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星の骨を拾う  作者: ぬぬぬ


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第一章ナナワ「神話」

博士の指摘に、リオとルゥは揃って怪訝な表情を浮かべた。


 何を言われているのか分からないし、どうしてそんな話になるのかも分からない。ルゥはきょとんとしたまま瞬きを繰り返し、リオは眉をひそめながら博士を見つめていた。


 そんな二人の反応を見ても、博士はすぐに言葉を続けようとはしなかった。


 散らかった机の上へ視線を落とし、工具や紙束の間に埋もれていた古い金属片を指先で転がしながら、何かを思い出すようにしばらく黙り込む。


 先ほどまで合金を見て興奮していた男とは思えないほど静かな横顔だった。


 やがて博士は顔を上げ、語り出す。その声は不思議なくらい穏やかだった。まるで親が子供へ昔話を聞かせる時のような、柔らかい声音で。


 「これは私の故郷に伝わる神話なんだが、少しの間聞いてくれると助かる」


 リオは思わず姿勢を直した。ルゥも同じように背筋を伸ばし、赤い瞳を博士へ向ける。部屋の奥ではガドが壁へ背を預けたまま煙草を吸っていたが、止める様子はない。


 博士はゆっくりと息を吐く。そして、遠い昔の景色を思い描くように語り始めた。


 その昔、山々に囲まれた小さな村があったという。


 春になれば斜面には花が咲き、夏には川辺で子供達の声が響く。秋には黄金色の穂が風に揺れ、冬になれば家々の煙突から白い煙が立ち昇る。


 決して豊かな土地ではなかったが、人々は畑を耕し、家畜を育てながら静かに暮らしていた。村人達は朝になれば働き、夜になれば家族と食卓を囲む。


 そんな変わり映えのしない日々が、ずっと続いていくものだと皆思っていた。だがある年のことだった。夜空から星が降り始めた。

最初は誰も気にしていなかった。


 空を流れる光など珍しいものではない。


 子供達は歓声を上げ、大人達も笑いながら眺めていた。


 けれど、その光は人々が知る流れ星とは違った。


 山の向こうが突然昼のように明るくなったかと思えば、大地を揺らす轟音が遅れて響く。


 翌朝になって見に行けば、森の一部が抉り取られたように消えていた。


 大木は根元からへし折れ、黒く焼けた土が広がり、その中心には巨大な穴が口を開けている。


 それが一度だけなら災難で済んだ。


 だが終わらなかった。


 次の月にも星は降り、その次の月にも降った。


 畑が失われた。


 家畜が死んだ。


 運の悪い者は家ごと吹き飛ばされた。


 夜になるたび人々は空を恐れるようになり、日が沈めば急いで家へ帰り、扉や窓を固く閉ざした。


 空の向こうに何かがいる。誰も口にはしなかったが、皆がそう思い始めていた。


 そんな頃、一人の旅人が村へやって来た。


 長い白髭を蓄えた老人だったという。


 その老人は数日間村へ滞在し、昼間は何もせず、夜になると丘へ登って星空を見上げていた。


 村人達は気味悪がったが、老人は気にしなかった。


 そして何日かたった日の朝、人々を広場へ集めるとこう言った。


 空には城があり、そこには恐ろしい魔王の住居で、魔王の気まぐれで星を地上へ降り落としているのだと。


 村人達はざわめいた。


 信じる者もいれば笑う者もいた。


 だが誰も否定しきれなかった。


 なぜ自分達が苦しめられるのか。


 その理由を人々は欲していた。


 村人たちは話し合いひとつの結論を出した。


 空の城へ向かい、魔王を倒さなければならないと。


 だが名乗り出る者はいなかった。


 空の果てへ行くなど死にに行くようなものだったからだ。


 そんな中、前へ進み出たのが二人の少年だった。


 幼い頃から兄弟のように育った親友同士だったという。


 一人は無鉄砲で、崖があれば飛び降り、気に食わないことには楯突き、曲がったことが大嫌いな

良き性格の元気な青年で、もう一人は慎重で、何かを決める前には必ず考え物事は疑ってかかるが、こちらもまた良き性格の2枚目の青年だった。


 性格は正反対だったが、不思議なほど仲が良かったそうな。


 そして二人には昔から同じ癖があった。


 それは、空を見上げることだった。


 祭りの最中でも、仕事の途中でも、夜になれば丘へ登り、恐れることなく降ってくる星を眺めていた。


 だから人々は思った。


 空を恐れない二人ならば辿り着けるかもしれないと。


 二人は旅立った。


 故郷を離れ、山を越え、谷を渡り、人の住まぬ荒野を進んだ。


 旅は短期間では終わらなかった。


 二年が過ぎても帰らず、三年が過ぎても便り一つ届かない。


 それでも村人達は待ち続けた。


 星は相変わらず降り続いていたからだ。


 そして長い年月の果てに、二人はついに空の城へ辿り着いたという。


 そこで何があったのかは誰も知らない。


 神話によって細かな違いはある。


 何日も戦ったと言う者もいれば、一瞬で決着したと言う者もいる。


 けれど共通している話が一つだけあった。


 魔王の力はあまりにも強大だった。


 二人がどれほど抗っても届かず、そのままでは両方とも命を落としていたということだ。


 だから最後に、一人が残った。


 友を逃がすためだったとも、自ら望んで戦い続けたとも語られている。


 真実は誰にも分からない。


 ただ、帰ってきたのは一人だけだった。


 それも、誰も気づけないほど変わり果てた姿で。


 村の入口へ現れた男を見て、人々は息を呑んだ。


 かつて黒かった髪は灰色へ変わり、瞳は赤黒く濁っている。


 痩せ細った身体には無数の傷が刻まれ、顔立ちさえ別人のようだった。


 誰もその男が旅立った少年だとは思わなかった。


 だから村人の一人が尋ねた。


 お前は誰なんだ、と。


 すると男は不思議そうな顔をしたという。


 まるで自分でも答えを探しているみたいに。


 そして長い沈黙のあと、小さく呟いた。


 「分からない」


 その声は震えていた。


 「俺は……誰なんだ」


 男は自分の名を忘れていた。


 家族の顔も忘れていた。


 共に旅立った友の名前さえ思い出せなかった。


 それだけではない。


 時折まるで別人になったように振る舞い、誰も知らない言葉を話し始めることがあったという。


 ある日は曖昧な旅の話を老人のように語って周り、ある日は子供のように泣き、ある日は誰もいない場所へ向かって何時間も話し続けた。


 やがて男は夜ごと空を見上げるようになった。


 何かを探すように。


 何かを思い出そうとするように。


 そしてある晩、男は姿を消した。


 村人達が探しても見つからなかった。


 残された足跡は村外れまで続いていたが、その先で途切れていたという。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


 博士の話はそこで終わった。部屋には機械の駆動音だけが静かに響いていた。



 博士の話が終わると、部屋の中には奇妙な静けさが残った。壁際の機械が低く唸る音だけが聞こえている。


 リオはしばらく黙っていたが、やがて耐えきれなくなったように立ち上がると、壁に寄りかかって煙草を吸っているガドの方へ歩いていった。


 そして博士に聞こえないよう小さく声を潜める。


 「やべぇ、なんも分かんねぇ」


 「聞こえておるぞ少年」


 即座に博士の声が飛んできて、リオは肩を震わせる。博士は眼鏡を押し上げながら呆れたように首を振った。


 「まったく最近の若者は落ち着きがない。話というものは順序立てて説明するから意味があるのだ」


 「順序立てすぎなんだよ」


 ガドが煙を吐きながら口を挟む。


 「昔からお前の悪い癖だぜ。話を遠回りしすぎる」


 「遠回りではない。必要な前置きだ」


 「聞く方は迷子になってるぞ」


 リオは何度も頷いた。博士は不服そうな顔をしたが、反論はせず、代わりにさっきの椅子を指差す。


 「まあ、一旦座りたまえ。話はまだ終わっておらん」


 リオが渋々椅子へ腰を下ろしたのを見てから博士は再びゆっくり口を開く。


 「実を言うと、私はラスティアの生まれではない」


 その言葉にリオは思わず顔を上げた。


 「は?」


 博士は続ける。


 「もっと正確に言えば、この街の外から来た人間だ」


 「外って……」


 リオは言葉を失った。


 ラスティアの外に荒野があることは知っている。


 回収屋として何度も出ている。


 だが、その先に別の街があるなど考えたこともなかった。


 リオの反応を見て博士は苦笑する。


 「まあ無理もない。君くらいの年齢なら知らなくても不思議ではない」


 「いや待て待て待て」


 リオは身を乗り出した。


 「外にも街があるのか?」


 「あるとも」


 博士は当然のように答えた。


 「人類はラスティアだけで生き残ったわけではないからな」


 リオは言葉を失った。横を見るとルゥも驚いたように目を丸くしている。博士は机の上に置かれた工具を避けながら続ける。


 「私の故郷はヴェイルという街だ」


 その名前は初めて聞いた。


 少なくともリオの記憶にはない。


 博士はどこか懐かしそうに目を細める。


 「ラスティアよりもずっと北にある小さな街だよ。寒い土地でな。冬になれば建物の屋根が雪で埋まる」


 リオは想像できなかった。


 雪など本でしか見たことがない。


 荒野と砂ばかり見て育った人間にとって、それは神話の続きみたいな話だった。


 「へぇ……」


 思わずそんな声が漏れる。博士は僅かに笑った。

そして視線をルゥへ向ける。


 「君はルゥ、だったかな」


 ルゥは小さく頷く。


 「君は、いつか必ずヴェイルに足を運ぶことになる」


 「どうして?」


 ルゥが尋ねる。


 博士が初めて会った時のような嫌な笑みを浮かべて、ルゥに話しかける。


 「ヴェイルにはな――」


 そこでガドが動いた。今まで壁に寄りかかっていた男が、ゆっくり身体を起こす。煙草の先端が赤く光っている。


 博士は言葉を止める。


 ガドの目が笑っていなかったからだ。


 「それ以上はやめろ」


 低い声だった。部屋の空気がガラリと変わる。


 リオは思わずガドを見る。


 博士も表情を消していた。


 「しかしだな」


 「やめと言ったはずだが?」


 ガドは静かに言った。


 怒鳴ったわけではない。


 それなのに妙な圧があった。


 博士はしばらく黙り込む。


 やがて諦めたようにため息を吐いた。


 「君のプランがあるならば、それに従おう」


博士の言葉にガドは答えない。代わりに煙草を灰皿へ押し付けると、何事もなかったようにリオ達へ振り返った。


 「帰るぞ」


 「は?さっきから何の話してんだ?

 まだ博士の話聞くだろ?」


 「帰る」


 「なんでだよ!」


 ガドは答えない。


 そのままリオの腕を掴む。


 反対側ではルゥの手首も掴まれていた。


 「いたい」


 「我慢してくれ」


 「説明しろよガド!」


 「帰るぞ」


 「説明しろって!」


 「帰ったらな」


 リオの抵抗も虚しく、ガドは二人を引きずるように部屋の出口へ向かっていった。


 背後では博士が何とも言えない顔でその様子を見送ったあと。タバコに火をつけてから

誰に伝える訳でもなく一人でつぶやいた。


「一体どういうつもりなんだ、ガルド・ヴェイル…」

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