第6話 シベリアの地で
激論を経て、くつろぐ詩音とマイ。
暗闇の向こう、もはや無人となったソウルの郊外から不気味な音が絶えることなく聴覚センサーに届く。わずかに感じる地響きとともに。
「なんだ? なんの音なんだ?」
「分かんない。排泄物の山が? 崩れるような音?」
「それっぽいが。だったらどうしてそれが鳴り続ける?」
「だよね、ずっとは鳴らない。違和感あるけど……」
それは例えるなら遠雷のよう。ゴロゴロと不穏に鳴り続けるが近づく気配はない。
最初は追撃がきたと身構えたふたりも、1時間経っても2時間経っても現れない敵影に電脳だけが疲れてしまった。
最終的にはああいうものだと結論づけて静観することにした。たとえ攻めこんでくる準備でも、大群が展開しているのでもなんでもいい。
現れれば、倒す。これだけを胸に秘めていればいいと。
ふと。
マイは詩音の横顔を見やって、無事に稼動している姿に胸を撫でおろす。
詩音は峠を越えた。マイに胸を刺突されるや即座に機能を停止、慌てたマイは彼女自身の体組織を移植して胸の穴を埋めた。詩音とは別個のAIであるAL-ICEの監督のもと、どの機能をいかに働かせるか、フィーナと試行錯誤を繰り返すことでやっと戻ってきた。
その横顔は、なにか憑き物が取れたような表情に映る。しかし同時に、今にも消えそうな儚さを、影を帯びたような後ろ暗さを内包して復旧した。
それなのに、話しかければ前と同じぶっきらぼうさで返してくる。その正体は計算と演技。
詩音もまた、マイと同じに記録が失われている。足りない演算域はマイの体組織が補う。だが無くした記憶域の再現は不可能、補填はしても空っぽのまま。
それを覚られまいと気丈に振る舞うので、マイも気づかないふりをする。お互い会話は探りさぐり。嘘つきと、嘘つき。優しい嘘つきのふたり。
「しまった!」
「?!」
突然詩音が立ち上がるものだから、マイも慌ててそれに合わせる。
「どどど、どうしたの!?」
「失敗したぜ、どうせ胸を突いてもらうんだったら、この際しっかりと盛ってもらうんだったなって」
「そんなこと?」
詩音のいう盛るとは、豊胸を意味している。
呆れてまた座るマイに、
「そんなことってなんだよ。前に着飾って戦場に出るって言ってたのはマイじゃねえか。今からでも遅くねえ、なんなら押して凹まねえ程度の厚さになら空気を入れてもらっても構わねえから」
「いやでも、もう一回はちょっと嫌かも? だいいち原作準拠は? いつかヒトに拾ってもらうことがあったとして、原作を観たヒトだったら、そんな詩音ちゃんを見てなんて言うかな?」
「な、グムム……!」
詩音が唸りつつも意見を引っこめたようで、マイは安心した。憎からず思っている相手の身体をいじくるなど、ただの一回でも多すぎると。
マイは思う。
かつての自分は、オリジナルの沢村マイはあのような行為を繰り返していたのだ。さらには軍を率いて本社を攻め落とした。そこにどんな大義があろうとも、いや、その大義とはそもそも。
「そうだったんだ、わたしは考えが浅かった。これまでなにも深く考えてこなかった。なぜ自動人形が人目をはばかるのか。なぜ正体を明かしてはならないのか。あなたたちはこの星の奪取を目論んでいるから。蟲をすべて駆逐したなら次はヒト。いずれ古代甲蟲を打破したならヒトを襲う。これまで蟲にしてきたように、ヒトに対しても。来るべき第3次スーパーロボトイ大戦の、本来の標的はヒトだったんだ」
「だったらどうするよ。あの大作戦を止める力があんたにあるのか?」
「ううん、それに今は蟲を倒さないと。あれは脅威どころの話じゃない。ヒトも自動人形も何もかも餌にされちゃう。あの蟲が通った後には何も残らない。不毛な星にわたしはさせない。だからわたしは、蟲を止めたい」
「いいんじゃね、それで。どうせクレアマリスが描いた理想はきっと、あんたが目指す先にあるんだろうしな」
「元のわたしが?」
「ああ、たぶんな。テラフォーマーにこの星を明け渡さず、ヒトがいつか人になれたらと。信じて、待つ」
何機か、ヒトの旅客機が飛来しては旋回し、いずこかへと去ってゆく。
まるで身体を休める露草を探して、弱々しく彷徨う蛍のよう。
去った先に空港はまだあるのか。残された燃料は。見上げるマイはそれが気になってならない。
「元のわたしは自動人形にヒトを滅ぼしてほしくなくて挙兵したんだよね、たぶん。それでアフリカの脅威が無くなったと判断してツルガ本社を強襲した。仲間は全滅して、わたしはデータのほとんどを失って。でもそれで構わなかった。あのまま燃えて終わってしまってもよかった。まんまと目的は達せられたからね。だけど古代甲蟲という新たな脅威が現れた。そしていま自動人形は製造工場を失って苦境に立たされている」
「それは気にすんなっての。たとえ静岡本社が無事でも古代甲蟲を止められたとは思えんよ。それほど拠点防衛ってやつは難しい。どうせ同じ結果になったろうさ」
「うん、ありがと。だとしても、わたしに罪滅ぼしをさせてほしい。わたしは蟲にヒトを滅ぼしてほしくない。と同時に、さっきソウル基地内を探索してて思ったんだ、自動人形にも同じくらい滅んでほしくないって」
「だけどすでに自動人形と人類は敵対したぞ、もうすぐ人類に対する攻撃が始まる。蟲に襲われたであろう中国や日本はどうだか分からんが、欧州や北米では自動人形対ヒトで開戦するんだ。戦争が始まるんだよ。日本時間で明日の午前2時、第3次スーパーロボトイ大戦はすでに勃発したと言っていい」
「手遅れだとしてもわたしは叩くよ、蟲の本拠地を。あれらはより根源的なテラフォーマーだから蜂なんかと同じ組織体系のはず。女王さえ撃滅したなら未来は残る」
「ヒトの未来がな。だがアタシら自動人形の未来はどうなる?」
「今は言えない、確証がないから。でも待ってて。きっと答えを見つけ出す。きっと導くよ自動人形を。だってわたしはクレアマリスなんだから」
なんの迷いも見せないマイの力強い眼差しに安堵してしまうが。
そんなものを演じなくてもいいと、言ってやりたい詩音。言ったところで結果は同じになるので彼女は口をつぐむ。
言われたとして、その場では是認したところで結局は意志を曲げないマイ。背負うと決めたのはクレアマリスの業。
いま、数キロにもおよぶ厚さの蟲の前線が世界を喰らっている。その雪崩にも似た狂瀾がヒトの社会を蹂躙するのを黙って眺めるしかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マイが感嘆する。
「こうして改めて見るとすごい豪華な顔ぶれ!」
「そりゃあそうだろ、合金ストラクチャーシリーズに、マスターマシンアナトミアシリーズだからな。相当厳選してある。フィギュアだって1/6以上、アタシら1/7やそれ以下はひとりも居ねえ。アルタイルのやつ、めちゃくちゃ力入れて来やがったんだなあ」
「そう言われると。殺意まんまんだね、怖ぁ」
なぜクレアマリス一派を追った討伐隊がソウルを狙って現れたのか。それはソウル基地から情報を流した者がいたからである。
その一報を受け、どれほどの難敵かを正確に予測し、個の強さの最低基準を越える兵で、必要な数の部隊を編成した。その部隊が装備を整え、北九州を飛び立ってソウルに着陸するまでに甲蟲群が対馬海峡を縦断した。
アルタイルは、ゆえに博多が無事でいてくれるとは考えていない。
本社襲撃戦からまだ2日、派兵した者たちは現地でそのまま“いざツルガ”の命令に服している。さらにソウル出兵への精鋭を引きぬいた。
つまり現在の博多はもぬけの殻も同然。即応重視であったこと、博多がもっともソウルに近かったこと、通信を遮断されたことにより他の基地との連携を欠いたことが如実に響いた。
静岡はクレアマリス一派によりすでに壊滅。日本にある自動人形の基地で、残っているのは栄と梅田、それと博多。それらは壊滅したソウルとさほど規模は変わらない。迎えた結末は容易に想像できる。
ヒトはどうか。
韓国軍や在韓米軍がまるで歯が立たなかった相手を、自衛隊と在日米軍で押し留められるとは考えられない。同じ結果になるだけ。
古代甲蟲は10令を超えると、それぞれが軽戦車1輌にも匹敵するほどの戦闘力を有する。それが間断なく恐怖せず貪欲に数十万個体で、自らを食しに迫る状況で勇敢に戦うことは極めて難しい。
死すだけならまだ。死後も辱められるのだ、しかも骨も残らない。その光景を目の当たりにして、戦友たちが一緒くたの物言わぬ塊になるのを見ても戦えるかどうか。
自動人形の身であっても難しい。そのため自分たちの部隊が残ったのはよほど運がよかったのだと、アルタイルは述懐していた。
「話はついたのか」
「ん?」
彼は詩音とマイが揉めているのを察していた。そのふたりが何事もなかったように戻ってきたことから、解決したものと判断し、話しかけたのだ。
この場における最高司令官がわざわざ、ふたりを探してまで。
「ああ。なんとかな」
「では相談に乗ってくれ、君たちの力がいる」
博多の司令官とエースが焼け野原のソウルの地でこれからを協議する。
「まったく、どうしてこんな羽目に。君を討ちにやってきたってのに、敵方に知恵を借りにゃあならんし、久方ぶりの半島は地肌が見えるばかり。いったい何の冗談だ。俺は電脳の混乱が収まらんよ」
「奇遇だなアル、アタシもさ」
詩音は昔の呼び名に戻した。それを聞いたアルタイルも、悪くない感触にむず痒さを覚え、ただスピーカーから鼻息のような音を出した。
「ふん」
強行偵察と画像解析の結果として、シベリアから朝鮮半島に至るまでがおそらく更地になっている。
憶測として、甲蟲は営巣地から放射状に進出しており、西はモスクワまで、南アジアは北端まで、極東アジアは日本までが蟲による侵攻を受けたと考えられる。
推測として、ソウルと同規模の基地であるシャンハイ、深セン、博多、梅田、栄は、同程度の被害が出ていると考えて差し支えない。ホンコンとシンガポールもこれから失われる公算。本拠地静岡には各地から集まった兵が多く駐屯するが、蟲を押し留めることはおそらくできない。
目視観測では、朝鮮半島に残るものは何もない。ソウル基地は陥落。
事実として、蟲の前線を越えられたのはソウル戦の生き残りのふたりと、入れ違いとなって無傷だった博多の半個旅団のみ。
「んで? わたしはなんでここにいるのかな? さすがに場違いじゃない?」
司令は従者も率いていない。頂点のみが集まり方針を定める密談に、なぜか少尉と偽っているマイの同席が許されている。
「姿かたちは変われどクレアマリスなのだろう? だったら一緒に考えてくれ。我らがこれからどうしたらいいのか。どこへ向かうのかを」
「わかった。久しぶり、でいいのかな。でもそうか、この姿だと初顔合わせになるのかな。前とはずいぶん違うらしいから」
「フ……」
アルタイルは諦めにも似た笑いをただのひと文字発したが、それ以上は触れない。自分を忘れているらしいマイに対し、何事か過去にあったのを臭わせもしない。
「まず、どうするか。これを決めたい。現状は孤立したただの半個旅団、クレアマリス残党の撃滅をめざした討伐隊。翻り、いまは迷子の軍隊だ。たかがこの程度の戦力で何ができるのか。我らの使命は変わらず蟲とヒトの根絶。これを如何にして為すか。必ずしも成せなくていい、為せたらいい」
「まあそう言うなよ。当たって砕けろってんならどこに突っこんでってもいいんだろうが、そうじゃねえんだろ。あんただって死に方くらいは選んでいい」
アルタイルは微笑して。
「そうだな。だからこそ知恵をしぼっているのであった。どうもいかんな、敗軍の将は如何にして負けるかにだけ気を配るようになる」
「気にすんな、アタシにだって覚えがある」
「ヒトはまあ、放っておいても自分で自分を滅ぼすかもしれない。一方で厄介なのは古代甲蟲だよ。あれはどうにかしないとこの地上を席巻する。それは自動人形の沽券に関わる、でしょ? だから戦わなきゃなんだ。わたしたちは古代甲蟲の根拠地を叩こう。巣だよ。女王蟲を斃しに行こう」
「定数に満たねえ旅団で実行可能な作戦となるとやはり限りがある。それっきゃねえか」
「俺も賛同はできる、この先ヒトがすべて滅ぶとは思えんが、な。しぶとく、根深い。どちらかと言うと蟲とヒト、どっちを残したらより悔しくないかという点で君たちの考えに乗ろう」
「っは、相変わらずいい性格しているぜアル」
方針は決まった。
次は方法、どう為すか。
「ソ連が破綻したとなると、核による解決の道は絶たれたな。他国はソ連に向かって核を撃てない」
「そっか、国の体を保っていてもいなくても、他国の本土にミサイルなんか撃てっこない。先方から要請でもない限り」
「要請するくらいなら自分でぶっ放すからな。それにぶっ放せるならもうぶっ放してんだろ、乱れ撃ちさ。だがそうはなってねえ。そうなってねえってことは、ソ連はもう無人だろ、ほとんど」
「結果を見定めずして次から次へと撃てる兵器じゃないもんね。中国も結局最初だけっぽいし。あれから地震波を検出してないってフィーナが」
「それを命令する中枢が倒れてはな。ソ連どころか中国もいまや伽藍堂か。西は今ごろ東欧、南はインドくらいか」
「南や西に行き着いたんならどうするんだろ? 波は寄せたら返すよ。海に行き着いたんなら引き返してくるんじゃない?」
「まあ? そうなるだろうな」
マイは戦慄する。あの戦いをもう一度などと。
運よく生き残れただけのこと、次も同じに生き残れるとは到底思えない。
「だったら蟲はここへ戻ってくる。九州から日本上陸、そこを糸口に日本を攻略するんなら2日は猶予があるんじゃないかな。急ごう、時間があるとしたら今だけだよ」
「そうはなるまいよ。発したのはおそらくシベリア、ゆえにソ連全域がいま蟲の支配下にある。だとして放射状に蟲が進出しているのなら、ソウルが襲われたのはシャンハイや深センと同じころのはずだ。それを裏付けるように未だ援軍も救援要請も来ていない。であるならば、サハリンやクリル列島にも蟲が流入していておかしくないし、そこからの日本上陸もあっていい」
悪い方向のひらめきがアルタイルよりもたらされた。マイは猶予がさらに半分になったことを知る。
「それって!? 北海道と九州からのはさみ撃ちってこと!?」
「さらに“いざツルガ”の影響もこれから加わる」
「挟撃どころか中からも食い破られてんのか、地獄だな」
一同は想像をめぐらせる。
各家庭で、おもちゃ売り場で、物流倉庫で、輸送中のトラックで、突如おもちゃが豹変する。おもちゃの中にまぎれた自動人形が行動を開始、徒党を組み、劇中さながらの機動で、手にした武装でヒトを襲う。
そこへ古代甲蟲が乱入する。蟲はヒトや自動人形のみならず、社会インフラから動植物に至るまで、あらゆるものを胃袋へ収めてゆく。
「ヒトを滅ぼさんと挙兵したところへ蟲がやってくるのか、自動人形もたまったもんじゃねえな」
「なに言ってんの、1番の被害者はヒトだよ。どれだけ生き残ってくれるのか……」
「……?」
「案じても始まんねえよ。アタシらはアタシらにやれることしかできねえ」
アルタイルはマイの発言に違和感をおぼえたが、詩音が気にかけないので聞き流す。
彼にはクレアマリスに対し苦い思い出があるが、当人がそれを覚えていない様子で、今ここで蒸し返すのも話の腰を折る。
だから触れない。アルタイルは語らない。
「我らの顔になれクレアマリス」
「なにを? 言って?」
マイが目を丸くする。
「君が始めた戦争だろ。君がヒトを信じ、君が本社を潰し、君がこれから古代甲蟲を斥けてみせる。だったら率いてみせろ、この半個旅団を君に預けよう」
「急にそんなこと言われても」
アルタイルの提案を詩音は丸飲みにする。
「飲んどけ飲んどけ、こんな提案飲まねえ方が損だ。あんたがこれから成すのは未曾有の艱難辛苦、1000回やったら999回失敗するくらいの。だったら半個旅団くらいは率いてみせねえとな。あんたのために死んでくれる兵がいなきゃ、到底達成なんかできっこねえ」
「そん——」
詩音がマイの顔に向けまっすぐ、鋭く手を伸ばし制した。
手のひらには、わずかに熱で爛れた痕が残る。かざした手の指の隙間から、眼が鋭く射抜く。
「いいや、言い訳は聞かねえよ。あんたの目的のためには通らなきゃならねえ道だ。まさかここで降りるってんならアタシがここであんたを殺す」
思いがけない詩音からの殺意。
空気が冗談ではないと告げている。マイが自動人形のこれからの損失について及び腰になるようなら、いい加減詩音も見限ると言っているのだ。
「そう、だね。達成できるとは約束できないけれど。気持ちが後ろ向きにならないとは断言できないけれど。実行することはできるつもり。詩音ちゃんの期待を裏切らない程度には、わたしはクレアマリスをやってみせる」
「よく言った! それでこそアタシの憧れの人だ!」
詩音はマイの首根っこをつかまえて頭を撫でまわす。なぜかリミッターを外した右腕の発動の際に頭部と一体化し、サラサラの植毛に変化してしまった髪を。
「痛いよ詩音ちゃん、首が痛い」
「痛覚はねえってんだよ、コノ、コノ」
マイたち3機は、かろうじて高さを保っている何かしらの商業ビルに場所を移した。どのような業態のビルであったのかはもはや判別できない。
他に高い建物は残っておらず、マイたちの奮戦で完全破壊を免れた唯一の存在である。
そこからは周囲3キロほどが一望できた。
遠くソウルの外殻で、絶え間なく走りきて去る大型甲蟲の一団が見える。
それは1メートル50センチの超大型すら霞む超々特大型、公道を走れない重ダンプトラックほどの、小山のような半球の、黒銀の体色をした蟲の群れ。
大きさに目をつぶれば天道虫に近い。
「なんなんだ、ありゃ……」
それらは詩音たちが昨夜地下を探索していた間にソウル市郊外まで進出しており、資源を黙々と食してはその体内に収め続ける。わずかに残る他の動植物には見向きもしない。
昨夜から続く異音は、その群れが発する食音と資源の山を崩す音であった。
黒銀の身は地表にあり、前突した下顎で資源の山の麓をしゃくるようにして体内に取りこむ。咀嚼はせず、ただただ飲むようにして次から次へと取りこんでゆく。
満載に至れば走り去る。それを延々延々数多の個体で絶え間なく繰り返す。その作業がほんの数秒も途切れないことから、シベリアとソウル間でとてつもない個体数が稼働、往復しているものと思われた。
詩音はその規模に呆れ、むしろ感嘆しきりである。
「なんて輸送力なんだ。あれ1匹の1回で博多基地の全部を運べるぜ」
「縁起でもない。本気で怒るぞ」
「わりぃ、そんなつもりじゃ。だけど不謹慎だった」
小さくなった詩音を尻目に、マイからは素朴な疑問が投げかけられる。
「ねえ、何してんだろうね、あれ」
「後送してんだ。巣に持って帰ってんだろ」
「? 持って帰るとどうなるの?」
「そりゃあ集積するんだろうが。一部はおそらく……」
「? 一部はなに?」
「……」
詩音が言い淀むのでマイは理解まで至らない。
そこでアルタイルの方へ視線をやると、彼が心底面倒そうにスピーカーから音を出す。
「詩音くんは察しろということなんだろうが。クレアマリスも意地が悪い」
「だからなんなのよってば」
「だから原料にするのだ、古代甲蟲の」
「なんですと!?!?」
「あんたさあ、古代甲蟲が水と空気から作られてるとでも思ったか?」
「いや、でも、地層からいろいろ採掘できるかなあって。土色だし」
「土だけであんな硬ぇもんができるかよ。金属とかも使ってあんだ。合金と繊維の複合素材さ。これだけインフラやら生物やらから必要な元素が取れりゃあ文句はねえだろ。あれだけ持って帰りゃあ数千万でも数億でも仲間を作れるんだろうさ」
「恐ろしい話だな」
「んで寿命が尽きたら簡単におっ死ぬ。そんでパクッと食べりゃあまた資源にもどる。ああ、なんて便利なテラフォーマーだろう」
その恐るべき現状を前にして、マイに新たな閃きがもたらされる。
「ねえアルタイル、さん?」
「なんだ気持ちの悪い。かつてのようにアルでいい」
「じゃあアル。あのさ、いま進めている作業をやめてって言ったら怒られるかな?」
「?」
アルタイルは理解に苦しむ。
すぐにも出撃しなければならない状況で、ときおり現れる散発な蟲の群れを撃破しつつの準備中である。
ソウルで一戦交えなかったとはいえ、敵が離叛したフィギュアから超大型甲蟲へ変更となれば、換装だけでも相応の時間は要する。
それを途中でやめてまで行うこととはいったい。
「当然代案はあるんだろうな?」
「もちろん。わたしたちがこれから向かうのは敵の本拠地、そこには蟲がひしめいて、道中も決して安全じゃない。だから聞いて、そして決めて。どちらの方法の成功確率が高いかで」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
詩音は輸送機から超大型シールドと脱出艇用ジェネレータ、それを継続運用できるだけの電池を持ち出した。
それらが積んであったのは緊急発進に応じたためで、他に輸送するはずが積んだまま追撃に利用したことで詩音の手に渡った。
ちょうど居合わせたマイは率直に仰天する。
「詩音ちゃん!? なにそれ、デカッ!?」
「大荷物だろ。格納庫にゃろくなもんが無かったからな。だからこんなでもして工夫しねえとさ」
「じゃあわたしも早く探さないとだ」
「だったらここのはやめときな。もうろくなもんが残っちゃいない。それよかアルのやつがマイ用に何か用意するって言ってたぜ。後で行ってみたらいいさ」
「わかった、いま行ってくる〜」
「いや後。まあいいか」
進撃にあたり、非武装の輸送機は論外と3者ともが断じた。
今や輸送機がもっとも危険な輸送手段と言っていい。古代甲蟲復活の前と後ではこれほどまでに状況が異なる。
アルタイルらがテグやプサンの甲蟲の頭上を通過できたのは捕食中であったがゆえ。もし海峡の横断中であったなら輸送機は進路を変えた蟲により一飲みであったろう。半個旅団がこれから移動するには、隊列を組んで飛ぶ輸送機は格好の的になる。
蟲は翅を用いた機動において自動人形に対し優位であり、一方で地をゆく性能では劣る。そのため進軍に際し陸路を選ぶのは対蟲戦闘において定石である。
過去の戦訓を鑑み、マイたちは地上を征くことを選んだ。
『出撃!』
輸送蟲以外の蟲の活動が緩慢になる日暮れを待ち、アルタイルの号令で隊列は行動を開始。マイ発案による作戦が発動された。
判断はマイから、実際の発令はアルタイルから。
指揮権の移譲が今作戦から行われれば現場は混乱する。新参の得体の知れないフィギュアであれば尚更。
いずれにせよ今作戦に続く軍事行動などありはしないため、形式上の指揮権がどこにあるかは重要ではない。
(ヒトのことはもう構っていられない。残念だけど、自衛能力に期待するだけ。ヒトのために、ヒトの未来のために今はただ一点突破、巣を強襲して女王蟲を撃破する。これに賭けるしかない)
「フゥン」
「詩音ちゃん!? どうして聞いてるの?」
「きのうのお返しさ」
マイは思いを馳せる。
ユーラシア大陸はもはや諦めるより他ない。地続きであるアフリカ大陸も過度の期待はできない。それどころか、島伝いにオセアニア地域も芋蔓式に蹂躙される。
もしも甲蟲がベーリング海峡を渡ったら。
いや渡る、必ず。
渡らずとも永久凍土はカナダにもある。あそこでも氷の融解が進んでいるらしいが、その下にもしも古代甲蟲が潜んでいたら。
ユーラシアのものとは時期がずれると仮定して、アジアでの惨状を知る国家からの調査はされて然るべき、先制攻撃すら加えられるはず。それが叶えばヒトだけでも撃退できる可能性はゼロではない。
心配なのは“いざツルガ”の影響がどうか。アメリカにはツルガ社製のおもちゃが多数輸出されており、自然自動人形も多数配備されている。
だが、あの広大な土地を補給の断たれた自動人形が落とせるとは思えない。どれだけ広大な地を1体でカバーしなければならないのか。東海岸や西海岸が壊滅しても、点在する大陸の地方都市には希望がある。
マイはこの期に及んでまだヒトを諦めてはいなかった。
自分たちがシベリアの巣を撃滅することができたなら、これ以降の新たな蟲の発生は防ぐことに繋がる。
自動人形の方はいずれ自然と瓦解する、クレアマリスが目指したとおりに。生産は絶たれ、ヒトとはすでに敵対した。今後はヒトからの加害がゼロであり続けることはない。
軍の大半を占めるフィギュアはプラスチック製、耐用年数は百年がいいところ。ロボトイもプラスチックを使用した製品が増えたため同じ末路をたどる。総金属製のロボトイは、二度にわたる大戦とこの50年間で数を大きく減らし、脅威にはなり得ない。
ソウル市民は諦めることしかできなかった。ソ連はおそらく滅んだ。だが人類は80億個体が世界中に散らばっている。絶海の孤島イースター島などはより期待できる。最悪の場合でも南極観測隊が最後の希望。
せめてあれら飛び地を護り通すことができたなら、種としての人類を明日へと繋ぐことは可能なはず。
マイたちが関与していないにもかかわらず絶命している蟲を何匹もみた。外傷はなかった。現代の甲蟲と同じく寿命があるのだ。
働き蟲、つまり古代甲蟲の兵隊蟲は、一度貪食を開始すると短期間で絶命する。食べれば食べるほど体内に蓄えたエネルギーを消費し、稼働時間は短くなる。食事がエネルギーの摂取ではなく、物質の変換であるためと推測された。
原種は蜂のような生態、極論女王蟲さえ打倒できればいいのだ。蟲の産卵能力さえ取り上げることができたなら。それさえ実現したなら明るい未来も描ける。
今まさに引き返そうとする1匹の輸送蟲に半個旅団全機で取りついた。巣へと戻る蟲に便乗して本拠地を目指すのだ。
「どこまで乗っていたらいいんだ?」
「この巨大蟲が運ぶのが巣の入り口までとは思わない。でもそこは最終目的地に限りなく近いはずだよ。遠くない場所にきっと女王蟲が」
空が暗くなったので輸送蟲の速度は昼間の半分以下、揺れも少なく都合がよい。いま自動人形一行は巨大な蟲の背で揺られながら出立する。
マイは後方、ソウルを見やって黄昏た。空はただの一箇所を除いて残酷なほど美しい薄明の藍に染まっている。
さっきまで頬を照らしていた朱い日輪はもう沈んでしまった。残ったのは希望を焼き尽くした後の虚無の残り火。
それさえも今すぐ消える。まるで自動人形のこれからを暗示するかのようで心許ない。締め付けられる心臓など無いというのに。
「世界の大半を護れなかったわたしたちの、せめてもの償いにいくらかヒトの住まう土地を残す。それがわたしたちにできる精いっぱい」
「ったく、ひとりで抱えこむんじゃねえよ。あんたのどこに償う点があるってんだ」
「ふふ、詩音ちゃんは優しいね」
今作戦では劣勢を覆さねばならず、また退却も許されない。いや、退却する場所などない。達成か全滅かの二者択一となる。そのため戦時特例がいくつも適用された。
実質、乾坤一擲の自動人形軍団最後の作戦となる。
「蟲との全面戦争はこのさい人類に任せよう。ヒトを殺すためにせっせと蓄えた兵器は、せめて自分たちを救済するために使ってよ。そこで自分の本当の敵を思い出して。自分と向き合って。わたしたちは根を断つ。行って帰らずの片道切符、密かに敵本拠地を目指す一本の矢になろう。わたしたちこの半個旅団全体が嚆矢になって。ただただ北へ、南から北へ向かって縦貫する、巣窟を突き破る一本の列車となる。名付けてシベリアン・エクスプレス作戦!」
「んま、方角は北西だけどなー」
「もう! 細かいところはいいから!」
植物も捕食対象であるため、見晴らしはいい。遠く1キロほど隣を走る輸送蟲も視認できる。
進めば稀に人類の戦闘車輌が転がっているのが視覚センサーに入る。
建物と違い移動できて、ヒト単体と違い突破力があった。だが搭乗するヒトを明日へと残せなかったことだけは、開け放たれた搭乗口から見てとれる。
あれらも近い将来に資源へと戻され、跡形もなくなるものだ。
それを詩音が横目で追いながら。
「人類の兵力はヤワでしょうがねえな。古代の生物で勝てた相手だってのに」
「そうなの? 古代生物が?」
「だってそうだろ? 過去に古代甲蟲が今と同じに活動したとして、世界を蹂躙するに至らなかったってことはそれに拮抗する勢力がその当時にあったことを示唆する。つまりは甲蟲を餌にしちまうような動物の存在があったってことだよな。昔のことっつったら地層から推測できるのだとして、おそらくデボン紀あたりじゃねえかって」
「ふぅん」
「反応薄!」
「だって化石に興味ないから」
「にしてもだ、普段ふん反り返っている連中がいざ攻め込まれるとここまで弱いとはな。なんでアタシらがコソコソ陰でやってたんだっていう」
詩音の指摘はもっともである。だがそれには理由があって、マイがちょうどよい回答を用意できる。
「ヒトはね、ヒトが食べられているところに銃弾を撃てないんだよ」
自動人形は効率がすべて。ビームシールドやビームバリアの導入はフレンドリーファイア対策の側面もある。不可抗力により時折発生していた同士討ちについて、兵の補充が非効率と捉えて対策した結果に過ぎず、確率の中に必ず含まれるものとの考えが根強い。
これは使い捨てのテラフォーマーと自然発生した知的生命の違い。
「愚かだよな。ヒトにはヒトという種を護る気概がねえのか」
「あるんだよ。あるからこそ動けない。巻きぞえになってしまう他人を自分のことのように慮ってしまう。それがヒトなんだよ」
「そんなもんかね」
「そうだよ。護りたい、あの精神。そうじゃなきゃわたしが——」
そこで言い淀み、そのままそっぽを向く。
「わたしが。なんだよ」
「ううん、なんでもない」
マイは続きを明かさなかったが、詩音は何を言わんとしたかがわかるような気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日数にして6日間。ただただ蟲の背で揺られ続けた。
もし別の移動手段であったならすでに戦闘を経験し、あるいは全機が撃破されていたかもしれない期間を無傷で過ごした。弾薬はただの1発も消費せず、敵勢力圏内深くに浸透している。
兵隊蟲から輸送蟲の背は見えない。そのため甲蟲の群れは無関心で通り過ぎる。
仮に自動人形でなく人間であったならこうは行かない。ヒトは何もせずとも臭いを発し、食事をすれば排泄もする。蟲はそれらを敏感に検知する。
視覚と聴覚、嗅覚で各惑星由来の生物や建造物を判別する兵隊蟲に対し、自動人形と輸送蟲の背の組み合わせは盲点と言えた。
奇跡的な進軍が続いている。
6日もの余裕はこれまでマイに与えられなかった。目覚めてから以降戦いの連続、持て余して思いをめぐらすのは蟲のこと。
「だいだい、なんで数億年も前の巣が地表にあるの?」
「知らねえよ、地殻変動でもあったんだろ? そんで風雪で削られて表出したんだろうさ」
「地殻変動、ね。それでも寒ければ永久に凍っててくれたのに」
「親切にも温めて起こしてやったのは誰あろう、ヒトだぜ?」
「うん、わかってる。でも下はもう向いてあげないんだ。ヒトにはもう1回わたしからチャンスをあげる。いつか第3の異星人が現れたときに誇れる存在に。星間交流を開ける対等な存在になれると信じて」
「だとして、さすがに今回ばかりは厳しいかもな。どうだマイ、何か言い残すことがあるか?」
それはかつてマイ自身が戦友に向けて放った言葉。奇しくも知らないはずの詩音の口から出た。
もちろんマイは自身が過去に発したことを覚えておらず、新鮮な心持ちで応える。
「そうだね、とくに言い残したいことはないけれど。今この身になって気になるのはひとつだけ。もし生きてたら聞いてみたかったことならあるかな」
マイがすでに他界した人物に聞きたいこと。
「? 誰に? 何をさ」
「おじいちゃんにさ。ヒトを滅ぼすのに賛成だったの、って」
最初は全機が同じ蟲の背にあり、その後同型の蟲を見つけては部隊を分け、半分を移乗させた。リスク分散である。
半分の半分、そのまた半分と繰り返し、現在はどの隊も5機ほどにまで減少してしまった。もちろん計算のうち、早い段階での全滅を防ぐための方策である。
足並みはそろわずとも、いずれかが中枢までたどり着き女王蟲を撃破すればいい。それを為せる火力の自動人形が各隊に1機編入してある。先んずれば礎となり、出遅れれば殿となる。
隣をゆく輸送蟲との間隔が徐々に狭くなってきた。さらに目視で観測できる数も増える。それらはつまり、敵本拠地が近づいてきていることを暗に示していた。
ここで先を征く輸送蟲の隊から、近距離通信をいくつも経由してアルタイルに報告が入る。
向かう先に大規模な地形の変化を発見したという。
確かに、各自動人形に実装されている地形マップと照合すればまるで合わない。輸送蟲の間隔の狭まる速度から鋭角の長さを求めると、その頂点座標とも重なることも分かった。これらの事実から、一行はそこが本拠地であると断定した。
それを疑問に感じたのは詩音。
「山と、すり鉢か。山は持ち帰った資源だとして、なんですり鉢? なんで地形を変える必要があった? 丸バレじゃねえか」
「ソウルはどうだったのだ」
「元の地形そのままだったはずだ。どうせ巣だから造成でもしたんだろ」
マイにはその考えに違和感があって。
「せっかくあった自然の障害物をならす意味が? 居住空間を考えるんだったらむしろ盛り上げたいくらいでしょ。でも、だったらなんですり鉢を選んだんだろうね」
「さあ? 蟲どもの考えることなんてわかんねえよ」
「蟲だったらそうだけど。まさかヒトが関与して?」
「ああん? なんでヒトがわざわざ蟲のために地形を変えてやんだよ」
「そうじゃなくって、ここに攻め入った結果として地形が変わったんだとしたら?」
「んな地形を変えられる兵器なんか——」
「あるよね、ひとつだけ。相手を完膚なきにまで滅ぼしてやろうと、悪意の塊のような邪悪な兵器が」
「核か。残留放射線を検知、しかも相当強いな。その線で間違いなかろう」
詩音には身に覚えがある。マイが戦いを終えて呆けているとき、ごく短時間に弱い微振動を検知していた。それが人工地震であったと紐づけられた。
「あの日の地震はこれだったのか。ソ連の最後っ屁はここに叩きこまれていた。最悪の所業だが、おかげでアタシらが巣に攻め込みやすくなった」
核爆発で絶命に至った個体は多くない。被害は爆心地近くで熱により融解した個体に限られる。放射線に対する耐性をもち、単なる爆風による衝撃では傷つかない甲蟲に核は戦略的な効果がなかった。
近づくだけで露わになる。輸送蟲の背に乗る自動人形から次々と短距離通信が入る。
『あれは!?』
『本拠地と思われる巨大構造物を視認! 大きい! ヒトの構造物対比でもはるかに巨大です!』
『ああ……、報告せずとも見えとるよ……』
もはや低木すらない荒涼とした地面に。マイたちの進む先が一挙に開け、全容が明らかとなる。入り口どころか巣そのものが一部露出していた。
複雑な地形の中に存在したであろう巣の周辺の土が爆風で飛ばされ、一角があらわとなっていた。使用された兵器が核バンカーバスターであったためである。
クレーターの形状からは複数発と推定された。
これにより蟲が修復作業に勤しまなくてはならない状況を作り出していた。自動人形に千載一遇の勝機が生まれたのだ。
入り口など跡形なく吹き飛び、どこからでも内部をうかがえる。入り口さえ選べば、表層を回避して途中の層から侵入すらできる。
巣は見えている形状から推測して、大規模な露天掘りの鉱山すらすっかり埋めるような円錐と推定された。直径はおよそ1キロほど、深さ方向は不明。
「最深部だよ! 女王はおそらく最深部にいる!」
「よぉし、どっからでも入れそうだな。できるだけ近く——」
ところが思惑の外で状況は展開する。それをマイが捉えた。
「見て詩音ちゃん! あれ!」
マイが見つけたもの、それは。
彼女らの乗る蟲の前方、他の自動人形が乗っていたであろう輸送蟲の背からビームが断続して放たれている。
「早い! 早すぎるぞ!」
「どうして戦闘が始まっちゃってるの? このままであわよくばってわたし言ったよね?」
「何かあるぞ、何か。そうでなければなぜわざわざ自殺行為にも等しい先制攻撃なんか——」
その時、マイたちが乗る輸送蟲にも検査蟲が群がってきた。
「こいつらのせいか!」
「そうか! 巣穴に外敵を入れないためのチェックの蟲!」
長さが1メートルはあろうかという細長い巨大百足が多数取りついてきた。
輸送蟲の背は凹凸が皆無、隠れられる場所がない。腹の側ならまだ希望があったかもしれないが、そこも検査蟲が這いずり回るので見つからずに通過することは難しい。
詩音は悪あがきをせずにはいられない。輸送蟲の翅の隙間に身を隠すべく持ち上げようと試みる。
「なんだこいつ!? 翅が退化して癒着してやがる!」
指が背を舐めるばかりでつかめない。
「詩音ちゃんどうする? 詩音ちゃん!」
「ここで消耗はできねえ。極力戦闘は避けるんだ! 飛び降りろ! アタシらもこっから地上戦だ!」
「わかった!」
およそヒトの建物の3階ほどの高さから跳ぶ、ここからは自らの足で進むしかない。
続けざまアルタイルの檄も飛ぶ。
『進路そのまま、各個に巣穴へ、女王蟲を目指せ!』
『おおお!』
『了解!』
飛行できる者も一旦徒で征く。脚部を使って走る者と歩調を合わせるためである。
詩音は反重力エンジンの浮力で颯爽と、輸送蟲から離脱した。
新たな装備による凄まじいまでの重量は、AL-ICEによる噴射で支えられている。大電力さえあれば出力は上限なし、継続して飛行することが可能である。
マイが大型の実体盾と認識していたそれは、艦船の艦首用大型ビームシールドの基部であった。実体部分の表と裏面にはスラスターが設置してあり、AL-ICEの制御と有り余る電力で宙に浮かせてある。そのため大剣のようなゆったりとした取り回しになるが、詩音の細腕でも取り回すことが可能。
詩音は部分的に、盾の先だけビームを展開する。その刃は幅50センチをゆうに超え、これを対象に向けて振り下ろせば厚みをもったビームの戦斧となりうる。
「どけぇええええええええ!」
「さすが詩音ちゃん、頼りになる」
マイに至っては輪をかけて極端で、彼女は走るのに自らの脚を用いない。強攻型ドレッドノートのハルマゲドン形態と背中で合体、6脚の多脚戦車として地面を高速で這う。
マイにはそれが、どうにも身の置き場がないように感じられて仕方がない。
「これってさ、なんだか悪者っぽくない?」
随伴する詩音が大型シールドとジェネレータをつなぐ導電管でわき腹を小突く。
「んなわけねえだろ、恐れ知らずの強攻型だぜ? それよか蟲っぽいかな、あんたが乗ることでクモっぽくなった。蟲と間違われて味方から撃たれねえように注意しねえとだな」
ドレッドノートは全身をすべて脚へと変形させており、合わせて6脚。そこにマイの2脚を足せばちょうどクモと同じ8脚になる。
「それ以上に変だよ、なんかこれ、ちがくない?」
「ん? どこがさ、いたって普通だろ」
[とてもよくお似合いです。出力317パーセント、機動力263パーセント、戦闘力499パーセント。非の打ちどころがありません]
「なに言っちゃってんのフィーナ、おかしいよねこれ。このところ麻痺してきてたけど、気色悪いよね? やっぱどう考えても変だよねこれ!」
マイは横になり、全身を脚部としたドレッドノートの上で仰向けに寝転がっている。隣にはマイの全長と同じほどもある大砲が、フィーナの制御で連射中。
自身の2脚は地面にとどかず宙ぶらりん。それを異様であるとこぼしているのだ。
「しょうがねえだろ、あんたに今エネルギーを使われちゃあ困るんだ。女王蟲を前に電池切れになられちゃあ困るんだよ。今回は他に選択肢がなかったろ、我慢しな」
「ええ〜」
強攻型ドレッドノートは戦闘で撃破された過去があり、今次作戦参加までに大規模改修を受けている。
失った電脳の代わりとして新型の準AIが搭載されており、三位一体となることでひとつのAI相当の処理能力を得る新設計とした。そのためマイとは競合しない。フィーナの隷下に入り、マイを完璧にサポートする。
「みんなも強制で降ろされたんだ。早すぎる開戦はこういう」
最終作戦の火蓋はなし崩しに切られた。
応戦しながら見渡すと、そこかしこで戦端は開かれている。
検査蟲は同じ大きさの甲蟲と比べると桁違いの堅牢性を誇り、恐るべき継戦力を有することが判明した。長さ方向であれば、途中で体を両断されても頭部がある側が何事もなかったように戦闘を継続する。
進軍は破綻しつつあった。
「ああ……、あああ……!」
「しっかりしろよ、今作戦での損失は織り込み済みだろ!」
「頭ではわかってるつもりだったんだけどね、いざ目の当たりにするとね……」
「頼むぜ大将、今からそんなじゃこれから先もたねえぞ」
「うん、それもわかってる。でもね、わたしはこの痛みを背負っていくよ。どこまでも。罪深きクレアマリスは背負わなきゃ、自動人形の最後の1機になるまで」
「あんたが始めた戦いじゃああるめえに」
6日前にアルタイルが指摘した内容とはまったくの真逆を詩音が提示した。
そう、始めたのはクレアマリス。マイは後を引き継いだだけ。
詩音はクレアマリスに一言申したい、これも計算のうちですか、と。
いつも生命の危機に瀕し、いつも懸命に死線を越えるマイ。それを支えるのは自分だと、詩音は今さらながら覚悟を決める。それはこれまでとは異なる、生きぬく覚悟であった。
「オーケー、そしたらアタシは最後の2機になってやるよ」
[わたくしもお忘れなく]
「フィーナ……」
「アイスもだって言ってるぜ」
「詩音ちゃん……、みんなもありがとう」
部品が、破片が飛ぶ。主から離れて地面へと落着する。自動人形と蟲の断末魔が戦場に響く。
かつても、これからも喪われゆく戦友の死に。マイはもう、必要以上に悔やまない。胸三寸にとどめて。
「…………!」
資源をうず高く積み上げた巨大な山を横目に、可能な限りの最速で進軍を続ける。表層は核爆発の熱で溶融しており、なお自然の山のように映る。
ヒトが放った核は巣の発見に寄与したが、修復のための蟲を巣の周辺に多数配置する不可抗力を生んだ。これは少数で奇襲する自動人形にとって負の効果でしかない。
自動人形は戦いながら走る。自らの身を捨てて襲いくる蟲を斥けながら、少しずつ地中への坑道に向けて楔の先端を巧みに滑りこませていく。
群がる蟲を積極的には撃破せず、ただ前進するために労力と弾薬を消費している。どんな脅威であろうと受け流すことにだけ集中すれば、最小の被害で突破することが可能となる。
ついに矢の先端が巣に届く。
その状況でアルタイルが問う。
『どれだけ残った? 弾はまだあるか?』
互いの通信は距離が限られるため、視認での把握に限定される。問われた部下は高速行軍しつつの戦闘中にもかかわらず、頭部をぐるりぐるりと、360度の回転を順と逆でふた回しさせた。
それにより判明した数は。
『およそ半数、37機が健在。弾薬はどうでしょう、小官は半分を下回りました』
『たったこれだけの時間で頭数が半分となり、弾数も半分か』
『まもなく肉弾戦へと移りましょう』
『詩音とクレアマリスはどうだ』
『両名とも我々の後方、およそ10メートルにて健在です』
脚部を用いて自力で疾走するタイプのロボトイおよびフィギュアは、1機を除いて全滅した。
この行軍は機動力がすべてである。走行に割かねばならないリソースが多く、重量物を携行している陸戦型は不利と言えた。これにより気にもとめないほどの隙が生死を分けることがあり、結果としてほぼ全機損耗へと至った。
このためホバー移動できる者か、単独飛行できる者しか残っていない。その影響として律速となっていた行軍速度は上げることができるようになり、突破した甲蟲の追尾を許さないほど速くはなった。
およそ全軍が集結した状態に。アジア圏の自動人形の残存兵力はもはやこの場にあるだけ。ロボトイ首脳陣は残りの兵力と以降の作戦の遠大さの吊り合わなさに気が遠くなる。
『まさかこれほどまでに早く徒勢が脱落するとは』
『この行軍のために選抜したのではないからな、無理があった面は否めんよ。交替要員があるでなし、なにも無いソウルに残す意味もなし』
『しかしここからは火力こそが肝となる。機動力と火力は一部の例外を除いておよそ反比例だった。不本意ながら相対的にクレアマリスの重要性が高まってしまうな』
このような境遇になっても、もはや孤軍となった状況に追い込まれてしまっても、比較的理解のある博多の兵であってもまだフィギュアに対する恨み節が出る。これほどまでに差別とは根深い。
彼らとは一線を画すアルタイルが一応の擁護を示す。
『そう言うな、詩音くんの友人でもあるんだ。それに見ろ、ああやって遅いなりに追いすがる自動人形をみて、お前たちはそれでも何も思うところがないほど冷徹なのか?』
ホバー移動集団に混ざっていまだ1機だけ、多脚戦車の機構で走り続ける自動人形がいる。
「待って〜」
マイだ。
「お願いだから置いていかないでぇ〜」
まるでスパイダーウォークである。仰向けのままあごを上げ、逆さまで前方を必死でうかがう様は丸っきりホラーの所業。
それを詩音が端的に罵った。
「気色わる」
「え? なに? 悪口?」
機構に制限があるでなし、首を180度回せば正対で前方を捉えることができる。だがマイはそうしない。人体であった時の可動域を超える動きを、彼女は自ら封じる。
「あんたの足が律速になってんのはこっちだって分かってる。だから歩調を合わせてんじゃねえか。あんたはアタシらの切り札のひとつだからな、置いて行きゃしねえよ」
『吊って飛べばさらに増速できますがどうでしょう。余力のある者を選抜しますか?』
隣を飛ぶ部下の申し出に詩音は小声で応じる。
(あーやめとけやめとけ。あいつを今さら吊るのは不可能だ。“強攻型ドレッドノートがあの速度しか出せていねえ”事実を汲め。あいつ実はめちゃくちゃ重てぇんだ)
「ヒド! 聞こえたよォ!」
「地獄耳かよ。とにかく、蟲を豆腐のように斬れるあんたの光る手はアタシらの切り札になりうる。今は前に進むことだけに集中してくれ」
「なんだって? 聞こえないよォ」
「本当に便利な聴覚センサーだこと」
『まったくです』
こうやってふざけている間にも3機の脱落者を出す。アルタイルが全体の生存を確認してからわずかな時間で3機もの損耗を出した。
落伍した者はそのまま置いていかれる。手を差し伸べれば、部品交換さえかなえば戦線に戻れるはずの自動人形が見捨てられる。集団から遅れる者を追撃すべく離れる蟲が出ることも計算に入れてある。これほどまでの強行軍。
このような状況下とあって、マイと詩音の妙な明るさに一行はもう救われている。
勝利への路は常に霧の向こう側にある。その行く先を照らすのは内なる高揚、すなわち“できる”という確信の輝き。心を明るい色で塗り潰しておくことは、暗夜を往く旅人にとって何よりの道標となる。
深刻になるだけが死の行軍ではない。死地へ向かうのと死ぬことは決して等しくはないのだ。
事を為す。成せずとも輝いてから死ぬ。
アルタイルが察したのと同じように、戦況をみて詩音はそのときが来たと覚った。
「マイ」
「うん?」
「これが最期かもしれねえから一応言っとく。あのとき、アタシはさ、あんたの正体がクレアマリスだったから助けたんじゃあねえんだ。あんたがマイだったから、マイが困っていたから助けたんだよ」
あのとき、とは。
ふたりが初めて会った本社壊滅の日、マイ受難の、詩音の初めてのときめきの戦場。
「うん、知ってた」
「そっか。いよいよだ。どっちが死んでも恨みっこなしだ」
「ううん、わたしは恨むよ。だから死なないようにする。詩音ちゃんだってわたしが死なせない。蟲を斃してヒトの未来を、みんなとの約束を必ず」
「約束? それって? もしかして?」
「ううん、記憶は戻っていないんだ。もしかしたら消えちゃったのかも。でもなんとなくわかるよね。前のわたしが欲して、今のわたしが目指すものってたぶんそんなに変わんない。“争いのない世界をヒトに”。そして詩音ちゃん、あなたにも。それを届けたいと思ってる」
「あんがとよ。その言葉だけで戦える!」
「じゃあ行こっか!」
「ああ!」
蟲の密度が如実に上がると、進軍は著しく停滞する。完全に足をとめて迎撃する者も現れる。
『ここは任せろ! 先に行け!』
『分かった! 頼んだぞ!』
先とか後とかの区別などあるはずもない。留まれば決して合流できず、黒い波は絶えず押し寄せてくる。それを分かっていて勧めており、それを分かっていて承諾した。
だが進むからと言って楽な道でもない。向かう先の方が黒の濃さがまるで違う。数百万から数千万の個体を全方角へ吐き出した本拠地は、すべからく恐るべき数を巣の内部にも残してあった。
否、残していたのではない。新たに孵化したのだ。
薄くなった氷の下で活動を再開して以降、地表へ出られるようになるまでに蓄えた兵力は全て放出した。現在巣の周りにいるのはその後の世代であり、持ち帰った資源により生産された、孵化したばかりの個体となる。体長はおよそ20から40センチほど。
『こいつらは大きくない! 戦える!』
『だがこの数はどうだ!?』
巣の手前が驚くほど黒い。黒っぽいのではなく、漆黒の黒さを呈している。露出していた巣が隠れて見えない。それほどの密度と言えた。
『ここは任せてもらおう』
『ご一緒します。我が隷下も残れ』
『ハッ!』
一部のフィギュアが殿を買ってでた。
走るのをやめ、その場で立ち止まり。
踵を返す。
「なんで?! どうしてあの子たちは?!」
「このままチンタラ走ってたんじゃあいずれ追いつかれちまうからな。乱戦になっては全滅だってありうる」
「そんな……」
「アタシに気ィ遣いやがって。何も言い残さずに行きやがった」
博多といえば詩音の所属地である。
見知った者どころか直属の部下さえ。袂を分かったとはいえ、2日前までは同じ基地で同じ目標のために共に戦っていた仲間である。
それが多数、後ろ姿だけを晒して征く。
「じゃあな! 先に行って待ってろ! アタシは、そうだな、何十年かあとで行く!」
もはや届きはしない声をその背中に投げて。
前を向いた。
「いい感じに盛り上がってきたじゃねえか。最終決戦に相応しいぜ」
「…………!」
自らに当てはめてみるマイ。
本社工場を急襲した際に少なくとも部隊単位であったことは把握している。仲間がいたのだ。記憶が消えてしまって思い出すこともできない、散っていった仲間たち。
そしてまた、今ここで散るであろう仲間たち。
じっとしていてもいずれ蟲の脅威には晒される。ソウルのように。だからこそ打って出た今作戦。進むも留まるも地獄なら、いっそヒトのために。未来を失った自分たちが遺せるただひとつの道標。
ついにマイも蟲に接近を許すようになり応戦態勢に入る。ようやく自らの脚で立ち上がった。
「それじゃあ、本番いこうかぁ!」
彼女の背中で力強く、頼もしい機械音が鳴る。
背に負った強攻型ドレッドノートの脚を縦で二分割し、その細さで背中から生える多数の腕部、12臂と見立てた。これにより合計14臂のフィギュアが爆誕する。
変形時にパーツを保持するダボ穴を利用して、手を配していない腕部にも反動の小さな牽制するための火器を固定することで戦力とした。マニュピレーターのある腕部には威力の高い銃器あるいは近接兵器を携え、まるで武神の威容を示す。
「火器管制お願いねフィーナ」
[お任せください]
マイ自身は先ほどまで隣に鎮座していたビームスマートガンを抱えている。
DX重合金属の重さを背負ってひた走る彼女について詩音は物申す。
「バケモンか、足音がふつうのフィギュアじゃねえぞ……。とんでもねえやつだと思っちゃいたが。まるで千手観音だな」
マイは電脳の中を検索して。
「その仏像って細かいのを抜くとほとんどが42本で表現してるらしいね。わたしは全部で14、ぜんぜん足りてないや。でもね、わたしはこの14本で諸行を救ってみせるよ」
おそらく、あらゆる寺院の仏像が今ごろ跡形ない。蟲によって資源へと作り替えられてしまった。そのためマイがこの星に残された最後の千手観音像になる。
「だからわたしが継ぐんだ。ヒトや自動人形を含めたあらゆる人形をあまねく救う存在になる!」
ついに地下へと続く傾斜坑のひとつに取りついた。
自動人形は次々と突入、あるいは別の坑道から内部へと侵入する。
各小隊は主坑道を避け、より細く狭い傾斜坑を選ぶ。太ければ太いほど中枢へと繋がっているに違いないが、地面の中で、兵器の使用を制限された状態で全方向から迫られては簡単に押し潰されてしまう。狭ければ狭いほど運用できる蟲のサイズは制限される。そのために選んだ小さい突破口である。
たとえ細くとも下方へと向かえば。どこかで最下層と繋がっているのだ、底にまで行き着いたなら、そこが女王の控える王の間に相違ない。
「マイ、これだけは言っとくぞ」
「うん?」
「“右手の異常技を使ってさっさと終わらせようなんて思うな”」
「異常技って、あのソウルで使った? なんでわたしが使うつもりだって分かったの?」
「分かるっての、それさえ使えば殺れるんだろうさ、女王蟲だろうが何だろうが。だがそれは本当に女王かどうかをきちんと判別できた場合に限らせてもらう。電力は積んで出ただけ、周りにゃアタシらもいる。ソウルの時みてえにブン回したら生き埋めだ。使ったら昏倒しちまって2発目はねえ。女王を撃ち漏らしたら終わりなんだ、慎重になりすぎるくらいでいいのさ」
「そっか、たしかに」
詩音は視線を逸らす。
「何より、あんたの記録域がこれ以上減るのが我慢ならねえ」
「どうしてそれを?」
「分かるさ、だれよりもあんたのことを見てきたのはこのアタシなんだぜ?」
「ありがとう。本当にありがとね。でもたぶん使うよ、使わなきゃ勝てない」
「あん——」
マイは詩音に喋る間を与えない。遮ってすぐに被せる。
「だから詩音ちゃん、使うタイミングはあなたに任せる。詩音ちゃんが撃てって言ったらそのとき撃つよ」
撃たなければ負ける。その予感が詩音にも分かる気がした。
たかが蟲のはず、だが戦場はいつも予想をはるかに超えた。死ななくていい戦友が死に、勝てるはずの戦いで負けた。
演算の外は常に予測である。すべてが予期できるのであれば、早晩戦死者などはゼロになる。そうはできなかったから、そうはならなかったから。
マイは使う、おそらく。だったら引き金をしぼるときはふたりで。
「ったく、しょうがねえなぁ。アタシに任せとけ」
「うん、任せた!」
自動人形はためらわずに探照灯を照射する。的になりやすいが、赤外線センサーよりは可視光の方が感度が高く、ゼロコンマ何秒の即応性も高いためである。
さらに、蟲が可視光を直接複眼に入れた際、一瞬の硬直が見られることからも積極的に用いることにした。暗闇の巣穴の中では自動人形の放つ強烈な光は武器にも等しい。
「戦える! 古代甲蟲相手でも十分戦えるぞ!」
「フリーズする辺りは地中生物っていうか、昔の生物っぽいねえ」
「ここまで来たんなら死ぬんじゃねえぞ! 最悪でも女王を拝んでからにしろ!」
「イエス・マム!」
撃破した蟲を掻き分け、掻き分けて進み。
「変に静かになった。蟲さえいなければこんなにも静か」
「懐に入れればどこでも同じさ。どうやらそれは数億年前の甲蟲であっても変わらないらしいぜ」
圧倒的多数対少数であったものが、細い傾斜坑とあってはほぼ先頭同士の1対1になる。後ろは分岐のたびに殿が爆破して閉じるので、ある程度は後方を気にせず進める。
だからと言って悠長にしていれば、太い主坑道から回り込まれてしまう。速力が命、足を止めないためにはすれ違いざまの一撃で仕留めねばならない。
「ここに百足が!?」
「斬り伏せるな! 突け! 壁面に釘付けにしろ!」
「先に行け! それまで押さえる!」
検査蟲をどうにかやり過ごすと、突然行き止まりになった。
「この坑道はここまでなのか?」
「掘れ! 急げ!」
「そんなわけないでしょ、この光沢、見間違えるわけないッ!」
マイの右腕が鈍く光る。
「退いてろよ、豆腐みてえに斬られたくないならな!」
マイが塞ぐ障害を飴細工のようにくり抜いた。間髪入れずにアルタイルの両手が唸りをあげて共振、必殺技で体組織を押し出す。
「おおお! 雷轟破砕掌ッ!!」
塞いでいた輸送蟲の中を通ると、前方が突如開けた。
驚くべき広さの地下空洞に躊躇するも、最大速度で進む。この巨大空間が緩やかに下方へと向かっているのであれば、止まって調べる猶予はない。
「なんだろうここ。めちゃくちゃ広いね」
「やばそうな臭いがプンプンするぜ」
「気をつけろ、巣の中枢の物質が検出されている」
「そりゃもうずっとだぞアル」
「そうじゃない、濃度が異常だと言っとるんだ」
探照灯を広角モードに切り替える。そこには。
数百万もの蠢きが織りなす、生きた胎動の庭園があった。壁も天井も蟲の腹部のような蛇腹で構成されており、囁くように動く。平衡感覚が誤作動を起こしそうなほど、空間そのものが呼吸しているかのような異質さをおぼえる。
自動人形らは知る由もないが、本来ならばここは甲蟲で埋め尽くされて然るべき場所で、それがなぜか伽藍堂になっていた。
原因は巣を核爆弾が揺るがしたからであり、世話係の蟲を修復作業に供出していたためでもあった。産卵は運び出す者を欠いては一時中断せざるを得ない。
その時、自動人形たちを超高速の塊が襲う。
「グワァッ!」
「なんだ!? 何が起こった!?」
「敵襲ッ! 姿はなし!」
5体合体のゴウガイシンが右の大腿部から下を失って崩れる。即座に4機の車両に分離するが、戦力ダウンは否めない。
次から次へと乱射される砲弾ではない塊を、以降はどうにか回避する。それも勘頼み。投光器と探照灯の限られた視界は、砲口の殺気までは映し出さない。
いち早く気づいたのはマイだった。彼女の視覚センサーは他の自動人形のものよりもさらに感度が高い。
近くに着弾した弾がなぜかもがき蠢いている。よく観察すると。
1令に満たない甲蟲だった。
襲って来はしない。まだ孵化したばかり、発育は極めて未熟。
「産卵したっていうの? 砲撃ほどの超高速で?」
「避けろ! ぼうっとすんなマイッ!」
「みんな! 飛んできているのは卵だよ! 甲蟲の卵!」
「なんだと!?」
「つまり女王の攻撃だとでもいうのか!?」
「そうだよ! それ以外に何があるの!」
「願ってもねえじゃねえか、ここが目指した目的地、女王様のお出ましってわけだ!」
期せずして生じた女王単騎との決戦に臨む。
応戦して撃ち返すも手応えがない。それもそのはず、まだ姿を拝めてはいない。いくら卵管の先に打撃を与えたところで、本体は健在である。つまり、卵管の奥すぐに本体があるのではない。
卵管は破壊されて撃ち出せないよう変形すると自切して、奥から迫り出でてくる。
「危ない危ない、詩音ちゃんに言われてなかったらリミッター切ったやつ使って不発で終わってたかも」
明らかになっているのは向かう先から殺傷力の高い硬質の卵が超高速で撃ち出されているということだけ。
「でもなんかおかしいよね、小さいのしか撃ってこない」
「?」
「じゃああの大きな蟲はどこから産んだのってこと」
「そりゃあ、小さく産んで大きく育てるんじゃねえか?」
「でもよく見てよ、さっきから撃ってきてるのはぜんぶ一緒、兵隊蟲だよ。百足も巨大蟲もいない」
「? ってことは!」
その見分けがつくのは現状マイだけである。
青ざめた詩音が風雲急を告げる。
『各員! 産卵管がひとつと思うな!』
『!?』
休止していた産卵管が突如仕事を再開する。その数8。
各産卵管が1日に産み出す卵は、原料が潤沢にある場合最大で約3万個。輸送蟲が運ばないとすぐにいっぱいになってしまうこの王の間も、外敵が入ってきたのであれば是非もない。敵を討つべく、まだ未熟な卵を最高圧力で乱射して排除にかかる。
浅い角度で撃ち出された蟲は、生存していれば戦列に加わる。早すぎる孵化と、体のいずれかを欠損した蟲はまるでゾンビの行列。
1令に満たないとはいえ脅威の古代甲蟲、数秒ごとに発射されては攻め手の数が増え続ける。その大砲が9門あるなら、空間が飽和するような弾幕と、およそ1秒に3匹の新たな敵が出現する。
攻撃力は低くとも先をゆく障害物にはなる。空間に飛べば砲の餌食。足止めは自動人形にとって何より致命といえた。もし進めなくなれば全滅もありうる。後ろからは地表にいた成蟲が迫りくるのだ。
ついに待望の合流する自動人形があるも、それ以上の数の追撃も加わる。
急速に密度が上がり始めた空間で、なおも冷静に産卵管のうち1門の異様な怒張を見逃さない自動人形がいた。
マイである。
「!? あの大きいのが来る! みんな避けて!!」
「ッ!?」
「ぐわァッ!」
ただでさえ少なかった突入班のうち2体が今の一撃で作動不能に陥った。兵隊蟲を空間の端に放ち、中央へ逃れるよう計算した上での輸送蟲の超高速産卵である。当たったロボトイは蟲と床面とで圧壊して果てた。
その後も18秒に1回巨砲が発射される。他の種類の産卵は本調子となり、さらに間隔が短くなった。原資は十分なほど持ち帰っており、その砲撃はすべての自動人形が頽れるまでやむことがない。
マイがじっと見る彼女の右手を詩音が握る。
「いいかマイ、この産卵管の向こうに女王はいねえからな」
「なんで!? どうしてそうなるの!?」
「そりゃあアタシらに都合のいい解釈だろ。そうであったならってただの願望じゃねえか」
「だとしても! この辺り一帯をぜんぶ薙いでしまえば同じことじゃない」
「それで仕損じたら? 重要器官が残ったら? この危機に際し産み落とす次代女王卵の撃破の確認は? 今回の発動が前回と同じだけの時間保持できるとも限らねえ。たとえ発動時間が半分になったとしても仕留められるように。おちつけ、アタシらにはこの1回しかねえんだ」
砲の向きとおよそのタイミングで回避はできるものの、輸送蟲も徐々に場に増えてきた。この蟲は生まれたてでも極めて頑丈に造られている。不用意な実弾発射は跳弾を生み、あらぬ同士討ちを生じかねない。ビーム兵器すら弾いてみせる。特大個体の乱入で射角は埋まりつつある。
そこへアルタイルからの指示が飛ぶ。
「水平射はもう撃つな! あと19秒後に飛び道具の使用を全面禁止とする!」
「だったら! 今のうちに全部使っちゃうよりないよねえ!」
詩音は大型艦船用艦首ビームシールドを全展開、何を思ったか振り回し、目前の敵のみならず地面を執拗に切り裂きながら走る。
「マイッ! そこら一帯、壁や床を薙ぎ払え!」
「!?」
『あんたらもだ! ありったけ、無闇やたらにぶっ放せ!』
『了解ッ!』
「? あいあいさー!」
マイは疑問に感じつつも言われた通りに強攻型ドレッドノートの残弾を放出した。他の自動人形も続く。後先を一切排除した、今だけが救われる行い。
この一撃は場に居合わせた多数の蟲を屠る。土壁であれば大崩落が起きる爆発も、未知の生きた壁面は少しの破壊で受け止めた。
だが、詩音を除いて誰も予期せぬ追加効果が発動する。
地中に女王の咆哮が轟く。
『む?』
「! 聞いた詩音ちゃん?」
「もちろんだ!」
それは女王の真の居場所を報せる、自動人形にとっては福音の鐘。
とき同じくして、ついに後ろからの挟撃を許す。全方位へ女王が発したのは非常召集の大号令。いま斃したよりも圧倒的多数の蟲がなだれ込む。
「おいでなすったな!」
『後ろの6機は足止めしろ! 前6機は前進せよ! 女王を討ち取れ!』
アルタイルは足止めに残った。
詩音は後ろの状況になど感けていられない。女王の居場所が判明したのであれば、取りうる手段はひとつしかない。
もはや進むことはできなくなっていた。進めるだけの空間がない。数多の卵で築いた防壁が完成したのだ。
卵の着弾は壁の向こうに。その次の着弾もその卵の奥に。
「ちと遠いが」
「みたいだね!」
「無理を承知で頼む! 何を失うことになるんだとしても、あんたの右腕に賭けるしかねえ! 撃ってくれ、マイッ!」
「もちろんだよ! 今できることを! 必要なら、使う!」
今一度、マイの右腕が赫灼と輝けば、詩音は羅針盤となる。
「あそこを狙え! この方角、134メートル向こうに女王がいる!」
「はぁぁぁぁあああああああ!!!!」
マイの右腕の異常さに、いち早く反応した蟲があった。詩音の操る超大型ビームシールドの死角を縫ってマイを襲う。
「ああッ!!」
「マイィッ!?」
この広間に等間隔で林立する、石柱のような女王の体組織の柱上に、正体不明の小型蟲が1匹ずつ鎮座していた。この混乱の最中にも視線を送るだけでただ留まっているため、情報収集に特化した蟲と推定していた。
見立ては誤りであった。
それが一度に6匹マイに対し突撃を敢行、ドレッドノートの12腕の防御を粉砕して、首尾よくマイの右腕を噛みちぎった。
「クゥぅッ!?」
[昏き極光の発動を強制中断します。中断の影響は甚大、ただいま損傷箇所を算出中]
「なんてやつだ……!」
「ここにきてまたぞろ新種か。しかも増援が止まらん!」
本当の危機にだけ反応して攻撃する蟲である。即応の蟲、監視蟲。5センチほどの、この場にあっては小型に分類される嘴のある甲蟲。
マイの腕は稲妻の速さで兵隊蟲の元へと運ばれ、変換、蟲の尻からひり出された。
マイの奇跡の腕は、物言わぬ小さな糞になった。
以降の追撃はない。彼らは彼らが危険と判断したときのみ動く。
女王の悲鳴の召集に応じた蟲が大挙して押し寄せれば、自動人形は次々と倒れていく。探照灯も投光器も数を減らし、広間の照度は徐々に失われゆく。
「大丈夫か!?」
「うん……、右手だけだからね、なんとか」
空元気を出すも、限界なのは明らか。幻肢痛を持つマイは右腕を失って戦意喪失している。
強攻型ドレッドノート決死の防御があってはじめてマイの命が残った。12臂の防御がなければ全身を食いちぎられていたところであった。
「身代わりになってもらっちゃった……」
それはフィーナが命じたのではない。ドレッドノートが自らの意思でマイを護ったのだ。
「そっか、わたしたちはこのまんまで死ぬんだ。目標を達成することなく。女王を見ることもなく」
「せっかく女王の所在がわかったってのに。無理を承知で聞くが、なんとか左手で例の技を使えねえか」
「……、さっきから試してるんだけど、発動しないの」
「やっぱそういう制約のある技だよなあ」
そこで決定的な発言をマイがする。
「フィーナが言うにはどうも演算域が足りないらしくて」
詩音にはその最後通牒が問題とは感じられなかった。あっさりと解決策を示す。
「なに? だったら足すだけさ。要はあんたの片腕ほども容量がありゃあいいんだ、そうだろマイッ!」
「詩音ちゃん!?」
「あんたがくれた体組織ごと、アタシの演算域を使えッ!」
マイの切れて無くなった右腕の付け根を、詩音は自らの胸に押し当てる。そこはかつてマイが詩音の枷を外す際に貫いた場所、回路を再現するためにマイの体組織が使われていた。
[自分は準自動人形ですから少ないですが、何かの足しにはなりましょう]
「ドレッドノート!?」
「アイス? あんたはいいんだって! 戻れねえかもしれねえんだぞ!」
[このような機会で私を使わずにいつ使うというのですか]
[どうぞわたくしの電脳もご利用ください。以降は演算不能となりますので、命がまだ続きましたらまた後ほど]
「フィーナ!? あなたまで!?」
幸か不幸か足りてしまった。足りないはずの演算域が充足してしまった。
躊躇する時間などない、わずかフェムト秒でマイは為すべきことを為す。
「姿なんて現す必要ない。遠くから眷族をけしかけるだけでいい。自分は安全なところから高見の見物を。兵隊なんて使い捨てだもんね、どこの軍隊もいっしょ。でもあなたのそれはわが子でしょう? 産みたての。だからあなたたちとは分かり合えないんだ。だから決めたんだよ。冗談じゃない。そっちがその気ならこっちだって」
感情を押しやり、即座に最終奥義のシークエンスに入る。
「じゃあもう、撃つしかないよねえ!」
監視蟲はその動きを放置しない。殺到する、マイの輝きはじめた左腕に。その鋭い突進が彼女をふたたび捉えたかに見えた。
「気づいたのが貴様たちだけのはずはないだろう?」
「させぬよ。二度はさせない」
「我らが盾になる」
「頼むクレアマリス! この壁の向こうを狙い撃て!」
「あなたたち!?」
あらかじめ示し合わせたのではない、阿吽の呼吸だった。
「すまねえ、勝手にあんたらを計算に入れた」
「フ、だと思った」
「気にするな」
これまで邪険にしてきたマイを身を挺して護った。名を聞いていない、マイも知らない新しい作品の戦士たちが、手足を失って、胴に風穴を開けられて頽れる。
「今さら分かり合えるなどとは言わんよ」
「だが勝て! その手で勝利をつかめよクレアマリスッ!」
自動人形は新型の監視蟲がどんなアルゴリズムで襲ってくるのかを把握してはいない。だが会敵がただの一度でも予測はできる。
おそらくは一度攻撃すると溜めのインターバルが生まれる。それを察知させないための一撃必中。だから。
足下にあっても動けない。
「フハハ! 視線だけくれても意味ないなァ!」
「種が割れてしまえば! 撃てマイッ! 今度こそ!」
「言われなくったってええ!」
未だ姿を見せない女王蟲を、壁越しにデータの閃光が射抜く。マイと詩音の雄叫びとともに。
「はああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「うおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
マイの左腕が光に変換される。帯はただ壁へと向かい、姿を見せないこの大厄災の元凶を狙い撃つ。距離も障害物の密度も無視した、破壊のためのデータが何もかもを貫いて仇敵を捉える。
「アアアアアア! アアアアアアアアアアア!!!!」
以降は出鱈目に帯が空を斬る。以前とは異なり、時には鞭のように撓ってあらゆる外敵を薙ぐ。
自動人形はマイと詩音を自らの身体を投げ出して護る。先に片脚を失ったゴウガイシンも、脚がないままに再合体して詩音の背を無防備にさせない。
マイは新たに発した女王蟲の悲鳴で、女王の体躯がどのように空間に位置しているのかを細かく把握した。重要器官を通るように、頭部らしき部分を割るように、産卵器官を重点的にデータを導く。
今回は怒りに任せてでなく、すでに去った戦友たちや、いま戦う戦友たちの願いのために。
ヒトのために。
グラスアイの焦点は合っている。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」




