(57) エピローグ②
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癖の強いロニオス・ブラッドフォードは、意外なことにサイラス達の行商に同行することを要求してきた。それが彼の協力に対する代価であり、サイラスは冗談かと思っていた。
ロニオスは本気だった。
「旅に出ます。探さないでください。ロニオス」と読む者を舐めくさった文面の書置きをサイラスに代筆させ、その時点でサイラスも共犯者にしたてあげられていた。
この人物は、人をハメることに長けているのでは――と、サイラスが用心した時はすでに遅かった。
サイラスは肩にいる子猫に問いかけた。
「今回の取引は……その……安すぎるんじゃね?家出の片棒なんてさ」
『家出ではないぞ?見聞を広げるための視察任務だ』
「……物は言いよう……」
『事実を言葉巧みにすり替えることは、重要な技能だ。報告書の記載時に重宝するから覚えておくといい』
しれっと猫は語る。
『あくまでも「君の記憶を取り戻すための協力」であり、成功報酬じゃないからこれぐらいが妥当だろう』
「いや、でも、そもそもこんな行商の同行が代価になるのか?等価交換じゃない気がする」
なんと言ってもロニオス・ブラッドフォードは、研究都市のトップであるはずの人材だった。こんな安い報酬で束縛されるべきではないのだ。
ロニオスは、サイラスの馬鹿正直な感想に笑った。
『サイラス・リー。商売人は普通、己の利益重視ではないのか?そこは、代価が安くすむことを喜ぶべきだ』
「『リル』は、こういう相手の弱味につけこむ商売を嫌がるんだよ。死んだ父親がそういう主義だったらしくて、さ」
『そして、君はそれを理解できない』
「よく、わかるなぁ」
『リルは、商売による利益よりも他者の幸福や社会の利益を優先している。見返りを求めずに献身的に尽くす利他的な心構えが根幹にあるのだろう』
「あ〜〜、それはなんとなくわかる」
『リル』は困っている人に対して、自分ができる最大限の手段を検討する。サイラスは、彼女の人の良さにつけこむ人間が出現するたびにイライラしていた。
『ふむ、では君が納得のいく今回の等価交換についての解答を用意しようか』
猫は講義口調になった。
『私が大災厄で力を使い果たして、枯渇状態に近いことは知っているかね?』
「知ってる。カイルとディム・トゥーラが言っていた」
『しかも猫姿だ』
「確かに猫だ」
『酒の手酌も難儀な状態だ』
「クトリ・ロダスに自動定量供給機を作らせたじゃないか」
サイラスの突っ込みに、猫は陶酔したかのように空を見上げた。
『あれは素晴らしいものだ。中世時代の発明機械だが、今の私には神器に等しい。猫の手でもボタンを押せば酒が定量供給されるとは、昔の開発者は天才に違いない』
「……もしもし?」
サイラスは吐息をついて話を引き戻した。
「それで?」
『通常の精霊獣なら、空間を転移という形で移動できるが、今の私では正確さに欠けるし、無防備なので同行者が必須だ。この場合の人選だが――』
「うん?」
『今のカイル・リードが出歩くと問題が起きる』
「ああ、うん。カイルはヤバいな」
『ディム・トゥーラは私の弟子だから、多少の我儘は許して同行してくれるかもしれないが、私の元副官であるジェニ・ロウに全てが筒抜けになる』
「……」
『おまけに戦闘力も欠けている。シルビア・ラリムとクトリ・ロダスは論外だ』
「…………」
『アードゥルはある意味適任者だが、歌姫が同行する時点でアウトだ』
「なぜ?」
『この愛らしい子猫姿に零落された歌姫が私を抱きしめた瞬間に、私は彼に間違いなく抹殺される』
「…………」
『エルネストは、元アドリー辺境伯の隠し子として、顔と名前が売れすぎている。お忍びで各地を回るには口実がないし、エトゥールの外交と誤解されかねない』
「………………」
『君の師匠のイーレは、西の民に所属する有名人だし、そもそも彼女は私の願い事を素直に聞いてくれるタイプじゃないだろう?』
「…………確かに」
『消去法でいくと、君達しか残らない。まさに適材適所だ。だから、君達の提供する代価が安すぎることは、けっしてない。売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしの見本のようなものだ。しかも、私にはさらに何にも代え難いメリットがあるのだ』
「…………それは?」
『初冬から春にかけて、新酒の季節なのだ!』
「……………………はい?」
それが全てというように、ロニオスは力説をする。
「初絞りというものは、加熱殺菌されない生酒であって、あまり遠方まで出荷されない。いわば、季節が生み出す秘蔵酒と言ってもいい。これを試飲できるなど、最高の家出――いや、視察任務だ」
「……………………」
俺の失われた記憶が、東国のレアな発酵酒程度と貶められたような気がする――と、サイラスは考えこんだ。
が、しばらくして考えることをやめた。
重要な点だけを確認する。
「激怒したディム・トゥーラの相手をするのは嫌だからな?」
「…………私がなるべく対処するが、押さえきれない時は、ほとぼりがさめるまで身を隠すことも方策の一つとして認めてほしい」
非常に現実的な提案だった。むしろそちらの選択の確率の方が高いだろう。
サイラスは商談成立の意をこめて、握り拳をつくり猫の精霊獣の肉球とタッチをして、親密度を深めた。
激怒したディム・トゥーラの何かのフラグが立ちました。
次回、いつものおちゃらけた閑話をはさむか第3章にするか、迷い中です。




