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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第二章 対馬富国編

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37話 岸岳城

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。

天文二十四年(一五五五年)十一月。

玄界灘は、鉛を溶かしたような灰色に染まっていた。

冬の訪れを告げる北風が、壱岐の勝本浦に集結した船団の帆を激しく打ち鳴らしている。

利興は、安宅船の甲板で松浦水軍を率いて合流した籠手田安昌(こてだ やすまさ)と向かい合っていた。

————————————————————


「佐伯殿、よくぞこれほどの兵を揃えられた。特筆すべきは練度であろうな。

 失礼ながら予想以上である。」

籠手田の目は、整然と船上で待機する兵たちに注がれている。


「当家の山本康範(やまもと やすのり)が鍛え上げた精鋭です。籠手田殿、唐津の状況は」

「昨夜の報せでは、岸岳城の波多親(はた ちかし)は完全に孤立。

 当家に内通を約束した重臣三家は、すでに沿岸の領地から兵を引き、松浦への恭順を示している。

 今、城内に残っているのは、行き場を失った波多家の兵と、主君を見捨てられぬ頑迷な古参兵のみ。

 ……兵糧は持って半月。水の手も、我らが工作を終えている」


利興は水平線の先に霞む肥前の山並みを見据えた。

「……参りましょう。これ以上の遅滞は、他家の介入を招くでしょう。

 波多にいかなる手立ても打たせることのない、短期決戦で勝負をつけます」


————————————————————


上陸は、冷たい霧が立ち込める昼前に完了した。

唐津の沿岸から、標高二百メートルを超える要害・岸岳城までは約四里。険しい山道が続く。

利興は、軍を三つに分けた。

先鋒八〇〇は山本康範。

本陣五〇〇は利興自身が率い、後軍五〇〇は利繁が抑えとしての役割で率いている。


山道の各所には、波多側が設置したと思われる鹿砦(ろくさい)や小規模な堀切がある。

康範の先鋒はそれを強引に突破することはしなかった。


「工兵、前へ! 斧と鋸を使え! 道を広げろ、後続の荷車が通れん!」

康範の指示により、兵の一部が工兵として動き、障害物を迅速に撤去していく。


(一箇所のボトルネックが全軍の動きを止める。速さとは、ただ走ることではない...

 軍全体が淀みなく流れることを理解している康範は、やはり流石というべきか)


岸岳城の威容が霧の彼方に現れたのは、夕刻であった。

山の中腹から山頂にかけて、複雑に組み合わされた曲輪と、野面積みの荒々しい石垣がそびえている。

この辺りは対馬特有の石積み技法とは大きく異なる。

正面の大手道は、何度も折れ曲がり、横矢が掛かるように設計されていた。


「……堅いな。正攻法で突けば、こちらの損害も大きいだろう」


康範が利興の横に立った。

「利興殿、陣形はいかがに」

「包囲を形をとりましょう。攻め潰すのではなく、呼吸を許さない」

利興は海図を広げた。


「岸岳城は、北側が断崖絶壁となっております。此処からは攻めるのも難しいが脱出も不可能でしょう。

 陣は東、西、南の三方に。東側は松浦勢に任せ、大手道を塞ぐ。

 我らは西と南を固めましょう。

 特に、西側の沢に繋がる水の手、ここは籠手田殿が工作したと言っていたな」


「左様。沢の上流より水を堰き止めております。敵の水源は城内の貯水頼りでしょう」


「よし、康範。先鋒八〇〇を三隊に分けろ。三〇〇は西側の沢を監視。

 三〇〇は南側の搦手(からめて)からの脱出を警戒。

 残りの二〇〇は遊撃とし、本陣の前に置け。

 利繁の中軍五〇〇は、康範の各陣へ兵糧を運ぶ兵站線の護衛だ。

 本陣五〇〇は、山頂から一町(約109m)離れたこの高地に置く。

 ここなら城内が一望でき、かつ敵の弓矢は届かん」


康範の目が光った。

「兵を細かく分けるのは、指揮系統が複雑になります。……が。

 敵も兵糧が不足しているとなれば打って出る気力もないでしょう。

 やってみる価値はありますな」


包囲網は、一日で完成した。

城内からは、時折、偵察の対馬兵に向けて断続的に矢が放たれたが、利興が指示した距離を保っているため、被害は皆無であった。

外から見れば静寂。しかし、内から見れば、刻一刻と資源が枯渇していく圧迫感。

利興は、それを現代の「経済制裁」に近い感覚で捉えていた。


(飢えと渇きは、人間の理性を内側から食い破る。さて、どこまで耐えられるか)


包囲四日目。

康範から報告が入った。

「城内動きがあり。西側の水の手を奪い返そうと、一〇〇人ほどの部隊が出撃。

 こちらの三〇〇が槍衾で押し戻しました」


「焦れて、全軍で打って出る瞬間まで引きつけろ」


そして五日目の夜明け前。

岸岳城の大手門が、軋んだ音を立てて開いた。

しかし、それは降伏の合図ではなかった。


「……出たか。飢えた鼠の最後の一噛みだ」

康範の目が野獣のように光る。


城内から飛び出してきたのは、わずか五〇名ほどの決死隊であった。

ボロを纏い、目は血走り頬はこけている。しかし、その手にある刀だけは冷たく光っていた。

彼らは主君の脱出路を切り開くための「死兵」であった。


「全軍、陣形を維持しろ! 突出するな! 槍を合わせろ!」

康範の怒号が、霧の中に響く。


康範の先鋒三〇〇が、決死隊と激突する。


金属が肉を断つ音。

重い土の上に、何かが叩きつけられる鈍い音。

絶叫が途切れた後に訪れる、肺から空気が抜ける音。


一人の対馬兵が、敵の槍に腹を貫かれた。

彼は崩れ落ちながらも、相手の首に食らいつこうと手を伸ばし、そのまま泥の中に沈んでいく。

敵兵が康範配下の刀に肩から一刀両断にされ、断面から噴き出した熱い血が、周囲の枯草を一瞬で赤く染め上げる。


(俺が命令を下さなければ、あの男は今朝も粥を食っていたはずだ。

 俺がここに来なければ、あの若者は故郷で土を弄っていたはずだ。)


利興の指先が、小刻みに震えている。

吐き気がこみ上げた。だが、彼は目を逸らさなかった。

逸らしてはならない。この惨劇の責任者は、自分なのだ。


乱戦は、一時間ほどで収まった。

飛び出してきた波多の兵、五〇が物言わぬ死体となって転がっている。

対馬・松浦側も、三人が絶命し、五人が瀕死の重傷を負っていた。


「康範、死傷者の数を、正確に報告しろ」

報告を受けた利興は、震える声を抑え、「結果」としてそれを受け入れた。


————————————————————


その日の午後、波多親が捕らえられた。

城内に残っていた兵が、主君を縛って連れてきた。最後は家臣たちが主君を差し出したのだ。

波多親は利興の前に引っ立てられる。波多の目には怒りと諦めが混じっていた。


「命は取らん。どこへなりとも流れると良い。

 岸岳城と上松浦の領地は、これより宗家と松浦家が接収する。異存はあるか」


波多親はしばらく黙っていた。

「……お前たちに、なぜこの城を奪う権利がある」

「権利ではない。力だ。……権利を語りたければ、まず家中のまとめ方を間違えず...

 民を、国人を豊かにするために心を砕くべきであったな。其方にはその才覚がなく、その選択を誤った」


波多親はかすかに笑った。怒りではなく、疲れたような笑いだった。

「そうか……力か」

それだけ言い、何も言い返さなかった。


————————————————————

城内に入ったのは、翌日だった。

兵糧の蔵は、完全に空だった。

残っていた家臣と兵は、一三〇人ほど。多くが衰弱し、壁に背をもたせかけて動けない者もいた。


「食料を配れ。ただし、最初は粥の上澄みからだ。飢えた体に、いきなり食物を与えるな」

————————————————————


午後、籠手田が城に入ってきた。


「戦勝お祝い申し上げる。佐伯殿、包囲の陣形見事であった。

 こちらが有利な状況であったとはいえ、敵方の焦りを誘う見事な用兵だ」

「お言葉、かたじけなく」

「さて……佐伯殿、一つ確認したい」

「なんでしょう」

「佐伯家が調略していた五家の処遇——対馬勢が切り取りという話だったが、隆信殿は所領の範囲の確認をしたいと言っている」


利興の瞳に、動揺が消え光が戻った。

(ここでの交渉が正念場だ。焦るな)


————————————————————


夜、岸岳城の一室に利興と松浦隆信(まつら たかのぶ)が向かい合った。

籠手田が同席した。

「思ったより、小さい城だな」

隆信の言葉は、感情を乗せていなかった。

「波多の全盛期には、もっと立派だったと聞いているのだがまあいい」


「所領の切り取りついて話したい」

「はい」

「沿岸部に所領を持つ二家は当家との関係が深い。今後もその関係を続けさせてほしい。

 残りは、両家切り取り次第でいかがかな」


利興は少し考えた。

「沿岸部の二家は、対馬との交易の窓口として機能させていただけますか。

 松浦殿の傘下に入りながら、交易の実務は対馬と連携する形で」


隆信は籠手田に視線を移し、籠手田が頷いた。

「それで構わん」


「ありがとうございます。……それと、隆信殿」

利興は、天守から見える唐津の港を指さした。


「波多旧領はあくまで、本土進出の足場。……本命は、あの港です。

 唐津の港を、対馬の船が自由に使えるようにする。それが今回の助力の目的でもあります」


隆信はふっと笑った。

「……お前は、やはり恐ろしい男だ。死体の山を越えながら、すでに次の算段か」

「私が先を見据えることをやめれば、犠牲になった者たちの意味を奪うことになります。

 私は、この犠牲を『利益』に変え、残された者たちが二度と飢えない世界を作る。

 それしか、償う方法を知りません」


隆信はしばらく黙った。

「……わかった。唐津の港、明日から自由に使え。その代わり、対馬の銀の取り分、もう一分上乗せしてもらうぞ」

「それは、後ほど籠手田殿と改めて交渉させていただきます」


夜の岸岳城に、風が吹いていた。

山の冷気が、石垣を伝って入ってきた。

対馬・壱岐・平戸・唐津——四点が繋がれば、この海域の物流は完全に支配下に置いたと考えても差し支えない。


利興は夜の玄界灘の方向を見た。

玄界灘の波が、遠くで鳴っていた。


本土に勢力を広げる足場はまもなく生まれるだろう。

前を見据え続けるしか、自分の責を務め続けるしかないだろうと思った。

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