3. ムカつく女
「人間の世界は大変ですねえ。そもそもどうして人間は自分の意思で孕ませる事が出来ないのですか? 不思議ですよねえ? こんなに国が混乱する事象ですのに、法で節度を縛らない事にも理解できません。
しかし王太子は下手を打ちましたねえ。結婚まで油断しなければ話はもっと穏便に済んだでしょうに。
……だから私どものような魔につけこまれるんですよ。ふふ、詳しくはまだ内緒です。おや? 眉間に皺が寄っていますね。夢見が悪いんでしょうか? 一応魔王様にご報告しておきましょうか。あなたにあったあれこれは逐一あの方のお耳に入れておかないと、後でとっても不機嫌になるんですよ。面倒臭いんですあの人……でもまあ、あなたは勇者。頑張って立ち向かって下さいますよね?」
◇ ◇ ◇
最近明け方に変な夢を見ているような。いや、深夜だろうか。目を覚ますというか、眠りが浅くなるタイミングで同じ夢を繰り返し見ているような……おかげで朝から妙な倦怠感に襲われるのは気のせいだろうか。キラキラ眩しい朝日が目に染みる。
朝いつものようにアンティナと二人で部屋を出て、侍女頭の待つホールへ向かう。シーラは何とかあくびを噛み殺した。
「シーラ。なんだか最近寝起きが悪いわね? 疲れてるんじゃない?」
心配そう覗き込むアンティナにシーラは、にこりと微笑えんだ。
「昨日も仕事が遅かったからかな。疲れが取れてないのかも」
「……あら、遅くまで仕事をするなんて、省内の皆様にご迷惑でしてよ。同じ貴族令嬢として恥ずかしい限りですわ」
鼻につく嫌な声が脳に響く。朝から犬の○コを踏んづけた気分だ。
シーラは口元に笑みを刷き、余裕を持って振り返った。
「ごきげんよう。マデリン様」
「ええ、ごきげんよう」
そう言ってマデリンは鷹揚に頷いた。
取り巻きが、マデリン様がこんな者と一緒だなんて、とか、どんどこ太鼓を叩いている。
何様なのかと内心じと目でマデリンを見て、シーラは一瞬息を呑んだ。ドレスである。そんな格好で侍女の仕事をするつもりなのだろうか。けれど隙を見せるのも腹立たしいので、平然とした表情は崩さない。
少し焦れた様に表情を動かしたマデリンに、またしても取り巻きが反応した。素晴らしい太鼓持ちである。
「マデリン様、あまり下々の者に関わらずとも。王太子殿下をお待たせするのもよろしくありませんわ」
誰が下々だ。
「あら、そうだったわね。引き止めて悪かったわ。でも、侍女の質が下がるのは見ていられなくて。これからも城の為に良い仕事を心がけるように」
そう言い捨てて、胸を逸らし歩いていくマデリンの後ろ姿を、シーラは舌を出して見送った。
◇ ◇ ◇
何なんだあの女は! まるで侍女を自分の使用人のような物言いをして! 自分も侍女だろうに! しかもその侍女の質を下げているのは他でも無いお前だー!!
ぐるりと首を巡らせば、無表情のアンティナが立っていた。その瞳が妙に冷たくてシーラは身体を強張らせた。
「……ああ、ごめんねシーラ。何様なのかと思ってね。腹が立っちゃった」
そう言って歯を見せて笑うアンティナはいつもの彼女で、シーラはほっと息を吐いた。
「王太子に会うとか言ってたわ」
シーラは、ふんと鼻を鳴らした。
「姉妹揃って王太子の寵姫になるのかしらね。嫌だわ、何が名誉なのかしら。気持ち悪い」
姉妹を侍らす王太子も。それを喜ぶアンニーフィス姉妹も。マデリンに気に入られようとチヤホヤと持て囃す者たちも。皆みんな気持ち悪い。
くすりと笑う声にシーラは顔を上げた。
「アンティナ?」
「ううん。でもねえ……本当に何の用事かしらね」
さあ、とシーラは首を傾げてから、そういえばアンティナは……
「……?」
頭に浮かんだ疑問が溶けるように消えてしまい、シーラは首を捻った。
「さあシーラ、行きましょう。もう皆集まっているかもしれないわ」
アンティナに手を引かれ、シーラも急いでホールへと向かった。
◇ ◇ ◇
「シーラ、今日は第三王子殿下の侍女を務めるように」
うっげぇ。
「かしこまりました」
カーテシーでそれとなく俯けたものの、その顔は思いっきり歪んでいる。
「ああ、でも午後からですよ。午前中は教会にお使いにいって頂戴ね」
「はい、かしこまりました」
シーラは再度カーテシーをとった。
侍女たちが各々の担当を聞き仕事に向かう。昨日マデリンが担当していた部署へ向かう侍女はげんなりと肩を落としていた。
皆彼女が前日にどこで働いていたのか、ちゃんとチェックしているのだ。昨日の自分を見ているようで、シーラは彼女の背中にこっそりと手を合わせた。




