↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第3次スーパーロボトイ大戦・改  作者: おれごん未来


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話 ソウル基地

 静岡から東へ向かう長距離トラックの多くは東京をめざす。その中の一台、ヒトの目には触れにくい車体の天面に乗り、マイと詩音はツルガ本社工場を離れ、高速道路で一路成田へ。

 マイが神妙な面持ちでうつむきがちなのは、逃亡しなければならない境遇に憂いているのではなく。

「この台風のような暴風のなかですることがプラモデル作りなんて……」

「どうせヒマなんだからいいだろ? ちょうどいいヒマ潰しになるって」

「わたしプラモデルなんて作ったことない、生まれて初めて」

「奇遇だな、アタシもさ」

「ふふ、やっぱり? だと思った」

 マイが製作中なのはアイドル衣装で、詩音はその手伝い。マイがランナーとの接続部分を熱した手で握ることで溶断しては、詩音が部品を組み立ててゆく。

 説明書は最初に電脳へ読みこむだけで済むため、ふたりの作業は流れるように進む。むしろ時間はあり余るので、合わせ目やパーティングラインの処理まで行いながら丁寧に進める。

「いやあ、嵌め込み式プラモデル様さまだよな。これで接着剤が必要だったらどんだけ時間がかかるやら」

「そうは言ってもね、ちょっとでも油断したら部品が風で飛んでっちゃうんだよ?」

「そこは気合を入れてくれ。ひとつでも紛失すっと完成しなくなっかんな」

「マジっすか」

 パッケージが焦げただけで残っていた商品の中から、服の部品を有するランナーを拾い携えてきた。これは自動人形のための交換部品でなく、一般販売のプラモデル。

 マイはトラックに乗るまでそれを前方にかざし肢体を隠すようにしていたが、そもそも自律して動く人形がヒトに見つかればただ事では済まない。あの時のマイの行為に対して漏れた詩音のコメントは、“まあいいけどさ”。

「にしてもだよ、この超特大の自分サイズはないよ、ない」

「人じゃ“背に腹はかえられねえ”って言うだろ? それともスッポンポンのまんまがお好みだったか?」

「意地悪。裸よりはマシってこと、わかってはいるんだ」

「にしてもすげえな、表情どころか、肘も膝も継ぎ目が無くなっちまった。それじゃあまるで小さな人間じゃねえか」

「詩音ちゃん! そんなにジロジロ見ないでェ!」

 このシリーズのプラモデルは本来ヒトの1/10サイズのもの、1/7相当である詩音やマイとは寸法が合わない。そこは詩音に妙案があり。

「いいかマイ、こっからが勝負だ」

「う、うん……!」

「一発勝負だかんな、失敗すんじゃねえぞ」

「そう言われてもね……、ほかの子の身体を延ばすだなんて……」

 服のプラモデルなんてそうそうあるものではない。そのためマイたちがいま服として仕立てようとしているのは、ツルガ社29SLシリーズの、アイドルプロジェクトの胴のパーツ。

 つまりはアイドル衣装である。これを服として見立て自分サイズに、熱で溶融させて引き延ばそうというのだ。

 ごねるマイを詩音が焚きつける。

「まだ言ってんのか? 四の五の言ってらんねえだろ。いつまでもスッポンポンでいいのか?」

「それはそう。でもちょっと、なんだか、ね。この子の魂、人形の魂ってどうなってんのかなって」

 マイは視線をトラックの、長期間洗車されず排気ガスで汚れたままの天面に落とす。

 このままでは作業が進まない。

「んなもん考えたこともねえよ」

 ようは人形として完成する未来を見れず、服として消費されてしまうプラモデルに対し気が引けると管を巻いているのだ。

 詩音は痒くなど一生ならない頭を擦りつつ、あの工場火災現場を思い浮かべて。

「そうだなぁ、アタシら自動人形なら稼働を開始したとき、なんだろうさ。ふつうのプラモデルなら、完成したときってことでいいんじゃね? 焦げたパッケージに入れられたまま災害ゴミに出されるよりは、ほんの一部のパーツでも使ってもらった方がこの子も成仏できるってなもんさ」

「そうなのかなぁ」

 そうは言っても持ち出したランナーはごく一部、その点についてマイは思い至っていない。

 プラモデルとは、箱に入っているすべてのランナーがそろって初めて全体が完成するもの。胴の部分のランナーのみを持ち出したということは、彼女の基準ではバラバラ死体の一部を移動させたも同じ。

 詩音はそれをおくびにも出さない。マイがそこに考えが至らないのは詩音にとって都合がよい。ようは面倒くさいのだ。

 ゆえの即答。ここまでの思考わずか1フェムト秒。

「そうだよ」

「だよね、やるよわたし……。背に腹はかえられないんだもんね……!」

 マイの右腕の能力でプラスチックパーツを炙り、柔らかくなったところで少しずつ、少しずつ延ばしてゆく。

 右脚で押さえ、右手で熱し、左手で引っぱって延伸する。

「んぎぎぐぎぎぎぎ!!」

「いいぞ、その調子だ。最悪破けたらトップスとボトムはセパレートってことにしよう。そういうデザインってことで押し通せる」

「うん、それは嫌。なんとかギリギリへそが出ないのを目指して……」

「おい手ぇ止めんな」

「だって詩音ちゃんが。んががががががが(話しかけるから)!」

「おいそこ透けてんぞ! ストップストップ!」

 そこでマイは気づいた。

「あのさ、これってわたしが熱して詩音ちゃんが引っぱったほうが効率いいんじゃ」

「ばれたか」

 やがて。

 すべての作業を終え、着てみる。着るというか、自らの身体を芯にしてプラモデルを組み立てる。

「こんなモナカみたいに挟む服なんて初めて着るよ」

「ぜいたく言うな、アタシなんか生まれてこのかたずっとおんなじ服だぜ? しかも一生脱げねえ。アタシだって一着ほしかったっての」

「あれ? でもドレスあったよね」

「装甲ドレス、な。あんなの鎧じゃん、服じゃねえよ」

 意外と乙女なのである。

 たとえどんなに着飾ったとしてもそれは戦闘のための衣装で、戦争に際した軍のいち装備にすぎない。なんの機能も持たない、着飾るためだけの服を詩音は着たいのだ。

 後ろ暗い陰に触れるとき、マイの無邪気な提案はとても心地がよい。

「じゃあ今度作ろうよ、詩音ちゃんのぶん」

「ふふ。アタシはいいや、ほかの子の胴を着んのは」

「その問題があった……。ん? やっぱり詩音ちゃんだって嫌なんでしょ!」

 じゃれる程度に揉めはしたが、一応の完成。

 袖部分、胴部分、スカート部分を決められた順番で合わせていくとワンピースになる。ただし、やはりへそは出ることになった。

「どうだサイズは。動きにくいとかないか」

「前後左右は分割されているから大丈夫なんだけどひねりがね、干渉するからちょっとしか曲げらんない。それより、合わせ目は溶かしてくっつけたから大丈夫として、この丈の短さはどうなの? もうちょっとだけどうにかならなかったのかなぁ」

 見た目は子ども服のワンピースを大人が無理やり着ているに等しい。上下セパレートになってしまった時点でワンピースではなくなっているのだが。

 裾も同様。1/10サイズでは膝ほどもある衣装が、1/7のマイでは熱して最大限延ばしたところで腰を一周するのがやっと、丈はさほど変わらず股下まで。

 この期に及んでマイは裾を下方へと引っぱる。

「くうぅぅぅ……」

「おいおいおい、今さら無茶すんな! それ以上延ばしたら本当に破れんぞ。大事なところが穴あきになってもいいのか?」

「くぅぅぅぅ!」

 フィギュアになってしまった我が身が恨めしいマイである。

 ふと、爛れたようになっている詩音の手をマイの視覚センサーが捉えた。昨夜燃えるマイの外装を取り払った際に若干溶融してできたものだ。

「ねえ、やっぱやろうよ」

「別にいいってば」

 マイの熱した右手で炙り、材料のもつ表面張力による自己修復能で元の状態に近づけようというのだ。

 これまで再三の提案を断られており、しかしちょうど作業を終えたところ。先ほど通過した東名高速道の標識は海老名SA、しかも渋滞が発生している。トラックの走行距離はまだまだ残っているはず。

 詩音の根負け。マイが熱し、詩音が熱っせられていない方の手で叩いて整形、毛羽立っていた箇所はおよそ平坦になる。

「それでも完全に元どおりとはいかないんだね」

「別にまんまでいいのに」

「ううん、駄ぁ目。改めて、わたしのためにありがとう!」

 マイは最高の笑顔を詩音に贈った。

 渋滞で間隔の狭くなった車両の幾つものヘッドライトが間接照明になって、車体上部を程よく照らす。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ツルガの自動人形工場は世界広しと言えど静岡のみ、この星にひとつ。栄や梅田、博多には地下基地があるものの、製造設備はない。それらは言うなれば保管庫、それらを拠点として海外へと派兵している。

 マイと詩音が向かった方角は東。静岡から西へ逃走するのは敵の只中、自殺行為と判断して選んだ東走。

 そこに広がるのはツルガの空白地帯。東京に人の本社機能はあれど、自動人形の基地はない。それは人口密度もさることながら、第2次スーパーロボトイ大戦の結果が色濃く影響している。

 そのため彼女らは東へと向かい、密かに空路で海を渡って。

 ソウルへやって来た。

 何度も訪れたことのある詩音は新鮮味がない。

「景色は変わり映えしねえなあ」

「そう? 看板はぜんぜん読めないし、道路は右側通行だよ?」

 マイと詩音は暗色のボロ布を纏って、直方体に剪定された街路樹の中を歩いている。日本でもこれが常套手段で、人口密集地域の自動人形の移動といえばこれ、とされるくらいには常態である。

 これらはもちろんソウル基地の兵が整備し、平時に用いている。交差点毎に尽きる街路樹ではあるが、端部まで行くとほぼ地下道が整備されており、信号の反対側へ抜けられることが多い。

 なお、この秘密の遊歩道の存在は都市部であれば万国共通である。

 フィギュアの身とあっては街路樹はまるで林か森。その枝の隙間から垣間見える街並みは、やはり異国なのだと感じさせるにはじゅうぶんで、マイのあごは先刻から上がりっぱなし、左右に振りっぱなしである。

「ここが大韓帝国なんだ、初めて来た。一番近い未知の外国。いつか来たかったんだぁ」

 一方の詩音は心底興味を持てない。

「何がそんなに珍しいんだか。それにほんとはアフリカ帰りなんだっての」

「んん?」

「うんにゃ、なんでもねえ。人が住まう集落なんてどこも一緒じゃね?」

「集落! 都市って言ってよ寒村じゃあるまいし。すごいんだから、人口密度なんて東京の3倍あるらしいよ?」

「フゥン、東京なんて製造されただけ、さっきトラックで通っただけだからわかんねえ」

 だが浮かれてもいられない。彼女らは追われる身なのだ。それを思い出したマイがこぼす。

「大丈夫かなぁ韓国、近すぎない?」

「しょうがねえさ、ここが一番便数が多かった。すぐに飛ぶのがあの便で、ちょうど拾ってもらえそうな女児がいたのも幸運で。ぜいたくは言ってらんなかったろ?」

「まあね。飛行機を降りたらさっそくわたしたちを無くしちゃって。悪いことしたかなぁ」

 後ろへ目線をやるマイの眼差しが淋しそうに見えたから、つい。

「あのまま、あの子のお人形のままでいられたらよかったのか?」

「うん、想像はしてみたんだよね。でも迷惑はかけらんないから」

 詩音は正確に予測できていた、マイの返答内容を。わかっていてもわざわざ口に出して確認したのは彼女の嫉妬ゆえ。自分たちは追われる身なのだと、マイの口からきっぱりと告げてほしかった。

 だがその無駄な確認は同時に罪悪感をも生む。本来なら不必要なそれはまったく詩音を癒すことなく、ただマイの表情を曇らせただけ。

 本当は心底女児といっしょにいたかったのだ、マイも、詩音すらも。そうした選択をする権利がもしあるのなら。

 コソコソ充電して、遊び遊ばれて。いずれ捨てられるのだとしても。

 期間が長いか短いかの違い、極論トイレットペーパーも宝飾品さえもいつかはゴミになる。買い取りという名の捨てられ方かもしれない。いずれにせよ、そのときが来るまでは平穏でいられた。

「さようなら日常。ううん、目覚めてからこっちずっとおかしなことばっかなんだけどね。本当は胸が張り裂けそう。でもね、どうしてかな。涙は出す機能がついてないんだって」

「マイ……」

 女児へのアプローチが空振りに終わった場合も一応は代案を考えていた。それは単純、旅客機の胴体に掴まる。

 トラックの天面ですら辟易していたところ、いくら1時間程度のフライトとはいえ、関節に不調を来している詩音には堪えたであろう。あるいは途中で肘か手首がついに捥げ、墜落の恐れも。

 ともあれ女児には狙いのとおり拾ってもらえ、短絡な行動でリュックにイン、手荷物検査は余裕でパス、両親に明かされる前に搭乗して、以降は意識の外へ。

 空港に到着して彼女がやっと思い出し、リュックを開けたときにはふたりは消えていた。

 マイと詩音のふたりが密航までして目指していたのはツルガ社の施設。ようやく辿り着いたのはソウル市にあるツルガの支社。

 この地にも博多などと同様で地下に基地があり、整備や修理のための倉庫や設備があり、駐屯地の役割を担っている。

 この基地を最重要拠点として、かつてソ連極東に存在した巣の撃滅に成功してから千年余り。日本以外の前線基地としては最古のもので、基地機能としては形骸化しており、もっぱら西アジアへの陸路の輸送拠点としての意味合いが強い。

 総勢420機からなる機甲師団が常駐するが、内訳は旧式化して一線を退いた退役予備役のロボトイで構成されている。そのため戦力的には他の基地の一線級より劣る。そんな支社をマイと詩音は訪れた。

 ビルのすきま、幅15センチ、高さ30センチ。それ以上ある大型の自動人形は通行できない秘密の非常口、そのひとつ。

 1メートルほど奥へ進むと行き止まり。そこで電脳を介して認証が行われ、ボタンを押さずとも壁面に偽装したエレベーターのドアが開く。

 箱に乗り、地下57メートル。

 つくりは単純だが堅牢そうなゲートには、フル装備の自動人形が配されている。

「補給と修理ですか。どうぞお進みください」

「ありがとうございます」

「ご苦労さん〜」

(さっすが詩音ちゃん、少佐殿なんでしょ? 顔パス?)

(んなわけねえだろ。自動人形なら誰だって出入り自由に決まってら。あれは蟲や小動物なんかを先へ行かせないためのゲート)

(なぁんだ)

 すべての自動人形が通信手段を失ったいま、もはや情報の伝達はほぼ口述共有にも等しい、接触による電送しか残されていない。人類の通信網を密かに活用するには、送る側も受け取る側もしばし時間を要す。

 そのもたつきをマイと詩音は利用した。追っ手が及ぶより先に地方の基地へと向かい、整備や充電、修理に部品交換を受けることにしたのだ。

 義肢保管庫担当官の案内のもと、マイが細かく区切られた棚から掛け軸のように引きだしては仕舞うのは、各種フィギュアの脚。

 太さや長さ、肌の色に個性があり、あれでもないこれでもないとマイが代わりに選んでいる。

「やっぱり詩音ちゃんのと近いパーツはないんですね」

「申し訳ございません、所属基地とアジア圏では事情が異なりまして。ご本人には憚られるのですが、星ノ宮少佐の原作は公開から10年以上が経ち、自動人形の生存数が減少しているのです」

「へぇ、昔は詩音ちゃんの同型機がたくさんいたんだ」

「はい、今やあの方が星ノ宮詩音型の最後の1機です。まず一般販売の生産数があり、魔改造される自動人形数があり、その下に用意できる交換パーツ数があるのです」

「なるほど、だから新しい作品の部品しか置いてないんですね」

 これからそれを装着するはずの当の本人は意外にも興味がない。両脚を外しては自力で移動ができないため、別の懸念について思索中。

 義肢担当官が社交辞令で持ち上げる。

「正直フィギュアのかたが羨ましいですよ、手足であれば完全互換でなくともそれなりのパーツが手に入りますから。我らロボトイはそうは参りません。同じツルガ製品であっても原作や設計者が異なれば大きく機能を損ねます。外見だけならまだしも、重量バランスが狂えば戦闘にも影響しますので」

「考えたこともなかったです。あ、もしかして、フィギュアに肌面積が多いのは」

「そうです、調達性。フィギュアの自動人形採用は商品市場の拡大が最大の要因ではあるものの、部位交換の容易さ、緊急時における抜群の互換性により数多の戦場で我々を勝利へと導きました。っと、ありましたね24J-3969、こちらです」

 マイは預かった詩音の左脚と、型番を告げられた方とを見比べて。

「ははぁ。ムムム、これか。これだと長さは一緒っぽいけど付け根で段差ができちゃうか。決めました、じゃあやっぱりさっきのにします」

「承知いたしました。では同型の右脚をお持ちしますね」

「お願いします」

 担当官が右脚の棚へと向かい、マイは左脚を取りにいき。脚を外して動けないでいる詩音に見せにいく。

「ね、詩音ちゃん、純正とはちょっと違うけどこれ、いいと思わない?」

「なんでもいいっつったがそれか!? いやでも、なんか太すぎくねえ?」

「太くないって! むしろ今はこっちの方が流行りなんだから」

「そうかぁ?」

「そうだよ」

 心底疑う詩音の声音に、半ば確信犯的にマイは全面肯定してみせる。

 この際だから彼女をプロデュースしてみたい。もはや博多に保管されてある彼女のパーツストックには拝むことすら許されないのだから。

「詩音ちゃんの場合は胸が控えめなんだし、こっちでアピールしとかないと」

「アピールって」

 またかと、詩音は首をぐるりと回してから反論する。

「あのさマイ。万にひとつ、アタシらが人目に触れるときは消し炭かバラバラなんだ。人目をはばかる戦闘用自動人形がいったい何にアピールするってんだよ」

「そりゃあ敵と味方でしょ。戦国武将は着飾って戦場に出てたって言うし。西洋は甲冑がまるで美術品のよう。アメリカ先住民の羽飾りやフェイスペイント。なにも権力や財力を誇示するためだけじゃなくて、その側面はありつつも、死装束っていうか、生き様と、死に様を魅せるための戦闘装束なんだよ」

「ほ」

 密かに感嘆、妙にマイの説明が腑に落ちた。

 これまでこの類いの口論では一切なかった、矛盾を抱えていた電脳内でカチリと回路が繋がった感覚。なるほど、博多の戦友の説得よりはよほど合点がいく。

 あらためて思い起こせば詩音にもおぼえがあった。いつ死ぬかもわからない兵のただひとつのこだわり。どうせ同じに果てるのであれば、果てるのを心待ちにするほどの見事な傾奇っぷりで臨む。

(……なるほどな)

 ただ剣山のように武装を外付けするのは違うと常々感じていた。出撃に際しては必要な戦術に向けて、自分らしく、かつ格好よく、世界観も作品準拠で。前線でない基地周辺では、ミキシングビルドはやむを得ない場合を除き禁止されてもいる。

 それが自分なりに我が身を着飾ることにも通ずるのであれば、是非もない。

 いや、詩音の美的感覚はマイのそれに近い。おそらくは死生観がそうさせる。兵士の本質、魂の色みたいなところでもこの娘とは繋がり合えるのだと嬉しく思う。

 それはおくびにも出さず、仕方がない感を大いに装いながら。

「アタシの場合ほとんどスカートで隠れるのにさ、そんなもんかねえ。貸してみな、適合するかチェックすっから」

 本来これほどゆったりはしていられないのだ。適合するのならすぐにここから離れたほうがいい。

 なぜなら、あまり時間をかけているとヒトが使う通信手段によりマイのことが露見してしまうからだ。

 静岡の残存兵がヒトの通信手段を用い、全世界へクレアマリスを指名手配するのはおそらくもう行われている。あとは情報を受け取る側がいつその手段に気づくかだけ。

 長時間通信が途絶えていることから発想してヒトの通信手段にアクセスしてみるか、伝令兵が直接飛来して口述するかのいずれかで、追っ手は後ろから彼女らの肩をたたく。

 とくに後者はすでに発っているに違いない。ソウル基地であればほんの数時間、その数時間をフライトで費やしたためおそらくはあと数十分。

 マイと詩音が残されたわずかな時間でいかにして武装するかに思案するなか、整備場に基地司令が姿を見せた。

(ぐ! もう来たの追手!?)

(いや待て…………)

 もしふたりを捕り押さえるのであれば強襲が手っ取り早い。いまはすべての武装解除にも応じており、丸腰でもある。

 内蔵兵器を加味しても、機動の制限される閉鎖空間内、旧式とはいえ基地の精鋭をもって当たられれば今度こそ危うい。

 だがやってきたのは基地司令と文官の2機のみ、伏兵は無さそう。両腕を広げて歩んでくるのは歓迎の明示と映る。

(雰囲気はそうじゃなさそうだ)

「ご無沙汰しております詩音さん、ようこそソウルへ」

「ああ、久しいな」

(ほぇ)

 基地司令ともなれば師団長や軍団長ばかり、将官が少佐にへりくだるのは順列が逆なのであるが、かつて同じ隊に所属した上官と部下であるため言葉遣いは当時のままである。

(詩音ちゃんの知り合いなんだ。昔なじみ?)

「ヒトのニュースを見ましたよ、此度の静岡本社は大変でしたなぁ。なにか状況などご存知ですかな? と言いますのも、本社機能が停止してからこっち、あらゆる場所との通信が完全に断絶しているのです。前線や他の基地へ連絡員をいくらか派遣しておりますけれど、近場の第一便がやっと行って戻った程度でして」

 詩音はマイに、司令には見えない角度でアクセサリーを明滅、モールス信号で合図を送りつつ返答する。

「本社には行ってねぇんだ。アタシらはアフリカ辺りからきたらしい蟲どもを迎え撃って出撃、大連近郊まで出張って、ちっとポカやってやられちまってな。こいつは頭部に被弾して電脳がパーになっちまって、今は識別信号も出ねえ」

「ほう」

「は、初めまして、沢村マイ少尉です」

 階級を少尉と偽った。元の階級など使えるはずもないし、ほどほどに高ければそれなりの武勲もいる。いずれかの戦場は経験していなければならない。

 相手の興味をひかないためには、面が割れていないことも手伝うことから新兵であるのが安全と思われた。

「他は帰らせたんだが、深センも博多も遠くてな。こっちに寄らせてもらったんだ」

「それはそれは。あなたほどの自動人形が手傷を負うなどと」

「わたしが足を引っぱったんです、それで」

「なるほど」

 司令はマイを一瞥し、すぐに逸らす。

 やはりフィギュア、それも得体の知れない者については快く思っていないことがわかる仕草である。結局は軍隊、階級つまりは戦闘での実績こそが己を立てるただひとつの証なのだ。

「しかし合うパーツなどありましたか」

「んまあ、がまんはできる」

「すみません、次までに少佐殿おひとりを構築できるパーツを一揃えさせておきましょう」

「なんだァ? アタシに全とっかえするほど負けろってのか?」

 その反応は予想していなかったか、大仰に笑ってみせ。

「いえいえ。ですが近頃は手強い相手が増えていますからな。四肢のいずれかを欠いた影響から少佐殿を失うわけには参りません」

 詩音が前のめりになる。

 彼女は話題がシベリアの新種に及んだと察した。だが微塵も疑われたくないと考えた詩音はすっとぼけを決めこみ、的外れな予想と、クレアマリスが引き連れてきたアフリカの大型昆蟲の線で話を進める。

「たしかに今回のやつらが手強かったのは認めるが、残党だったんだろ? 英雄クレアマリスが最後の巣を壊滅させた今、恐れるものは無くないか。それとも、メス化する個体が現れたとでも?」

「いいえ、メス化の懸念はないと考えます。やつらほど高等な生物になると成体であらずともオスからメスへの完全変態は不可能でしょう。然るべき段階で分化ののちは固定です。兵器に不都合な発展性は持たせないに限りますからな、我らのように」

「なるほどな、一理ある」

 テラフォーミング完了後は、今度はテラフォーマーを駆除しなければならない。巣と女王さえ破壊してしまえば済む現仕組みは、フソロトゥス星人にとって都合がよい。

 ここで司令が場の空気を変える。

「ですが……」

 これまでの、かつての戦友が近況をたずねる内容を離れ、戦場にいる緊張感を醸しだす。

「はぐらかしにかかるとは、すでにご存知とみえる」

「あァん? なんのことだよ」

「それにこの基地を訪れた本当の理由は……、まあいいでしょう、こちらも同じく苦境に立たされているのです」

 すでに素性は割れていた。その相手に対し司令はまるで自らが新兵のように、苦しい境遇を吐露する。

「実はですね、昨日までなら少佐殿と一戦交えなければならなかったのですよ」

「ほう、昨・日・ま・で・な・ら」

「ところが今朝になって状況が一変しまして。新手が現れたのです。それだけならままある。それだけじゃなかったのです。ですから先輩にお力添え願えればと」

「なにぃ?」

 星ノ宮詩音とは、それほどまでのトップエース。敵に回せば巨大な障壁となり、味方にしたなら一騎当千の戦姫となる。

 同じ設計で同じAIを搭載したにもかかわらず、なぜかどの戦場に投入しても必ず生き残るイモータルエラーのひとり。

 強大な敵が迫るなか、ソウル司令は謀反者詩音と組むことを選んだ。

「あんたは昔っから自分に都合のいいときだけ先輩先輩って」

「そう仰らず。この新手、普通ではなかったのです。まったく普通ではなかった。派兵先からどうにか帰還したロボトイの視覚映像があるのですが」

「新種のか?」

「はい、それがこちらでして」

「これは!?」

「?」

 詳細データは電脳で共有される、ただしマイを除く。回線の問題もそうだが、蚊帳の外ゆえ。

 マイに対する徹底したぞんざいな扱いは、ソウル基地側に正当な理由がある。詩音の紹介が雑だったのも悪いのだが、偽った階級が低すぎたのも理由のひとつ。ここは軍隊、階級を常時明示していない者が本来ウロウロしていていいはずもないのだ。

「細部は異なるものの、どうやら化石で見つかる古代の種と特徴が酷似しているのです。ここを見てください、より凶悪な爪。禍々しい角。この星の温暖化で永久凍土が融解しつつあるという人類のニュースを目にしたことはありませんか?」

 妙な問いかけに詩音は首をかしげ。

「温暖化ァ? 急に話が飛んだな? まァ、あるっちゃあるが」

「敵は大挙して攻めてきました、北から。これは推測も含むのですが、古代の巣が氷の下に残っており、つまりは女王蟲がシベリアの永久凍土の中から蘇って、また産卵を開始した可能性が——」

「あるってのか!? この、本社工場が跡形も無くなっちまった状況下で!?」

 ようやく話がつながった、そう詩音とマイは覚った。

 クレアマリスが引き連れてきたアフリカ最奥種は、司令が歯牙にもかけないように今後障害とはならないだろう。放っておいても数は減る一方といえる。これからの脅威は恐らく古代シベリア種。

 詩音からもたらされたひとことは司令を納得させるには十分だった。

「そうだったのですか、本社は跡形も」

「ああ。あそこまでやられちまっちゃあ工場は再起不能だろうぜ。ったく、こんな時のためにバックアップが必要なんだろうが」

「しかし、それは——」

「わかってる。わかった上で文句を言わなきゃ収まんねえんだ。人類は決して味方じゃねえ、むしろ。覚悟しろよ、もう二度と物資も新兵も届かねえからな」

「それは自動人形の大倉庫たるソウル基地にとって何よりも恐ろしいことです。ですが現実なのですね先輩」

「ああ、こっからの戦いは地獄だぞ。こうなると新種のやつが厄介この上ねえな。もっと教えろ。詳しいんだろ、図面だけじゃねえもんを」

「では、続きは場所を移してから」

 声のトーンが徐々に上がり、まるで口論するほどになっていた。自動人形払いしているとはいえ、このような込み入った話は本来格納庫で行われてはならない。そこで基地司令の方から仕切り直しの提案がなされ、マイ一行は飲んだ。

 通されたここは基地司令の私室。

「どこまで話しましたかな。もっとも堅牢とされるアフリカ種よりも硬く、アジア種よりも速い。我々はやつらを古代甲蟲と呼称します」

「古代甲蟲……!」

 マイが戦慄するが、詩音は吐き捨てる。

「まんまじゃねえか」

「自動人形は今、本社が危ないとの連絡を受けた後どこも天地をひっくり返した騒ぎですけども、ヒトの方は今、ソビエト連邦中央の地方都市が丸ごと壊滅したのではないかとの憶測が、まことしやかに報道されておりましてな」

「壊滅だって? ヒトの都市がか?」

「はい。被害はシベリア地域にとどまらず、蟲の最前線はすでにこの半島にまで達しているのです。現在もっとも被害を受けているのはソ連でして、中国もかなりの損害を出しているもよう。大国の弱みを外に出さない体質により、つまびらかでありませんが」

「中国かソ連はすでに核を使ったろ。そんな振動と不穏な雲を機内でみた。しかも効果なし、だったんじゃねえのか?」

「どうして効果なしだとお分かりに?」

「だってそうだろ、あんたがそういう顔してる」

「参りましたね、顔に出ていましたか」

 ロボトイに表情などない。

「ヒトの核で止まったってんならこうして議論なんか必要ねえ。マイとアタシを始末してそれで終わりさ。なぜかそうしねえ理由と、なぜか差し迫った状況。だったら効かなかったんだろうさ」

「まったく効かなかったのではないようです。ただ効力が薄すぎた。自国の土地を汚染してまで放っておいて、ほとんど効果がないとあっては。その後の使用がないのはそのためのようです」

「単純な衝撃と熱には強いってことか」

「それと放射線も効かないみたいに聞こえたね」

「まあでも最後はありったけぶっ放すさ、ヒトはしょせんヒトだろ」

 その新手の存在は人類に知られつつあり、さらに被害が拡大することがあるなら、とくに西側に属する国が攻撃されれば一挙に広まる可能性が高い。

 このままでは自動人形にとって非常に不利な状況に陥ることに、詩音は警戒感を示す。

「しかしまずいぞそれは。せっかくこれまでアタシらが隠密行動に徹してきたってのに」

「ええ、最終局面で盤をひっくり返されたのです。いいえ、蟲がまだ他に潜んでいたことが判明したので終局とはまるで違ったのですが」

「仮想敵の遷移、軍備増強、世論の戦時化、一般人類の再軍備、軽くなる核のボタン。アタシらに都合の悪いことはいくらでもある」

「?」

 マイにはふたりが話している内容を正確に咀嚼できない。

「この基地は今回静岡のみならず、同日に北へも兵を向かわせたのですが。北へ向かわせた調査団が戻らんのですよ。増援も十分すぎる数を送ったつもりでした。しかし還らず。まだ交戦中か、あるいは」

 通信途絶の影響がここにも。

 兵の増減、敵の情報その他はかつてなら立ちどころに。そのはずが、強大な敵との遭遇を前にして通信網を失ったことから、以降基地丸ごとが孤立状態に。情報の伝達に関しては今や人類の近世ほどは一時的に後退している。

 ともあれ、ソウル基地の置かれた状況は詩音が期待していたものとは程遠い状態らしく。

 司令からは思いがけず最後通牒が。

「どうやら少佐殿はちょうど悪いタイミングで来られましたなぁ。今晩にも更地になるこの基地と運命を共にしてもらわねばなりません」

「大げさな」

「いいえ、昔の恩人に使う二枚舌などありませんよ。未確認ながら朝鮮半島の北半分はすでに無人となったようです。食い尽くされたものと」

「えッ!?」

「ふむ、そうか……」

 驚くかと思われた詩音の意外にも冷淡な受けとめに、マイは違和感をおぼえた。

 兵士の損耗に対し佐官がいちいち憂いていられないのは、戦場においては理解を示せる。そうフィーナが解く。

 だが一般人が。街が。対する詩音のあまりの無感情さにマイはいくらか収まりの悪さを感じた。

 ソウル基地司令は続ける。

「ピョンヤンから生還した兵によりますと、何やら正体不明の塊が山とある以外はヒトも建物も見当たらないそうで」

「なんだそりゃ、クソか? 食ったからクソした」

 せめてふんと表現してほしいと思うマイだが、場の空気と事の深刻さに言い出せない。

 基地司令が追加の情報を送信する。

『こちらがムービーです。ヒトの代わりに我が物顔で闊歩していたのがこの、巨大な甲蟲群でして』

「すんげえ数じゃねえか……」

 信じがたい話である。都市といえば通常、数万人からのヒトが住まう集落を指す。それが他へ詳細を伝えきれずに滅ぼされたなどと。

 だが見せられた超望遠のガンカメラ映像は、ドットの甚だしい荒さながら全面肯定している。

「周りに知ってるもんが映ってねえから対比できるもんがねえな。実際のそいつはどんだけの大きさなんだ?」

「ヒトを捕食するのに苦労しないほどです。逃げられない状態にさせ、ひと噛みで絶命させられる。およそ小熊ほどは」

「小熊!?」

 現代に棲息する甲蟲はほぼ無害化できている。アフリカ最奥種を討ったいま、世界に分布する甲蟲は危険度ランクの定義から外れつつあり、甲虫と改名される日も目前であった。

 それが古代甲蟲の出現で一変することになる。現代の甲蟲の古代種、凶悪かつ巨大な甲蟲は自動人形にとって最悪の脅威となりうる。とうてい技術レベル1で対抗できるとは思えない。

 電脳の情報にさらなる追加が。

 甲蟲の三面図に対比するよう成人のヒトが表示された。

「1メートル50センチ、だと……!?」

 これを大きいと恐れるか小さいと侮るか。鋼鉄にも等しい外殻をもち、それを支えて余りある膂力の節足。

 たかが10センチの群れにアフリカは毎年数万人の死者を出すほど苦しめられてきた。

 アフリカ駐在のロボトイはAPFSDS弾を通常弾として装備、それとて芯を外せば致命とならない。アーマード兵推奨の任地と限定しても毎年かなりの数を損耗していた。

 今回の静岡で混ざっていた40センチの個体。マイの必殺技でどうにか斥けたが、適切な装備を持たずに防衛に当たった静岡の兵はあわやという場面だった。

 ではそれが1メートル50センチであったなら。

 結果はすでに出ている。わずか一昼夜でウラジオストクからピョンヤンまで。もちろん自動人形あるいは人類の抵抗込みで。

 これが距離として間接で観測できた戦力差である。端的に、自動人形は古代甲蟲の敵たりえない。ヒトもまた同様である。

 マイと詩音が戦慄するには1メートル50センチは十分な大きさであった。

「そんなに……!?」

「だからこの基地は自動人形が出払ってんのか」

「ええ。こちらが補足映像になります。ヒトの動画サイトのものですが」

 一部のヒトが携帯端末で撮影したものを動画サイトへ上げていた。自らの危機を、地方都市の滅亡を伝えるそれは、だが多くのヒトはCGによる娯楽作だとして冷笑する風潮。一連のSOSを伝える作品群は映像集団による仕掛けだと。

「ひどい……」

 マイは絶句し、詩音の指摘は的を射る。

「これじゃ映画と誤認するのも無理ねえな」

 ヒトの世論はまだ気づいていない。甲蟲の存在を正確に、敵だと認識できてはいない。

 だがついに露見したのだ。同様の映像はやがて溢れるだろう。人類の一部はすでに重く受けとめているはずで、組織的な軍隊による反抗もおそらく明日には。

「蟲どもの津波は時速30キロほど、人口密度が上がる地域を通れば多少遅くはなりましょうが、ここへもじきに」

「ふぅん、じゃあ戦わないとだね」

(マイ!? おま!?)

 詩音は接触回線で問いただす。データでのやり取り、会話でないことから一瞬で多くの往復ができ、密談には都合がいい。

(正気か?)

(武器庫を開けてもらうにも参戦の意思は示さないとだし、もし本当にすぐ攻めこまれるんならその時に抵抗できる装備はいるでしょ。もらっといて損はないよ)

(だが? それで万が一にも損傷するわけにゃあいかねえんだぞ? ムダ弾も撃てねえし。それに日本からの追手はこいつらと違って向かってくっぞ)

(じゃあそれまではってことで、混乱に乗じて。多少貢献してあげればWIN-WIN、でしょ?)

(むぅ……)

 マイの言うとおりではあろうが。それはすべての歯車がうまく噛み合ってのこと、少しでも空転すれば全体が瓦解する。だが途中まで戦ってみせるのは詩音も賛成ではあるので。

 ここまでの密談と思考は1フェムト秒、相手が違和感をおぼえない間で続ける。

「まあ、素性が割れた以上ここを離れにゃならんが、古い義理はある。それに蟲のほうからやってくるんであれば斃さねえ理由はねえ。アタシらにとって蟲は天敵だが、アタシらもやつらにとって天敵であり続けなきゃだよな。これは自動人形の本能とでも言うべきものだろうさ」

 詩音はあごをついと上げ、司令の顔をのぞき込む。

「だよな?」

「これは頼もしいですな。この基地で刷新された脚がヘソを曲げて誤作動を起こさないよう、どうかご助力を賜われますれば」

「言うようになったなエルドラド・ライター。金色の主と言われるだけのことはある」

「恐縮です」

「金ピカで眩しいっつってんだよバカ。あんたよくそれで隠密行動できるよな、感心するぜ」

「重ねて恐縮です」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 数を大きく減じたソウル基地で決戦に向けた会議が開かれる。

 元々の戦力は1個師団およそ400機超。本社には1個旅団、甲蟲には合わせて3個旅団を向かわせており、現状残るのは1個旅団と守備隊のみ。兵站が専門の準自動人形を除けば総勢70にも満たない寡兵となる。

 どんな重装備をさせてもわずか畳2畳に集まれるほどの軍勢で、これから1メートル50センチの体躯からなる巨兵群を迎え撃たねばならない。

 そんな絶望的状況にも関わらず、詩音の気分は晴れ晴れとしたもの。特攻に挑むにも似た、清々しさで参画している。

(なるほどな、通信が分断されると会議の形はこうなるのか)

(普通だね、普通の会議だね)

 電脳を突き合わせて会議するのが自動人形の通常、しかし通信を失ったのであれば人類よろしく顔を突き合わせて議論をせねばならない。

「あれらは遠くシベリアの奥地より飛来した新種のもの。永久凍土が融解し、下から古代の営巣地が活動を再開したものと推定されます」

「数億年もの時を越えてか。まさかそのようなものが現存したとは。しかも考えうる最悪のタイミングでの復活だ、頭が痛い」

「現在は夜間の気温低下により浸透はほぼ停止しているもようです。昨日観測した進軍速度から予測しますと、昨夜時点で赤い線で図示した辺りにまで甲蟲は迫っているものと考えられます。すでにヒトがよぶ北朝鮮という土地全域と連絡が取れない状態に陥っており、今日にも朝鮮半島全域が、および海岸線沿いに北京にも進出するのではと」

「恐らく根拠地から放射状に展開しているのだとして、ソ連はどうなっている?」

「不明です。およそ同程度浸潤しているとして、今日にもモスクワに到達するのではないかと」

「情報が共有されにくい地方都市を抜けて大都市へ、か。いよいよだな」

「フランス基地に連絡が取れればな。救援は送れずとも身構える時間は作ってやれた」

「フランスに蟲どもが到達する前にここは廃墟だぞ。まずはここ、今この難局をどう打開するかだ」

「左様、西へ逸れた群れに関して気を揉んでやれる余裕はない。もはや我々でどうこうできるものではないのだ。欧州についてはフランスやスペイン、アジア圏についてはシンガポールや深センに任せるより他ない。ここなのだ、この半島をいかに防衛するか」

「ツルガ社全体として考えるならば、本社を失った今、日本へ流入する蟲を押しとどめる意味はありません。むしろ素通りさせ、日本へ入るだけ入った時点で海上封鎖する方が効率的です。今後水際作戦で事足りますれば」

「だがオーサカやナゴヤに残る物資はどうなる。あの地にあるものをいくらか融通してもらわねば」

「それとて一時のこと。すぐに倉庫は空になるぞ」

「ちょうどよいではないか、この戦いで間違いなくロボトイの口は減る。減れば——」

「減ったところで供給は尽きているのだ、いずれすべての自動人形は動かなくなる。早いか遅いかだけの話だ」

「だとしてどうする、蟲は。次は古代甲蟲などと。本社襲撃犯はこの状況を想定していたのか? もしや利用したのでは?」

 会議は進む、読んで字の通りロボトイの間で。

 マイと詩音は入室は許されているが発言できる立場にない。テーブルにつけてはいないのだ、会議場には入れてもらえただけ。

 事実マイと詩音以外のフィギュアは蚊帳の外、出撃に際してはフィギュアの方が大多数を占めるにもかかわらず。戦う方針に決定権をもつ者はロボトイのみ。

 詩音の名声とソウル司令の口添えがあって初めて入室許可をもらえている。末席にすら座れていない。

 クレアマリスほどの存在であればわけないところ、最初に自分たちから告げた手前、少尉扱いのマイは補佐官の位置づけ。ただただ壁際で立たされている。

 それゆえの手持ち無沙汰。マイは自らのかかえる懊悩を、隣に立つ詩音に打ち明ける。

(ねえ詩音ちゃん)

(んう?)

(本社さえ無事なら武器弾薬や自動人形そのものの生産で対抗できた、よね)

(あん? まあな)

(だったらこの絶望的な状況って本当はわたしのせいなんじゃないのかな? 記憶を失っただけで、本当はわたしが本社を)

(それを今さら考えたってしょうがねえさ。あんたはあの一件の被害者で、いまは追われてて。もっと単純に考えなって、多少戦ってやればあいつらも納得する。日本から追っ手が来りゃ逃げればいい)

(それでいったい何になるんだろ。わたしひとりが討たれればそれで丸く収まりそうな気がするのは気のせい?)

(おいおい、ふざけんのも大概にしとけよ……!)

 詩音は怒髪が天を衝くところを、しかし会議の邪魔をするので爆発すんででとどめおく。

 一拍おき、わずかに冷静になってから続ける。

(いいか、少なくともあの場においての正義はこちら側にあった。それを信じて戦ったアタシにこんなこと言わせんな)

(ごめん……)

(謝るくらいなら最初から言うんじゃねえ。それに今、あの時だって、あんたひとりが全部済んじまった後に討たれたところで古代甲蟲は止まっちゃくれねえ。だったらただの1兵としてでも参戦しなきゃな。1体でも多くの古代甲蟲を倒せ。あんたが本当にクレアマリスなら、かの英雄クレアマリスってんならさ、アタシらフィギュアの可能性を今一度示してくれ。一度はできたことなんだ、もう一回くらいできるだろ?)

(詩音ちゃん……)

 静岡で40センチ級を打ち破った程度でなく。

 かつて全戦闘用フィギュアを救ってみせたほどの。

 ほぼフィギュアのみが参加した戦役であったためにナンバリングに加えられてはいないが、かつてあった大戦に引けをとらないほどの一大作戦が過去にあった。彼女の台頭以前のフィギュアは準自動人形扱いであった。

「——無いものから順に弾薬、武器、予備の四肢。逆にあるのは生産機です。最悪共食いしていけば前線は保てます」

「共食いか、世も末だな」

「保てるだろうが、いつか各基地で胴体が余ってしょうがなくなるぞ」

「いいや、そうはならん。たしかに市販品を流用することはできん。携えたところで、接続したところで動きだしはせんからな。だが、これからの戦場では腕や脚を残して死ぬことも増えるだろう。共食いを前提とするのならば、むしろ腕や脚は余るのが未来だ」

「武器も同じだとして、しかし弾薬は近い将来に尽きる。各基地に十分な量が保管されているとしてもいずれは。やがて兵士の命よりも弾薬のほうが価値がある、そんな冗談も現実になるかもしれん」

「ッハ、そうなれば世も末どころか破滅だな」

「全員に現在持ちうるだけのAPFSDS弾を配布して、どれほどの効力があるかを算出しました。もちろん、使われないままに減損する数を考慮する必要があり、その数字はこちらになります」

「ムゥ。ある程度の集約は必要だろう。まったく持たない誘導班と、遠くから仕留める狙撃班、それぞれの役割に徹すればあるいは」

「自由に戦場を渡り戦う遊撃班も必要だな」

「やはり最後は固有の内蔵兵器がものを言うか」

「であればフィギュアどもは用無しだ」

「そのときは盾にでもなってもらおう。自律誘導防楯になってもらえばよい」

(好き勝手言いやがって……!)

 詩音が内心渋い顔をするなか、異なる口から発言が飛び出した。

「それでも蟲の津波は止まりませんよ。わたしたちを容易く食い破ります」

「む」

「なにィ?」

(マイ!?)

 全員の視線がマイを向く。

「無慈悲に、執拗に——」

「黙れ副官! 発言を許した覚えなどない!」

「本来なら貴様程度の者はここに入ることもできんのだぞ!」

 それでもマイは怯まない。

「冷静に、わたしの話を聞いてもらっていいですか」

「っは、フィギャーごときがなにを」

「この場で発言権があると思うな外様め」

「ッ……!」

 詩音が怒りに任せて助け舟を出そうとしたその時、あらぬ方向から救援がでた。

「いや、むしろ聞こう」

「司令!?」

 エルドラド・ライターである。

「我ら自動人形は今や存亡の危機に瀕している。実感がまだ追いつかんが、な。母星はこの星への技術投入レベルを1に設定し惑星改造に着手。これまでの視察は一度行われたのみ、以降は未定。唯一の自動工場は破壊され、補給物資は永遠に届かず、新兵の補充もまた永遠にない。この基地の一線級はすでにこの世になく、二戦級が残るのみ。つまりはここに在るだけだ、ここに在るロボトイとフィギュアが倒れればそれまで。倒れずとも、弾薬を使いきれば戦えなくなる者は多く出よう。考えねば。これからどうするか。何を為すか。だが何をするにせよ、時間が足りない。あと3時間で夜が明ける。明ければ蟲どもが蠢きだす。考えるための時は稼がねばならない。時を稼ぐには、何者の意見であっても私は妨げない」

「ムゥ……」

 ロボトイたちは上官の戒めにぐうの音も出ない。

 マイにはヒトであったときの記憶がある。アフリカで何もかもを失ったあの日の光景を、彼女は少ないながら思い出せた。それは忌まわしの、本来なら思い出したくもない過去。

 自動人形は撤退できるから。形勢を立て直して再侵攻できるから。

 ヒトはいつも襲われる側だった。逃げ場などなかった。国境という見えない線で土地に縛られていた。天災という理不尽にされるがままだった。

 マイはわざとらしく瞬きをし、ぐるりと見渡してから。

「かつていた、国境のない医師団のメンバーを親にもつヒトの子ども、その者の話をします。彼女が見た地獄絵図。あの小さなバッタですらヒトを食べることがあるそうです」

「なにを宣うかと思えば。ハッ! 関係のない——」

「関係があるか無いかはマイが決めることだ。上官はさっきなんて言った? あんたらは黙って聞けよ、頼むから」

 詩音の諭しに、ロボトイの身でありながら舌打ち音を発した。せめてもの抵抗といったところか。

 マイが続ける。

「あなた方の議論は戦術しか見ていない。ただの一度打ち破って見せたところでどうするんですか。向こうは津波のように想像もできない質量で迫ります。わたしたちは路上の小石で、向こうはスチームローラー。この中にヒトの間で昔から恐れられる天災のひとつ、蝗災こうさいを知るロボトイはいますか。虫へんにすめらぎと書くそれは正しく蟲の王による大災害。さっきから言ってる津波ってわかります? 容赦ないんです、根こそぎ、あらゆるものを掻っ攫ってゆく。まさにそれは蟲による津波。原種とでも呼ぶべきあの古代種がそれをやる……。10センチ級ですらあれだけの被害、それが1メートル50センチ級であったなら……」

 マイはひと息入れたが誰も発言をしない。誰も彼女を妨げない。

「わたしはかつてイナゴの生態を調べたことがあります。定住する種の中からある日を境に突如発生する強化種。生息密度の高まりから諍いが起き、個体同士が衝突を繰り返す過程で体組織は強化され、体色は黒色ないしは黄色化。そのほとんどは黄と黒のまざった警戒色を帯び、攻撃的になり。やがて群れをなして移動を開始します。新しい定住先と、食料を求めて」

「…………!」

 内容については居並ぶ全員にインプットされるものだとして、マイのヒトとしての語りを正確に捉えたのは詩音のみ。

(そうか、ヒトは昆蟲を観察してきたか。対して我らは効率よく数を減らすための研究はすれど、執着をもった調査までは。しかもこれまでに経験のない原種となると。にしてもマイのヒトとしての記憶、あれは本物である可能性が? ある?)

「あれらがもし波として襲ってくるのなら。大顎おおあぎとによる咀嚼はヒトも建物も、あらゆる物質をエサにするでしょう。もちろん自動人形も」

「天より来たりてあらゆるものを更地へと還す、宙よりの使者、か。縁起でもねえ」

「古代種が現代のイナゴと同じ行動をとるのなら勝機はあります。彼らは通り過ぎるのみ、極論前に進むだけ。同じ生態ならという前提ではありますけども」

「そのような不確かな情報で軍が動くとでも? ハッ、話にならんな」

「して対策は? それがあらねば戦えませんが」

「おそらく全てを迎えうつのは難しいでしょう。善戦を期待するとして、まともに争えば最後の一兵がどちらの陣営かという戦いになる。だから受け流しましょう後ろへ、それしかない」

「誇りある我らが蟲どもに負ける? だと?」

 ソウル司令は1枚の画像を全電脳に転送した。

「初めて目にしたとは言わせんぞ。これが現実だ。たったの1枚の画像でここに居並ぶ自動人形の10分の1は存在する。ほんの一角、街の片隅で、だ。いち都市を襲う規模はおそらく、数十万個体にも達する」

「数十万……!?」

「朝鮮半島を通過中の全体ならその百倍に達するだろう。シャンハイにも同数が向かっているはずだ。モスクワにも、インドにも。たったの数十万で済むんなら御の字だな」

 エルドラド・ライターからのマイへのパス。彼女はこれを受けてとどめを刺す。

「ではどうやってその数の差をひっくり返しますか? 体格だってわたしたちよりよほど大きいのに? これまでに投入した3個旅団で勝てなかった相手にどうして1個旅団で勝てると? 負けるかもじゃないんです、すでに負けているんです。決して勝てない。だったら」

 今一度全体を見渡す。

 今度は目が合う。一堂に会した面々はマイの一挙手一投足に関心をはらう。

「どう負けるかを議論しませんか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。