41話 肚の内
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきたいです。
天文二十五年(一五五六年)十月。
利興は一人、国府へ向かっていた。
随伴はない。
書付も携えていない。
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前夜、盛円が部屋を訪ねてきた。
「明日、国府へ参上するとお伺いいたしました」
「うむ」
「……明日が最後になるかもしれませんか」
「うむ」
盛円の語りかけに対し、言葉少なに頷くだけであった。
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広間に入ると、義調が座っていた。
隣に調信。
近習が五人、左右に控えている。
思うより冷静であることを自覚した利興は広間を見渡した。
さらに改築が施されているように感じられる。
義調の位置は、少し高い。
「来たか」
「はっ」
義調は利興に目を移す。
その目に、緊張はない。
「此度は何用だ。交易の報告か、以前のような諫言にきたか」
「いずれでもありません。本日は、私の腹のうちの言葉だけをお持ちいたしました」
義調がわずかに眉を上げる。
「……腹のうちの言葉だと」
「はっ」
「何を話しに来た」
「某のこれまでを」
義調は無言である。
利興は言葉を続ける。
「某が晴康様にお引き立てをいただいた時、対馬は八〇〇〇石を得る小国でございました。
それが今や隣国を切り取り、九州本土にも足場をもつ。
島の農耕に尽力し、二〇万石を得ております」
「言われずとも、この島の民なら知っていることであろうが」
「この対馬の拡大は、義調様が当主であったから、実現出来たことであると心得ております」
義調の顔が変わる。
「……それは、俺への慰めか」
「違います」
「其方がやったことであろう。父に献策したことが身を結んだ。
足を向けた交易相手との取引を順調に拡大させてきた。そうではないか」
「王直が動いたのも。松浦隆信が共に動いたのも。
朝鮮が応じたのも——某個人の力ではありません」
「それは建前だな」
「真のことです」
「……利興」
義調が少し身を乗り出す。
「其方は今日、私を褒めに参ったのかな。機嫌でも取ろうと思うたか」
「この利興、そのような無用なことはいたしませぬ」
「では何だ」
「私の想いをお伝えした上で、義調様が、この島をどう導かれるのか
——お伺いしたかったのです。」
広間が静かになった。
近習たちが息を潜める。
調信が、かすかに身じろぎする。
義調はしばらく言葉を発せず利興を見つめる。
「……それを聞いていかがする」
「私はお考えに沿った献策をいたしましょう」
「其方は私の指示に従うと言いたいのか」
「義調様が民のためにとお考えであれば。民を豊かにする答えをお持ちであれば。」
「民を思わぬ当主が、国主がどこにいる
お前は——」
義調の語気が強まる。
「お前は、俺が当主に就いて以来こうして話をすることがなかったではないか
この段になって改めて話をなどと……それは、俺に対する抗議のつもりか」
「違います。こうして話さねば某の言葉は届かない。
この民を豊かにするための歩みが実現出来ない。それゆえに参った次第」
「……」
義調は視線を落とした。
「交易を差配したい。当主として民のために動きたい。すでに伝えておろう」
「それは方法の話でございましょう。その先に、何があるのかをお伺いしたい」
義調はしばらく利興を見た。
「……方法の先、とは」
「義調様が交易を差配されるようになって、いかになれば義調様は満足されるのでしょうか」
その問いに、義調は答えなかった。
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広間は長い静寂に包まれていた。
義調は少し視線を落とし、口を開く。
「お前が来るたびに、俺は何かを失う気がしていた」
利興は続く言葉に無言で耳を傾ける。
「お前は正しい献策を持ってくる。俺はそれを許し実行させる。
俺にも、こうした方が良いという考えは常にあったのだ。
しかし、考えもつかぬお前の献策を聞くたびに、認めるたびに
——お前の才をまざまざと見せつけられ、自らが凡庸であることの自覚をさせられる」
「私が常に正しかったわけではありません」
「利興、俺はな——」
義調が言いかけて、口をつぐむ。
調信を、近習たちを見渡す。
そして——また利興を見据えた。
「……お前は俺が当主に就いてより、どんな気持ちで座っていたと思う」
わからぬだろう...」
義調は、少し笑った。
その笑いから読み取れるのは怒りでも、悲しみでもない。
疲れた人間がこぼす諦念が、垣間見えるものである。
「そうか。其方にはわからなかったか」
「……はっ」
「俺はここに座りながら、何も選んでいなかったのよ。
其方からの献策に頷き、許可を出す。それでは木偶でも同じであろう。
俺が当主であることの意義を、俺が見出せておらんかったのよ。信じられなかったのよ」
義調が語っていることは、本音だろう。
近習たちの前で、当主が当主であることを疑っていたと言っている。
これまで一度も出てこなかった言葉を、いま口にしている。
「義調様」
調信が、口を開いた。
義調が驚いて調信に目をやる。利興も静かに調信に視線を移した。
「……義調様は、民のために何を成したいとお思いですか」
「それは——」
「私もずっとお伺いしたかったのです。
元服よりお引き立ていただき義調様のお心を実現するために努めてまいりましたが...
ついぞお考えは、一度もお伺いしたことがなく」
再び長い沈黙が落ちる。
「……民が、この島を誇れるようにしたい」
義調が、静かに言った。
「しかし……私はその算段を持ち合わせていない」
民を豊かにしたい。この島を誇れるものにしたい。しかし、どうすればいいかがわからない。
利興、お前はわかっているだろう。
だから私は——其方の献策に黙って頷いてきた。
しかしこのままでは私が当主で、国主である意味はない。
だから自ら考えるしかない。……仮にそれが回り道になろうともだ」
「……」
「私の決断は変わらん。この島の政務と交易の管理は私が直接行う」
利興は頷いた。
「承知いたしました」
頭を下げ、広間を出た。
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国府の門を出ると、秋の風を感じた。
今日、初めて義調の本音を耳にした気がする。
民を誇れるようにしたい。そう心から口にしたのである。
(俺はあの若き当主と向き合えていたのか)
聞こうとしなかった、ではない。
聞く必要があるとも考えが及んでいなかったのである
事実として、自らの献策が功を奏し、島が豊かになる。
その算段の中に、義調が「現状をどう感じているか」は入っていなかった。
利興は、その事実を今日改めて、正確に感じた。
「利興殿」
調信だった。門の外まで来ていた。
「なんですか」
「……今日、あなたが足をお運びいただけなければ
——義調様の心からのお言葉は出なかったと思います」
「それは違う。調信殿が問われたことが大きいでしょう」
「……」
「あの時、なぜあの問いを尋ねられたのですか」
「……私は義調様にお引き立いただき、あの方の望まれることをやってまいりました。
喜ばれることが、正しいことだとも思っていた。
しかし今日——義調様が笑っていなかったのです。
しかし問いかけるあなたは、心から義調様を慮っているように見えた。問いに応える義調様も」
利興はしばらく調信を見た。
「義調様が望まれることを選んできたとおっしゃっていましたね」
「……はい」
「今日も、選ぼうとされましたか」
調信はその問いには答えなかった
「調信殿にはお伝えいたそう。
私はこれから座して、算段のない当主に政をお渡しすることはいたしません。
己が与力や郎党たちと共に動きます。義調様が変わらないなら、私が変わるしかない」
「……どういうことになりますか」
「まだわかりません。しかし——今日わかったことがあります。
義調様は悪い人間ではない。
ただ誰も、義調様に向き合う時間を作ってこなかったのでしょう。私も、あなたも」
「……はい」
「利興殿」
「なんですか」
「義調様を——恨まないでください」
「お引き立ていただいていたこと、感謝こそすれ、恨んではおりません」
「……わかりました」
調信は門の中へ戻っていった。
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利興は歩き始めた。
俺は民を豊かにするという観点では正しいことをしてきた。
しかし——正しいことをすることと、それに関与する人間と向き合うことは、別のことだったのだろう。
その別の何かを怠ってきた。
後悔はある。しかし足は前へ向いていた。
津奈に話をして、利繁に書状を出そう。
どういう形であれ、動く。
今日、義調は「民がこの島を誇れるようにしたい」と言った。
それは間違いなく本心の言葉だっただろう。
その言葉が指している方向と、利興が向かおうとしている方向が本当に違うのかどうかを
——利興はまだ、問い続けていた。
対馬の石畳が、続いていた。
秋の空が、高かった。
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