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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第一章 対馬転生編

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15話 力の集積

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。

天文十五年(一五四六年)

山本康範に、浪人の話を切り出したのは秋が終わる季節だった。

————————————————————

秋の終わりの鰐浦は、風が変わる季節だ。

夏の間は南から温かい風が来る。

しかし十月を過ぎると、北から冷たい風が吹き始める。朝鮮の方からの風だ。

その風が来るようになると、漁師たちは「冬が来る」と言う。


与七はその風の変わり目を、今年で二年続けて体で覚えていた。

十日に一度、鰐浦に足を運ぶ。訪ねるたびに何かが少しずつ変わっている。

波の高さが変わる。漁師たちの仕事の内容が変わる。康範との会話が、少しずつ長くなる。

その積み重ねが——今日の話を切り出せる土台になっていた。


その日、与七はいつもより早く鰐浦に赴いた。

浜に着くと康範はすでに浜の端から沖を眺めていた。

与七は黙って隣に立った。しばらく二人で沖を眺める。

「今日は風が強いな」

康範が言った。

「はい。北からの風にございます」

「朝鮮の方からか」

「そうにございます」

また黙った。波が繰り返された。

康範が先に口を開いた。

「何か話があるか」

「はい」

「言え」

与七は少し間を置いた。

「北部に、人間を集めたいと思うております」

「人間、とは」

「浪人にございます。主君を失った者、食えない者——そういう人間を、鰐浦の周辺に受け入れたい。費用は出せます。場所が必要にございます」

康範はしばらく黙っていた。波の音だけがあった。

「浪人だけか」


与七は少し間を置いた。

「——九州の大名が人を売ることがございます。そういう人間も、買い取って鰐浦に置きたい」

「人を買う、か」

「はい」

「その人間に、何をさせる」

「今は港の仕事をさせます。しかし——将来、一緒に動いてもらいます」


康範はしばらく黙っていた。与七も何も言わなかった。

康範が考えている間は黙って待つ。それが——この十日に一度の積み重ねで与七が学んだことだ。

「一つだけ聞く」

「はい」

「お前の兄貴は、このことを知っておるか」

「兄の発案にございます」


康範はまた黙った。今度は少し長い沈黙だった。

「……わかった。場所を用意する」

「かたじけのうございます」

「ただし——一つだけ条件がある」

「なんにございますか」

「集めた人間の中で、問題を起こした者は儂が処分する。お前たちが買い取った人間であっても、北部で問題を起こせば、儂の領分じゃ」


与七は少し間を置いた。

「承知いたしました」

「それから——集めた人間の出どころと、何ができるかは儂に報告しろ」

「はい。十日に一度、報告いたします」

康範は頷いた。それだけだった。


二人でまた沖を見た。北からの風が、波を少し荒くしていた。

「最終的にはどれほどの人数を抱え込む?」

与七は少し間を置いた。

「三百人にございます」

「……三百か」

「はい。四、五年かけて集めます」

「それだけの人間を食わせる費用は」

「兄が出すと」

康範がまた口をつぐむ。波が三度繰り返された。

「……わかった」

それだけだった。

————————————————————

津奈調親に「一年待つ」と言わせた兄は宗氏内部で佐須打倒の証拠を積み上げている。

康範が北部の場所を用意している。

全部が、少しずつ動いている。

しかし——言葉と証拠だけでは動かせない局面が、必ず来る。

実力行使でいかに軍事力を保有できるか、それは俺が果たすべき責任だった。

————————————————————

最初に来たのは、筑前の出の男だった。

もともとは小さな豪族の家臣だったが、その豪族が大内氏との争いで潰れ、行き場を失ったという。

三十代の半ばで、寡黙な男だ。刀と船仕事ができると言った。


与七は流れてきたものに最初に三つだけ聞いた。どこから来たか。何ができるか。なぜここに来たか。

それだけ聞いたら、あとは港の仕事を与えた。

受け入れた者の中には、当然対馬南部の者もいる。

もともと宗家の端の方で小間使いをしていたが、ある時期から南部の港で荷の仕分けの仕事をしていたという。

対馬のこと、南部の港のこと——よく喋る男という印象の男だった。

しかし——何かへの言及は避けている気配がある。

港での荷の仕分けの仕事について話すとき、男の言葉に一瞬だけ詰まる部分があるのだ。

その詰まりが、何かを隠していることを示していた。

与七はそれに気づいていた。しかし、急かさなかった。

佐須からの間諜の可能性もあると頭に入れておけばいい。

どう使うかは兄が考えるだろう。

————————————————————

密かに受け入れを始めると兄に進捗を報告する。

「受け入れは順調だよ。九州北部の浪人を中心に、目立たない程度に集め始めてる。

それから対馬の南部出身の男がいるのは気に掛かるけど」

「どんな人間だ」

「佐須の仕組みに、端の方で関わっていた可能性があるね。南部の港で荷の仕分けをしていたと言っていた」

与六は帳面から顔を上げた。

「間諜の可能性もある。しばらくは泳がせるか」

与七が言う前に、与六が言った。二人の間で、同じ結論が同時に出た。

「わかった」


与七は少し間を置いた。

「山本には、三百人は集めると伝えた」

与六は少し止まった。

「反応は」

「「わかった」と言っていたよ」

「それだけか」

「それだけだ」


与六はしばらく黙っていた。

「三百人を食わせる費用は、今の交易の収益で出せるだろう。ただし——三百人が揃うのは四、五年後だ。それまでの間、毎年少しずつ増やしていく」

「増やすペースは」

「最初の一年で二十人。二年目で五十人。三年目で百人。四年目で二百人。五年目で三百人——そのくらいのペースが、費用と場所の確保の両方から見て現実的だ」

与七は少し間を置いた。「二年目で五十人、か。」

「そうだ。だから——今年中に、人が集める仕組みを作っておく必要がある。商人が一人ずつ連れてくるのでは間に合わないからな」

「仕組みとは」

「対馬の地理的な優位性を活かして「戦乱のない食える場所」という話を、商人を経由して壱岐と九州の方に流す。話が広がれば自然に人がは集まるだろう。集ってきた人間はこちらで選別し、山本に管掌させる。その仕組みを作れ」


与七は少し考えた。

「話を流す商人というのは?」

「松浦の船頭に頼む。お前が北の浜で顔を合わせている船頭の中に、壱岐と行き来している人間がいるはずだ」

「一人いる。肥前の出で、壱岐にも寄る船頭だ」

「その男に話を通せ。「鰐浦に来れば食える」——それだけでいい」

与七は頷いた。

「わかった」

与六は帳面に視線を戻しながら、もう一つだけ言った。

「問題を起こした人間が出たとき、山本がどう動かれるかを見ておいてくれ」

「なぜだ」

「山本様の処分の仕方が、残りの人間たちへの無言の規律になる。その規律がどういう形かは俺も把握しておきたい」

与七は無言で頷いた。

————————————————————

本格的に冬に入ると、さらに人間が増え始めた。

十一月の終わりに三人。十二月に四人。年を越えてから五人。

来る人間の出自は様々だった。筑前、豊前、肥前、肥後、壱岐——九州各地から流れてきた浪人たちだ。

主君を失った者、戦で傷を負って使えなくなった者、罪を犯して追われた者。

それぞれが、それぞれの事情を抱えている。

人間を見極めるには、仕事をさせるのが一番だ。言葉でどれだけ立派なことを言っても、仕事の場面で本性が出る。

丁寧に荷を扱う人間か、雑に扱う人間か。

他の人間と揉めたとき、どう動くか。理不尽な指示を受けたとき、どう反応するか。

与七はそれを、毎日観察した。

問題を起こした人間が、二人いた。

一人は豊後の出の浪人で、酒を飲んで他の人間に絡んだ。

康範が翌朝呼び出して短く話していたようだ。それ以来その男は酒を飲まなくなった。

もう一人は肥前の出の男で、荷を横流しようとした。その者は康範が即座に処分した。

見せしめに首が晒される。


その二つの出来事が、残りの人間たちに伝わった。

あえて処分を公表することがなかったが自ずと伝わったようだ。

この地にも規律がある——そのことが、空気として浸透しつつある。

康範が連れてきた人間もいた。

北部の武士たちの縁者や地侍の次男三男で、仕事がなくて困っていた若者たちだ。

康範はそういう人間を、ひと月に一人か二人黙って連れてくる。

天文十五年の暮れ、鰐浦には二十二人の人間が集まっていた。

最初の五人から、四ヶ月で二十二人。

与六の計画より、少し早いペースだと思った。

————————————————————

【山本康範】 天文十五年・冬 鰐浦

二十二人を与七が浜に集メタ夜、康範は少し離れた岩の上からそれを見ていた。

与七が短く話している。二十二人が黙って聞いている。

三百人の人間を、四、五年かけて鰐浦に集める。食わせる費用は与六が宗の蔵から出すのだろう。

康範は場所を提供し、問題を起こした者を処分する。そうして規律と指揮系統を浸透させていく。

単純な話だ。しかし——三百人が鰐浦にいるということは、北部に総員可能な人数がまとまった数あるということだ。

康範が長年、北部の武士として積み上げてきた人脈と

与七が集める三百人が合わさったとき——何が起きるか。

その先を、山本はまだ言葉にしていなかった。

しかし——久しぶりに、何かが動き始めた感触があった。

浜の二十二人が、それぞれ散っていく。

波の音だけが残った。

コメントは全て目を通させていただきます。

皆様のご意見を参考にしたいので、賛否問わずコメントをください!

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