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2. ムカつく一日


「なんだお前か」


 建設省のドアを開ければ、がっかりした顔に出迎えられた。


「嬉しい日の後はつまらない日が来るんだよな」


 シーラの顔を確認し、別の役人が仕事に戻る。


「……よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げ、侍女に充てがわれている机に向かう。

 広々とした室内には多くの人間が働いており、皆忙しそうに立ち回っている。横切るシーラを一瞬見て、すぐに仕事に戻るのはいつもの事だ。


 (やっぱり)


 部屋の端にある自分たちの作業机を見て、思った通りの展開にシーラは思わずため息をついた。


 書類は(うずたか)く積まれ、どう見ても一日の作業量を大幅に超えている。……昨日の担当の侍女が仕事をしなかったのだろう。


 仕方なしに席に着き、黙々と作業を開始する。集中しないと今日中に終わらないし、明日の担当者が泣く事になる。


「つまんねえな。華が無いっていうか、今日は一日これかあ」


 ……それはこっちの台詞である。


「我慢しろよ、昨日たっぷり癒やして貰っただろ。高い評価を付けておいたから、またうちに遊びに来てくれるさ」


 それもそうだと、はははと笑う役人の声を聞いて、指先を震わせ作業に支障をきたしていた自分はもういない。


「あー。マデリンちゃんに会いたいなあー」


 聞きたくない名前に顔を顰めそうになったが、たったそれだけの事で言いがかりをつけられた経緯もある。

 今は仕事が優先だ。シーラは無表情を顔に貼り付け、黙々と作業を続けた。


 ◇ ◇ ◇


「やっと終わった……」


 すっかり日は落ち、終業時間も大幅に過ぎた。

 食堂の時間も過ぎているので、夕飯はアンティナが気を利かせてくれる事を祈るばかりだ。


「お疲れさん」


 すっかり片付いた机にがさりと袋が置かれた。

 シーラは顔を上げて袋を持つ手の先を確認した。


「室長……」


 思わず顔が顔を綻ぶ。


「相変わらず遅くまで頑張っているんだな。おチビさん」


 その言葉にシーラはむっと頬を膨らませた。室長にかかればシーラなんてまだまだお子様なのだ。もっとも彼の場合は、シーラが入城した頃の印象が強いらしく、ずっとその呼び方ではあるのだが。


 セドリック・ウクフルデ室長。

 彼は城内の人事の管理者で、宰相直轄の人事院管理室のトップである。偉いのに気さくな人柄で、シーラのようないち侍女にも気安く声をかけてくれる。


 やや大雑把なところがあり、それが表に現れているかのように、全体的な印象はいまいち野暮ったい。良い人だが勿体無い人でもある。


「アンティナの方の仕事も忙しくて、食事を確保出来なかったんだよ。それで頼まれてな。食堂の運営時間を変えるべきか……」


 ちらりと建設省の部屋を見やる。

 中は既にがらんどうだ。部屋を退室する際に掛ける鍵もシーラの机に置いてある。


「難しいな、本当に。いやすまん。お前に愚痴るのは筋違いだな」


 申し訳無さそうに眉を下げる室長にシーラは苦笑した。


「いいんですよ。それよりこれ、助かりました。ご馳走さまです」


 遠慮なくご褒美を手に取り、シーラはセドリックににっこりと笑い掛けた。


 ◇ ◇ ◇


 省庁内の気質はそれぞれで、仕事内容もまた違う。

 毎日同じ仕事をするわけではなく、かと言って仕事は持ち越せない。終わらなかった仕事は侍女頭に申し伝え、翌日の人員調整の参考にする。


 昨日の担当者だったマデリンは仕事を完遂せず、侍女頭に引き継ぎの話をしていない。口裏を合わせるように、省内の者たちは、マデリンの仕事は完璧だったと評価を下す。


 これ(・・)は今日の分だ。出来ないのか?マデリンとは違うんだな。そう言って散々嘲笑う声を掛けられてきた。

 これは毎回の彼女のやり口で、殆どの侍女が彼女の被害を被っている。


 流石に侍女頭もわかっているが、彼女への注意はされずにいる。対応策として、翌日の担当者は比較的仕事の早い者が充てがわれるというだけだ。あとは恐らく翌日は楽な仕事に配分されるだろう。


 マデリンは伯爵家の次女で、とても美しい。それだけで城内の男性の心を鷲掴みにしてきたが、彼女の姉はそれ以上の美女で、天女もかくやと言わんばかりの美しさを誇っている。

 それが王太子の目に留まり、彼女は王子を産んだのだ。


 城内は騒然となった。

 何故なら王太子には公爵家から迎える婚約者がおり、既に式も間近に控えていた。

 青ざめる公爵令嬢と怒り狂う公爵閣下。

 城内は修羅場と化した。

 

 未婚の令嬢に手を出し子を産ませたのだから、責任を取るべきだとは伯爵家の言い分だ。それもまあ当然だろう。


 このまま王太子と公爵令嬢との婚約は破棄されるのかと、周囲は固唾を呑んで見守っていたが、なんと王太子が公爵令嬢に捨てないで欲しいと縋ったのだ。


 何とも言えない図式である。

 国王としては、公爵家の力を王家に取り込みたい本音もある。そして王太子は公爵令嬢を愛しているからと、婚約破棄を認めなかった。

 だが婚儀は延期された。

 

 伯爵令嬢であるマデリンの姉は、寵姫と呼ばれ王宮に住んでいる。

 彼女の産んだのは王子。

 このまま公爵令嬢が王太子との結婚を嫌がり、破談したら。或いは結婚しても男児が産まれなかったら。

 もしかしたらその子が後を継ぐ事になるかもしれない。


 そんな理由で、今マデリンの実家であるアンニーフィス伯爵家は、大きな顔で城内を闊歩している。

 そして彼らに(へりくだ)る取り巻きは勢いを増している。

 先日また公爵令嬢との婚儀が延期した為だ。


 シーラはため息を吐いた。

 そんな雲の上の話はどうでもいいのだ。


 こんな働き方を認めていれば、仕事に嫌気がさして侍女がどんどん辞めてしまう。実際婚約者との結婚を早めたり、実家で家事手伝いをすると戻っていった者が多くいる。


 戻る場所があるのはいい事だ。シーラもただの行儀見習いだったら、実家に帰っていただろう。けれどそんな場所はシーラには無い。自分はここで踏ん張るしかないのだから。



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