第一章ヨンワ「帰還」
ラスティアの正面門についた頃には、空は夜から朝へ変わり始めていた。
分厚い雲が低く垂れ込めているせいで朝日そのものは見えない。それでも街全体は少しずつ明るくなり、巨大な外壁の輪郭や、その上を歩く見張りの姿がぼんやり浮かび上がっていた。荒野を吹いていた冷たい風は、街へ近づくにつれて熱を帯びていく。排気塔から流れ出る煙の臭いと、油が焼ける匂いが混ざり合い、喉の奥にざらつく感覚が残った。
ラスティアは、古い都市の死骸の上に作られた街だった。
荒野から戻るたび、リオはこの街を妙だと思う。
息苦しくて、汚くて、騒がしい。それでも外を知っているからこそ、ここが人間の暮らせる数少ない場所だということも分かっていた。
「……相変わらず空気悪いな」
「帰ってきて最初に言うことがそれか」
「だって事実だ。外の方がまだ肺に優しいよ」
「その代わり機械に撃たれるぜ」
「どっちも変わんねぇぇ」
外にいる時とは違いどこか子供っぽさが残るリオを見て、ガドは短く笑い肩に担いでいた荷袋を持ち直した。
少女は二人の少し後ろを歩いている。ラスティアへ近づいてからずっと周囲を見回していた。高い外壁を見上げ、頭上の配線を目で追い、門の前へ集まる人々をじっと観察している。
その視線には警戒も混じっていたが、それ以上に戸惑いが強かった。荒野には何もない。風と砂と、壊れた機械しかない。だがラスティアには、人間がいる。
怒鳴り声を上げる商人も、壁際で眠る酔っ払いも、朝から肉を焼いている屋台も、全部が少女には新鮮に映っているようだった。
「ほんとにどっから来たんだよあのチビ」
「聞いても、わかんないしか言わないからこんな所まで連れてきたんだろ?」
帰ってくるまででリオが頑張って少女と話て何か分かろうとしていたが、ここまで情報を得られないとは2人とも思っていなく少しのあいだ少女を、ラスティアに置くことに決めた。
「ていうか、そのチビ呼びやめろよガド」
「お、自分の身長のこと気にしてんのか?別におめぇはそのままでいいと思うぜ」
「お前とのコンビは今日をもって解散だ。今までありがとな、行こう、ルゥ」
「ルゥだぁ?」
「そこのちびすけの名前だ」
自分の話をしていると思っていなかったのか忙しなく動かしていた瞳をリオへ向け、愛想笑いとも言えない変な笑顔を作る
「今日からお前の名前はルゥだよ」
「わたし、るぅ」
「いい響きだな」
門の前には回収屋たちが列を作っていた。
荷車へ鉄屑を山積みにした男たち。肩にライフルを下げた傭兵。砂にまみれた女。皆、疲れた顔をしているが、それでも街へ戻れた安堵がどこかにあった。
門番の一人がガドへ気づき、面倒そうに片手を上げる。
「生きてたのか」
「見りゃ分かるだろ」
「あんたら俺らのことすぐ殺すよな」
リオが口を挟むと、門番は笑った。
「回収屋なんて半分死んでるようなもんだろ」
「ひでえ言い草だな」
だが否定はできない。
実際、ラスティアで長く生きている回収屋は少ない。荒野へ出れば機械兵に襲われるし、運良く帰ってきても次の仕事で死ぬ。昨日まで隣にいた人間が、今日はもう戻ってこないなんて珍しくもなかった。
「まぁ、無事で何よりだ。おかえり。」
「「ただいま」」
門がゆっくり開く。
鉄の擦れる重い音と一緒に、街が一気に流れ込んできた。
崩れかけた高層建築へ鉄板や配管を継ぎ足し、空いた空間へ無理やり住居を押し込んで広がっていったせいで、街並みに統一感はない。ひび割れた白い外壁の横に赤錆びた小屋が並び、頭上では何十本もの配線が蜘蛛の巣みたいに絡み合っている。建物と建物の隙間には細い通路が通され、そこへ洗濯物や廃材がぶら下がっていた。
消して綺麗とは言えない街並み。それがラスティア
だが、リオはこんな町が好きだった
金属を叩く音。
工具の駆動音。
笑い声。
喧嘩。
どこかで鳴っている古い音楽。
ラスティアは朝が一番騒がしい。夜明け前に荒野から戻った回収屋たちが市場へ集まり、解体屋が店を開き、商人が商品の値段を怒鳴り始めるからだ。
三人は人混みへ入っていく。
狭い通路の両側には露店が並び、裸電球の下へ機械部品や薬品、銃弾や食料が雑多に積まれていた。肉を焼く煙が漂い、油の弾ける音が通路へ響いている。
少女は立ち止まりかけるたびに、リオへ軽く腕を引かれていた。
「止まると邪魔になるぞ」
「……ひと、おおい」
「今日はまだマシな方だ」
「これで?」
「昼になるともっと増える」
少女のしかめっ面がおかしくて、リオは笑う。
「慣れると逆に静かな場所の方が落ち着かなくなるぞ」
「リオだけだろそれ」
ガドが呆れた声を出した。
市場区画を抜けようとした時、横から大きな声が飛んでくる。
「おいリオ!」
振り向くと、露店の奥から太い腕が突き出ていた。煤だらけの前掛けを付けたやや大柄の老人が、鍛冶場の熱気の中で笑っている。
「やっと帰ってきやがったな!」
「うわ、朝からうるせえのいた」
「誰のこと言ってんだガキ!」
鍛冶屋の店主――バルクは、笑いながら金槌を置いた。
店の奥では炉の火が赤く燃えている。壁には大小様々な刃物や銃身が掛けられ、床には削り屑と煤が散らばっていた。熱気のせいで空気が揺らぎ、鉄を打つ匂いが鼻へ刺さる。
リオは昔からこの店へ出入りしていた。
壊れたナイフを直してもらったこともあるし、金がない時にツケを頼み込んだこともある。バルクは口が悪いが面倒見は良く、街の回収屋たちからそれなりに慕われていた。
「例のやつ、出来てるぞ」
バルクが奥を顎で示す。
リオの目が丸くなって、まるで少年のような顔つきになる。
「ほんとか!?」
「感謝しやがれ」
バルクは作業台の下から一本の剣を取り出した。
長すぎず、細すぎない。片手でも扱える長さだが、刃にはそこそこ厚みがある。持ち手の部分にはやや大きめのナックルガードが付いている。所謂、サーベルのような形状だ。
柄には黒い布が巻かれている。無骨な剣だった。
だが、妙にラスティアらしい。
「……おお」
リオは思わず声を漏らす。
バルクが鼻を鳴らした。
「お前さんが拾ってきた星骨の旧合金を混ぜてある。そこらの鉄板よりは長持ちするぞ」
リオは剣を受け取る。予想より少し重い。だが嫌な重さではなかった。握った瞬間、自然と手へ馴染む感覚がある。軽く振ると、空気を裂く低い音が鳴る。
「いいな、これ」
「当たり前だ。誰が打ったと思ってる」
「大切にするよ。」
「なんでもいいけど、ツケはもうやめとけよ」
ガドが横から口を挟む。
「払われるなんてもう思っとらんわ」
「ちゃんと払うって」
リオは背負っていた袋の中から記録カプセルを取り出してやや乱暴にバルクに放り渡す
「…ここまで高いほど優秀な剣じゃないんだが、」
「まぁ、受け取ってくれよ。バル爺はカプセルん中よく見えるほうだろ?」
今までのツケの分も入ってるからとやや無理やりそれを受け取らせる。バルクは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。
ルゥは少し離れた場所からその様子を見ている。
リオは剣を鞘へ収めると、彼女の方を振り向いた。
「どうだ?」
「 いいとおもう、」
「そうだろ」
「軽そうで」
「褒めてないよなそれ」
ガドとバルクが小さく吹き出した。リオは不満そうな顔をしたが、少し嬉しそうでもあった。
バルクの店を出てすぐに、タバコに火をつけたガドは煙草を深く吸い込んだ。肺の奥まで満たすように紫煙を溜め込み、ゆっくりと空へ吐き出したかと思えば。急にリオとルゥを見る
「腹減ったぜ」
「まぁ、朝飯の時間だしな。」
「あさめし」
ルゥは理解していないようではあったがお腹は空いてるとの事だったので3人でなにか屋台に行くことで一致した。
少し屋台街を歩いているとリオが何かを見つけ足を止める。
「まだやってんだ、あの店」
「知ってんのか?」
「最近見ねぇと思ってたんだけどな。あそこの焼き菓子訳わかんねぇくらい甘え」
リオの説明を聞いてガドが露骨に嫌な顔をする
「甘い食いもんはあんまり好みじゃねぇ」
「おっさんめ」
どっか別の屋台でも見てくるわ。とだけ言い残し
リオとルゥを置いてどこかへ歩いていった
「いい匂いがする、」
「焼き菓子か?」
ルゥが自ら喋る姿を初めて見た気がするリオは
なんだか嬉しくなって焼き菓子を朝食にすることを決めた。
「おっちゃん、焼き菓子2つ頼む」
「あいよ」
店主は短い返事の後慣れた手つきで焼き菓子を銀紙に包みリオに軽く投げ渡す。
「ルゥ、食べ方わかるか?」
「わからない」
包み紙の開け方と紙は食べれないことを教え、二人でいただきますを言い食べ始める
「やっぱ、訳わかんねぇくらい甘えな」
リオは悪態をつきながらも美味しそうに頬張る
「るぅはこれすき」
「わかってんじゃねぇか」
今までじゃ考えられないこの状況がなんだかおかしくて、リオは思わず笑い声をあげる。
少女は初めそれに驚いていたがつられてくすくすと笑った




