(56) エピローグ①
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『リル』
呼び止められて、リルは振り返った。
養い親であり、密やかな想い人であるサイラスに名前を呼ばれてリルは単純に嬉しくなってしまう。
例えそれが彼等の言う『合成された声』でも関係ない。細かいことを言えば、確かに多少抑揚が違う。
だが、リルにとって重要なことはサイラスに名前を呼ばれる、ということなのだ。
「なあに、サイラス」
「…………俺は同席できないが、何かあったら呼べよ?アッシュのそばを離れるな」
「心配症だなあ」
「当たり前だ。ここは治安が悪すぎる」
「大災厄後は、どこもこんなものだよ?」
何度か繰り返した会話だ。
昔の過保護なサイラスに戻りつつあることも、リルにとっては嬉しい話だ。
もう二人の間に、ギクシャクとした雰囲気はない。
ただたまに、なぜかサイラスは挙動不審になる。リルにはその理由がわからなかったが、些細な項目の一つで気にはならなかった。
以前と変わったことは、専属護衛のアッシュ以外に行商の同行者が増えたことだ。
その同行者がサイラスの背中のフード部分からひょっこりと顔をだす。白い子猫だ。
初代の賢者は、山猫サイズから大きさを変えて「道中拾われた愛らしい子猫」を装っている。
サイラスはこれに関して「史上最大の詐欺。イーレの外見年齢詐称に匹敵する」と暴言を吐いていた。
『新しい障壁は、持っているな?』
ロニオスがリルに確認をする。
「はい、ロニオス様」
新たに渡された小さい金属球をリルは取り出し、サイラスの肩に乗った子猫に示す。
『問題が起きたら、躊躇なく起動するように。サイラス・リーがすぐに駆けつける』
「アッシュ、『リル』を頼む」
アッシュは寡黙に頷く。
リルは護衛対象と一緒に目的の商業ギルドに向かった。サイラスはリルに対して無礼な態度をとる交渉相手に対してブチ切れるため、交渉や契約時の席から閉め出され、付近での待機となっている。
「サイラス、あとで街の散策につきあってね」
扉の前でリルが振り返り、サイラスに声をかける。「ああ」と承諾するサイラスに「じゃあ、しばらく待っててね」とリルは幸せそうな満面の笑みで手をふり、街の商人ギルドの館に姿を消した。
数秒後、サイラスは片手で顔を覆って、赤面ぶりを隠しながら、力尽きたように地面に片膝をついた。
「…………なんだ、あの破壊力がありすぎる笑顔は……」
猫はサイラスの肩を踏み台にして、彼の耳を肉球で触れて、赤面の度合いを確認した。サイラスの耳は完全に赤かった。
『…………本当に面白いな、君は。「来る者は拒まず、去る者は追わず」の女性遍歴の持ち主だと聞いていたが、彼女の笑顔になぜこれほどまでに動揺するのだ?』
「いや、あれ、ヤバいだろう?あんな無防備な笑顔を振りまいて、変な男の興味を引いたらどうするんだ?危ない。めちゃくちゃ危ない。無防備すぎる」
『振りまいてないし、明白な個人爆撃だと思うが……?』
「意味わかんねーよ」
『……エレン・アストライアーは、弟子の情緒面の教育に失敗したのか?なぜ、これがわからない?』
「イーレはイーレだ。エレン・アストライアーではない」
サイラスは猫の精霊獣をにらみ、厳密な訂正をした。ロニオス・ブラッドフォードが500年前のイーレの原体と同僚であっても、ここは譲れない点だった。
『おっと、失礼。で、イーレの情緒教育の内容は?』
「…………女子供を泣かすな?」
『なぜ、疑問形』
「俺、理解できてねーもん」
サイラスは吐息をついた。立ち上がると道端にある小樽の上にあらためて腰をおろす。
「イーレは弱者を守れとか口癖のように言うけど、弱者が淘汰されるのって、自然現象じゃね?少なくとも俺の生きていた世界ではそうだった」
『ああ、そういえば君は辺境惑星出身の懲役者か』
サイラスはギクリとした。
だが、ロニオスの問いの思念に蔑視の色はない。
「…………なんで知ってる?」
『大災厄前のシャトルと観測ステーションで、関係者の全履歴は確認している。エド・ロウの手持ち資料は全て目を通した』
「あ〜〜、そっからかぁ〜〜」
所長が所持している履歴書を覗かれた事実にサイラスは髪の毛をかきむしった。
猫は金色の瞳でじっとサイラスを見つめてきた。その仕草はカイル・リードに似ている、とサイラスに思わせた。
『君の原体は処刑。複製体は研究都市の降下任務の危険労働懲役。中央の基幹施設への破壊行為として、妥当な量刑だ。イーレが後見人になった経緯も察する。だが、懲役の刑期明けはとっくに過ぎている。なぜ、君はまだ降下隊の所属を選択しているのか不思議に思って印象に残ってた。過酷な降下任務の継続は被虐的な選択に思えるが、もしやそちらの趣味が?』
「…………言い方……」
サイラスは長く息を吐き出した。
「それしか、才能がないからだよ」
『そんなことはないだろう』
「俺、平穏な過ごし方がわかんねーもん。退屈に耐えられない。沸き起こる破壊衝動は、イーレとの手合わせで昇華できるけど、イーレがいなかったらもう一度ぐらい処刑対象になってたかも?」
『ネガティブ衝動の 心理学的防衛機制ってヤツだな。そういう意味では、君とイーレは理想的な師弟関係だ』
サイラスはロニオスの評価に一瞬あっけにとられ、顔が照れのために熱くなるのを感じた。
ロニオス・ブラッドフォードは、プロジェクト・リーダーとしての能力に長けている。部下達の心理を正確に見抜き、欲している言葉を投げる。
遺伝子理論からいけば、間違いなくカイル・リード並みの「人たらし」の遺伝子が濃くあるに違いない。この親子は、いろいろな意味でヤバすぎる――と、サイラスは深く思った。
第2章エピローグを1話構成でまとめることに挫折した件について。(土下座)
続きます。




