(52) 第2回メレ・アイフェス集合会議⑫
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だが、この誤解はとかねばならない、とサイラスは本能的に察した。
「興味がないわけないだろう?!俺の大事な養い子で、妹弟子だ。存在も名前も認知している。こ、これが証明だっ!!」
サイラスは懐から養い子の名前を書き連ねた高級紙を取り出して、広げて開示した。
まるでエトゥール語の練習のように『リル』という固有名詞が埋め尽くされている。
それを見たアッシュが顔をしかめた。
「呪詛状ですか?」
「呪詛状……?」
聞き慣れない言葉に、言語検索インプラントが作動する。『呪詛状』――憎んだり復讐したい相手に、精霊の力を借りて相手を害しようとする行為または手段で、それを記した書状である――と。
「なんで、そうなる?!」
「東国には、そういう呪法がありまして。恨みがある相手の名前をこのように書き連ねて呪うという――これがなかなかいい効き目があるので庶民の間では――」
「俺が養い子を呪ってどうする?!」
「安心してください。からかっただけです」
アッシュは不敬にもにやりと笑った。
サイラスは専属護衛を睨んだ。傍観している同僚達以上に凶悪だった。
「…………アッシュ……俺に恨みでもあるのか?」
「恨み?いえ、ありませんよ。『前』の貴方が、私と妻の痴話喧嘩の後始末をゲラゲラ笑いながら揶揄ったことなど、些細なことです。機会があればやり返そうとずっと思ってたなど、そんなことは不敬すぎてありえませんよ」
肩をすくめ建前上の否定を口にするアッシュは、とても楽しそうだった。
絶対、根に持っているだろう――その場にいる全員が思った。
「この状況を楽しみやがって……」
「当たり前です」
アッシュはさらに挑発するように肯定した。
「いやいや、人が真剣なことを揶揄うことがこんなに面白いとは、やみつきになりそうです」
「……次回の鍛錬の時に覚えていやがれ」
「うけてたちましょう」
凶悪な笑顔で見つめあう二人の姿に、リルとカイルは既視感を覚えた。もっとも立場は完全に逆転してはいたが……。
だが、リルは別のことに気をとられてもいた。
「サイラス、私、これ、欲しいっ!!」
「は?」
サイラスには要求しているものが理解できなかった。
「何を?」
「これ」
リルはサイラスが握っている紙を指さした。目は興奮したようにキラキラしている。
「紙?」
「サイラスが、私の名前を、書いた、紙」
リルは、はっきりと語句を区切ってまで主張した。
「なんで?」
「呪詛状ですよ?」
「呪詛状じゃねーよっ!!アッシュ、黙ってろっ!!」
メレ・アイフェスの命令にアッシュはぴたりと口を閉ざした。
「だって、サイラスが私の名前を書いてくれたんだよ?自分でもそう言ったじゃん」
「え、いや、そうだが、呪詛状じゃないからな?」
「わかってる。練習してくれたんでしょ?」
リルはにっこりと頷いてみせた。
「認知して理解してくれている。興味がないわけじゃない――その証拠は私にとって宝物に等しい。嬉しい。絶対に欲しい」
その言葉に嘘偽りはないのだろう。
期待の眼差しがサイラスに向けられていた。
サイラスは、まだ理解が追いつかなかったが、紙を養い子に差し出した。
リルはそれを受け取り、幸せそうな笑顔で自分の名前を見つめている。
サイラスは混乱した。
汚い字だと自分でも思った代物である。
養い子であり、妹弟子である人物に、初めて送る物が粗末な紙でいいのだろうか?
喜ばれていることが複雑だった。
名前を呼ばれたい、という些細な願いも叶えることができない、情けない状態なのだ。
『問題の解決には、なっていないな』
「そ、そうだよな?肝心な問題は、解決していなくて――」
サイラスは思念の主が、白い精霊獣猫であることに気づいた。
ロニオス・ブラッドフォード。
この惑星探査の初期プロジェクトリーダーであり、統率者であった人物は、一番現状を理解している救世主のように、サイラスは感じた。所長エド・ロウ並の曲者と、ディム・トゥーラが忠告した言葉は、吹き飛んでしまった。
飲んだくれの猫への期待値は、サイラスの中で爆上がりした。この助言者を逃してはならない。
「猫親分っ!どうやったら、問題が解決できるんだ?!」
『猫親分…………』
ロニオスは新しい呼び名に、一瞬だけ困惑を見せた。
「サイラス、だからロニオスは、一番任侠から遠い存在だってば」
『なるほど。どういう会話がなされたか、推論できた。カイル・リード、ディム・トゥーラ、あとでゆっくりと話しあいだ』
「俺との話し合いの内容は、ジェニ・ロウに報告の義務が設けられていて……」
『よし、ディム・トゥーラは免除だ』
ロニオスの判断は、早かった。




