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「洗っても取れない」
夏樹は洗面所で左手のひらを洗ってみた。だが無駄だった。落胆はしたが、恐怖や焦りのほうが強かった。
彼は、バスに乗って通学する。左手のひらにまだある♠の13を隠すようにサブバッグを持ち、絶対に人の目に触れないようにと心掛けた。
高校の一年三組の教室に、同様の経験者がいるかもしれない。
バレることでデメリットはあるだろうかとも夏樹は考えたが、それよりも、変人扱いされることを恐れた。
その左手のひらのことでなくとも、視線が夏樹に向くことが多い。それも当然だった、以前の事件の再来を思わせるニュースがあったのだから、夏樹がその遺族だと知っている者は、目を向けた。
「犯人、捕まるといいな」
「う、うん」
そんなやり取りも。本当のことを知らないがゆえに同一犯かどうかまでしか考えられない。同一犯なら、というのは、当たってはいるのかもしれない。それを誰が悪魔だと思うだろうか。
結局誰にもその左手のひらを見せぬようにし続けた。
さらには、結局、あのゲーム内での自分が現実とそっくりだったら何かあったのかもしれない。何かされうる。もし現実のほうで先に殺されるようなことがあれば、夜の呼び出された段階で負けを宣言されるかもしれない。
夏樹は思案しながら校内を歩いていた。
そして校門を出た辺りで、
「あの、夏樹くん、だよね」
と声を掛けられた。
誰かと思ってから夏樹は目を向け、目の前に同学年の少女がいることを知った。
同じ中学校に通っていた三波咲。
咲は、
「ちょっと見てほしいものがあるの」
と、右手のひらを夏樹に見せた。そこには♡7とある。
「三波さんも?」
「咲って呼んで。あのゲームの中でもサキにしてる」
「ちょ、もういいよその手」
「ああ、うん」
咲が隠すと、今度は夏樹が左手のひらの♠13を見せた。一瞬だけ。
夏樹は、すぐに、サブバッグを持つ手を左手にし、朝のバスに乗っていた時と同じように隠した。
咲も、肩から掛けている学校指定の鞄を固く握りしめた。恐怖心さえも隠すように。
「僕は、あの変なトーナメントゲームでは片仮名でナツキって名乗ってる」
「知ってる。だから、もしかしたら、って思って来たから」
「ああ、そうなんだね」
「……男キャラ? 女キャラ?」
「ああ、実は女キャラに設定してて。ね、お互いこれ以上、他人にバレないほうがいいんじゃ」
「そうかもね」
咲は自分も同じ死に方をするのではと思いながらそう言った。
止める方法はないのか。
わからないまま、
「じゃあ、僕はこれで」
「あ、あたしも」
帰路のバスの中でも夏樹は左手のひらの文字を隠し通した。咲も隠すと思いながら。
その日の夜。再び、おかしな暗い空間に。今度は二十六名がいた。
山羊頭の悪魔が案内をする。
「では、十三部屋を用意してあるので、案内板通りに入るがいい」
そんな時、
「ナツキさん」
と声がかかった。ナツキが声の方を向く。と、人を探している様子の女性が、
「あたし、サキ」
と。
サキは女性の設定であり、そのまま自分に似せてはいないだけだった。
(あのキャラ設定画面。似せぬようにっていうのは、やっぱり、現実世界で争えば直接影響するから?)
と、ナツキはまた考えたが、そんな際に、
「たしかに、ぼ━━あたしがナツキだけど」
「生きて。負けないで」
サキがそう言った。
「サキもね」
そして十三の部屋のうちの一つに入って行く。
相手は男だった。案内板によるとジンという名のキャラ設定の男。
そこにも悪魔の姿があり、その口が動く。
「さあカードが絡んだ勝負をするがいい。しなければ一生ここから出られないし、外の時間は止まったままだ」
すると、左手のひらにカードが。♠の13と♣の9。ジンの手にも二枚が現れた。そちらは♢の3と♣の4だ。
(前に戦った相手のカードも一緒に。持ち札が増えるのか)
どうやらやるしかない、とナツキは意気込んだ。
それにしても何の勝負をすればいいか。ジンのほうがそれについて言い始めた。
「カ、カードを自分の服のどこかに隠す。先に全部言い当てたほうの勝ち、でどうだ?」
「いいよ」
まずは悪魔が部屋に仕切りを作って対戦者同士が見えないようにした。
ナツキは♠の13のカードをズボンの右ポケットに、♣の9のカードを右のブーツの中に隠した跡を若干つけた風を装いながら、パンツと尻のあいだに。
相手のジンという男も似たような隠し方をした。
すると、悪魔の作った仕切りが消え、お互いが見えるように。
「さあまずは一回目だ」
と悪魔が言葉を誘った。
するとジンが、
「ポ、ポケットの中」
と。
「どこの?」
ナツキがそう聞くと、
「ズボンの右前!」
(当てられてしまった!)
ナツキは悔しがりながらそのカードを見せた。するとその♠の13が左手のひらに吸い込まれ、そのマークだけがしっかりと再び刻まれた。
「よし!」
ジンは大きく喜んだ。生死がかかっているのだから、それはそうだろう。
ナツキはよくよく相手を見てみた。左右に動きながらじろじろと。
(どこだ? どこに)
ふと、服のしわが気になった。だが、誘っている風にも見える。
そしてある時、今度は、
「さあ早く当ててみろよ」
と煽るジンの左ポケットのしわが気になった。ナツキは、
「左前のポケット」
そこに、♢の3のカードがあった。それは光の粒となってジンの左手に宿った。
「くっ」
しかし、互いに、言い当てられない回が続いた。
そしてある時、
「パンツの中」
とジンが言った。
「どの部分?」
「え? あ、えっと、前」
「残念」
危なかった、とナツキは思いながらも表情には出さない。
ジンは一歩も動かない。
もしかしてと思ったナツキは、
「靴の下」
と。すると、
「どっちの?」
と返ってきた。その返事自体に希望を見出せそうな感を、ナツキは覚えた。
「右」
すると、ジンは、静かに足を動かして、
「まだ俺の負けじゃないだろ? そうだよな? あれ?」
「そっちのカードが先に二つとも当てられたし、あなたのあとにこちらが言ってる」
「嘘だ! そんな!」
そう叫ぶと、ジンは、♣の4の光の粒とともに、消えた。
「勝負あり」
悪魔のその声を聞くなり、ナツキもまたその部屋からどこかへ引っ張られるかのようにして、消えた。
目が覚めた。夢のようなもので、だが現実。
テレビのチャンネルを回し、ニュースを探し見た。すると、
「新たな遺体が発見されました!」
こんな勝負に何があると言うのか。
悪魔は、最後まで勝った者の願いだけを二つだけ叶えるということを言った。
(欲望で争うとでも? こんなことで?)
夏樹は、リモコンの電源ボタンを、強く押した。
(サキ……咲は)
その日、学校帰りに、夏樹は咲と会った。会うことができた。
「勝ち残ろう」
「うん」
咲の返事後、二人は知り合いですらないかのように別れた。
その日の夜。夏樹は、
(寝ない気でいたらどうなるんだ?)
とベッドの上でふと思った。
だが、そう考えただけで、なぜか急に睡魔に襲われた。
倒れ込み、次に目を開けた時、そこは、すでに悪魔の部屋だった。




