第一章サンワ「追跡者」
少女の短い言葉は2人には聞こえなかった。
赤い光が荒野の奥で揺れていた。夜明け前の空は薄く白み始めているのに、その赤だけは妙に濃く見える。砂漠の向こうに、誰かが目を開けていると思われるが。それに気づいているのは少女だけだ。
回収車のエンジンが低く唸る。運転席ではガドが片手でハンドルを押さえながら、探知機の画面を何度も叩いていた。
「絶対壊れてるぜこれ」
「どうした?」
「いや、熱源反応がやまねぇ」
「どっか遠くの拾ってきたんじゃないの」
リオは荷台の縁へ腰掛けたまま少女を見つめていた。あれから不審な動きは見せていない。
車が進んでいる方向の遠くには、ラスティアの防壁が見えていた。鉄と星骨を継ぎ接ぎして作られた灰色の壁。その上で見張り塔の灯りがぼんやり揺れている。あと少し走れば帰れる距離だった。
なのに、ガドの探知機が機械の反応を示している
非常に嫌な気がする。何か見落としているようなどこかそわそわする。まるで平凡が崩れ落ちる瞬間のように。
荷台の奥では、銀髪の少女が壁へ背を預けて座っていた。赤い瞳は、先程からずっと荒野の一点を見ている。
瞬きもせずに。
「おい」
ガドがハンドルを握り目線は前のまま声を出す。
「そいつ、さっきから何見てんだ」
「さあな」
「なんか、やな感じすんだよなぁ」
その瞬間、少女の視線の先で砂が膨らんだ。砂埃がまう中から黒い影が飛び出す。先程戦ったものによく似ている。が、目測だが先程よりも小さく見える。
「やばいぞ、飛ばせ!ガド!!」
「中型だろ?そんなに焦ることねぇよ」
「違う!!多分さっきと同じか
それ以上に強いやつだ!さっさと飛ばしてくれ!」
リオが叫ぶ。さっきより強い。そう思った理由はない。しかし、先程見た兵士の声が頭の中で木霊する。こいつには勝てないと。
四本脚の機械兵器が砂煙を巻き上げながら突進してきた。さっきとは別の少し小さめの中型兵器。
さらに左右からもう二機。
三方向から一気に距離を詰めてくる。
「くそっ、嫌な予感ってなんでか当たるよな!」
ガドが顔をしかめながらハンドルを切る。
回収車が大きく横滑りし、荷台の鉄骨が激しく鳴った。積んでいた装甲板が転がり、鈍い音を立てる。
一番近かった一機が跳躍し、巨大な金属の塊が荷台へ落ちてくる。リオは咄嗟に横へ飛んだ。直後、爪が鉄板を深く裂く。金属が悲鳴みたいな音を上げ、切り裂かれた破片が頬を掠めた。
だが機械はリオを追わない。赤い単眼が向いているのは、荷台の奥の少女だった。
「おい、よけろ!」
ガドが声を荒らげる。だが、ガドの想像とは裏腹に機械は攻撃というより、掴もうとしているように機会の腕をのばし少女に触れようとする。予想よりゆっくりと腕が動いたため、間に合うと踏んだリオは短銃を抜き、横から撃つ。
あたったが、弾は肩装甲を削っただけだった。機械は止まらない。少女との距離がさらに縮まる。
「チッ!」
リオは荷台の鉄骨を蹴り、機械へ体当たりした衝撃で肺の空気が抜ける。重い。まともに動かせる相手じゃない。リオの尽力も虚しく一瞬止まった機械の腕が動きだし、至近距離で金属の爪が振り下ろされてしまう。
リオは身体を捻って避けた。さっきまで頭があった場所へ爪が叩き込まれ、鉄板がめくれ上がる。その振動で車体全体が揺れた。別の一機が側面へ体当たりしてきたらしい。
「うおっ!」
運転席でガドが叫ぶ。
回収車の後輪が砂を滑り、車体が半回転しかける。ガドは片手でハンドルを押さえ込みながら、もう片方で散弾銃を掴んだ。
「邪魔なんだよ!」
窓から身を乗り出し、至近距離で発砲すると爆音が荒野へ響いた。弾を受けた機械の肩装甲が吹き飛び、黒い破片が荷台へ散る。
だが、それで終わる気配はない。単眼だけはずっと少女を見ていた。荷台の上でリオは機械の腕を避けながら後退する。
狭い。しかも揺れる、足場として最悪だった。
機械が前脚を振り上げる。リオは咄嗟に装甲板を蹴って跳び、真横を抜けるように移動した。直後、荷台の床が砕け、鉄片が宙へ舞う。
その隙に短銃を二発撃ち込む。
一発目は弾かれたが二発目が脚部の継ぎ目へ当たる。機械の動きが一瞬だけ鈍ったが、後方から別の一機が飛び込んできた。
「まだ来んのかよ……!」
直後、二機目が荷台へ着地し衝撃で車体が沈む。
「リオ!」
「落ちないから大丈夫!」
「落ちそうだから言ってんだろ!」
砂煙が顔へ叩きつけられる。顔を擦りたいがそんな動作すらも惜しい。その間にも機械達は少女へ近づいていくのだ。
二機が同時に腕を伸ばす。少女は避けようとしなかった。ただ赤い瞳で機械を見ている。
「お前は逃げろ!」
リオが叫ぶ。
少女はそこで初めて小さく首を傾げた。
「……どうして」
「どうしてって」
「私を狙ってる」
「わかってるじゃねぇか!」
その瞬間、一機がついに少女に飛びかかる。リオは咄嗟に少女の腕を掴み、引き寄せた。意図せず少女の手がリオの手首へ触れた。
突如、リオの頭の奥へ熱が流れ込む。知らない男が軍服みたいな黒衣服を着ている。対峙しているのは同じ型の機械兵器。だが、先程見た兵士の記憶とはまた違うのだろうか、勝てないと思っていた敵がかなり弱く見える。
重心の動き、脚部の沈み方、跳躍前に僅かに開く装甲。どこを撃てば壊せるのか、それが感覚として頭へ流れ込んでくる。
リオは顔をしかめた。
頭痛が酷い。なのに身体だけが妙に軽かった。左右同時からの攻撃をリオは半歩だけ踏み込み頭を少し低くしてスレスレでよける。
機械の脚部が沈んだ。リオは寸分の狂いもなく短銃を装甲の隙間へ押し込む。
一発。
内部で何かが弾ける音がした。機械の前脚が砕け、巨体が倒れるが終わらない。後ろにいたもう一機が即座に距離を詰めてくる。
リオは倒れゆく機械を蹴り台にして跳んだ。刹那、爪が足元を掠める。リオは薄れる自分の意思の中で思考を巡らせる。
着地と同時に2発撃つ。一発は外れた。いや、外した。機械がそれに反応して少し避けた所にもう一発が吸い込まれるように単眼へ命中すると機械がよろめく。
そこへガドが回収車を無理やり横滑りさせた。
「頭下げとけよ!」
ガドの怒号に驚いたもののすぐに身をかがめる次の瞬間、回収車の側面が機械へ激突した。鈍い衝撃が荷台全体へ響き、吹き飛ばされた機械が砂の上を転がった。
だがまだ動いていた。片脚を引きずりながら、それでも少女を見ている。
「執念深すぎだろ……!」
ガドが散弾銃を連射すると爆音が続けざまに響き、装甲が剥がれ飛ぶ。それでも機械は止まらない。まるで命令で動いているみたいだった。
リオは息を整えながら短銃を握り直す。頭の奥に、さっきの感覚がまだ残っていた。
左脚が沈み胴体が開くその次。機械が踏み込む瞬間、リオは真正面から走った。
「おい!?」
ガドの声を無視して距離を詰めると、容赦なくリオに機械の腕が振り下ろされる。しかしリオは、体を僅かに半身にして紙一重で避けた。熱風が頬を掠める。
勢いを殺さぬまま懐へ潜り込み、胴体の継ぎ目へ銃口を押し当る。引き金を躊躇いなく引いた。鈍い金属音が内部から響き火花が散り、機械の動きが止まる。そこへさらに二発撃ち込み、巨体がようやく崩れ落ちた。
残る一機が後退し、赤い単眼が少女を見つめる。その視線は妙で獲物を見る目じゃなく確認するみたいな目だった。
少女も黙って見返している。風が吹き、少女の長い銀髪が揺れた。数秒後、機械は突然反転し、砂煙を巻き上げながら荒野の奥へ消えていった。
「リオ、1度聞いとくが その嬢ちゃんのせいで、あんなに強い機械が目覚めったってこたぁねぇよな?」
「なんとも言えない、」
ガドは大きく息をはいた。
「半年は、働かねぇ、、」
「毎回聞く気がするけど」
「今日のは本気だ……」
リオは返事をせず、荷台へ腰を下ろした。頭が熱いまま知らない記憶がまだ残っている。少女が静かにリオを見る。
「……見えた?」
初めて話しかけられたことにリオは驚く。話せることすら知らなかったのだから。しかし知らない景色。単語。感情。少女に言っても解決する気がしなかったのでわざわざ口に出して少女に尋ねることはなかった
「すこしだけ」
少女はそれに返事をせず、そのまま小さく視線を逸らした。ラスティアの防壁はもう近かった。朝焼けがゆっくり荒野を照らし始めている。




