26話 家老就任
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください
天文十九年(一五五〇年)の春。三月の終わり。
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利興は対馬に戻った日の夕方、すぐさま晴康の部屋を訪ねた。
「神屋殿にお会い出来ました。正式な交易を望めるお話でございました」
晴康は床に横になっていた。
以前と比べても目に生気がない。わずかに唇が動いた。
「……そうか」
「次は夏か秋に、再び博多に参ります。胡椒と蘇木など南方の産品も仕入れが可能になるかと」
「……良きにはからえ」
「晴康様」
「なんじゃ」
「いえ、また明日お伺いいたします」
「……うむ」
利興は部屋を出た。
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その三日後の朝、晴康が息をひきとった。
冷たくなった晴康の姿をみとめた侍女の声が屋敷に響いたらしい。
晴康は静かに横たわって苦しんだ跡はなかった。眠るように事切れていた。
九年間、この老人ともに歩んできた。
七歳で宗家に召し抱えられ、この男に仕え続けてきた。
裁量を与えられ、対馬を豊かにし壱岐を所領として与えてくれたのも、この人だ。
「……博多の話を、これからの交易の話を、聞いていただけましたね」
涙は見せない。
晴康様がやろうとしていたことを、この島を富ませ続けることが——弔いになるだろう。
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義調が当主に就いたのは、晴康が逝った翌月のことだった。
まだ二十歳に満たない。若年の新当主。
新たな宗氏政権の誕生である。
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新当主が最初にやったことは、利興を評定に呼ぶことだった。
「佐伯利興を家老に任じる」
義調は並いる家臣団の前で、高らかに宣言した。
「佐伯家は数年前より故義康に助言をする形で対馬の内政を担ってきた。
これからは、その手腕を何の制約もなく発揮してほしい。さらにこの島を豊かにしてくれ」
「謹んで拝命いたします。」
利興は頭を下げた。
評定を終え、各々が評定の間から辞するタイミングになると、津奈が近づいてきた。
「家老か」
「はい」
「晴康様が生きておられたら、さぞお喜びなっただろうな」
「……そうかもしれません」
「義調様の——器量はどうだ」
「未だ図りかねておりますが...暗愚というほどではないでしょう。
晴康様の政を継続させると、全員の前で明確に宣言しておられた。現状は正しい判断だと思います」
「守護代の件は、どうなる」
「義調様のお心次第かと、某からは申し上げることはございません」
「……聡いな」
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家老に就任してより、利興は改めて対馬と壱岐の現状の整理をはじめる。
まず現状の確認である。
対馬の農地の総収量——四万石。
天文九年に宗家に出仕した時から比較すれば、飛躍的な伸びである。
大船越周辺の低湿地に水路を引く試みは、新田を開くという形で成果を挙げている。
並行して浅茅湾沿岸で干拓を進めており、蕎麦・椎茸・干物・蜂蜜などの特産品も順調に生産力を挙げている。
壱岐は——三万石前後。麦・海産物・海砂が主体。灌漑整備は進めているが、まだ道半ばである。
交易と銀山経営を合わせれば、合計で十一万石を超えるだろう。
2つの島だけの領地経営という視点で見れば、出来過ぎなくらいだろう。
しかし今後は九州本土への進出を控えている。
史実でも有名な大名たちと渡り合おうと思えば、最低でも二〇万石。
兵数で言えば三〇〇〇は必要だ。
(ではどうすればいいのか)
利興は二十万石への道筋を書き出した。
対馬の伸び代は——三万石が精々だろう。
棚田の開発が及んでいない土地がある。上県の山間部に水路を延ばせる場所が十箇所以上。
完成すれば五千石以上が加わる算段である。
椎茸は原木の増加余地がある。
生産量も三倍には出来るだろう。
しかし流通量が増え過ぎれば価格低下が起こるのは必然だ。
流通量のコントロールは慎重に行う必要があるだろう。
銀山は現状維持が基本だが、採掘坑を二本増やす計画がある。
壱岐の伸び代は六万石以上はあるだろう。
壱岐は今三万石だが、本来の土地の力はこんなものではない。
平坦な島だ。灌漑が整えば、田畑の収量が倍以上になる。
今後、国内の交易の主要マーケットになるだろう博多との距離も近い。
産物の輸送コストは対馬よりも下げることが出来る。
椎茸と蜂蜜製造のノウハウは壱岐にも展開しよう。
麦・海砂・海産物の販路を博多に正式に開けば、石高換算で生産量は大幅に積み上がる。
康範が壱岐で農地の整備を進めている。来年には最初の灌漑工事が完成する予定だ。
壱岐の目標は——三年で三万石を九万石だ。
対馬八万石超、壱岐九万石、合計で十七万石。
加えて——交易収益の拡大で三万石相当を加える。
二十万石には届く数字のはずだ。
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交易の現状を整理する。
対馬の朝鮮交易は、この十年で大きく変わった。
史実の流れは下記である
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三浦の乱(永正七年・一五一〇年)——三浦の倭館が全て閉鎖された。最盛期の交易量が一気に失われた。
壬申約条(永正九年・一五一二年)——交易再開。しかし入港地は薺浦一港のみ、歳遣船は半減、日本人の駐留禁止。
蛇梁倭変(天文十三年・一五四四年)——再び国交断絶。
丁未約条(天文十六年・一五四七年)——利興が宗家に来た二年後。交易再開。入港地は釜山浦一港のみに絞られた。
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現在の対馬の朝鮮交易は、三年前に再開したばかりだ。釜山浦一港のみ。
歳遣船の隻数は最盛期の半分以下。この制約の中で、対馬は交易を動かしている。
主な輸出品は——銀・銅・硫黄・胡椒・蘇木・香木。銀は対馬銀山の産出品。
胡椒・蘇木・香木は琉球経由や博多経由で仕入れた南方物産を朝鮮に流す中継貿易だ。
対して輸入品は——木綿・朝鮮人参・虎や熊の毛皮。
木綿は民の衣料と船の帆布に直接関わる。
米は対馬ではなかなか収穫量を上げられなかったため、史実では重宝された輸入品だったが
この世界線では増産に成功し、大きく価値を落としている。
さて、交易の拡大を図るにあたり、構造的な問題点は四つある。
一——釜山一港への集中。取引港の拡大は取引量増加のために急務である。
二——歳遣船の隻数制限。船数を増やすことは単純な積荷量の増加に直結する。
三——博多との関係が非公式であること。上記二点が解決すれば、さらなる消費地・マーケットが必要だ。
四——偽使の横行。対馬では長年、架空の名義で使節を朝鮮に送り込む「偽使」が行われてきた。
朝鮮は大名や将軍の名義の使節に対して、それぞれ交易を認めている。
そのため、宗以外の大名家の名前を駆使してきたが、正式な国交に移行する必要があるだろう。
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この四つの問題に対して、施策は用意してある。
最も対処が容易な博多との関係は——再度、秋に博多に赴くことで渡りをつける。
神屋寿禎の要望通り銀二十貫を持参し、正式な取引を確立する。
博多から胡椒・蘇木を安定的に仕入れるルートを確立させることを最優先にしよう。
先行的に買い付けた物品を釜山に持ち込む。輸出品の種類が増えれば、朝鮮側への交渉のカードになるだろう。
歳遣船の隻数は三年かけて増やすことにしよう。
義調が家督を相続したのはいい機会だ。新当主として朝鮮側に挨拶の書状を送る。
代替わりを機に交易量拡大の交渉を試みるのもいいだろう。
博多との取引が安定して輸出品が増えれば、朝鮮側も増やす理由ができる。
むしろ欲に駆られた朝鮮側から、隻数増加を言い出させてもいい。
偽使に関しては——急には動けないな。
長年の慣行を急に変えれば宗家の内部から反発が出る。しかし方向性は決めている。
五年かけて偽使への依存を減らす。そのためには宗氏の名前の価値を上げることも考えなければならない。
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佐須盛円を呼んだ。
二十万石へ向けた戦略と交易の施策を説明した。
盛円はしばらく黙って聞いていた。
「……二十万石は、三年で届きますか」
「届く。壱岐の灌漑が完成すれば、石高は一気に積み上がるだろう。
康範が設計している水路が来年完成すれば、壱岐の農産は一年で一万石以上の変化を指す」
「交易収益の部分は」
「博多との取引が正式化すれば、南方物産の仕入れ経路が安定する。まずはそこからではあるが、大枠は誤るまい」
「歳遣船の件は」
「三年で数隻増やすことを目標にする。一隻増えれば、どれだけ収益が変わるかを数字で算出してくれ。
交渉の際に使用しよう」
盛円は紙に書き始めた。
「壱岐の荷の流れは、既に月ごとの記録を開始しています。
勝本浦に入る船の数と品目——この記録が交渉の根拠になります」
「偽使の件は、どう動きますか」
「今すぐは動かさない。国人衆の反発も大きいだろうからな。
しかし——五年以内に、依存を絶つ方向で動く。 正式な交易だけで十分な収益を出せる形にする」
盛円は頷いて退室した。
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次に軍事について言及しよう。
利興は津奈を居室に呼び寄せた。
「今の対馬と壱岐の兵力を、どこまで正確に把握しておる」
「……対馬の国人衆を全部動かせれば、三〇〇を超えるでしょう。上県と下県合わせれば五〇〇には届くかもしれません。
「壱岐は」
「利繁殿と康範殿の手勢、七〇人ほど。年内には一〇〇人に届くかと。国人衆を合わせれば五〇〇。」
「合計一〇〇〇か。実戦で即動かせるのは六〇〇が現実的だな」
「その程度かと」
現状は対馬と壱岐で十一万石超。
確か十万石につき三千の兵が理想とされていたはずだ。人口不足とはいえ、あまりにも兵数が追いついていない。
「理想は三年後、五〇〇〇。今後は九州本土との諍いもあるだろう。必要な兵数だ」
「両島の人口では無理ではないでしょうか」
「わかっている。どこまで現実的に積み上げられるか」
「一年で一〇〇〇。三年で三〇〇〇。それが現実の上限かと思っておりますが。それ以上は島の人口が足りませぬ」
「ではまず、その三〇〇〇を精強な軍にせよ。並行して本土からの浪人の受け入れは続けよう」
「時間と人手がかかりますな」
「そうだ。しかし——始めなければ今の時代脅威に晒されるだけだ。」
津奈は少し考えた。
「……三〇〇〇が即座に動ける状態になれば、この島を外から崩すことは用意ではなくなりますな」
「そうだ。交易と生産力、武力どちらかではダメなのだ。両立してこそ本当の力になるだろう。」
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利繁と康範には書状を送った。
二〇万石への戦略、壱岐の農地拡張、軍事力の方針——三つをまとめて記してある。
返事は短かった。
「壱岐の灌漑工事は来年完成する。田畑の総収量が一年で一万二千石を超える見込みだ。
麦と海砂の博多への販路が正式化すれば、石高換算でさらに一万石以上が加わる。
三年で九万石は届くだろう。
軍事は質を優先する。一〇〇人の動かせる人間を集めるより、三〇人の精鋭の方が有益だ」
要約するとこういった内容だ。利興は内容を読んで頷いた。
利繁も本質を考えて施策を考えるようになってきた。
壱岐を領して、決断を下すシチュエーションが増えているのだろう。
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秋になった。
利興は博多に向かう準備を始めた。
此度は銀を持っていく。
対馬の銀山から精錬した銀を、二十貫用意した。
盛円が目録を作った。
「銀二十貫。胡椒と蘇木の仕入れ経路の構築。朝鮮木綿を博多商人に認識させる——三つの目的ですね」
「そうだ。一度の訪問で全て渡りをつけてこよう」
「欲張りすぎませんか」
「欲張らなければ博多まで行く意味がない」
盛円は少し笑った。
「もう一つ聞いてもよろしいですか」
「なんだ」
「神屋殿が動けば——他の博多商人も動きますか」
「動く。神屋殿はその位置にいる人間だ。押さえておいて無駄にはならん」
盛円は頷いた。
「あとは、私の力量次第だ」
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出立の前日、利興は義調を訪ねた。
「明朝、博多に参ります。」
義調は利興の言葉に頷いた。
「銀を持っていくのか」
「はい。今回は銀を持参し取引の枠組みを作ります。
神屋殿が動けば、他の商人も両手を挙げて対馬と商いに乗り出すでしょう」
「うまくいくか」
「わかりません。しかし——ことを起こさねば、何も始まりませぬ」
「利興」
「はっ」
「お前は、三年で二十万石と言っていたな」
「はっ」
「そこまでこの島を豊かにして——その先はどうするつもりかな」
利興はしばらく考えた。
「この二つの島が海の要所として機能すれば——誰もここを無視できなくなるでしょう。
宗家がこの島に根を張り続けるための、経済的な基盤を作ります。
それが長くこの島の民が栄えることに繋がるかと」
「……父が言っていたことと同じだな」
「晴康様は某に方向を示してくださいました。某はその方向に添い、行動を積み重ねるだけでございます」
「好きに動いて良い。私はお前を信頼している」
「ありがとうございます。必ず結果を出しましょう」
利興は部屋を出た。
対馬は栄えつつあり、壱岐も手に入れている。
今後は本土の大名たちを向こうにわたし、対等に渡り合っていかねばならないだろう。
空を見上げ、決意を新たにした。
秋の厳原の空が、高かった。
累計PV数がどんどん伸びており、非常に嬉しいとともに身が引き締まる思いです。
このお話で第一章が完結といったところでしょうか。
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次回の更新は3/28(土) 9:00の予定です。
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