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星の骨を拾う  作者: ぬぬぬ


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第一章ジュウニワ「現在」

 ルゥが動き出したのだ。


 部屋の中央で戦闘を続ける二人は、その変化に気付かない。唯一部屋の隅にいたガドだけがそれを見逃さなかった。フラフラとおぼつかない足取りでルゥの元へと急いだ。


「ルゥ、、!大丈夫かしっかりしろ」


 ガドが肩に優しく手を置き軽く揺すると、長い睫毛がわずかに震え、閉じられていた瞼がゆっくりと開く。

 

「、、、がど、へんなかお」


 心配して駆け寄ったにも関わらず、ルゥが思ったよりも元気そうな様子に心から安堵し、ガドは苦い笑みをこぼす。


「囚われの姫様迎えに来れる顔じゃなくて悪かったが、そんなこと言ってる場合じゃねぇぜ

あれを見てくれ」


 そう言ってガドが指をさし、ルゥに見せたものは

博士とリオの戦闘だった。しかし、ルゥは驚くよりも先に不思議そうな表情を見せる。


「あれほんとにりお?」


「よく気づいたな、俺も薄々思ってたが

ありゃ多分リオじゃあねぇ」


 おそらく、ファストでもない。


 喉元まで出かかったその名前を、ガドは飲み込んだ。ルゥが見せた記憶のせいでリオが別人のようになっているなど、彼女に告げるべきことではない。そんな話を聞けば、自分を責めるかもしれない。それだけは避けたかった。


 だが、このまま黙っていても状況は何一つ変わらない。ガドは小さく息を吐くと、ルゥへ向き直った。


「一つ聞く。リオは……元に戻せるのか」


ルゥは戦うリオをじっと見つめたまま、小さく首を傾げる。


「……わからない」


 聞きたくなかった一言に、ガドは僅かに目を伏せる。数年間のリオとの生活が走馬灯のように頭の中を駆け抜ける。だが、ガドが感傷に浸るよりも先にルゥは言葉を続けた。


「でも、りおはきえてない」


「……どういう意味だ」


「まざったんじゃなくて、まいごになってる」


 胸へ小さな手を当てながら、ルゥはゆっくりと言葉を選ぶ。


「るぅもおなじ。いろんなひとのこえがきこえる」


 ガドはリオへ視線を向ける。


 剣を振るう姿は、やはりファストとしか思えないが、ファストはもっと爽やかに戦うやつだった。

あんな風に無闇に相手を煽ったり、いたぶったりは絶対にしなかった。


「記憶に……呑まれてるってことか」


 ルゥは小さく頷く。


「でも、りおはまけない」


 その声には、不思議な確信があった。


「りお、やさしいから」


 ガドは思わず苦笑する。


「そこは強いからじゃねぇのかよ」


「きっと、りおのたいせつなおもいでを

おもいだしたらもどる」


 リオの大切な思い出。それを考えようとした矢先


 部屋の中央で博士の拳を受け流したリオは、一切の淀みなく剣を返す。そのまま半歩踏み込み、刃が鋭く閃いた。博士も反射的に身を引こうとするが崩れた体勢は戻らない。


 間に合わない。その一瞬で、ガドは全てを悟った。


「見るな!ルゥ!」


 反射的にルゥを抱き寄せ、その小さな瞳を塞ぐ。直後、地下室へ乾いた笑い声が響く、それは確かにリオの声だった。なのに、ガドの耳にはまるで別人が笑っているようにしか聞こえなかった。


 次の瞬間、白刃が煌めく。


 博士の右腕が肘より上から宙を舞った。次に、宙を舞った右腕が床へ落ちるより早く、リオの蹴りが博士のみぞおちへ突き刺さり、博士を壁際へと追いやった。


 ルゥを庇った際の叫び声が聞こえていたのか、リオはゆっくりと首を巡らせ、ガドとルゥへ視線を向けた。


「おきたのか、女」


 リオなら決して言わない言葉を平然と投げ捨て、再び博士の方へ視線を戻した。


 ルゥは初めての呼ばれ方に、自分のことだとわかっていないのかキョトンとしているが、ガドは違った。表情から一切の色が消える。


「……女だと?」


 低く小さな声が、地下室の空気が張り詰めるほどの怒気を孕んでいた。


「ルゥを拾ったのはリオだ。名前を付けたのもリオだ。毎日笑って、飯を食って、家族みてぇに暮らしてきたのがリオだ。」


 ガドは一歩踏み出し、散弾銃を構える。


「その身体を使って、全部無かったことみたいに呼ぶんじゃねぇ。」


 ガドは静かな怒りを押し殺したまま、リオへ銃口を向けた。その表情には先程までの迷いは残っていない。しかし、引き金へ掛けた指だけは微動だにせず、ただ真っ直ぐ目の前の少年を見据えていた。あの身体は紛れもなくリオのものだ。どれだけ別人のように振る舞おうと、その事実だけは変わらない。


「……待て。」


 掠れた声が地下室へ響く。


 ガドは銃口はそのままで視線だけを動かすと、壁際へ吹き飛ばされていた博士がゆっくりと身体を起こしていた。右腕は既になく、裂いた白衣をきつく巻き付けて止血しているものの、床へ落ちた血溜まりを見れば失った血の量は一目で分かる。それでも、その足取りには不思議なほど迷いがなかった。


 博士はガドの隣まで歩み寄ると、正面で剣を構えるリオから目を離さないまま小さく息を吐く。


「……まだ終わっていない。」


 それだけだった。


 ガドも返事はせず、ただ、僅かに銃口を下げる。

二人の間に言葉は必要ない。長い年月を共に戦った身体は、それだけで互いの考えを理解していた。


 博士はゆっくりと左へ歩き、ガドは自然と反対側へ足を運ぶ。互いに相手を見ることもなく、それぞれが最も動きやすい位置へ移動していく。


 その様子を見ていたリオの口元が、ゆっくりと吊り上がった。理由もなく笑っているようにも見えるし、目の前の状況を楽しんでいるようにも見える。


 だが、その笑みにリオらしさは微塵もなかった。


 まるで戦うことだけを喜びとしている獣が、ようやく満足できる相手を見つけたかのような、薄気味の悪い笑みだった。


 地下室を重苦しい静寂が支配し、誰も動かない。

互いの呼吸だけが僅かに響き、張り詰めた空気が肌へ刺さる。


 その均衡を崩したのはリオだった。初めからいなかったように消えると、砂埃だけが舞う。気付けば、その姿は博士の目前まで踏み込んでいた。


 鋭く振るわれた刃を、博士は身体を半身に開くことで紙一重にかわす。その勢いのまま踏み込み、左拳をリオの脇腹へ打ち込もうとした瞬間、リオは無理な体勢から剣を返し、拳ごと斬り払おうとした。


 しかし、その剣は博士へ届かない。


 乾いた銃声が地下室へ響き渡る。


 ガドが放った弾丸はリオを狙ったものではなく、その足元の床を正確に撃ち抜いていた。砕けた石片が跳ね上がり、ほんの一瞬だけリオの視線が逸れる。


 それだけで十分だった。


 博士は振り抜こうとしていた拳を止め、肩から体当たりするようにリオの懐へ潜り込む。剣は窮屈な間合いでは十分に振るえず、リオは咄嗟に後ろへ飛び退いた。


 距離が開く。


 だが、着地した先には既にガドが立っていた。


 リオは迷うことなく剣を振るう。


 ガドは避ける。


 そこへ博士が踏み込む。


 博士を見ればガドが死角へ回り、ガドを追えば博士が間合いへ入る。互いに一言も交わさないが、それでも二人の動きは寸分の狂いもなく噛み合い、リオへ考える暇を与えないまま少しずつ行動範囲を削り取っていく。


 先程まで博士一人を圧倒していたはずの剣が、今は思うように振るえない。攻撃を受け止めている訳でも、避け続けている訳でもない。


 二人は絶えず位置を変えながらリオの進路だけを塞ぎ、一歩、また一歩と地下室の壁へ追い込んでいく。その姿は、初めて共闘する者同士には到底見えなかった。


 何年もの歳月を同じ戦場で過ごし、互いの癖を身体へ刻み込んできた者だけが辿り着ける、言葉すら必要としない連携だった。


 戦いの最中、不意にガドが大きく横へ回り込み、リオの死角へ姿を消した。当然、リオの意識は目の前の博士へ向く。その一瞬だけ生まれた余裕を逃さず、ガドは素早くルゥの方へ振り返った。


 何かを伝えようとしている。口を動かしているのは分かるが、声は戦闘音に掻き消され、ルゥのいる場所までは届かない。それでも諦めずに何度も口を動かすガドを見つめながら、ルゥは困ったように首を傾げた。


 伝わっていない。そう悟ったガドは一瞬だけ苦い顔を浮かべると、それ以上は考える暇もなく再びリオの前へ飛び出した。


 振り返ったガドを待っていたかのように、リオの剣が鋭く閃く。


 ガドは腰を落として刃をかわすと、その勢いのまま身体を滑らせるように横へ流れ、正面へ踏み込んできた博士へ自然と相手を譲る。博士もそれを当然のように受け取り、左拳でリオの体勢を崩そうと間合いを詰める。その僅かな時間を利用して、ガドは再びルゥへ視線を送った。


 今度は言葉ではなかった。


 まずリオを指差す。


 続いて両手で何かを押し込むような仕草を見せると、次はルゥを指差してから、リオに戻し、最後に大きく目を閉じたり開いたりしてみせた。


 ルゥはその一連の動きをじっと見つめる。


 リオ。


 押し込む。


 るぅ。


 目を覚まさせる。


 断片だった仕草が頭の中でゆっくりと一つへ繋がっていき、ルゥの表情が僅かに変わる。


「……りおを、おこす。」


 小さく呟いたその声は誰にも届かない。それでもガドはルゥの表情を見ただけで伝わったことを理解すると、小さく頷き、再び銃を握る手へ力を込めた。


 ガドが小さく頷いたのを見届けると、ルゥは胸の前で両手を強く握りしめた。


 何をすればいいのか、本当にこれで合っているのか、そんな不安は消えない。それでも、今ここで動けるのは自分しかいないのだと、小さな胸で理解していた。


 戦いはなおも続いている。


 博士が踏み込めばリオは迷いなく剣を振るい、その剣筋をガドが射線で逸らし、再び博士が間合いを詰める。


 長らく停滞していた場がついに動いた。

 

 博士が剣を弾き、一瞬無防備になったリオの脇腹にガドが強烈な回し蹴りを叩き込む


 怪物のような今のリオでも痛みは感じているのか

、はじめて顔を苦痛に歪まる。


 博士はその隙を逃さず左腕一本でリオの剣ごと身体を押さえ込み、そのまま全体重を預けるように組み伏せた。すぐにリオは振り払おうと身体を捻るが、その反対側からガドが飛び込み、肩で押し返すように体勢を固定する。


 二人分の体重を受けながらも、リオはなお立ち上がろうと足へ力を込める。床を踏み締める音が地下室へ響き、筋肉が軋むほど全身を震わせても、その身体は少しずつ二人を押し返し始めていた。


「……今だ。」


 短く告げた博士の声に背中を押され、ルゥは小さな足で駆け出した。近付くたび、それまで暴れ続けていたリオの身体がわずかに震える。虚ろだった瞳がルゥを映した、そのほんの一瞬だけ眉が動いたがすぐに、その微かな変化さえ消え失せ、獣のような鋭い眼光がルゥを射抜く。


「早くしろ……!」


 ガドの声にも焦りが滲む。もう長くは押さえ込めないのが目に見えてわかる。ルゥは二人の間へ滑り込むように膝をつくと、ゆっくりとリオの頬へ手を添えた。


「りお。」


 返事はない。震える指先で頬を撫でながら、もう一度ど。


「りお。ごはんのじかんだって。」


 静かなその声だけが、騒がしい地下室の中で不思議なほど鮮明に響いた。その瞬間、ついにリオの身体からほんの僅かだけ力が抜ける。閉ざされた意識の奥底へ、その声だけが静かに沈んでいった。


     ◇


 汚れひとつない真っ白な地面。しかし、空には膨大な記憶のモニターが絶え間なく流れ続けていた。

リオはそんな空間で1人呆然と座っていた。


 英雄の記憶だった。ファストの記憶だけならまだ良かったのだが、今まで見てきた者たちの記憶が混ざり合いリオを蝕んでいた。


 幾千もの戦場。


 守れなかった命。


 託され続けた願い。


 積み重ねられた使命と覚悟が濁流のように押し寄せ、リオという存在を少しずつ飲み込んでいく。

もう、自分が誰だったのかも思い出せない。


 目の前には、そんなリオを静かに見つめるファストだけが立っていた。


「君は、優しいな。」


 穏やかな声だった。


「私なら、これ程までの記憶を受け止めたら

きっと戻っては来れなかったと思う。」


 ファストは空を見上げ、少しだけ笑う。


「英雄とは、過去を振り返らない者を言うのだと思っていた。ひたすらに前を向き、しがらみに囚われずに進み続ける者のことを。だが、君は違う。」


 リオは何も答えない。答えようにも、自分の名前すら思い出せなくなっていたその時だった。


 遠くから、小さな声が聞こえる。


「りお、ごはんのじかんだって。」


 小さな声で拙く、たったそれだけだった。

その一言で、リオのいる空間から雑音が消えた。


 戦場も。


 英雄たちの悲痛な叫びも。


 崩れ落ちる街も。


 すべてが静まり返り、その声だけが優しく響いていた。


 気が付くと、目の前には見慣れた家があった。


 バルクの雑用を終え、疲れ切った身体で扉を開ける。漂うオイルの匂い。ソファーにそのまま横になるとすぐに眠ってしまう。

 少し経ってから、ガドかルゥにご飯の時間だと起こされていた


 食卓には三人分の皿が並び、ガドが腹を空かせた顔で椅子へ座っている。


「遅ぇぞ。」


 呆れたように笑う声。ルゥはお皿を抱えたまま、嬉しそうにこちらを見ている。


 何でもない景色だった。星骨を拾い、飯を食って、くだらない話をして笑う。誰に語るでもない、ありふれた毎日。英雄たちの壮絶な人生より、その何でもない時間の方が、リオには何倍も鮮明に映った。


「……ああ。」


 リオは自然と声が漏れ、ようやく思い出した。


 自分は英雄じゃない。


 誰かの人生を背負うためにここへ来たわけじゃない。帰る家がある。待ってくれている人がいる。


「帰らなきゃ。」


 その呟きを聞いたファストは、心から安堵したように微笑んだ。


「そうだ。それでいい。」


「ずっと、無視して悪かったな」


 笑顔なファストに少々バツの悪そうな顔で謝罪する。


「気にすることはない。私は君のことをよく知っているからな。あの少女に初めて触れてから見てた景色、あれは私の記憶だ。」


 なんともない感じで明かされた、今まで見てきた誰かの記憶。なにかの警報やリオに語りかけたリオそっくりな少年。それがファストの記憶だった。


「は?!」


「つまり、私はあの時からずっと君の中にいた、、いや、詳しい話はまた今度にしよう。君が願えば私はいつでも力をかそう。早く君を待つものの所へ行ってやりなさい」


 今までの自分の悩みがあっさりと切り捨てられ、尚且つ優しくされたことに少し、ムッとしたような

顔をしたがすぐに持ち直し、起きる決意を固めた


「じゃあまた、困ったら呼ばせてもらうよ。

ありがとう、英雄。」


 笑顔だったファストも顔を引き締め、最後にこれだけ。と喋り始める


「君は私にはなれない。だからこそ、君だけが歩ける道がある。」


 その姿は少しずつ光へ溶けていく。


「ヴェイルの英雄は、私たちが最後でいい。

バースとガルドを連れ出してやってくれ。

これから先は、、君の物語だ。」


 最後の言葉とともに世界は眩い光に包まれ、リオの意識は静かに現実へと引き戻されていった。

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