18話 壱岐上陸
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください
天文十八年(一五四九年)三月の初め、晴康から正式な命が下った。
「壱岐を制圧せよ」
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冬の間に、準備は進んでいた。
与七は鰐浦に赴く頻度を月に三度と増加させ調練を施していた。
最初の調練の日、与七は六十人を浜に並ばせた。
「右!」
動きはまばらであった。
与七は特段注意をするでもなく。もう一度指示を出す。
「右!」
与七はそれを、十回繰り返した。
十回目で、ようやく六十人が同じタイミングで同じ方向を向いた。
「今日はここまでだ」
六十人が顔を見合わせた。
拍子抜けした顔をしている者もいる。
康範が北部の武士たちを連れて浜に来たのは、十一月も終わりのことだった。
康範の手勢は三十人。津奈の手勢が二十人。与七の六十人と合わせると、百十人になる。
「まずは共に行軍する」
と山本は言った。
「戦はまばらに動くよりも集団で同じ動きを行う方が遥かに威力を発揮する」
百十人が浜を歩いた。十日に一度の訓練を重ねるうちに、少しずつまとまってくる。
一月を過ぎた頃には康範の指示で動ける人間が増え、二月になると小隊に分けて動かせるようになった。
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調練と並行し、与七は壱岐の情報を集め続けた。
壱岐に行き来している船頭たちから、少しずつ情報が集まっている。
与六は集まった情報を整理して、与七に地図を描いた。
「壱岐は対馬と全く違う地理的特徴を持っている」
与六が言った。
「南北十七町(約17km)、東西十四町(約14km)の島だ。
対馬のように山が深くはなく、最も高い山でも岳ノ辻という場所で二百十三尺(約213m)しかない。
地形はほぼ平坦で、田畑が多い。山の険しい対馬と比較するなら、壱岐は比較的豊かな島だな」
「守りにくい地形でもあると思うけど」
「そうだ。対馬なら散開して山に逃げ込める。壱岐では逃げ場がない。追い詰めれば、抗戦か降伏という手立てしかなくなる」
与七は地図に目を落とした。
壱岐には四つの主要な港がある。
北部に勝本浦。南西部に郷ノ浦。南東部に印通寺。東部に芦辺。
島の四方に港があり、それぞれが交易の拠点になっている。
海岸線は入り組んでいて複雑だ——面積の割に海岸線が長く、入り江が多い。
上陸地点の選択肢が多い、ということでもある。
「一番力のある地侍はどこにいる」
「そうなると波多氏だな。松浦党に連なる一族で、勝本浦の周辺を拠点にしている。
勝本浦は古来から朝鮮半島への航路の要衝だ——神功皇后が三韓征伐の際に風待ちをした地として伝わってもいる。この港を押さえる者が壱岐を制すると言ってもいい。波多氏が壱岐に乗り込んできたのは七十年以上前のことだが、以来この地に根付いてきた」
「波多氏が動けば、他の地侍は」
「従う。波多氏が壱岐の頭だ。頭が落ちれば島は落ちるさ」
与七は地図を閉じた。
「奇襲かな」
「そうだな。勝本浦の北側に、複雑に入り組んだ入り江がある。海岸線が入り組んでいるから、外からは察知はしにくい。そこから上陸して、夜明け前に勝本浦を囲む」
「平坦な地形は日中なら物見に見つかるだろう。夜明け前の暗闇で兵を動かせば、相手は気づいたときには囲まれることになるだろう。壱岐の平坦さは守る側には弱点になる」
与七は頷いた。
「もう一つ」
与六が続けた。
「壱岐の地侍の総兵力は百人前後だ。こちらの総兵数は百十人でわずかに数は上回るが、力押しでの城攻めには不足している。そこで」
「そこで...?」
「壱岐の地侍は、松浦党を通じて博多と密接な関係を築いている。対馬の石高が増加している情報は壱岐にも届いているだろう。届いていれば降伏の判断は早くなる。届いていなければ——戦う覚悟を決めるかもしれんが...」
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三月の初め、晴康の命が出る。
康範と津奈に加えて正式に与七が召し出され三人が前に出る。与六も宗家全体の指揮官として同席した。
晴康は文机の前に座っていた。病が進んで立つことが難しくなっている。
しかし——声には、まだ力があった。
「壱岐を制圧せよ。ただし——降伏するもの処遇も任せよう」
「承知いたしました」
晴康は与六に目をやる。
「……全体指揮は宗家より与六とする。皆、力を合わせて進軍してくれ」
「ははっ!」
部屋を出た後、廊下で康範が与六の耳元で呟く。
「晴康様の体が、だいぶ悪くなっておられるな」
「はい」
「事を急ぐ必要がある」
康範は歩き始めた。
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出陣は三月の五日と決まった。
前日の夜、与七は鰐浦の浜に六十人を集めた。
「明日、壱岐への出陣である!」
誰も声を挙げない。
しばらく、静かだった。波の音だけがあった。
「恐れる者はここで名乗り出ろ!。戦に出るのは初めての者がほとんどだ。恥じることではない」
誰も何も言わなかった。
「皆、共に戦うという事だな」
黙って頷く者がいた。うつむいている者、口を真一文字に結んでいる者もいる。
みんな、怖いのだ。与七にはわかった。言わないだけで、怖くない人間などいない。
与七自身も怖かった。
しかし——怖いことと、動けないことは別である。
「先頭には俺が立とう!。俺の背中を目掛けて後ろについてこい!」
六十人が、静かに頷いた。
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三月五日の夜明け前。
船が鰐浦を出た。
康範勢三十人、津奈勢二十人、与七の六十人——計百十人が、五隻の船に分かれて乗り込んだ。
与六は一番大きな船に乗りこむ。指揮官として全体を見る役だ。
決して先頭には立たず、局地の戦闘指揮はそれぞれ手勢を率いる三名が受け持つ。
壱岐海峡の春の夜は、穏やかだった。
風が弱い。波が低く月明かりが少ない。
好条件だった。
与六は船の端に座って、暗い海を見ていた。
壱岐の地形が頭の中にある。
北部に勝本浦。三つの入り江に分かれた複雑な港だ。
田浦、可須浦、本浦——それぞれが入り江の奥に位置している。
平坦な地形の中で、勝本浦だけが丘に囲まれた地形になっており、港を押さえる者が自然と周囲を見渡せる。
波多氏がなぜ勝本浦に拠点を置いているか——与六には理解できた。
朝鮮と博多の航路を押さえる者が、壱岐の富を握る。おそらくそこは対馬との遜色はないだろう。
波多氏はその場所に、七十年以上根付いてきた。
しかし——その場所を押さえていることが、今夜は弱点になる。
港を中心に集落が形成されている。
集落の周囲は平坦だ。四方から囲めば逃げ場はない。
与六は懐から一枚の紙を取り出した。
壱岐の地形図だ。上陸予定地点の入り江。勝本浦の拠点の位置。包囲するための経路。
もう一度、すべてを確認した。
算段の上では、うまくいくはずであった。しかし——算段通りに動かない部分が、戦には必ずあるだろう。
その事態に直面した時、どう対処するのか。
それが——俺の仕事だ。
与六は紙を畳んで、懐にしまった。
隣の船を見ると、与七が船の端に立って前を向いていた。
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壱岐の陸地が見えてきたのは、夜明けの二刻前だった。
「入り江まで、あと半刻ほどにございます」
船頭が声を落として言った。
与七が船の端に立って、陸地を見ている。
与六がは船を寄せて、声をかける。
「見えるか」
「見える」
「変わったことはないか」
「今のところはない」
与六は頷いた。
「入り江に入ったら、速やかに上陸する。音を立てるな」
「わかっている」
「上陸してから包囲するまで、どのくらいかかる」
「半刻あれば、囲める」
「夜明けまで1刻半。充分だろう」
「兄貴」
「なんだ」
「いよいよだな」
「ああ、ここからだ」
与七は前を向いた。
船が、入り江へと向かっていった。
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上陸は静かに行われた。
五隻の船が次々と入り江に滑り込み、百十人が音を立てずに船を降りる。
砂浜から山道に入る。暗い中を、一列になって行軍する。
先頭は与七だ。
与七は一度も振り返らなかった。前だけを見て軍を主導する。
与六は後方で、全体の動きを把握しながらの行軍だった。
足音が揃っている。康範が後ろから全体を締め、津奈は右翼に回って山道を差し掛かる。
夜明けは、まもなくだ。
与七が先頭で手を上げた。停止の合図だ。
百十人が静止した。
前方に、勝本浦の集落の輪郭が見えた。
板塀で囲まれた屋敷。その周囲に、漁師たちの家が並んでいる。
まだ、民たちは眠っているはずだ。
与七が振り返った。与六と目が合った。
与六は頷いた。
与七は前を向いた。
右手が、刀の柄に触れた。
夜明けの光が、東の空にわずかに滲み始めていた。
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【山本康範】 天文十八年・春 壱岐への道中
船の中で、康範は百十人を見ていた。
与七の六十人を——康範には特に気にかけていた。
港の人夫として集めた人間たちだ。
冬の間の訓練で、まとまって動けるようにはなったとはいえ
——実際に刃を交えたことのある人間がどれだけいるかもわからない。
戦が始まれば、人間の本性が出るだろう。
冷静に動ける者。動けなくなる者。逆に前のめりになりすぎる者。
与七が、それをどれだけ理解しているのだろうか。
三年前、鰐浦の浜で初めて会った十二歳の子供が、今や百十人の先頭に立っている。
晴康の体はおそらく限界に近づいている。
あの老人が動ける時間の中で——できるだけ多くのことを形にしなければならない。
壱岐はその一歩だ。
夜明けの光が、水平線に滲み始めた。
康範は刀の柄に手を当てた。
久しぶりの感触だった。
しかし——手は震えていなかった。
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【波多氏の拠点にて】 天文十八年・春 勝本浦
その夜、勝本浦の物見は対馬軍の襲来に気づかなかった。
春の夜は穏やかだった。
沖に船影があったが春の夜には商船が通ることもある。特に気にも留めなかった。
波多家の当主は既に床に就いている。
対馬からの商船の数が増えているという話は聞いていた。関料の要求も拒否されたとも噂で聞いた。
古来より持ちつ持たれつの関係を築いてきたのだ、互いの要求を跳ねつけるなど珍しいこともある者だと思ったのだ。
対馬の石高が八万石相当になったという話は、博多の商人から届いていた。
もしかすると対馬に移る方が豊かに暮らせるかもしれんなぁ、と
自分の想像に浸りながら時間の経過を待つ。
夜が、静かに過ぎていった。
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