せず一人、また一人と武器を置いた。
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小浦を制圧した夜、利興は津奈の幕舎を訪ねた。
「明日、厳原へ入ります。軍を二手に分け、五◯◯は国府の制圧に。
残り八◯◯は清水山城の包囲に向かわせましょう」
「義調様はどう出るか」
「籠もるなら、食糧が尽きるまで囲むまで。
使者は数人出しておりますれば。対話を望まれるのであれば、私が義調と話をします」
津奈は頷いた。それだけだった。
津奈の幕舎を辞した利興は夜の海を眺めた。
——俺が守護代として動いてきたこの数年間は、義調にとって何だったのか。
——この島に生きる民を本当に幸せに出来たのか
答えは出なかった。
あるいは明日厳原に入り、義調と対話をすれば見えてくるものがあるのかも知れない。
義調が出てくるまで、待つ。
盛円が討たれた怒りを飲み込んだ利興が、唯一決めていることはそれだけであった。
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