42話 決断
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきたいです。
天文二十五年(一五五六年)十月。
広間での話し合いが行われた夜。
宗義調は、一人で広間に座っていた。
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利興が部屋を出た後、義調はしばらく動かなかった。
近習たちが片付けをして、広間を出る。
調信も席を外した。
一人になった。
燈火が揺れている。
(俺は算段を持ち合わせていない)
自分でそう言った。
広間の、利興の前で。
近習たちの前で口に出した。
恥ずかしいとは思わなかった。
むしろ——ようやく言えた、という清々しい気持ちもある。
当主に就いて——俺は何をしていたのか。
盛円が持参する記録を元に、利興が施策の判断を下す。
それに意を唱えずに頷く。その繰り返しであっただろう。
当主として、俺は一度も何かを決めたことはない。
評定にて眼前に控える家臣たちを前にして、決断をしているふりをして
——実際は、利興が決めたことを承認していただけだ。
それが——今日の広間で、初めて言葉になった。
言葉になったことで、気持ちは少し楽になった。
しかし——それで何かが変わったわけではない。
利興は「承知いたしました」と言って、頭を下げ部屋を辞した。
その「承知」が——何を意味するのかを、義調はずっと考えていた。
利興が承知する、とはどういうことか。
回り道と理解した上で、選択する自分の言葉に
大人しく従う、ということではないはずだ。
(利興は今夜、どこへ行くか)
そこが大きな焦点である。
仮に、現在は利興の側近に近い津奈調親の元を訪ねる
二人が話し合えば——次に何が来るかは、義調にも予想が出来る。
兵を挙げるだろう。
津奈が兵を動かせば、義調には止める手がない。
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先だって、従来は津奈に従っていた
上県の国人衆に恩賞を出したが——三家だけでは足りない。
津奈の影響力は、その比ではない。
津奈は——宗家の一門として二十年以上、この島に影響力を及ぼしてきた人間だ。
その人間が本気で動けば、上県は全て津奈の側につくことを想定しなければならない。
(先手を取らなければ...打つ手がない)
その考えが、義調の頭におりてきた。
おりてきた、というより——頭の隅に押し留めていた疑念が顕在化したと言ってもいい。
利興と話し合えば、何かが変わるかもしれないと思っていた。
しかしその思いも虚しかった
利興は正しいことを言い続けた。
算段がない俺には、正しいことを言い返せなかった。
しかし——正しいことを言われ続けた期間が、今の俺を作ったのだ。
(もう遅いのかもしれない)
そう思う気持ちもある。
しかし——遅いかどうかは、動いてみなければわからない。
利興は「まだ間に合う」とは言わなかった。
しかし「もう終わりだ」とも言わなかった。
ならば——動く余地は、まだある。
「義調様」
調信だった。
部屋の外から声をかけてくる。
「入れ」
調信が入ってきた。
いつもより、表情が硬い。
「本日の利興殿との、お話お疲れでございますしょう
……お休みになられた方がよろしいかとl」
「眠れぬだろう」
調信は義調の前に座った。
しばらく、二人とも無言の時間が流れる。
「調信」
「はっ」
「お前は今日、私に問いかけた」
「……はっ」
「民のために何をしたいか、という内容であったな。
なぜ聞いた」
調信は少し間を置いた。
「……義調様が、黙っておられたからです。利興殿が問いかけて、義調様が答えられずにいた。
その沈黙を、私が埋めてしまうことが——今日は、できませんでした」
「埋めることが、できなかった...か」
「はい。今まで私は、義調様が黙っておられるとき、代わりに言葉を出してきました。
思い描く言葉を、もどかしい想いを発することに努めてまいりました。
しかし今日は——義調様ご自身の言葉を、お聞きしたいと」
「……お前も、利興と同じように、私の本音を求めたのか」
「……違うと思います。利興殿は民のために尋ねられました。
しかし私は——義調様のためにお伺いしたかったのです。義調様が本当は何を望んでいるかを」
「その違いは、お前には大事なことか」
「私には最も大切なことでございます。」
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「お前は二年間、私の傍にいた。その間は私に今日のようなことは尋ねなかったな」
「……はい」
「なぜだ」
「……尋ねれば、義調様を困らせると思っておりました。
義調様が答えに窮することをお尋ねすることは無礼であると」
「……そうか」
「義調様、私は——」
調信が少し言いよどむ。
「……構わん、言え」
「私はこれまで、義調様が喜ぶことを選んでまいりました。
それが正しいことだと思っていた。
しかし今日、広間で——義調様が笑っておられませんでした。
見立てがない、と自ら口にされた時。その顔が、私の知っている義調様ではありませんでした」
「どう違った」
「……覚悟を決められたお顔でした。あのようなお顔は二年間拝見したことがない」
「……私はこれまで覚悟を決めては来れなかったのかな」
「義調様が覚悟を決めていなかったのでがありません。覚悟を決める場所がなかったのだと思います」
「同じことだ」
「……いいえ、違います」
調信が、はっきりと言った。
義調は調信を見た。
「場がなかったのは——私のような人間が、義調様の求めているものを組めず...
見栄えの良いことばかりを優先してきたからです。それは——私の責任です」
「……そう思うか」
「はっ」
「俺を責めていないのか」
「責めていません。ただ——正直に申し上げました」
義調は少し笑った。
「お前が正直になったのも、今日が初めてか」
「今日が初めてでございます」
「そうか」
義調は頷いた。
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「調信、私は今夜、一つ決めようとしている」
調信の顔が変わった。
「……どのような」
「先に動く」
「……」
「利興は今夜、津奈を訪ねるだろう。
二人が話し合えば、次は兵が動く。その前に、私が動く」
調信はしばらく黙っていた。
「……義調様、一つお聞きしてよいですか」
「言え」
「今日の広間で——義調様は、民がこの島を誇れるようにしたいとおっしゃいました。
それは本当のことですな」
「本当のことだ」
「ならば——今夜動くことは、その望みに向かっておますか」
義調は、その問いを聞いた。
向かっているか。
民が島を誇れるようにしたい。
そのために、利興を排除する。
排除した後に——何が残るか。
自分には算段がない、と言葉にした。自覚もある。
算段がないまま動けば、この島はどうなるか。
「……わからない」
義調は正直に言った。
「わからない。しかし——このまま待てば、確実に私は押し込められるだろう。
わからないまま動く方が、まだ可能性がある」
「可能性、とは」
「私が動けば、何かが変わるかもしれない。
利興も、津奈も、私が本気で動くとは思っていないだろう。その隙がある」
調信は少し間を置いた。
「……義調様が動かれれば、人が死にます」
「わかっている」
「利興の兵と、義調様の兵が戦えば——どちらが勝っても、対馬の人間が死ぬ」
「わかっている」
「それでも」
「それでも動く。利興は正しいことをする。しかし宗家の当主として守らねばならんこともある」
長い沈黙が流れる。
「……義調様」
「なんだ」
「私は、義調様の傍にお仕えいたしましょう」
「わかっている」
「どこへ行かれても、傍に」
「……そうか」
義調は、その言葉を受け取った。
おそらく今の自分の語る言葉に、理はないであろう
島を豊かにするという思いと、自らの権利を主張している言葉
宗家の当主としての尊厳と、これから起こす諍いは
自らでも整理できないものだ。
しかし——この男はそれでも傍にいると言う。
この男を見出して、信任してきた。
その選択は、間違っていなかったと思う。
「調信、上県の三家に使いを出せ。明朝、俺のところへ来るように」
「……承知しました」
「それと——対馬の守備についている国人衆の中で、津奈の影響が及ばない家を洗い出せ。なるべく早く」
「はっ」
「あと一つ。利興の動向を注視しろ」
調信は頷いた。
「わかりました」
立ち上がりかけて——立ち止まる。
「義調様」
「なんだ」
「……後悔のないように、なされてください」
「後悔するかどうかは、動いた後でないとわからない」
「はい。しかし——今夜の義調様は、ご自分の言葉で動いておられます。それだけは、確かです」
義調は調信を見た。
「今日の広間で——私は初めて、自分の言葉を語った気がした」
「……はい」
「遅かったかもしれない。しかし——言葉に出来たのだ」
「はい」
「それで十分だ」
調信は頭を下げて、部屋を出た。
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一人になった。
燈火が揺れている。
『民がこの島を誇れるようにしたい』
その言葉は、迷いなく本音である。
しかし——その言葉を実現するための算段が、俺にはない。
利興は王直との取引も、朝鮮との交渉も、壱岐の灌漑も、名護屋の築城も
——全て算段を持って動いてきた。
俺にはそれがない。
(なぜないのか)
それは俺が考えてこなかったからだと思っている。
算段が思いつかなければ、自分で考えるしかない。
誰かに教わることもできるが、それはもう遅いだろう。
一度どちらかが動き出せば、この島は権力闘争の舞台になる 。
動けば——この島の、今の安定を賭けることになるのだ。
(それでも、俺は動く)
当主について何も決断をしてこなかった男が、今夜、初めて自分で選ぶのだ。
その選択が正しいかどうかは——動いた後でないとわからない。
しかし、今夜の義調には、正しいかどうかを考える必要はない。
決断を下したことが、心の枷を解き放ったかのように感じていた。
ただ——動く。
それだけだった。
使いが上県へ走る。
明朝、三家の当主が登城してくるはずだ。
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夜の対馬は、静かだった。
燈火が、また揺れた。
義調は立ち上がった。
窓の外に、対馬の夜の海が見えた。
暗い海だ。
しかし——広い。
この海を、民が誇れる海にしたい。
俺がいなくなっても、そうあってほしい。
(俺がいなくなっても)
その言葉が、自然に頭に浮かんだ。
今夜動けば、どうなるかはわからない。
うまくいかなければ——俺はこの島を去ることになるだろう。
あるいは、命がないのかもしれない。
どちらになっても——この海は残る。
民は残る。民を豊かにしてきた利興も残る。
(利興は、この島を守り続けるだろう)
それは確かだ。
俺がいなくなっても、利興はこの島のために動き続ける。
ならば——俺が今夜動いて、万が一うまくいかなくても、この島は終わらない。
(そう思えば——少し楽だ)
義調は部屋に戻った。
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冬が近かった。
対馬の夜は、長い。
しかし——夜明けは来る。
夜明けが来たとき、義調は動き始めているだろう。
それだけが、今の義調に確かなことだった。
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