35話 出陣
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
天文二十四年(一五五五年)の秋。
厳島の報せが対馬に届いたのは、十月も終わりに近い頃だった。
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その一報をもたらしたのは神屋から書状である。
「厳島にて安芸の国人、毛利が陶軍を撃破。陶晴賢自害」
利興はその一文を二度、読んだ。
(来た)
史実でも同様に、天文二十四年(一五五五年)十月一日。
安芸国の厳島で、毛利元就が陶晴賢を破る。
陶晴賢は、天文二十年(一五五一年)に主君・大内義隆を謀反によって討ち、実権を握った人物である。
しかし、その陶の支配に反発をする勢力が現れる。
それが後に、北部九州から中国地方一円を支配する謀将、毛利元就である。
大内義隆と縁戚関係になった毛利元就は、陶からの出陣要請を拒み対立の意向を明確にする。
以降、本拠である安芸、備後への支配を強めつつ、陶からの追討軍の撃退に成功する。
これにより陶本人が大軍を率いる戦いへと発展する。これが厳島への経緯である。
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ここから、大内家の残党は急速に求心力を失い、西国の覇権は毛利元就の手に移る。
当時は博多にも影響力を発揮していた大内の秩序が、完全に終わったのである。
博多を含む北部九州の勢力図が、また動く。
大寧寺の変から四年——その間、北部九州の国人衆は次の旗印を探してきた。
今、その混乱がもう一段大きくなった。
(今だ)
「盛円」
「はっ」
「壱岐の利繁と康範へ急使を出せ。
内容は——『動く』、と一言だけでいい。詳細は俺が直接行って話す」
「はっ。津奈様へは」
「明朝、俺が直接行く」
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翌朝、利興は津奈の屋敷を訪れた。
津奈はすでに博多からの報せを知っていた。
「厳島のことか」
「はい。これに乗じて動きます」
津奈は少し間を置いた。
「波多か」
「はい。陶が消えて毛利が動く。大友も動く。
北部九州の国人衆が次の旗印を探している今、周りの目が分散しています。その隙を突きます」
「兵はどれだけ動かす」
「対馬から一〇〇〇。壱岐から八〇〇。合わせて一八〇〇の実戦兵力です。
松浦の水軍が海を固めてくれれば、岸岳城への包囲は成立します」
「勝てるか」
「波多の内部工作は、今年一年かけて進めました。
譜代五家は我々の指示の上でしか生きる術を失っており、沿岸部の三家が隆信殿に内通しています。
合わせれば、波多の家臣団の半数以上。兵糧もわずかと聞き及んでおりますし。
三ヶ月以内に開城するでしょう」
「参陣と配置はいかにする」
「対馬の守りは上県の国人衆に。津奈殿には対馬に残り、壱岐と対馬両島の防衛を任せしたい。
続いて遠征軍の総指揮は私、先鋒八〇〇は康範殿、後軍の五〇〇に利繁。
津奈は驚いた顔で利興を見た。
「儂ではなく、利興殿が向かわれるか」
「行きます。領地切り取り後の波多家臣団への仕置と、隆信との現地での調整が必要でしょう。
私がいなければ、開城後の処遇で協力関係に懸念が生まれる可能性もあるかと」
「……わかった。
しかし——対馬を空けている間に、義調様が何かをするかもしれんな
最近は其方を疎んじておられるようでもある。」
利興は軽い溜息をつく。
「それは、津奈殿に見ていてもらいたい」
「儂が、か」
「はい。
義調様もよもや私が不在の間に事を起こすとは考えられませんが...
盛円が交易と民政については押さえておりますので、治安の維持は津奈殿に。」
「……柳川調信なる者の動きも見ておくべきか」
「はい。義調様の傍にいる人間が、何をしているのか。私が戻るまでに把握をしておきたい
仮に私に不満があるようで有れば...重石が取れる此度のような時に動きが派手になりましょう」
津奈は頷いた。
「あい、わかった」
「忝く」
「ところで利興殿、一つ確認したい」
「はい」
「波多を押さえた後——其方はどう動くつもりだ」
「まずは松浦との関係を固めるでしょう。
対馬・壱岐・平戸——この三点が繋がれば、玄界灘の物流を完全に押さえられます。
その上で、義調様にご不満がおありでしたら家中の問題に向き合います」
津奈は頷いた。
「優先順位を間違えるな」
「はっ。ご助言忝く頂戴致す」
意見のすり合わせが出来た利興は、足早に津奈邸を辞した。
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翌日、利興は対馬兵八〇〇を率いて壱岐へ渡った。
生池城の広間には利繁と康範が待っていた。
康範が地図を広げる。
「お待ちしておりました」
「うむ、状況は伝えた通りであります。波多討伐へ乗り出しましょう」
「渡海はいつになさいますか」
利繁が口を挟む。
「五日後に渡海する」
康範は少し眉を上げた。
「これから本格的に冬を迎える。それを承知での下知かな」
「厳島の混乱が落ち着く前に動く必要があります。
春を待てば、各地の大名が体勢を整え混乱に乗じようとするでしょう。今が最大の好機です」
康範は地図から視線を外さず尋ねる。
「波多の状況は如何か」
利繁が答えた。
「経済政策を行なっている五家の確認は取れています。
今月に入って、意図して経済封鎖を行なっておりますが...
うち二家から——兵糧が底をついたという報告が届いています。
岸岳城に届く物資の流れも同様に対処しておりますれば...城内は今、相当苦しいはずです」
「籠手田への連絡は」
「本日、書状を出しました。2日後には遅くとも手もとに届く手筈。」
康範は地図に指を置いた。
「岸岳城の兵力は最大で五百。
しかし——松浦家に内通している家臣団が抜ければ、実質は三百を切ります」
包囲は三日もあれば完成するでしょう。問題は——籠城にどれだけ耐えるかです」
「兵糧が尽きている...籠城できて一月と見ているが...」
康範は頷いた。
「報せを受けてより、出兵の準備は整っております。
——渡海は天候を見て判断いたしましょう。急いては海で兵を失うのは避けたいものです」
「わかった。天候の判断は康範殿にお任せしよう」
「はっ」
ここまで話をしたところで
津奈に伝えた内容と同様の陣割を二人に伝える。
「守護代が渡海する。対馬が手薄になるが...」
「津奈殿に対馬、壱岐両島の指揮を任せています。上県の国人衆も残ります。問題ありません」
利繁と康範は揃って頷いた。
あとは出陣のタイミングを見定めるだけである。
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夜半、利興の居室にて利繁と酒を酌み交わす。
「兄上——義調様のことは聞いているか」
「盛円から報告は受けている。此処まで話はまわっているのか」
「壱岐にも噂は届いている。
義調様は先月、国府の広間での宴席に加えて、対馬の猟場で大規模な狩りをされたらしいじゃないか。
費用は相当なものだったそうじゃないか。
おまけに、柳川調信とかいう若者を同行させて。義調様は調信に——猟の段取りを任せたそうだ」
「ふむ」
「義調様は調信のことを『気が回る男』と周囲に盛んに言っているらしい。
調信も見どころはあるんだろうが、小利口なだけの優等生に見えるね」
柳川調信はまだ元服したばかりの若者だ。
史実から有能なことは疑いようがないが、引き立ててくれる当主の感情を慮るのは当然だろう。
義調は今、耳障りのいいことを言ってくれる人間を傍に置き始めている。
「狩りに使用した費用は確認しているか」
「盛円殿が調べているらしい。かなりの額になるはずだと」
「わかった。波多が片付き次第、義調様に諫言しよう」
「……兄上は、どこまで我慢をされるつもりだ」
「我慢しているわけではない。
優先順位だ。緊急度が高いのは波多。義調様の話は、あくまでその後だ」
「しかし——渡海している間に、義調様が事を起こせば...」
「津奈に目を配らせている。柳川調信の動きも含めて、把握しているだろう」
「津奈様殿が止められるか」
「止めんさ。気を配るだけだ。しかし——注視しておけば、どう動くかも自ずと見える」
「……俺には、兄上のやり方が時々わからなくなる」
「どういうことだ」
「波多への対処を動かしながら、義調様を止めずに好き放題させている。
明らかに憂うべき存在だろう。二つを同時に動かしていて——本当に大丈夫なのか」
利繁を見つめる。
「心配するな優先順位をつけて動いている。放置しているわけではない。
それに、いつかは腹を決めねばならん時もくる」
「……わかった」
「それに——お前が心配してくれているなら、俺は安心だ」
利繁は少し間を置いて、頷いた。
ふたりだけでこうして話をするのも、久しぶりな気もするが...
酒が美味いと感じていた。
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二日後、籠手田から返書が来た。
『了承した。きたる十一月某日、平戸の水軍が唐津沿岸に集結する。合流されたし。』
書状を確認した利興は、全軍に命を下した
「出陣だ!」
「利繁、松浦の水軍と合流してから、岸岳城への包囲に移る。
波多の家臣団の動向を把握する間諜を入れてくれ」
「はっ!。内応の調略も同時に動かします」
「うむ、開城後の処遇——波多親派の五家には対馬直属を促せ。
現地での松浦側との摩擦は俺が対処しよう」
「康範殿、こちらの兵糧はいかほどか」
「輜重部隊が動かせるのは三ヶ月分が上限かと。
それ以上に抵抗が続く恐れもありますが...
元々が利興殿の命により経済施策のための物資が集積されておる。銀さえあれば心配は無用」
「心得た」
康範は地図を畳んだ。
利興は壱岐の南の海に視線をやる。
その先に、松浦半島がある。
波多親は、今ごろ何を考えているのだろうか...
いや知る必要はない。
喰らわねば喰らわれる。
ならば喰らうだけである。
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