第一章ゴワ「旧市街地」
ガドと合流し家へ戻る頃には、すっかり夜が明け白い光が街の隙間へゆっくり染み込み始めていた。
砂混じりの風が廃材を揺らし、遠くで鉄板が軋む音が聞こえる。回収屋たちの区域は朝が早い。徹夜明けの連中と、これから夜取り残した物を漁る役割の、まだ新米の連中が入り混じり、ガヤガヤと賑わっている。
ガドは肩に背負った荷物を乱暴に持ち直しながら、大きく欠伸をする。
「今日は流石に疲れたな……リオ、お前ちゃんとおきてるか?」
「起きてるよ……」
「声死んでるぞ」
「眠いんだって」
そのやり取りを聞きながら、ルゥは二人の少し後ろを歩いていた。
少女は眠そうに目を擦りながらも、ちゃんと二人の背中を追っている。白い髪は夜風に揺れ、街灯代わりに吊るされた古いランプの光をぼんやり反射していた。
やがて三人は、路地の奥にある小さな家へ辿り着く。
鉄板と木材を無理やり組み合わせたような平屋で、外壁には古い工具や配線が引っ掛けられている。窓は小さいが、その代わり屋根が妙に頑丈だった。砂嵐の日でも潰れないよう、ガドが何度も補強した結果である。
扉を開けると、いつもの油臭さが鼻をついた。部屋の中は広くはないが、生活感はあった。2LDKというやつだ。
リビングの壁際には解体途中の機械部品。棚には工具箱や保存食。机の上には飲みかけの缶と、リオが途中まで読んで放置している古い雑誌が積まれている。
ガドは荷物を床へ置くと、そのまま煙草を咥えた。
「ルゥ、そのソファーで寝ておきな今座る元気もないだろうし」
「すわるない……」
「ガキは寝とけ」
ガドにルゥは小さくむっとした顔をしたあと、リオの横へちょこんと座る。
その姿を見て、リオは少し笑った。最初に会った頃より、明らかに距離が近い。まだ表情は薄いし、言葉も少ないが、少なくとも今のルゥは自分たちを警戒してはいなかった。
ガドが棚から敷布団を引っ張り出して投げる。
「ほら、寝ろ寝ろ。昼まで起きるな」
「ガドは?」
「俺は一服してから寝る」
「また煙草かよ」
「これがねえと生きていけん」
ガドは笑いながら窓際へ向かった。
外の薄明かりの中、煙草の先だけが赤く灯る。
リオは剣を壁へ立てかけ、自室に戻ろうとしたがルゥに引き止められ、ルゥが寝ている敷布団の隣の古びたソファへ身体を沈めた。疲労が一気に押し寄せ、瞼が重くなる。
隣ではルゥも毛布に包まりながら、小さくこちらを見ていた。
「りお」
「ん?」
「……おやすみ」
その言葉に少しだけ驚きながら、リオは笑った。
「おう、おやすみ」
意識はすぐに沈んでいった。
夢を見た。
暗い場所だった。
冷たい金属の床。
長い通路。
白い光が一定間隔で天井から落ちていて、無機質な壁がどこまでも続いている。
俺は走っていた
耳障りな電子音。
知らない言葉。
理解できないはずなのに、不思議と意味だけは頭へ流れ込んでくる。
逃げろ。
死ぬな、
そんな断片が頭の奥を掠めていく。視界の先で、巨大な扉がゆっくり閉まり始めていた。その向こうに、小さな影が立っている。黒く短い髪。どこか、人懐っこそうな人相。
俺だった。俺はこちらを見ている。
悲しそうにも見えた。そして、小さく口を動かす。
あとは頼むよ。
その瞬間、世界が激しく揺れた。
「……っ!」
リオは勢いよく目を覚ました。荒い息が漏れる。胸の奥が妙にざわついていた。夢にしては、生々しすぎた。ぼんやりと天井を見上げていると、鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂ってくる。
肉を焼く匂いだった。身体を起こすと、窓から強い昼の光が差し込んでいる。思った以上に寝ていたらしい。
奥のキッチンでは、ガドがフライパンを振っていた。煙草を咥えたまま器用に肉と野菜を炒めている。
「やっと起きたか」
「……今何時?」
「昼過ぎ。ルゥなんか二回起きて二回寝たぞ」
「にかいねた」
テーブルの向こうで、ルゥが小さく頷く。
少女は寝起きだからか、まだ眠そうにしながらも、しっかり席へ座っていた。
リオは顔を洗いながら、さっきの夢を思い出していた。
まただ。
星骨に触れてもないのに、ときどき妙な夢を見る。誰かの記憶みたいな夢。けれど断片的すぎて、意味は分からない。
ガドが皿を机へ並べる。
「ほら、冷める前に食え」
皿の上には分厚い焼き肉と豆の煮込み、それから少し焦げた黒パンが乗っていた。
豪華ではない。だがガドの飯は妙に美味い。回収屋は外で食うことが多いからこそ、こういうまともな食事がありがたかった。
ルゥはじっと湯気を見つめている。
「食べないのか?」
「……あつい」
「冷めるまで待ってんの?」
こくりと頷く。
リオは思わず笑った。
ガドも煙草を指に挟んだまま口元を歪める。
「猫舌か」
「ねこじた」
「真似すんな」
「まねしてない」
そう言い返すルゥの声はどこか幼く、ほんの少しだけ拗ねているようにも聞こえた。
そんなふたりがおかしくてリオは堪らず笑い出す。
2人は初めそれに驚いたような表情を見せたが
つられて笑いだした。街から少し外れた小さな家の中で幸せそうな笑い声だけが響いていた。
◇
そんな他愛のない日々が数週間ほど続いたある日
加えたタバコを美味そうにふかしながら、ガドが思い出したように2人に話しかける。
「そういや、昔馴染みから小さめの合金性の星骨
何個か持って来いって以来入ってんだった」
「まぁ、ここしばらく働いてなかったし、旧市街地にでも探しに行く?」
ルゥが顔を上げる。
「きゅうしがいち?」
「初心者用区域だ。お前でも足手まといにゃならん」
旧市街地。
その名前を聞くだけで、回収屋なら少し背筋が伸 びる。かつてこの一帯で最大だった都市。今の街より何倍も広く、人も多かったらしい。だが数十年前、空から大量の星骨が降り始めた。
基本的に何故かラスティアには星骨が降らないはずだったのだが。
例の、旧市街地に星骨が降った。最初は何かの間 違いだと思われていたが、それを境に星骨が降り 注ぐようになり、都市内部で機械群が活動を始め、その区域が閉鎖された。
今では“閉ざされた街”と呼ばれている。
ただ、一応ラスティアの中ではあるので比較的安 全だった。弱い機械しか現れず、素材回収もしや すい。新人回収屋が最初に向かう場所でもある。三人は昼過ぎの街を抜け、旧市街地へ向かった。
途中から景色が変わり始める。崩れた高架。まだ旧市街地に足を踏み入れてはいないが既に人の気配は非常に少ない。
半分砂に埋まったビル。道路へ突き刺さる巨大な 星骨。リオとガドはその星骨を見上げながら、ゆっくり歩いている。どこか懐かしそうだった。
やがて巨大な外壁が見えてくる。黒く焼け焦げた壁には、昔の砲撃痕がいくつも残 っていた。
門兵に話をして開けてもらい旧市街地に踏み入れた瞬間、空気が変わる。静かだった。先程みたいな人の全く気配がない。風だけがビルの隙間を抜け、遠くで何かが軋む音が響いている。
リオは周囲を見回した。
「……久々に来たが、前より酷くなったか?」
「久々ってもほんの数年前だろ。まぁ、最近はここに来るやつ減ってるらしいからな、星骨の回収もあまりされてないだろうし強くはねぇが小型機械どももいるだろうよ」
ガドが答える。
「るぅ、ここまんまりすきくない、」
道端には朽ちた車両が転がっていた。割れたガラス。崩れた看板。誰もいなくなった街が、時間に置き去りにされている。
その時だった。
瓦礫の奥で金属音が響く。次の瞬間、小型機械が飛び出してきた。
四脚型。
犬みたいな形状をした警備機械だ。赤い単眼が点滅し、低い駆動音を鳴らしている。
リオは咄嗟に剣を抜いた。
だが相手の動きは思ったより速い。慣れない剣ということもあって何度かからぶってしまった
「なにやってんだーリオー」
遠くからガドが冷やかしている中一体が地面を蹴って飛びかかってくる。
その瞬間、少し後ろでルゥが小さく声を上げた。
「りお、ひだり」
「え?」
「ひだりにけんふって」
リオは反射的に踏み込み剣を振る。
金属音が響き、機械の右脚が吹き飛び機械がバランスを崩す。
「くびのした」
再びルゥが言う。リオはそのまま刃を叩き込んだ。火花が散る。単眼が消え、機械が崩れ落ちた。残り二体が左右へ散開する。ルゥがリオの服を軽く掴む。
「みぎ、とぶ」
本当にその通りだった。
右の機械が跳躍する。
リオは先に左へ斬り込み、その勢いのまま振り返って右を迎撃した。
砂煙が舞い、最後の一体が地面へ転がる。
静寂。
リオは息を切らしながらルゥを見る。
「なんで分かったんだ?」
ルゥは少し考えてから、小さく答えた。
「……なんとなく」
「なんとなくで分かるもんか?」
「わかる」
ガドが後ろで笑った。
「便利な勘してるじゃねえか」
ルゥは少しだけ得意そうにリオを見上げる。
その表情を見て、リオは少し驚いた。こんな顔もするんだなと。
砂煙がゆっくり晴れていく。転がった機械の残骸から小さく火花が散り、焦げた臭いが風に流された。リオは剣を肩へ担ぎながら息を吐く。
「思ってたよりずっといいなこれ、馴染む」
「最初空振ってたけどなー」
後ろからガドが笑う。
「うるせぇよ。慣れてなかっただけだって」
「まぁ、最後はちゃんと倒してたし上等じゃねぇか」
ガドは煙草を美味そうにふかしながら、転がった機械を靴先で軽く小突いた。ルゥはそんな二人を見たあと、小さくリオの袖を引っ張る。
「りお」
「ん?」
「ちゃんとかてた」
少し得意そうな声だった。
リオは思わず笑う。
「お前のおかげだ、ありがとな」
「ん」
ルゥは満足そうに小さく頷いた。乾いた風が旧市街地を吹き抜け、崩れた看板がぎしりと揺れる。誰もいない街の真ん中で、三人だけの笑い声が小さく響いていた。




