33話 平戸と商人
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
天文二十二年(一五五三年)六月。
平戸の港に船が入ったのは、日が登りきる前であった。
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港は、当初の利興の想定より広かった。
開発を進めた壱岐の勝本浦よりは小さいが、賑わいの毛色が違う。
視認できるだけでも、荷を積んだ中国船が三隻。琉球の商船が二隻。
さらに、利興が見たことのない形の船が一隻停まっていた。
船体が深く、帆の形が違う。
(これが南蛮船か)
前世の知識で言えば——ポルトガルの船だろう。
この時代、平戸にはすでにポルトガル船が来航している。
「兄貴、あの船は」
利繁が隣で呟く。
「南蛮の商人の船だな。
明の海禁をかいくぐって東南アジアや日本との交易をしている。
平戸に寄るのは、王直との繋がりがあるからだろう」
「そうだ」
「視察の時にはいなかったんだが...もし、相手どるとしたら脅威は思ったよりも大きいかもしれないな」
「うむ。今のうちに得られる情報は全て確認しておこう」
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港で待っていたのは、籠手田安昌である。
齢は五十を超えているはずだが、筋骨がしっかりしており体格がいい。
——動きが静かで無駄がない。神屋寿禎に似ている、と利興は思った。
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籠手田安昌は北松浦郡に籠手田城を中心に所領を持つ国人衆だ。
松浦氏の一族に連なるとされている。
松浦隆信の父・興信が天文十年(一五四一年)に急死したとき、隆信はまだ十三歳であったため
元服前で実務に当たれず、家中は一時混乱する。
そのとき家督争いを抑え、隆信を担いだのが籠手田安昌である。
軍事よりも調略と実務に長けた人間として知られており、隆信が天文十二年(一五四三年)に正式に家督を継げたのは、この男の功績だろう。
以来、松浦家の外交や交易といった表に出る仕事の多くを籠手田が担ってきた。
今回の書状にも籠手田の名が署名されていたのは、隆信の信任を受けた上で正式な外交窓口として機能していると見ても良いだろう。
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「佐伯利興殿ですな。遠路ようこそお越しいただいた」
「籠手田殿。書状の御返事、ありがたく受け取りました」
籠手田は利興を正面から見た。
静かに値踏みをする目だ。——今のところ敵意は感じない。
「いやはやお若い。噂には聞いておりましたが」
「十七歳にございます」
「十七で対馬一国の守護代を担われているとは...。見事なものですな」
「お褒めに預かり恐縮でございますが...未だ若輩者にて」
籠手田はかすかに笑った。
「なに、我らが当主の隆信様もまだまだお若い。若い者同士語り合われるのもようござろう」
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案内された先は、港を見下ろす丘の上の屋敷だった。
広間に通されて、しばらく居住まいを正して待機する。
しばらくすると松浦隆信が入ってきた。
二十四歳。利興より七つ上だ。
一見すると仕草は、年齢より若く感じられた。。
「佐伯利興殿。平戸へよう参られた」
「松浦隆信殿。お目にかかれて光栄です」
二人は、一定の距離を保って対峙する。
「本日は銀を持参いただいたと聞いておる」
「はい。対馬の銀山で産出した銀をお持ちいたしました。
神屋殿を通じた取引で、質は既にご存知かと思いますが」
「そうだな。対馬の銀の質は、博多でも評判がいい」
「単刀直入に聞く。佐伯殿は、本日この私に何をお話に参られた」
互いの探り合うような会話は短かった。隆信の人となりを表しているとも言える。
「この海の『使い方』を、決めにまいりました」
隆信の眉が、わずかに跳ねる。
「……この海か」
「対馬から博多まで、壱岐を経由する航路は我々が押さえております故に今のところ問題はない。
しかし——本土の大名が博多を押さえようと動けば、この航路が危うくなる。
大内が崩れた今、その可能性は現実になっています」
「続けろ」
「松浦殿は大内殿をお頼りになっていたご様子。大内殿の揺らぎは他人事ではございますまい。
敵対する国人衆が、これを機に攻め寄せてこられるかもしれませぬ。
しかし平戸という港と水軍は持っておられる。
我々は対馬と壱岐の経済基盤を持ち、朝鮮という本土の騒乱とは無関係な交易先の持っている。
我々が安定した物資の供給源として、取引させていただければ損はありますまい。
対して我々は博多に次ぐ、本土の拠点として算段をつけられる。
互いに手を取り合うことの出来ると思っておりますが」
「波多の話は良いのか」
「本日はその話は無用にて。まず、交易のお話をさせていただきたい」
「どうしてかな。上松浦を飲み込もうとする私の動きは、貴殿の耳にも入っているはずだが」
「互いに顔を合わせたばかりゆえ、信頼を得ることが先でしょう。
こちらから貴家へもたらすことの出来る利をお伝えさせていただきます」
「……籠手田」
「はっ」
「この男は信に足ると思うか」
籠手田は少し思考をめぐらせ、口を開いた。
「この者が語ることに偽りがなければ、そう申し上げられましょう。
交易であれば、偽りであったとしても当家への障りはないものかと」
「そうだな」
隆信は利興に向き直った。
「では、海の話をしよう。
宗家に対して平戸の港を開くことに、俺は反対しない。ただし条件がある」
「お伺いいたします」
「平戸を経由する船には、津料を課す。率は後で籠手田と詰めよう。
それと——こちらの船が壱岐や対馬、同じように津料を払う。互いの対等な交易。これで如何か」
利興は頷いた。
「異存はなく」
「決まりだな」
この段になって初めて、隆信は顔を綻ばせた。
「——其方に紹介したい人間がいる」
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連れて行かれたのは、港の近くにある大きな屋敷だった。
唐風の建物である。
平戸の他の建物とは、明らかに作りが違う。
「王直殿の屋敷だ」
利興は頷いた。
(ここか)
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王直。本名は王鋥、号は五峰。明国・安徽省歙県の出身の人物である。
元は塩商であったが失敗し、明の海禁政策に背いて密貿易に転じた。
天文九年(一五四〇年)に五島に来住し、天文十一年(一五四二年)に松浦隆信に招かれて平戸に移る。
平戸では勝尾岳の東麓に唐風の大きな屋敷を構え、「徽王」と称している。
部下は二千人、率いる船団は数百隻に上るという。
明・琉球・東南アジア・ポルトガルを繋ぐ密貿易ネットワークの中心に立つ人間だ。
天文十二年(一五四三年)に種子島にポルトガル人を乗せた中国船が漂着し鉄砲が伝わったとき、その船に乗り合わせて筆談の仲介をしたのが王直だとも言われている。
この年から「嘉靖の大倭寇」と呼ばれる大規模な侵攻が中国沿岸で始まる。
王直の部下が各地を荒らし回るはずだが、王直自身は平戸に腰を据えて動いていないのか。
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屋敷の中は、外から想像するより広かった。廊下に、明の商人らしい男が何人もいる。
部屋の隅に、硝石の袋が積まれている。
案内された広間に、一人の男が座っていた。
年齢が読みにくい顔をしている。
「王直殿、こちらが佐伯利興殿。対馬の守護代であられる」
王直は利興を見据える。
日本語は話せるが、独特の抑揚があるようだ。
「対馬の銀山の銀——良い品質だと聞いています。あなたのものですか」
「銀山は宗家のものです。管理は私が担っています」
「なるほど」
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「明の生糸——欲しいですか」
「欲しい。しかし——どの航路で仕入れていますか」
「私の部下たちが動かせます。対馬の銀と、明の生糸を交換する。比率は後で話しましょう。
懸念は無用。——原則として、品質に見合った数字で値を決めます。誤魔化しはしない」
「それは私も同じです」
王直は口元に笑みを湛える。
「対馬の銀は——明では質の高い銀として流通しています。
朝鮮経由で少し入ってきていましたが、直接の取引が出来れば——双方にとって都合がいい」
「朝鮮経由では、値が上がるでしょう。直接の方が、双方の取り分が増える」
「そういうことです」
王直は少し含みを持たせて続ける
「硝石も必要ですか」
硝石は火薬の原料である。
鉄砲の国内生産が実現している現況では軍事力の拡充に直結する。
「必要です。対馬の硫黄と交換できますか」
「できます。硫黄は明でも需要がある。硝石と硫黄の交換——互いにとって合理的な取引です」
利興は帯同していた利繁に視線を移した。
利繁はここまで一言も発さず、静かに会話を書き留めていた。
「では、取引の詳細を詰めましょう。こちらはこの利繁が担当します。
条件を提示いただき。一度対馬に持ち帰らせていただきたい」
「わかりました」
王直は利繁を見た。
「数字が得意な方ですか」
利繁は迷いなくに頷く。
「……荷の流れを見ることと、算術は得意にございます」
「それで十分です」
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平戸を出たのは、翌日の夕方だった。
船が港を出るとき、利繁が言った。
「……王直という人間を、兄上はどう見た」
「優秀な商人だな。底知れぬ人間としての幅はあるが...利があると思えば裏切りはしないだろう」
「海賊でもあるが」
「しかし——取引相手としては今のところ問題はない。
明の海禁が続く限り、王直のルートは機能する。そのルートを使わない手はない」
「硝石の話が出たな」
「硫黄はこれまで主に朝鮮に輸出していたが、明に直接回せれば値が上がる」
「……かなり収穫があった渡航だったと考えていいのかな」
「対馬の銀と硫黄が、王直経由で明に入る。明の生糸と硝石が対馬に回される。
生糸は博多の商人も欲しがる。硝石で軍事力が変わるだろう。
それが朝鮮との交易量をさらに増やす武器にもなる」
「壱岐はこの中でどう動こうか」
「平戸と博多の間で荷を捌く。王直の荷も壱岐を経由すれば、物量が圧倒的に上がるだろう。
勝本浦に荷を集積し、王直の荷の一時保管場所として使わせる」
利繁は頷いた。
「——じゃあ俺は、王直の荷の管理もするのか」
「そうなる。できるか」
「できる。しかし——康範殿の軍の動きと、荷の管理が同時になるのは、人手が足りない」
「人を増やす。博多の商人を一人、壱岐の倉庫の管理に入れることを神屋殿に相談しよう。
神屋殿は今や対馬・壱岐の利権の一部を持っている。壱岐が栄えれば、神屋殿の利益も増える。
助力には十分だ」
「——兄上、松浦隆信という人間は、どうだ」
利興はしばらく海を眺めて言葉を選ぶ。
「今日の段階では——信用できると見ている。
条件を明確に提示して、決断の意図にも誤りは感じられない。感情で動かないところも好感だな」
「波多に手を回した後は...」
「その後をどう設計するかは俺の腕の見せ所だ。今回は最初の扉を開けた。それで十分だ」
船は玄界灘を北に向かっていた。
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松浦から対馬に戻る途上、壱岐に停泊し、休息をとっていた利興の元に
利繁が飛び込んできた。
「兄上!先ほど壱岐の今年の収穫を算出した。それと対馬の数字も盛円殿のもとから届いている。
合わせて確認してくれ」
利興は書付を受け取る。
対馬——十一万五千石相当。※交易も含む
博多との木綿の取引が本格化した分と、朝鮮からの歳遣船二隻増加分が乗った形だ。
壱岐——七万三千石。
昨年の六万二千石から、一万一千石の上積みだ。
並行して行われている灌漑工事が効果を発揮している。
(超えた)
二十万石。
「二十万石、超えたな」
利興が口にするよりも早く、利繁が言葉にする。
他者に言葉にされたことで、頭は冷静になれた。
「まだ通過点だ」
「通過点か」
「そうだ。数字は積み上がった。しかし——積み上がれば対処しないといけない問題も出てくる」
「松浦か」
「それもある。しかし——義調様のことも、ある」
利繁は先ほどまでの興奮をおさめ、黙り込んだ。
利興の不安に思い当たるところがあるのだろう。
夏の壱岐の空は入道雲が力強く、空が近く感じられる。
動き続けなければならない。
兄弟で顔を見合わせながら、同じことを思っただろう。
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