第一章ニワ「回収品」
帰るぞ、とガドが言った頃には、空が白み始めていた。夜を埋め尽くしていた星骨の雨も、今はほとんど止んでいる。荒野には、落下地点を示すように煙だけが残っていた。
回収車の荷台には、砕いた中型兵器の装甲と、取り外した動力炉が積まれている。十分すぎる戦果だった。兵器型の星骨は危険だ。
死人が出ることも珍しくない。だが、その分得られるものも大きい。
旧文明製の動力炉は街の発電機に使われるし、装甲材は防壁の補修に回される。
まともな兵器型を一機回収できれば、小さな集落なら数ヶ月は持つ。
だから回収屋は命を懸ける。
死ぬかもしれないと分かっていても、空を見上げる。
星が落ちる夜を待ち続ける。
「にしても今回はヤバいな」
運転席でハンドルを握りながら、ガドがいつものように口笛を吹いた。
「中型兵器に記録カプセル。しかも動力炉まで生きてる。こりゃ2ヶ月くらいは働かなくて済むんじゃねぇか?」
「どうせお前は三日で金がなくなる」
「今回は五日持つ」
「成長したな」
ガドが笑う。
回収車は荒野をゆっくり走っていた。
サスペンションが軋み、荷台の鉄骨が小さく鳴る。
舗装道路なんてものは、とっくの昔に消えている。あるのは砂と瓦礫と、旧文明の残骸だけだった。荷台の隅では、銀髪の少女が横になっている。
相変わらず動かない。呼吸も見えない。
眠っているというより、
機能停止しているような静けさだった。
「……まさか生きたまま拾うとはな」
ガドがぼそりと呟く。リオは返事をしなかった。
代わりに少女を見る。
話は少し遡る。
白い装甲服。
細い身体。
長い銀髪。
倒れた機械から出てきた少女は、砂と煤で汚れているが。不思議と汚れているようには見えなかった。まるで、ずっと昔に作られた精巧な人形みたいだった。
「そりゃ機械か?」
「知らん」
「興味なさそうだな」
「普通に怖い」
「わからんでもねぇな」
ガドは葉巻を噛みながら少女を見る。
「星骨から人型が出ること自体はあるが普通はもっと機械だぜ」
「配線剥き出しの鉄人形な」
「ああ。見つけた瞬間撃ってくるような連中だ」
「最低だな」
「旧文明ってのは大抵最低だぜ」
ガドが肺に溜め込んだ煙を勢いよく吐き出してから言葉を続ける。
「んで、そいつどうすんだ?」
「拾って帰るのはダメかな」
「まぁいいんじゃねぇの、たまたま荷台も少し空いてるぜ。」
そんなこんなで、荷台には少女が横たわっていた。
「旧文明の野郎共はどう言うつもりなんだ」
「おれにきくなよ嫌いだって言ってるだろ」
回収屋の多くは旧文明を嫌っていた。正確には、旧文明が残したものを。
荒れ果てた世界に加えて、空から落ち続ける危険な星骨。今の世界がこうなった原因は、全部過去の人類にある。そう考える人間は少なくない。
だが皮肉なことに、今の人類はその残骸なしでは生きられない。星骨が落ちなくなれば、街の発電機は止まり水も尽きる。
だから人は今日も空を見上げる。滅びの残骸を待ちながら。
荷台が揺れた衝撃で、少女の銀髪がわずかに流れた。朝焼けを反射して白く光る。
「売れば高いかもな」
「やめろ」
「冗談だ」
ガドは肩をすくめた。
「けどまあ、街に持ち込めば面倒は起きるだろうな」
「解析屋は嫌いだってば」
「まあまぁ。あいつら、珍しい星骨見ると目の色変わるからな」
解析屋。記録カプセルを開け、情報を読み解く連中だ。街の技術者であり、同時に研究者でもある。
旧文明の知識を少しでも引き出そうとしている
その時。
リオの頭に、また知らない景色がよぎる。
白い廊下。
無機質な天井。
聞いたことのない警報音。
『ーーーー、封鎖ーーーます』
ノイズ混じりの声。
「……っ」
「また見えたのか」
「少しだけな」
「最近多いな、大丈夫か?顔色悪ぃぞ」
「元からだ」
ガドが小さく笑う。リオは頭を押さえながら息を吐いた。
星骨の記録が読めるそれが自分の力だった。
昔から、リオだけができた。
他の人には断片的、もしくは何も見えないしか見えないものから、完璧に記録を引き出せる
戦闘記録に会話、景色や感情。時には痛覚までも。便利な力ではある。戦闘記録を読めば、旧文明兵器の動きが分かる。
武器の使い方も理解できるからリオは生き残ってきた。しかし代償もある。
他人の記憶が頭に残る。まるで自分の中に別の人間が増えていくみたいだった。
「お前、そのうち壊れるんじゃねぇか」
ガドが軽く言う。
「縁起悪いな」
「回収屋に縁起なんか気にする余裕あるか?」
「お前は靴紐結び直すだろ」
「……あれは儀式だ」
二人で少しだけ笑った。
長い付き合いで血の繋がりはない。2人が出会って今に至るまで、ざっと五年近くになる。
ガドは昔は別の回収班にいたらしいが、今より随分と幼く、街の厄介者のような扱いを受けていた孤児だったリオを拾ってから、今はほとんど二人で動いていた。
リオはガドの生い立ちを聞いたことはない。
ガドも話さない。回収屋なんて大抵過去に触れられたくない人間ばかりだった。
回収車は荒野を走り続ける。途中に崩れた高架跡を抜けた。砂に半分埋もれた巨大な鉄骨が、旧文明の大きさを物語っている。
遥か上空には、今も黒い影が浮かんでいた。
空に取り残された巨大構造物。誰も正式名称を知らない。
人々は、“天蓋”と呼んでいた。
あそこから星骨は落ちてくる。何百年経ったか分からないけど、崩れ続けながら。
「なあリオ」
「なんだ」
「もしもあれ全部落ちてきたらどうなると思う」
「きっと世界が終わる」
「夢がねぇな」
「ガドはあるのかよ」
「そりゃある。仕事せずに飲んだっくれる」
「いつもとかわんねぇ」
そうだ、いつもとかわったことはない。
命懸けで荒野をさまよい、朝になれば我が家に帰る。時々これでいいのかとリオは不安になることもある。遠くでは、別の回収班の車が黒煙を上げて止まっていた。タイヤでもやられたのか、数人がいそいそと修理している。
「今日は死人、少なそうだぜ」
ガドが少し声を高めて言う。
「まだ分からん」
先程からリオは、妙な胸騒ぎを感じていた。
荒野が静かすぎる。風の音しか聞こえない。
いつもなら、遠くで機械兵器の駆動音くらいはす るが、今日はそれがない。
まるで、腹を空かせた食虫植物が獲物を待っているみたいな静けさだった。
遠くには、回収屋たちの街“ラスティア”の外壁が見え始めていた。鉄と星骨で継ぎ接ぎされた灰色の街。
高い防壁に見張り塔と無骨な探照灯。文明と呼ぶにはあまりにも脆いが、人が生きていくには十分だった。防壁の上では、見張りがこちらにライトを向けている。帰還確認だ。
「あー、帰ったら寝るぞ俺」
ガドが肩を鳴らす。
「解析屋にカプセル持ち込んで、酒飲んで寝る」
「毎回それだな」
「生きて帰れた日は祝日だ」
その言葉がリオの胸に残る。回収屋は簡単に死ぬ。昨日までいた奴が、次の日には消えている。
だから生き残った日を祝い、笑えるうちに笑う。そういう生き方をする。
その時ガコンと荷台が揺れた。二人の視線が止まる。少女の細い指先が、わずかに動いている。
「……おい」
ガドが笑みを消す。近くの散弾銃へ手を伸ばした。少女の身体がゆっくり起き上がり、長い銀髪が肩から滑り落ちた。
赤い瞳。
ぼんやりした視線が周囲を見回す。その動きは妙にぎこちなく、まるで長い眠りから無理やり起こされたみたいだった。少女はしばらく黙り込み周囲を見ていた。
荒野。
回収車。
ラスティア。
そしてリオ。
赤い瞳が、そこで止まる。
「お前、何者だ」
リオが低い声で聞くが、少女は答えない。回答の代わりに、真っ直ぐリオを見る。
その瞬間。
リオの脳へ、また記憶が流れ込んだ。
暗い部屋。
赤い警告灯。
巨大な機械音。
『ーー機能、再接続ーーーー。』
唐突な頭痛にリオは思わず荷台へ手をついた。
「リオ!」
ガドが声を荒らげる。
少女はリオを見つめたまま、小さく呟いた。
「…見つかった…。」
少女がリオから目線を外し荒野の一点をみる
その先で赤い光が1つ、2つと灯っていた。。




