25話 博多へ
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください
天文十九年(一五五〇年)の春。
利興は十六歳になった。神屋寿禎から返書が来たのは冬の終わりのことだった。
————————————————————
書状は短かった。
「対馬佐伯利興殿の書状、拝読いたした。
春の便宜がよい折に博多にお越しいただければ、お目にかかる機会を設けましょう」
それだけだった。
余計な言葉がない。
利興はその書状に三度を通した。
神屋寿禎という人物の文字は、整っていた。学のある人間の文字に思えた。
「来い」と言っている。それで十分だった。
神屋寿禎という人物が対馬の現状を確認し、「会う価値がある」と判断した。
ここからは利興の勝負であった。
————————————————————
晴康にはすぐさま報告を入れた。
「神屋殿から返書が参りました。春に博多にて席を設けていただけるとのことです」
晴康は、床の上で目を開いた。
今は起き上がることも難しく、食もほとんど取れていない。利興の返答には絞り出すように声を出す。
「……行ってまいれ」
「はっ」
「神屋殿は——長年、博多と朝鮮を結んできた人物だ。儂も若い頃に一度だけ会ったことがある」
「どのような人物でしたか」
「……人の見る目は確かな御仁だ。お前と話が合うかもしれんな。……利興」
「はっ」
「儂は——来年の春まで生きられるかどうか分からん。
お前が博多から戻ったとき、儂がいなくても——動じるな」
「……ははっ」
「義調を当主に据える。其方が不在であれば、津奈に後見させよう。……行って参れ。
儂も若くして諸国を僧として遍歴したが、ついぞその知識をこの国を豊かにすることには使えなんだ。
其方は多くを学び、よりこの島を豊かにせよ」
「はっ!」
利興は部屋を出た。
晴康の声はまた弱くなっていた。
来春——島に戻ったときには晴康はいないかもしれない。
その覚悟を、今のうちにしておかなければならなかった。
————————————————————
三月の初め、利興は博多に向かう船に乗り込んだ。
一人ではない。鰐浦から五人を選び、荷物の運搬と護衛を兼ねさせている。
船は壱岐を経由する予定だ。
生池城に一泊の宿を求めた利興を利繁が出迎えた。
「兄貴、久しぶりだな。いよいよ博多か」
「ああ」
利繁は首をかしげながら続ける。
「今回ばかりは上手くいくかなぁ」
「わからない。しかし——動かなければ何も始まらんさ」
「そうだな」
「壱岐は順調か」
「ああ。順調に浪人の受け入れも進めている。石高は上がりつつあるが...
いかんせん人不足はすぐには解決しないからね」
「そのまま、いい感じに続けてくれ」
「わかった。兄貴——博多から帰るときは、壱岐に寄っていってくれ。俺も話を聞きたい」
「そうするよ」
翌朝、利興は壱岐を出た。
博多まで、一日の航路である。
————————————————————
博多の港に着いたのは、午後のことだった。
船が港に入ると、利興は立ち上がって本土に足を踏み入れる。
大きい。
当然のことではあるが島とは比べ物にならないほど人が多い。声が多い。
特色なのは時折、唐人や朝鮮の人間——様々な顔が港に混ざっていることか。
これが——博多。
港の喧噪の中を、五人の供を連れて歩いた。
神屋寿禎の屋敷への案内はあらかじめ書状に記されてある。
港から南へ半里。初めての土地を眺めながらの移動はあっという間だろう。
————————————————————
神屋寿禎の屋敷は、近隣でも群を抜いて目立つ建物だった。
大きいというより——整っている。
商人の屋敷らしく、荷を運ぶための入口と、客を迎える入口は分けて作られている。
利興は客の入口から入り、案内された部屋でしばらく待った。
神屋寿禎が姿を見せる。齢は六十ほどか。
体格がよく、動きは静かだった。
「佐伯利興殿か」
「はっ。お目にかかれて光栄です」
「……お若いな。おいくつかな」
「齢十六の若輩者にて」
「十六か」
神屋はしばらく利興を見た。
「書状は拝読した。対馬の物産や交易の状況が詳細に記されていた。どういった意図がおありかな」
「まずは我らが土地をあるがまま、お見知り置きいただきたく」
「なぜ」
「我らが扱う品物に目をかけていただきたいからです。また先に襟を開いて情報をお渡しします。
こちらからの情報を出すことが、まず信頼していただく一歩だと存じております」
「……それは、どなたかに教わったのかな」
「幼き頃、交易を指南してくれた朝鮮の老商人より」
「ほう、幼き頃より商いに触れてこられたか」
「はい。七歳より宗家の勘定方に入っております。
交易に関する帳場の複写から、商いを学びました」
「そこまで幼き頃より、宗家の公務を務めていらっしゃるか」
「はい。宗家の右筆としてお仕えしてまいりました」
「……幼き頃より目をかけられた右筆が、なぜ佐伯という姓をお持ちなのかな」
「昨年、元服の際、壱岐を恩賞として拝領し佐伯家を立てた由」
「……わずか一〇〇の手勢で鮮やかに波多氏を制圧し、壱岐を領した。
という話は博多にも届いているおるが、貴殿の手腕かな?」
「はっ。我々の手勢の動きにて」
「共に動かれる方もおるか、確か弟御もいると耳にしておるが」
「佐伯利繁という弟がおります、今は壱岐の代官として島を領しております」
「噂通り、宗家の中でも力をお持ちの御仁のようだ。話を伺おう。
対馬と博多を結ぶ、とはどういうことかな」
利興は懐から、紙を取り出した。
————————————————————
利興は一刻、神屋と話をした。
対馬の石高。銀山の産出量。朝鮮交易の規模。
壱岐の石高。勝本浦の港の荷の動き。麦と海産物の量。
博多との交易を拡大するための、具体的な提案。
神屋は途中で口を挟まず、静かに耳を傾けていた。
しきりに手元の紙に何かを書き留めてもいる。
「一つお尋ねしたい」
神屋が短く口を開く。
「対馬の銀——どこから来ているのかな」
「銀山の発見に成功致しましたので、灰吹法で精錬しております。」
「灰吹法の技術を、日の本に持ち込んだのは私でな。ご存知か」
「存じております。神屋殿が石見銀山の開発に関わり、朝鮮から灰吹法を持ち込まれた。
我らもそこから示唆を受け、朝鮮から職人を招くことに思い至りました。神屋殿がおらずして対馬の銀山は今の形になっていなかったでしょう」
「……お若いのによくご存知であられる」
「知己を得る前に、お調べ致すは当然のことかと」
「なぜそう思われる」
「相手のことを知らずに話をするのは、数字を見ずに勘定方を動かすのと同じです。
情報は初めに出来うる限り集める——それが基本だと思っております」
神屋はかすかに笑った。
「十六歳が使う言葉ではないな」
「お褒めの言葉と捉えておきましょう」
「もう一つ伺おう。博多との交易を広げて、貴殿はいかにするおつもりか」
「我らの島を豊かにしたいと思っています。
対馬と壱岐、この二つの島に生きている人間を、豊かにしたいと思っています」
「……貴殿は、変わった武士だな。
昨今どこの大名も、民からどこまで搾り上げるのかしか考えておらぬものを」
神屋は立ち上がった。
「私も、対馬の銀には興味がある。もう少し時間をいただきたい。
博多の同業者と話をして、お力になれるかを確認しよう」
「忝く」
「次に博多にいらっしゃる時は、対馬の銀を持参されよ。実物を見れば商人は話が早い」
「承知しました。必ず持参いたしましょう」
利興は頭を下げた。
続いて神屋も頭を下げた。
————————————————————
神屋の屋敷を出た後、利興は博多の港をしばらく散策する。
港の賑わいの中を荷が動いている。
対馬でも見られる光景ではあるが、やはり規模は敵うまい。
壱岐でも、こんなに多くの人が往来することはない。
売買は銭か銀が主流のようだ。
このあたりは現代の歴史知識、西国は銀が中心という情報に大きくは逸れていない。
複数の商人に話を訊いていたが、対馬で精製した銀の流通はまだまだ僅かなようだ。
「なぜ少ない」
「対馬からの船は、壱岐経由で来ることが多くなりましたが、まだ安定しておりませんので」
利興は頷いた。
課題が見えてきた。
対馬から博多まで、壱岐を中継地として機能させ、安定した荷の流れを作る。
商いに一部銀が使われているということは、品質が問題はないと捉えていい。
ここからは供給量を考える必要があった。
————————————————————
博多を出たのは、翌日の朝だった。
帰路はまず壱岐に寄る。
利繁が港で待っていた。
「兄貴、どうだった」
「なんとか話は出来た。印象も悪くはないだろう。
まずはとっかかりを掴んだと思ってもいいと思う」
「一旦は、充分な成果かな」
「そう思うことにするよ」
「兄貴——晴康様は」
「まだ亡くなられるようなことはないだろう...」
利繁は口を閉じる。
「異変があれば、すぐに知らせを出す」
「そうしてくれ」
利興は船に戻った。対馬が、海の向こうに見えてきた。
春の博多の海は明るい。
まだまだ道は半ばだろう。しかし——道は開いた。
累計PV数がどんどん伸びており、非常に嬉しいとともに身が引き締まる思いです。
ブックマーク、リアクション、コメント。
更新の励みになりますのでどんな内容でもいただけると嬉しいです。




