22話 佐須蜂起
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください
天文十八年(一五四九年)
盛円が尋ねて来たのは、八月の初めのことだった。
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「佐伯利興殿に、お目にかかりたい」
使者を寄越すのではなく、本人が訪を入れてきた。
利興は少し考えた。
佐須盛円——佐須盛廉の実弟である。
「通せ」
盛円が部屋に入った。
左頬に小さな傷がある男が座りざま、すぐに話し始めた。
「儂が兄である盛廉の交易の確認役として動いていたことは、すでにご存知だと思いますが...」
「知っている」
盛円は少し間を置いた。
「……兄が動こうとしています」
利興は黙って続きを待った。
「証拠を掴まれる前に、先手を打つと言っています。まだ確定はしておりませんが...。
しかし——夏の終わりには決める、と言っていました」
「動くとすれば、どういう形で動くのでしょうか」
「下県の国人衆を糾合して、武力で——」
「宗家に反旗を翻す、ということですか」
「左様」
利興はしばらく黙った。
「なぜ、私のところに参られたのですか」
盛円は少し間を置いた。
「兄と心中する気がないからです。しかし——それだけではありません」
「他に理由が?」
「儂は三年間、国府で数字が変わる瞬間を見てまいりました。
正しいことではないとわかっていながら、兄の指示に従ったままだったのです。その後ろめたさはずっとあります。
兄が蜂起して島が乱れれば——その後ろめたさがより大きくなる。それを避けたい」
利興はしばらく盛円を見た。
後ろめたさを持っている人間は利用できるだろう。
すでに抱えている後ろめたさから逃れようとする。
「お話はわかりました。一つだけ確認させて頂きたい」
「はい」
「佐須盛廉がいつ動くか、お分かりになりますか」
「……秋の終わりか、冬の初めだと思います。秋の交易が終わってから。人間を動かすのは最も自然かと。
夏の今はまだ、人間を集める段階だと思います」
「下県で、どれだけの人間を集められましょうか?」
「……五十から七十人、というところかと」
下県の五十から七十人。
対して——上県には津奈がいる。
津奈の与力として上県の国人衆を動かせる。
壱岐には利繁と康範がいる。知らせを飛ばせば直ちに兵を率いてくるだろう。
数は上回る。
しかし問題は下県という地の利だ。
佐須の家は下県に根付いている。
下県国人との繋がりも深い。地の利があれば、数の差は縮まる可能性がある。
「もう一つお尋ねします」
「はっ」
「盛円殿は、これからどう動かれるおつもりか」
「……利興殿の指示に従います」
「私の指示に従うということは、兄を追い落とすことに加担するということだ。それを理解した上で言っていらっしゃるのだな?」
盛円はしばらく黙った。
部屋に、静かな時間が流れた。
それから盛円は頷いた。
「理解しております」
「盛廉の家中で、盛円殿が連絡をつけられるものはおりますかな?」
「……数人は。兄の不正に疑問を持っていた者たちです」
「その人間たちを——盛廉が動いたとき、こちら側に付かせることは」
盛円は少し考えた。
「……やってみます」
「わかった。ではこうしてくれ——」
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盛円が帰った後、利興は津奈を呼んだ。
「佐須盛廉が動きます」
津奈は少し間を置いた。
「……いつだ」
「秋の終わりか冬の初め。下県で五十から七十人が集まる見込みとのこと」
「先手を打つか」
「いえ、盛廉の出方を伺いましょう」
津奈は利興を見た。
「先手を打てば、我々が蜂起した体を取られかねません。
盛廉が動いた後、追討を旗印に応じる形で動く。その方が——正当性を得られます」
「正当性か」
「左様。佐須が下県の国人を糾合して動けば、それは宗家への反乱となります。
晴康様の命を受けた我々が、それを鎮圧する——という形を取る。盛廉討伐後も我々の立場を守ることになります」
津奈は静かに頷いた。
「わかった。では準備だけ進めよう」
「上県の国人衆には、すでに話を通してあります。それから——津奈殿には、下県への行軍の先頭に立っていただきたい」
「宗家の血脈たる津奈殿が先頭に立てば——下県の国人衆、佐須盛廉についてきた者の中にも動揺が走るでしょう。先頭に立つ人間の名が、戦の流れを変えることがあります」
津奈はしばらく利興を見た。
「……わかった」
「利繁と康範殿には、壱岐から呼び戻す知らせを出します。盛廉が動いたとき、下県の退路を断つ形で動いてもらいます」
「承知した」
「晴康様には、今夜中に手筈を報告いたします」
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晴康への報告は、その夜のうちに行った。
「佐須盛廉が動こうとしています」
「……そうか」
「盛円殿が話してくれました。秋の終わりか冬の初めに、下県の国人を糾合して動くと思います」
晴康は静かに頷いた。
「お前はどう動く」
「佐須盛廉が動いてから対応させる形で兵を上げます。盛廉が動いた後に晴康様の名で鎮圧の命を出していただければ——我々に追討軍としての正当性が生まれます」
「わかった。儂は病の床にいるが命を出すくらいはできるだろう」
「ありがとうございます」
晴康は目を閉じた。「……あとはお前に任せる」
「はい」
利興は部屋を出た。
廊下に出ると、夜の風が当たった。
(始まる)
秋の空は星が多かった。
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九月の終わり。
佐須盛廉が動いた。
下県の国人衆を糾合したという報せが、厳原に届いた。
兵力は六十三。予想の通りである。
報せを受けた利興は、すぐさま行動を起こした。
単身で晴康の屋敷に駆けつける。
「佐須盛廉が下県の国人衆を集め、蜂起したとの由」
晴康は床の上で目を開いた。
「……命を下す」
「——佐伯利興に命じる。佐須盛廉の反乱を鎮圧せよ!」
命を受けた利興はすぐさま盛円に報せを走らせる。
盛円からは手筈通りに動く早馬が届く。
津奈はすでに上県の国人衆を動かし始めていた。
壱岐には——利繁と康範へ急使を出した。
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蜂起した盛廉は下県を出た。
六十三人の顔を見た。
下県の国人衆——長年、佐須家に従ってきた人間たちである。
しかし——全員の顔が、すっきりとしていなかった。
守護代に従って動く。ある種国人衆として義務ともいうべき行動である。
しかし——結果として宗家に反旗を翻すと形には及び腰になっているのである。
(状況を打開するためには、緒戦で佐伯勢を打ち破るしかあるまい)
盛廉は自分に言い聞かせた。
晴康は利興に盛廉の追討令を出したというが
おそらく迅速に対処しようとする利興を1度打ち破り
晴康の屋敷と晴康自身を押さえれば——利興を謀反人として立場をすげ替えることが可能だろう。
——下県、豆酘崎を進発し半日も経たない頃、前方を遮られる。
道を塞ぐように、兵が並んでいる。
五十人はいるだろうか、先頭に一人の男が立っていた。
近づくにつれてその男の顔が鮮明になる。津奈調親だった。
盛廉は1度進軍を止めた。
津奈が動いているということは——利興に呼応しているのは対馬全土と思った方が良い。
おそらく交易の不正に関与した事実も、利興と晴康のみならず
盛廉に従う人間以外には知れ渡っているだろう。
盛廉は自らに従う後方に1度視線を移した。
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【利繁】 天文十八年・秋 壱岐国生池城
急使が訪れたのは、夜明け前のことである。
「佐須盛廉殿、謀反!」
利繁はすぐさま康範を居室に呼び寄せた。
「壱岐勢、出陣!」
来る日に向けて準備を進めていたためか、兵の動員もそれほど時間はかからなかった。
夜明け前には勝本浦から、進軍を開始する。
船に揺られながら利繁は生池城の丘を振り返った。
まだ日が登りきっていない朝靄の中、城の輪郭が見える。
対馬の、兄と自分のこれからを見据えた正念場である
——この戦いの結果で、いかに勝つかで今後の対馬の差配が大きく変わるだろう。
あの兄が数年にかけて準備を進めていたのだ。負けるとは微塵も思っていない。
利繁は前を向いた。隣に康範が立つ。
二人は視線を合わせ、どちらからともなく無言で頷いた。
対馬が、夜明けの光の中に見えてきている。
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その頃、利興は厳原から動かず
上がってくる報告をもとに戦況を把握していた。
佐須盛廉が率いる六十ほどの軍は、豆酘崎を進発。
国府がある厳原の手前、久田峠で津奈勢と対峙している。
こちらの動きに気づいていた節がある盛廉も、上県から駆けつけると読んでいた
津奈勢の動きの早さに面食らったようだ。
互いに陣を構えたまま動かず、日没を迎えようとしている。
盛円は盛廉軍に参陣しており、後方に位置取りを行っている
(佐須盛廉は詰んでいる)
利興は静かに考えた。
想定しうる最善の方向で事態は進んでいる。
あとは——盛廉がいつ置かれた状況を悟るかだ。
悟った上で戦うか。降伏するか。
利興には考えなければいけないことがもう一つあった。
盛廉を打ち取った後の対馬の体制である。
佐須の縁戚に守護代を継がせれば、禍根が残るだろう。
(この絵図を書くことだけは、俺にしか出来ない仕事だろう)
秋の日が、西に傾いていた。
利興は目を閉じて戦場に赴く同志に思いを馳せた。
累計PV数がどんどん伸びており、非常に嬉しいとともに身が引き締まる思いです。
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