第一章ジュウイチワ「過去」
今の対処方法に覚えがあったのか、今までのどこか楽しそうな表情とは打って変わってどこか神妙な面持ちでリオへ問いを投げかけるが、その質問にリオは答えない。相も変わらず虚ろな目をしたまま意識は無いようだった。
「ガルド。まさかとは思うが、こいつ私たちと同格だとは言うまいな」
博士はリオの動きを見てから行動できるくらいの距離を取り、腕を顔前に構え一切の隙を見せない姿勢のままガドに急かすような口調で話しかけた。
「、、それが星骨から記録を見る力の事を指してるとすれば、同格どころか俺らよりも格上だ。」
「不思議なものだ、灰冠以外にもそのような人間がいるとは考えもしなかったが、灰冠も初めはそうだったと考えれば納得がいく。しかし、私たちより格上などと言うことは、いやそれよりも、この少年はなにをどうみているのか、、」
博士は誰に話しかける訳でもなくガドの説明から自分なりの答えを導き出し、何やらひとりでブツブツとなにかボヤいている。しかし、博士のそんな呟きは、虚ろな目のままのリオには届いていなかった。
それもそのはず、リオの意識はルゥの手から溢れ出した光を浴びてからこの地下室にはなく、絶え間なく流れ込んでくる、膨大な記憶の中を彷徨っていた。
◇
(なんなんだこれ、一体どこだ)
先程までと全く違う環境に、リオは思考を巡らせるが、押し寄せてくる何者かの記憶に思考を奪われ深く事を考えることができていない。しかも、次第に流れ込んでくる記憶はどんどん大きくなり
リオの自我までも飲み込まれそうになる。
思考力が低下している状態で今ガドが、ルゥがどうなったのか、仲間の安否を祈って薄暗い記憶の渦へ堕ちてゆく。。
◇
次にリオが意識を取り戻した時には、地下室でも先程の記憶の中でもなかった。
見渡す限り白い石造りの街並みが広がり、整備された大通りには多くの人々が行き交っている。道端では商人たちが威勢よく商品を並べ、子供たちは追いかけっこをしながら笑い声を上げていた。建物の壁はどれも綺麗に手入れされていて、窓辺には色鮮やかな花が飾られている。ラスティアでは雨風を凌げるだけでも立派な建物だというのに、ここではそれが見受けられない。
遠くを見れば、空へ向かって伸びる巨大な塔が幾つも立ち並び、その周囲には複雑な構造物が蜘蛛の巣のように広がっている。街を囲む外壁も常識外れの大きさで、まるで一つの国を丸ごと守るために造られたかのようだった。
リオはその景色を知らない。見たことも聞いたことさえない。
それでも、この記憶の持ち主は知っていた。
ここは、ヴェイルだ。
記憶の視線は大通りを歩いている。
人混みの向こうに見慣れた顔が見えた。
ガドだった。
今のガドより少し若く、まだ顔立ちに荒々しさが残っている。それでも既に身体は鍛え上げられていて、街を歩く人々の中にいても目立つ存在感があった。
その隣を歩いているのはおそらく博士だった。
白衣ではなく黒い制服のような服を着ているが、資料の束を抱えながら歩く姿は今と変わらない。何か考え事をしているのか眉間に皺を寄せていたが、その横顔には今ほどの冷たさはなく、年相応の若さが残っていた。
二人は何か言い合っているが喧嘩では無く、長年一緒にいる人間同士の気安さがそこにはあった。
ガドが面倒そうな顔で話を聞き流し、バースが呆れながら説明を続ける。そのやり取りは何度も繰り返されてきたものなのだろう。互いに慣れ切っている。
資料を押し付けられたガドが露骨に嫌そうな顔をすると、バースは苛立ったように何かを言い返す。しかし次の瞬間にはガドが笑いながら肩を組み、バースがそれを振り払おうとしていた。
二人は仲が良かった。
ただ同じ組織に所属しているだけではない。
幼い頃から共に育ち、共に学び、共に戦ってきた時間がそこにはある。
言葉にしなくても互いを理解できるほど長い年月を共有してきたのだろう。
リオのすぐ隣の記憶の持ち主はそんな二人を少し離れた場所から眺めていた。
そして苦笑する。
「よう、ファストあいつらまたやってんのな」
隣から笑い混じりの声が返ってくる。
「毎日やってるさ」
声の方へ視線が向く。
そこにいたのは一人の男だった。
年齢は二十代後半ほどだろうか。
整った顔立ちをしているが、どこか気の抜けた雰囲気を纏っている。広場のベンチに腰掛けながら果実を齧っている姿だけを見れば、幼さが抜けきっていないようにも見える。
しかし、街ゆく人々はその限りでは無い。
彼の前を通る大人は軽く会釈し子供は嬉しそうに駆け寄り、老人たちはその光景を優しく見守っている。
それはファストと彼が英雄と呼ばれる男たちだからだ。二人はヴェイルを代表する存在であり、人々が憧れる英雄だったが、当の本人たちはそんな扱いに慣れ切っているのか気負った様子もない。
子供に呼び止められればしゃがんで話を聞き、露店の店主に声を掛けられれば冗談を返す。その姿は英雄というより街の兄貴分に近く、人々も二人を慕っていた。
恐れるのではなく、崇めるのでもなく。
家族のように。
ファストは広場で騒いでいるガドとバースを見ながら小さく笑う。
「あいつらも、あと数年だろうな」
その言葉に隣の英雄は果実を飲み込みながら頷いた。
「ああ。候補者の中じゃ頭一つ抜けてる」
「性格は真逆だけどな」
「だからいいんだろ」
英雄の言葉をファストは否定しなかった。
ガドは考えるより先に身体が動くし無茶もする。
その上、規律も苦手だ。しかし誰かを守るためなら迷わず危険へ飛び込める。
一方でバースは慎重だった。常に最善を考え、感情より理屈を優先する。まさにガドとは正反対だ。
それでも二人は不思議なほど噛み合ってい、互いに足りないものを補い合っている。まるで最初からペアになるよう決められていたかのように。
だからファストも確信していた。
いつか自分たちが旅立った後、この席を継ぐのはあの二人なのだと。
広場では相変わらずガドとバースが騒いでいる。くだらないことで言い争い、くだらないことで笑っている。そんな何気ない光景を見ながら、ファストは穏やかに目を細めた。
その時だった。
広場の入口から一人の兵士が駆け込んでくる。鎧を鳴らしながら人混みを掻き分け、その表情には明らかな焦りが浮かんでいた。
ただ事ではない、皆がそう感じたのだろう。
周囲の人々が次第にざわつき始め、ガドと博士が駆け寄ってくる。その兵士は真っ直ぐ英雄2人の前までやって来ると、その場で膝をついた。
そして何かを告げた。
記憶の中の声は不思議と聞こえない。いや、声だけではない、話に夢中で気が付かなかったが既に周囲のざわめきや風の音までもが聞こえない。
そのことに気がついたリオは、なんとか続きを見ようともがくが、所詮この世界はルゥが見せてくれた
ファストの記憶の中でしかない故に無駄なことだった。
鮮やかな世界は薄暗くなり、近くにあったファストの顔は次第に遠のいてゆく。誰にも届かないとわかっていながらリオは続きを教えてくれと声を荒らげた。 ファストがリオの方をみて微笑んだように
見えたのは気のせいだったのかもしれない。
◇
先程までいた世界は軋むように崩れ、次に視界へ飛び込んできたのは、自分が剣を構え、目の前には血を流している博士と向かい合っていた。
「バースか、、久しいな」
一人でブツブツと考え事をしていた博士が目を大きくして、自分の名を呼んだリオのことを凝視した。どこか上の空だったガドも驚愕の表情を浮かべている。それどころか名前を呼んだリオでさえ驚いた顔をしている。
「いま、なんといった」
「おれ、なんて言ってた?」
博士とリオが互いに口にした言葉はほぼ同時だった
「私の名前だ。誰から聞いた?ガドか?」
「いや誰って、ファストがそう呼んで、」
先程とはうってかわって鋭い目つき、低い声で
明らかにリオに圧力をかけながら話す博士に、若干気圧されながらそこまで話したところで、思い出したようにリオが博士に質問を投げかける。
「そうだ!あの時、兵士はファストたちに何を伝えたんだ?」
場が凍る。少しの沈黙が永遠に感じられる。
博士だけでなくガドまでもが、先程までよりもさらに驚きの表情を隠せていない。
「リオ、それはさっき見ていたのか、、?」
「あぁ、ルゥの手に触れてからファストの記憶が
まちまちで流れ込んできたあと、その場面を見てたんだ。その間にこっちで何があったかはわかんねぇ」
ガドの恐る恐ると言った感じの問いに、淡々と事実を述べていくリオ。特に何も考えないでし話しているように見えるリオだが、決して博士から目を背けなかった。
それが役に立った。名前を呼ばれてからというものずっと怒りを隠しきれないといった様子の博士は
ついに、弾丸のようなパンチをリオに向けて放つ。
「っ、避けろ!リオ!」
ガドがついさっきまで博士と死闘を演じていたのは、リオの意識ではないと今更気づき大声をあげるが既に手遅れ。普段のリオが博士を相手どれる訳がない。
はずだった。
リオは迫り来る拳を、まるでわかっていたかのように半歩、隣に移動し易々と博士の攻撃をかわした
「ダメじゃないかバース。早いだけのストレートは軌道が見えている相手には効かないと、いつも言っていただろう?」
空振り、静止した拳を軽く撫で、明らかにリオではない言葉で博士に語りかける。博士の頬が引き攣る。拳を強く握り締め、喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「喋るな、、!」
「なぜだい?昔はこうやって訓練したじゃないか」
「喋るなと言ったはずだぁぁぁ!」
数分後には、さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのやら、怒りに身を任せて拳を振るい、単純な軌道でキレすらない。
そんな攻撃を避けるのは、今のリオには容易いのか
避けては煽りを繰り返し、博士の攻撃は今や見るに堪えないほどになっていた。
地下室の中央で戦いが行われている中、奥の椅子の影がゆらりと動いた。




