(55) 第2回メレ・アイフェス集合会議⑮
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サイラスはロニオスを見つめ、先程の言葉を考えた。
――それは報酬外の話題だな
――世の中には「等価交換」という言葉がある
――無償奉仕は趣味ではない
つまり『彼』は正しい等価交換さえあれば、協力に応じるのだ。サイラスは交渉の余地を感じ取った。
だが、『彼』が酒以外の何に価値を見いだすタイプなのか、さっぱり謎だった。
「俺の記憶喪失の原因究明するための手助けに、どの程度の報酬が必要なわけ?」
『ストレートに聞いてくるなぁ』
猫型の精霊獣は、笑いを漏らした。
「ストレートに聞く方が時間を無駄にしないってことを、さっき学んだんだ。何を代価に望むわけ?俺は解決の手助けが欲しい。それこそ、『猫の手も借りたい』ほどに」
『おやおや、逆手に取られたか』
カイル達を断った文言を切りかえされて、ロニオスは再び笑い声をたてた。
『だが、発想は逆だ。等価交換とは、君がどの程度支払うつもりか、が重要だ』
「は?」
『私が代価としてエレン・アストライアーの弟子をやめろと言ったらどうするんだ?』
「記憶なんていらねーよ」
サイラスは即答した。
と、同時にこの猫姿の人物がイーレの原体であるエレン・アストライアーと共に過ごしてきた存在であることを実感した。
エレン・アストライアーの名を知る者は限られる。
『では、リルの養い親をやめろと言ったら?』
「それも、ないな」
会話に養い子が動揺している。
もしや、そんな選択をする薄情な人間と思われているのか、とサイラスは複雑な気分に陥った。
『ほら、このように君の中では、「君の記憶」の価値は確立している。だったら、何を代価として差し出すことができるか、答えはおのずと導かれるはずだ』
「…………普通、相手の弱みにつけこんで交渉するんじゃね?」
『そういう苦行に満ちたマゾバージョンが好みなら、切り替えてもいいが?』
「イヤ、結構デス」
この人物は本当に切り替えそうだ、とサイラスの本能が警告を発した。
自分が提供できる等価交換はなんだろうか?
「…………とは言っても、俺が提供できるのは体力と武力の脳筋分野に限られるぜ?」
『ほうほう、汗水流しての労働は厭わないと?』
問いかけに、しばしサイラスは考えた。
「まあ……行動が束縛されない範囲なら、かな?」
『その理由を聞いても?』
「俺は養い子の護衛をする予定だ。イーレが召集したら応じるし、移動装置のない地域にも行商で行く。そうなると、労働の時期は限られる。だいたいあんたの酒の調達に支障がでてもいいのかよ?」
『それは非常に困る』
「だろ?」
『酒の調達を優先しつつ、君が提供できる代価が落とし所だな。よかろう、後日その点について二人きりで詰めようか』
「後日?」
『応急処置で当面の問題は解決したのだろう?君自身が記憶についての解決は、急いでないじゃないか』
「うっ……」
それは図星だった。
「二人きりで、とは?」
『だいたい、今は交渉に口をはさむ観衆が多すぎる』
「僕達のこと?」
カイルが腕を組んで猫を睨みつけた。
『君達の他、誰がいるというのだね?』
「僕には『口を挟まれたら困る交渉』をしようとするロニオスの方が問題に思えるけど?」
『では、口を挟まないと保証するかね?』
「ぐっ――」
『サイラス・リーが協力を要請したのは、私に対してであり、君達がサイラス・リーの問題を解決できるというなら、私は喜んで身をひいて、縁側で酒を嗜むとも』
「〜〜〜〜」
『さあさあ、どうする?』
猫は勝ち誇ったような顔をカイルに向けていた。
ディム・トゥーラは、カイルの肩を軽く叩いて宥めた。
「やめとけ、アードゥルすら勝てないロニオスだぞ?」
『…………非常に不本意な宥め方だな?』
猫は不満度を示すように、数回ほど複数の尻尾を縁側の床板に叩きつけた。
「俺は貴方の弟子で、カイルの支援追跡者でもある。板挟み状態の俺に免じて、心広くサイラス・リーの記憶回復に協力してくれませんかねぇ?代価など要求せずに」
『十分な特売価格だが?』
「特売価格じゃなければ、どれだけふっかけるおつもりですか?」
短い吐息をついて、ディム・トゥーラが突っ込む。
『次回、君が依頼しに来たときには正規料金で応じるから比較の報告書を作成するといい』
「やめてください。貴方の正規料金なんて100年の隷属のような気がして怖いです」
『…………鋭いな』
否定しないのか、とその場にいた全員が怯んだ。
『まあ、いい。とりあえずカイル・リードとディム・トゥーラは、治癒師と気象研究者と連携をとって、1週間で試作品を用意したまえ』
「「一週間?!!」」
カイルとディム・トゥーラは、期間の短さに驚きの声をあげた。
『なんなら、3日にするが?』
『私なら3日で用意できるが、未熟な君達には1週間の猶予を与えた。それを不満という無能なことは、よもや言わないだろうな?』という副音声が、カイルとディム・トゥーラには、はっきりと聞こえた。
鬼だ。鬼がここにいる。
「…………一週間でお願いします」
ディム・トゥーラが諦めたように承諾をした。無茶な要求ぶりは、上司のエド・ロウに似ており、間違いなく人をこき使うことに慣れている人種だった。
『よかろう。ああ、ついでに何か一点ほど工夫をするように。単純な設計だったら、減点対象にする』
「定期の研究課題じゃあるまいし、なんで難易度をあげるの?!!」
『評価査定のために決まっているじゃないか。どうせ、定期の研究課題も放り出しているのだろう?査定結果をエド・アシュル――ああ、今はエド・ロウか――に送りつけて恩を売る』
「「「――――」」」
『二兎追う者は、三兎も四兎も確保すると言うだろう?』
「「「言わない、言わない」」」
3人はシンクロしたように否定した。
猫はこてりと首を傾げる。
『おかしいな……西の民の独特の言い回しか?まあ、いい。ほらほら、時間は限られるぞ。さっさと取り掛かりたまえ。私の大事な商人様の要望を叶えるんだ。期日オーバーは、もちろん大減点だから注意するように」
強制的に査定課題を押しつけられたカイルは呆然とした。いつのまにか外堀は埋められ、受諾せざるえない状況になっている。
「鬼だ……鬼畜だ……まるでセオディア・メレ・エトゥールだ」
「エトゥール王家は、ロニオスの子孫だから、権謀術数に関する遺伝子はそこからきているかもな」
ディム・トゥーラは、ぼそりと言った。
カイルは蒼白になった。
「なんて恐ろしい……」
「忘れているようだが、お前が一番濃い血縁者だぞ?」
嫌な事実をディム・トゥーラは突きつけた。




