八柱臨時会議
ーフェルシア王国王都ラージル・王宮ー
その日、八柱を緊急招集前にファウストは一つの王権を下した。
「母娘は王宮保護下に置く。 記録上は“保護対象一般民”。 研究・外交・軍事、いずれも関与禁止」
そして、事後報告の詳細説明の場を用意する。彼なりの誠実であった。
—王宮・封鎖円卓室—
円卓の灯りは、八つ。
どれも明るすぎず、影を残す配置だ。
ここで語られる言葉は、記録されない。
ファウストは上座に立たなかった。
円卓の一角、他と同じ位置に立つ。
それだけで、この会議の性質は決まった。
「招集に応じてくれて感謝します」
王の声は低く、静かだった。
「結論から伝えます。昨夜、王宮保護下に入った女性――マルガレーテは、夜明け前に亡くなりました」
一瞬、空気が止まる。
誰も声を出さない。誰も驚かない。
ここに集められた者は、すでに“予感”を持っていた。
ムータラが、わずかに目を伏せる。
ワルターは視線を逸らさない。
マサヒトは、何も書かない。
ファウストは続ける。
「死因は、衰弱と精神的限界。外傷なし。第三者介入なし。――彼女は、安心して、生を終えました」
その言い方に、誰も異を唱えなかった。
ここで法を持ち出す者はいない。医療的可能性を問う者もいない。
それはすでに、尊重されるべき選択の領域だった。
「そして…」
ファウストは、はっきりと言った。
「彼女の娘、メフィスは生きています」
灯りが、一つ、揺れた。
「だから私は、昨夜の時点で決断しました」
視線が、円卓を一周する。
「母娘は王宮保護下に置く。記録上は“保護対象一般民”。研究・外交・軍事、いずれも関与禁止」
沈黙。
重いが、荒れない沈黙。
最初に口を開いたのは、外交官ラシュマだった。
「……王よ。確認を。その決定は“一時的措置”では?」
「いいえ」
即答だった。
「これは恒久措置です」
ラシュマは一瞬だけ目を閉じる。
そして、深く息を吐いた。
「……理解しました。フェルシアは一枚の外交札を、ここで捨てた」
否定ではない。確認でもない。
それは受領だった。
次に、研究統括としてコマが口を開く。
「異能系譜としての再発現可能性は?」
「ありません」
「根拠は?」
「“研究しない”という決定そのものです」
揺らがぬ王にコマは、苦笑した。
「……王は、研究者殺しですね」
「光栄です」
場が、わずかに緩む。
近衛大将シドが、低い声で言う。
「軍は関与せず。だが、保護の実効性は確保する」
「感謝します」
内務のアーサーンが頷く。
「生活基盤、教育、身分偽装、すべて整えます。可能な限り“守られていると気づかせない”形で」
監察総括ツバキは、短く言った。
「法務上の齟齬は、こちらで処理する。記録は“薄く”、追えない形に」
最後に、マサヒト。
…彼は、何も言わなかった。ただ一度だけ、王を見る。
ファウストも、視線を返す。言葉は不要だった。
――すでに終わっている夜の話だからだ。
沈黙のまま、全員が理解する。
この会議は、王を止める場ではない。
王が選んだ地獄を、国家が引き受ける場だ。
ファウストが、最後に言う。
「あの女性は…、彼女は、娘を託しました。特殊な力ではなく、未来として」
「私は、それを裏切らない」
誰も拍手しない。誰も称えない。
ただ、全員が立ち上がる。それが、承認だった。
会議は静かに、解散する。席の灯りが、一つずつ消える。
この日、円卓に残ったのは、“何も起きなかった”という事実だけ。
そしてその裏に、確かに選ばれた未来があった。
会議後───。
円卓室の扉が閉まる。
足音が遠ざかり、灯りがすべて落ちたあと、ファウストはしばらく、その場を動かなかった。
王を象徴する冠はない。外套も脱いでいる。
ただの一人の男として、石の円卓に手を置く。
「……間に合わなかったな」
誰に向けた言葉でもない。
後悔でも、悔恨でもない。事実の確認だった。
救えなかった命はある。だが、利用させなかった未来もある。
その二つを、天秤にかける権利があるのは、この国で一人だけだ。
ファウストは、ゆっくりと背を伸ばす。
「…託された以上、迷わない」
それだけ言って、踵を返す。
扉の向こうには、“何も起きなかった朝”が待っている。
王は、そこへ戻っていった。




