21話 壱岐領有
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください
天文十八年(一五四九年)の夏。元服から一ヶ月が経った。
利繁と利興が壱岐に渡ったのは、八月の初めのことだった。
康範も同行した。
晴康から利繁の与力として壱岐随行を命じられた康範は、本来領有していた上県の手勢を引き連れて参陣した。
津奈は対馬に残っている。利興の与力として康範不在の上県の国人衆を統率する役を受けていた。
元服の儀の後、津奈は利興に短く言った。
「上県の国人衆に話を通しておく。盛廉が動いたとき、即座に動ける状態にしておこう」
「お願いします」
それから、一つだけ付け加えた。
「康範の仕事は儂が受け持とう」
利興は再度頷いた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。動くべき時に動けるようにしておく。それだけだ」
「盛廉の件が動いたとき——儂がいち早く参じよう」
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壱岐国生池城は、勝本浦から南に五里ほどの丘の上にある。
標高は四十尺(約40m)ほどだ。壱岐の城としてはそれでも高い方に入る。
対馬の城なら山間の中腹程度の高さだが——壱岐では、この高さで島の大半が見渡せる。
それが、壱岐という島の地形である。
城の構えは、丘を丸ごと削り出して作った円形の郭だ。
周囲を二重の空堀が取り巻いている。
虎口には横矢がかかり、幾分凝った作りになっている。
史実ではここを拠点とした城主・本城源壹が倭寇として活動した後、朝鮮と正式な交易を始めたという話が伝わっている。
史実でも交易と関連のある城と地形だ。利興がここを選んだのは、その理由からでもあった。
丘に登るにつれ、少しずつ島全体が見えてきた。
田畑が広がっている。平地での田園風景は対馬では中々見ることのない光景だ。
少ない平地に棚田を切り開いて、それが八万石の基盤になった。
しかし壱岐は——どこまでも、田畑が続いている。
城の丘の上に立った。
見渡す限り、田と畑である。北に勝本浦の港が見える。南に深江田原の平野が広がっている。
東の沖にはかすかに九州の陸地が見える。西の海の向こうに、対馬が——今日は霞んで見えなかった。
「これが壱岐か」
利繁は思わず言った。
隣に立った利興が頷いた。
「改めて見ると対馬とは全く違うな」
「ここが俺たちの直轄地か」
「そうだ」
利繁はしばらく、その景色を見た。言葉にすると実感が湧いてくる。
平坦な地形は農地を作りやすく、道を作りやすく、人が動きやすい。
(ここが、俺たち2人の島になるのか)
背後から康範の声がした。
「風が通りますな。対馬と違う風だ」
康範は城の丘の上に立って、海の方を見ていた。
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城の中を一通り見た後、利興は利繁と康範に言った。
「今日から、ここがお前たちの城だ」
「わかった」
「壱岐の交易を管理する国府を作る。まず島の現状を把握してくれ。
石高から始める。田畑の総量、港の荷の出入り、人口の概数——とにかく壱岐の現状を把握する」
「康範殿には何を」
利繁が尋ねる。
利興は康範に視線を移した。
「上県から連れてきた人間たちの配置を決めて頂きたい。
それと壱岐でも浪人を受け入れる体制を作りたい。
目標は総数で二百人。鰐浦でやってくださったことと同じ仕組みを、この地でも作ります」
康範は少し考える素振りをした。
「鰐浦と同様の手筈で」
「はい。ただし壱岐は博多に近い。九州からの人間が鰐浦より集まりやすい。その分、選別の基準も明確にする必要があります」
「わかった。手筈を整えよう」
「最初の一年で五十人。二年目で百人。三年目で二百人——作物の実りとも相談いたしましょう」
康範は頷いた。
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翌日から、利繁は壱岐の現状を把握し始めた。
地侍たちから報告を集めた。田畑の面積。港の荷の出入り。人口の概数。
利興がそれを整理した。
「壱岐の石高は、現状で三万石前後だ」
「三万石か。対馬の三分の一ほどか」
「そうだ。しかし面積を考えると、対馬の七分の一ほどしかない島で三万石ある。対馬が険しい山だらけなのに対して、壱岐は平坦で田畑が多い。土地の生産力は壱岐の方が高い。灌漑が不十分な土地が相当数ある。対馬でやったことと同じことをやれば——二年で十万石を超えると思う」
「特産は何がある」
「麦が多い。対馬では作れない作物だ。壱岐の麦は質がいい。水稲とは違って連作にも向いている。
海産物も豊かだ。アワビ、タイ、ブリ——干物にすれば保存がきくし...
それから——壱岐には良質な海砂がある。建材として需要があるらしい」
「壱岐の真の力は位置だ、と言っていたな」
「そうだ。壱岐から博多まで、七十里(約74km)ほどだ。天候が穏やかな日なら、一日で着く。
対馬から博多までは四日かかる。
壱岐を中継地にすれば——対馬の荷が博多に届くまでの時間が大幅に短くなる。
壱岐は物産の集積地としても活用出来るだろう、無論だが物が動くということは先々を見据えれば軍事の要衝でもある」
「そのための二百人か」
利繁は利興の言葉に頷いた。
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生池城から見える勝本浦の港には三日後、対馬の船が二隻入った。
直轄地としてから最初の交易である。
利繁はその取引を、城の丘の上から眺めていた。
港に人が動いている。荷が動いている。
隣に康範がやってきた。
「鰐浦も、最初はこうだったのでしょうか」
「そうですな。最初の一年は見ているだけ。こちらから何かを動かすのは信頼が積み重なってからでしょう」
「壱岐の民が、俺たちを信頼するのはいつ頃になりますか」
「早くて一年。遅ければ三年は」
「その間はいかがいたしましょう」
「荷を動かし続け、民の暮らしを整えることでしょう。暮らしが変われば、豊かになれば——少しずつ、信頼が生まれてまいります」
利繁は頷いた。
港の端で、漁師の子供が対馬の船を指さして何かを言っている。
(この島にも人は生きている)
壱岐を奪ったとき、利繁にはそこまで考えを巡らしていなかった。
しかし——眼下では人の営みが流れている。
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利興が対馬に戻る前の夜、三人は生池城の丘の上に出た。
夏の夜、壱岐の空は広かった。
「この空の下に、二百人を集める」
「三年後には、佐須盛廉の件も終わっているだろう。対馬の体制が固まれば——本格的に博多に出る」
利興の言葉に、利繁と康範の二人は黙って耳を傾けている。
「康範殿」
利繁が口をひらく。
「上県を離れて、壱岐に来ていただき申し訳ありません」
康範は少し間を置いた。
「申し訳ないとは思うな。実を言えば儂は——ここに来たかったのだ」
「ここに?」
「長年、上県の浜で燻っていた。誰かが体制を変えるために動かないかと、ただ待っていたのだ。
お前たちが現れて、この壱岐を鮮やかに奪った。次は——この島を足がかりに博多へ出るのであろう?
どこまでいけるのか、それを見てみたい」
利繁はしばらく康範を見つめた。
康範は今年でいくつになるか——五十近いはずだ。
長年、対馬という孤島の1つの浜で生きてきた男である。
諦めもあったのだろう、現状への満足もあったのかもしれない。
そんな男が自分の意思で外の世界へ踏み出していたのである。
「……共に、ここから日の本を動かしましょう」
康範は頷いた。
少し離れて会話を聞いていた利興はひとつの結論を出していた・
壱岐はこの二人に任せても問題ないだろう。
ならば本来やるべきことを、自分も実行するべきである
「明日、対馬に戻る。佐須盛廉の件が動いたら知らせを出そう。
——康範殿は知らせが届き次第、手勢を率いて対馬に進軍して頂きたい」
「承知した。知らせが届き次第、迅速に馳せ参じる」
「津奈殿は対馬におられる。上県は津奈殿が押さえてくださっている。私は厳原で動く。
来年には——佐須盛廉の件にカタをつける」
「……わかった」
利繁は頷いた。
夏の夜風が、壱岐の丘を吹き抜けていった。
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【山本康範】 天文十八年・夏 壱岐
翌朝、康範は生池城の麓に出た。
手勢として連れてきた二十人が動いている。
国府に入り内政に従事しようとしている者。港に向かっている者。
康範はそれを見ながら、鰐浦に浪人を受け入れを始めた時のことを思い出した。
同じことを、ここでもやるのだ。
「利繁殿」
「はい」
「三年後、この港に何隻の船が入っているか——楽しみだな」
利繁は少し笑った。
「そうですな」
二人は港へ向かった。
水平線の向こうから太陽が照らしていた。
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