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第3次スーパーロボトイ大戦・改  作者: おれごん未来


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第3話 裏切りの発覚

 作業を部下に任せ、ひと休みしているのは詩音。彼女の関節はもう、メンテナンスをしない限り役に立たない。早くは動けても重いものは持てない。

「ん? なんだ? 地震か?」

 ロボトイ軍団は人知れず、残骸の処理を。友軍は後回しに、蟲が最優先である。

 最悪ロボトイの部品は拾われても構わない。それを調べて自律稼働可能な自動人形と見極めるのは、人類にはまだ不可能である。巧みに隠蔽されており、せいぜいが電飾を仕込んだおもちゃとしか判別できない。動いている場面さえ発見されなければよいという考え方はここからきている。

 一方で、アフリカ最奥種はまだしも、今回初遭遇となった異様な大きさを誇る甲蟲は一目で新種とわかる。人類にとってはまだ未知の生物、絶対に知られるわけにはいかない。

「プラスチックが溶解せず、崩壊した、ですと?」

 詩音に対し詰め寄るのは部下。

「ああ、あんたらは見逃したか? その通り、粉になって崩れてったな」

「粉に……!」

 それがどれほどの事件なのか、もちろん詩音にもわかっている。単純なエネルギーではない。

 何次元のエネルギーがあの一瞬に込められていたのか。それで見た目にはダメージの認められないマイ。

 あれからただ立って微動だにせず、話しかけても曖昧な返事をするだけ。周りが忙しく動くなか、ただ立ち尽くしている。

 その背中を遠巻きに、詩音が眺める。

「それを為したのはあの輝ける手刀だと」

「ああ、昏き極光とか言ってたっけ」

「腕に入った情報を使って? 腕にまでデータが入っている、などと? そんなはずは」

「兄さん?」

 詩音が連れてきた部下の中でも精鋭と位置づけられる兄弟機である。

 兄弟機とは、同じ日に製造された、同じ作品からの自動人形採用機のこと。それほど珍しくもないが、同じ隊に配属され、長期にわたって両方が生存しているのは珍しい部類に入る。

 兄はウァサゴ、弟はアスタロト。弟は兄を兄さんと呼び、兄は弟と呼ぶ。詩音はそれぞれをウァサ、アスタと省略する。

「弟よ、いいか? 考えてもみろ、我らロボトイとは異なり、フィギュアの製造後改修は事実上不可能だ。なぜなら一度全身を溶融させてAIチップを取り出し、交換、樹脂を再整形、必要なら再塗装もしなければならない。四肢切断、真っ二つにスライスするだけで済む製造とは大違いだ」

「なるほど、そんなことをするくらいなら新規製造した方が早い」

「そうだ。ではなんらか労してあの細腕、あるいは脚にチップを封入したとして、駆動軸だってあるんだ。肩や股関節はもとより、肘や膝の処理は繊細に過ぎる」

「脚にも? まさかそんなはずは」

「有り得んことではないだろう。より細い前腕に入っているのだ、なれば脚にもと考える方がむしろ自然。そうなのだとして、兵はしょせん消耗品だ。いったいどうやって量産する? あれほど手間をかけてはフルスクラッチと変わらん。逆説的に、フルスクラッチなのだ彼女は」

「はあ!? なんでまたフルスクラッチで? フィギャーなんかを?」

「知らぬさ。だが製造した創造者には必要だったのだろうよ」

 詩音は思案しつつ、ただ兄弟の会話に聴覚センサーを傾けていた。

(あの突拍子もない考察が当たっているとして。たかがいちフィギュアを懇切丁寧に作ったとして。それの全身にチップを仕込む意味は? デュアルコアAIを搭載する意図は? それを戦場に投入する意義は? マイ。クレアマリスと同じ識別信号をもち、しかし異なる外見をもつ。あいつは? いったい?)

 事後処理を終えたスーパーシンメトリオンとスーパーツールの生き残りは、挨拶すると漆黒の勇者動物軍団の遺骸をたずさえ本隊があるという方角へと去っていった。

 他の者もそれぞれ、身を隠しつつ本隊との合流をめざし別れた。

 ふと気づくと、マイの識別信号がいつの間にか消えている。なぜ一度出したものをまた引っ込めたのか。

 もの思いにふける詩音に対しアスタロトが問う。

「少佐、あやつはいったい何者なのですか?」

「んう?」

 ただ突っ立っていた、微動だにしなかったマイがぐらつく。先ほどまで機械的だった彼女に精気が宿る。

「ええッ!? どうして!?」

 スッポンポンである。

 マイはその間素っ裸であった。それを詩音が鼻で笑って。

「ふん、裸を気にするくらいは正気に戻ったらしい」

「ああああああ! ティッシュアーマーがああッ!?」

「それは戦闘中に無くなってたろ。ほれ、またあんたがほしいと言うと思って」

「アアア詩音ちゃん、ありがと? なにこれ? 箱!?」

 詩音が投げて寄越したのはポッキーの箱。それくらいしか見つけられなかったのだ。

「もうここらにはそんなもんしか残ってねえんだ。消火活動の放水でぬれてないだけましだと思ってくれ。しっかし、この国も味気なく綺麗になっちまったもんだな。だからと言って汚ねえまんまでよかったとは思わねえけど」

「ううう、なんでこんな目に……」

 そう嘆息しながら、マイは箱の底面に穴をふたつ、面積の小さい側面に穴をひとつずつ丁寧にあける。

 作業を終えるといそいそと、その中に自らを収めた。

 脚を出し、腕を出し。

 頭は、帽子のように箱を閉じた。

 そこに詩音からツッコミが入る。

「もしかして、今ごろ恥ずかしいのか? 今の今まで堂々と仁王立ちしておいて?」

「言わないでっ」

「やれやれ」

 開封したポッキーの箱は、その構造上ジッパー部分が帯状に失われるため完全には閉じない。目線の部分だけ覗くマイであるが、両脚などは股下すぐからしっかりとした面積が外に出ている。

 マイ的には顔さえ隠れればしのげるらしい。

「あのさ、アンタがさっき失ったのはティッシュだけじゃない。そのことは覚えているか?」

「?」

 ポッキーは無言で傾いただけ。

「気づいてないのか、ライオタイガーのウルトラマシンもだ」

「そんな……!」

 名を告げられてようやく思い至り、さっきまで外骨格腕がわずかに干渉していた肩をさする。

 そこに熱はなく。ほんのひとときいっしょだった戦績だけが残った。

「その様子じゃあ覚えてなさそうだから説明すっと、あんたが素手で成形炸薬弾? を放ったあと、残ってた肩やら左脚やらのウルトラマシンが粉微塵に崩壊してな」

「粉!? 崩壊!?」

「ああ、例の貫手の負荷でだ。だからって気にすんな」

「そう……」

「って慰めて楽になれるんなら世話ないよなぁ。でも言わないでいるのもまたなんか違うような気がしてさ。なんでまた、創造主はアタシらにこんなもん植えつけたんだか」

 先のアスタロトの問いに、今ごろ詩音が答える。

「マイの創造主はおそらく、我が社の創業者であるところの鶴賀つるが氏、手ずからの作とみて相違ないだろ」

 その指摘に色めき立ったのは兄弟機。

「なッ!!!!」

「なんですって!? 中興の祖の!? では伝説の黒鉄の重合金属と——」

「ああ、同時期の作だろうな」

「このフィギュアが? 鶴賀氏の遺した作品!?」

 畏怖の念と、畏敬の念、その他感情が幾重にも混ざった視線がマイを向く。

 急におかしな空気になったのであたふた両手を交差させつつ。

「ええっと?? わたしそんなおばあちゃんなんかじゃないよう」

「そりゃあ記録が消えちまったからだ。自分で言っといて驚くぜ、本当にクレアマリスが真名ならアフリカ戦終結の立役者、遡ればフィギュア解放の旗印でもあるだろ。アタシなんかよりよっぽどの大先輩だ。古りぃ考えかたするバカだとは思っちゃいたが、ババアもババア、半世紀以上も前のババアだったとは」

「バっ!? ババア!?!?」

「しかしアフリカが片付いたのはまだ48時間ほど前なんじゃあねえのか? なんでそんなやつが日本にいる?」

「アフリカのことなんて知らないよ。サポートさんも忘れてるっぽい」

 サポートさんとは補助AIのこと。名前はまだない。

「変なやつ。そもそもだ、そんなことも覚えちゃいない上、腕一本もの記憶域と演算域を失ったのであれば、普通ならあんたかサポートAIのどちらかくらい稼働限界を下回ってもおかしくないんだが」

「なんの因果か、この通り。……肘までを想定していたのにね。右腕の可動には異常なし、ええっと? あの攻撃によって失った演算域は9%、記録域は22%、これらを差し引いたものを100%として? 現在の使用可能域はそれぞれ16%と7%、損失は許容範囲内と考えます、だってさ」

「どこが許容範囲内なんだ、それで動いてる方がおかしいんだっての。アタシらだったら完璧スクラップ行きの数字だぞそりゃ」

 なにか内々でやりとりをしていた兄弟機が、詩音に対し向き直る。

「では少佐、我々はこれにて」

「まだ火消しが必要な地域があるやもしれません」

「ああ、頼む。それと、博多の部隊が集まっているところがわかったら案内してくれ。アタシはもうちっとここにいるから」

「ハッ!」

「では失礼いたします」

 2機そろって北東へと進路をとった。

 兄弟機はおもちゃとしてはビークル形態に変形できるのだが、自動人形への魔改造を施した際にオミットされている。

 そのため人目を憚り、隠れて移動しなければならない。

 もしビークルに変形できたならある程度、非常時ともなれば堂々と移動ができた。走行中を人類に見つかる最悪の場合でも、ラジコンと誤認してもらえる可能性の方が高い。

 その利点を省かなければならなかったのはやはり、変形機構が兵士化においての障壁であったため。

 それに匹敵するほどの手間をかけてもらえたらしいフィギュア。

 手間をかけてもらえなかった自分たち兄弟機。

 原作と同じに劣等感に苛まれるアスタロトはどうしても合点がいかない。

『にしても、腕にデータが入っている、だと? 巨大な1/4フィギュアでもないくせに? 重合金属シリーズのような太い腕でもあるまいに? チップを埋めるにはあまりに細腕、仮に脚にも入っているのだとして、いったいどうやって?』

『それも不可解ではあるが。疑問なのは、どうやってあの少佐にごく短時間で取り入ったのか、だ』

『たしかに』

『あの少佐だぞ、皆目わからん』

『では洗電脳を!?』

『その兆候は。だがあの者、注意が必要かもしれん』

 兄にはひとつだけ思い当たるデータがある。

『全身で考え、奇跡を起こし、数多あるロボトイを導いたという。……かつて全機失われたとされる伝説の、母星製ロボトイ。いにしえの考える身体、感応性駆動骨格……』

『あの!? 推定技術レベル8と言われる!? オングストロームサイズのチップが練りこまれているとかいう? ロボトイだろう? フィギャーの? しかも金属でなくプラスチックへの充填!? そんなバカな話が!?』

『たかが全容量の16%でデュアルコアAIを動かせる。当然余力もあろう。それはつまり演算域の膨大さを示している。それほどの容量をあの1/7サイズのフィギュアに収めることは技術レベル1では到底不可能だ。だが伝説の感応性駆動骨格なら。お釣りは掃いて捨てるほどであろうな』

 しかも自己組織化で金属中へ鋳込むのではなく、樹脂中への均一分散である。どちらの方がより技術難度が高いかは言わずもがな。

『しかし、まさか、な。たとえ中興の祖の作であっても50年かそこら。年代が数万年は異なる。地球に持ちこまれた可能性は普通に考えたらゼロだ。だがそうとしか』

『仮にそうであったとして、ではなぜあの程度の相手に苦戦を』

『確かにな。我らも対艦装備あるいは対拠点制圧装備であったなら容易に撃破できた。その程度の相手に苦戦するなどと』

 兄はそこまで言い、最後は独りごちた。

(この数万年の開きに答えがありそうだ)




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 本社工場直掩の精鋭部隊である特殊憲兵団は任務を継続中。遠巻きに人類の現場検証がひと段落するのを待ちつつ、秘密裏に工場の中を調査している。

 目的はテロリストの素性を掴むこと。全機を撃破したと推測するも、いまだ襲撃者の正体は判然としない。

 ツルガ社製の自動人形であること、種類はロボトイであること、識別信号を隠匿した裏切り者であること。

 これらは会敵しただけでわかったが、それ以外はまだ。敵の規模は、根拠地は、首謀者は。

 昨日時点で撃破が確定したのはわずか数体。混乱と炎の中で見失ったもの多数。同型機が複数存在した可能性も否めず。全体像は藪の中、謎の集団のまま。

 しかし所属不明機の炙り出しは理論上可能である。なぜなら自動人形は、ツルガ社の維持管理なしには永続して存在しえない。武器弾薬はもとより、電池交換や給電などで社の恩恵が欠かせない。

 長い年月のあいだにMIA(作戦行動中行方不明)認定を得て密かに軍を離れ、組織化した可能性はゼロではないが、墜落したC2輸送機がそれを否定する。

 基本輸送は日本を拠点とすることから日本発、海外着である。そのためデザインは、自衛隊のC2輸送機を模して製造されている。この機は製造開始以来一機も退役したことのない、今回初めて失われた現用機。

 このため、容疑者はいずれかの支社か前線基地の所属ロボトイ、つまり輸送機を使役したのは現役の兵に限定される。

 否、容疑者などと生温い。

 賊である。

 賊は輸送機を擬装する手間を惜しんだ。あるいは、発覚することを恐れず、初撃に賭けたか。

 強奪されたのであれば襲撃より先に一報が入っていて然るべき。強奪されたとして少なくとも数時間、通信機能が損われるまではかなりの猶予があった。

 このことから、輸送機が失われた基地が賊集団、あるいは構成員の一部と断定できる。

 では墜落した輸送機はどの基地のものか。

 どこの部隊から何機の自動人形の行方不明者が出たか。

 構成員は各組織に分散して存在するのか。

 ひと塊として無くなった部隊、あるいは組織が存在するのか。

 静岡の戦いで戦死を遂げた者も多くいようが、組織立った戦闘行動中の戦死は、単独行動中でない限り誰かの視覚記録に、ほとんどの場合多角的に保存されている。これにより戦死と行方不明はおおむね判別が可能。狙撃機でない身で単独行動をした結果としてのMIAは、この際賊のひとりとみなす。

 各所から損耗を報告させれば炙り出せるものの、遠距離通信手段を失ったいま、飛脚よろしく直接伝達のみが通信手段とあって、星の裏側からの返答ともなれば往復72時間を要する。ヒトの通信手段を利用するにも、受け手側がそのアイデアに気づけねば。

 つまり、いずれは明らかになることも、現状は時を待つしかない。

 どこの、どの自動人形が裏切り者なのか。

 救援で駆けつけた部隊にも紛れていたのか。

 情報が集まるのを待っている間に第二波は。

 味方の中にこそ敵がいるのだ。疑心暗鬼のなか、現場検証に当たらせているが。

 などと、とめどなく思考する特殊憲兵団団長、百獣の王レオルクス。その彼が一点を見つめながら歩くのを部下がみとめて。

『どうされました団長? ご機嫌ななめと見受けますが』

『貴様か。分かるだろう、我が身の不甲斐なさをな、嘆いていた』

『そうおっしゃいますが。まさか自動人形の謀反とは。理論上不可能な、絶対遵守の電脳プロテクトを破った上の襲撃。現実にそのような暴挙が実行可能だなんて、誰にも予想などできませんよ。それでも賊は漏れなく討ち果たしましたし、その後流入した大型甲蟲も全機撃破。団長はじゅうぶん職責を全うされました』

『だが守るべき家を失ってはな。工場はもはや再起不能、何もかも完膚なきまでに』

『それを追求されるべきは我らです。対自動人形戦の初動を見誤り、火災は消しとめること能わず、対昆蟲戦においては装備が合わず。恥ずかしながら、いずれにおいても後手に回りました』

『已むなしだ。荷が勝ちすぎた、守備隊にも、我らにも。たとえ戦闘経験がインプットされていたとしても初会敵でのラグは不可避、ロボトイとて感情をもつ葦であるがゆえに。おそらく我らの慌てっぷりすら計算がなされていたのであろうよ。それを尻目に、賊は足手まといと見るや迷わず即座に自爆して果て、痕跡は工場とともに灰燼に帰した。覚悟の違いを見せつけられてな』

 レオルクスは足下の、かつてロボトイの前腕部であった部品を拾い上げ。

 ところが手首から先はモロリと脱落する。

『見ろ、こうなっては自動人形か一般製品か我らにすら判別できぬ。すべては失われ、勝者はまんまと炎の中に消えた』

『グム……』

『負けたのだ我らは。通信手段をも失い、今後は戦闘経験のデータ共有すらままならん。これからの大容量データは接触してのみ受け渡し可能となるだろう。これでは原初のコミュニケーションと変わらんよ。武装は他の基地から余剰分を回してもらえるとしても、残弾は各拠点で貯蔵してあるだけ。補充兵は未来永劫生産できぬ。一昨日にアフリカ大陸平定の記念式典を開き、昆蟲の完全根絶を目前にしていたはずが。昨朝にシベリア調査団瓦解の報、夜に本社襲撃と同日立て続けで。しかも出自の異なる集団に、だ』

『…………』

『ッハ、呪われてでもいるのか、この星に我らは』

 己への嘲笑に、部下は言葉もない。

『いいや、違うか。この星に棄てられた時点で……』

 足下を探索しながらの会話。そこでふと、とある痕跡にレオルクスの視覚センサーがとまる。

『おい……。何か引っかからんか、この、小さな燃え屑に』

『さあ? ヒトの持ちものが燃えたものでは? 彼ら基準であればこの程度、いくらでも商品が』

 地下秘密自動人形製造施設があった出荷物倉庫建屋近く。時悪く建物に接続したまま焼け落ちた箱車のそば、タイヤの陰。

 火災現場ではとくに珍しくもない、なにかが燃えた跡。ヒトのサイズで言えばひと握りほどの物言わぬ燃え殻から、言葉を交わさずに情報を聞きだす。

『いいや、見まごうものかよ』

『言われてみれば。ここは建物の外です』

『我の勘はこれをロボトイのものと識別している。ここまで歩き、ここで果てた』

『では守備隊のものでしょうか。それとも避難しようとしたロールアウト前の新兵か、派遣された近隣の基地の者か』

 団長には確信がある。

 残骸をにらみつけ、短く否定した。

『いいや』

『あるいは。まさか賊軍?』

『そう考える方がむしろ自然なのだ。戦場に偶然はなく、必然だけが蹂躙する。ここをみろ、タールと煤に不自然なほどネジが混ざっている。これら燃え滓の元はプラスチックだ、ゆえに亜鉛合金ではない。プラスチック製でこれほどネジが使われている商品を、我は変形玩具しか知らぬ』

『変形……トイ?』

『分かるか事の重大さが。数多の変形玩具が作られていても、自律稼働する自動人形への改修は今や皆無。ひとたび損傷すれば変形が不可能になる変形玩具は、メンテナンス性が低く、戦場では煙たがられた』

『メカ単位で交換が容易な合体トイと違って、ですね』

『そうだ。そのため、90年代を境に自動人形での採用は見送られるようになり、新造での補充は無くなった。あのアイルランド戦で数多の戦友が登録抹消となって以降は、変形可能な自動人形はただの2機しか現存していない』

 そのうちの1機は先ほどふたりが言葉を交わした、博多所属のヴァーミリオン。天才原型師タカトク氏の御手による、変形と耐久性の高次融合の忘形見、DX重合金属の最高傑作機ヴァルキュリア。

 部下は暗にそれを指し。

『では彼が関与を?』

『いいや、彼は現存している。いまや代えのきかないスーパーパックも健在であったしな』

『となれば? 消去法で残りの1機が容疑者となりうる? つまり、団長はこの残骸の主が英雄クレアマリスであると?』

『そもそもアフリカにいるはずの彼女が日本に存在したことが通常では考えられない。アフリカ平定記念式典の翌日に星の裏側にいたなどと』

『なにゆえに? あの聡明な方がここで果てた?』

『知らぬさ。それに果てたにしてはタールの量が少なすぎる。おそらくここで外装を捨てたのだ、パージした。となれば? 中は今も?』

『コアメカがまだ健在であると!? まさか!? ではあのときの!?』

 ある種の閃きのような感覚。レオルクスと部下の電脳に、同じ映像が浮かぶ。

 横たわる、損傷したと思しきフィギュアと、それを案じて見下ろす星ノ宮詩音。

『そのまさかだろうさ。あの時と、今。座標もおよそ重なる。同行していたと思しき星ノ宮についても関与の可能性を認む。探せ、まだそう遠くへは行っておるまい』

『ハ! しかしフィギュア解放の旗印を我々だけで屠れるでしょうか』

『やってみせねばな。文字通りの灰燼に帰した、あらゆるものに魂の安寧を。落とし前はつけさせねばならん』

 残骸捜査は一転フィギュア捜索へ。容疑者は特定され、なかば指名手配となる。

『このような時に本社の管制が生きていればすぐですのに』

『言っても始まらん、すべては終わったのだ。人類への技術漏洩防止としての一極集中であったが。ここまで完膚なきにまで破壊されてしまえば再建は不可能だろう。もはや生産はおろか通信もままならん。修理も補給もな。可能なのは人類頼みの電力供給と電池交換のみ。それも陰に隠れねばならず。これでは泥棒ではないか。これまで通りと言えばこれまで通りではあるが』

『では先発します。召集をかけ、他の基地へも伝達の手筈を』

『頼む』

 去りゆく部下の背中を見送りながら、百獣の王はひとりごちた。

「果たして昆蟲の根絶は叶うのか? その後にひかえる悲願、第三次作戦に我らは打って出ることができるのか?」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 部下が近寄ってきては電脳で指示を出し続ける詩音である。彼女とマイは結局路地から一歩も出られず、現状釘づけになっている。

「その口ぶりだともしかして、アンタは昆蟲がこの星から生じたものだとでも認識しているのか?」

「え!? 違うの?」

「あれらは宇宙からさ。まったく別の生態系の頂点が、生物兵器として野に放った尖兵。フソロトゥス星系の常套手段だよ。テラフォーミングはまず、やつらを使って行われる。ところが残念かな、この星は他とは事情が異なっていた」

「ん? どこが?」

「ヒトを含め、この星の生物がいずれも巨大に過ぎたということさ。さしもの昆蟲もこの星の巨大生物群には手を焼きっぱなしってわけ」

「ねぇ、蟲って何億年も昔に来たんでしょ? 今の今になってもこの星を制圧できていないのはそういうことなんだ。じゃあさ、こんなのはどう? ロボットって大きさに制限なんてないんでしょ? だったら大きなロボットでバッタバッタと倒していったら早いんじゃないのかな? 恐竜みたいに。こんなコソコソせずに、ドーンと出ていってバーンとやっつける」

「そりゃあ本星の技術を使えば可能だろうが、この星は勢力圏の端、技術レベル1までしか許されてねえからな。それにもう存在だけはしてんだ。そんな巨大ロボが表を歩いてみなよ、どうなるか」

「大さわぎ?」

「そうなりゃいいんだが。それ以前に、技術レベル1だと自重で地面にめりこんじまう。この星の地表はそんなに硬くねえ。ロボだってお粗末なもんだ、もし腕を高速でふれば関節の金属にひずみがうまれ、もとの位置にはもどせねえ。動きはスローに限る。それでどうやって動きの速い小さな昆蟲どもと戦う?」

「うむむ。じゃあさ、ヒトくらいのサイズならどう?」

「それも現実的じゃねえ。なぜならヒトに隠れてってのができなくなるからな。やつらと戦うのなら、同じサイズか、ちょっと大きいくらいが一番だ。アタシらは宇宙で標準サイズのダイバン星人の規格で作られている。忌々しいフソロトゥスと同じ、な。やつらの生物兵器と渡りあうには、アタシらのサイズがちょうどいいってことなのさ」

「ふぅん。その——」

「悪りぃ、ちょっと待って」

 詩音たちがここに滞留しているのは、マイに移動手段がないから。人目を憚っての移動手段を持たないから。ようは日が暮れるのを待っている状態。

 徒歩で移動してもいいのだが、その場合詩音の部下がふたりを探すことになる。

 それで博多の派遣部隊はわざわざ、詩音の指示を仰ぎにここにやってきては現場へと戻ってゆく。それもこれも通信が不通になってしまったのが原因である。

「んで? なんだった?」

 マイは自動人形たちが人に対して正体を明かせない理由について気にはなりながらも、それよりも緊急度の高い話題を新たに思いついた。

 恨めしそうにポッキーの箱のなかを見やりながら、詩音へ相談を持ちかける。

「あのさ、勢いで描いちゃったんだけど。これって、落ちるよね?」

「ハァン?」

 マイはボディペイントのことを心底後悔している。

 甲蟲に酸を浴びせかけられたが、なぜか油性マーカーは滲んでもいない。

「だって、おっぴろげよりはまだいいかと思って! あとで消せると思って! もし落ちなかったらどうしよう……」

 詩音は盛大に巨大な嘆息をしてから。

「バカなことやってらとは思っちゃいたが。消しゴムだと無理だろうな、たぶん中まで浸透してるはず。延びて、黒くなる。有機溶剤なら落ちるだろうが、前のような透き通った肌には戻らんよ」

「そんなぁ〜」

「それに溶剤で落とすんならいろいろ溶けるぞ。最悪乳首は無くなる」

「黒くなる! やだ!」

「ちげえ、無くなるっつったんだ」

「それもイヤ! ん!? このさい逆にアリなのかもしれない?」

「変わったやつだ、フィギュアが恥ずかしがったり乳首の心配をしたり。思考は乙女に近くとも、同時にアタシらは兵器としての合理性を持たされている。だがどうもあんたはそうじゃないらしい、合理も不合理も一緒くた、まるで——。いや、まさかな」

「えなあに? なんて言おうとしたの?」

 そこへこれまでとは異なる集団が飛来した。

 明らかに敵意を向けた状態、携えた銃の筒先がマイたちを向いていないだけ。

『邪魔をする』

「なんだアンタら? 物々しいな」

『博多基地所属の、星ノ宮詩音少佐殿と見受ける。此度の助力に関し礼を言おう』

「なんだよ先任、さっき火事場で会ったろ? それより、あいつらが騒動の元凶か? ツルガ本社はずいぶんと恨まれてるらしいな」

『さにあらず。此度の一件はやつらではない』

 詩音が指したあいつらとは甲蟲のこと。それをレオルクスは否定した。

『あれら大型昆蟲は会敵のタイミングこそが初上陸を許した瞬間である。一方、本社工場の襲撃は実に8時間も早くに行われたのだ』

「なんだって!? それじゃあ!?」

『うむ、襲撃犯は別にいる』

 憲兵団はそれ以上詩音との問答を好まず自分たちの要求を優先する。

『よって星ノ宮殿、大人しくしてもらいたい』

 銃口が向いた。大人しくとは、逮捕ではなく投降せよという明確な圧力。

「ちょっと待てェ! さっきから殺気立ってんなと感じちゃいたが! アタシか!? アタシが何かしたってのか? いい加減にしねえとこっちだって黙っちゃねえぞ!?」

『貴君には関係ない。用があるのは貴君がうしろに隠す、その賊だ』

 詩音は振り向き、マイと視覚センサー同士がぶつかる。

「この子のこと!?」

「んぇ!? わたし!?」

『さあ渡せ。我らに協力せよ』

『ここで渡せぬと言うのであれば、貴君も同罪とみなし排除の対象になる』

『あなたが後ろに隠すその者はアフリカ方面軍司令長官クレアマリス、現在は第一級の被疑者に指定されています』

(……またクレアマリスの名前が出た……?)

 ふたたび識別信号の消えたマイに、あの時居合わせたスーパーシンメトリオン以外の発言からも出たその名前に、詩音は警戒を示す。なぜその名が。なぜこの子が。

 と同時に。

 今朝は自身のセンサーの誤認ではなかったと。憧れのひと、フィギュア解放の先駆者であると。幾度となく眺めた資料とはまったく、似ても似つかない容姿であるが。

 混乱のなか、平静を装い問う。

「一応聞くぞ、容疑はなんだ」

 憲兵団は端的に断ずる。

『本社襲撃の主犯と目されている』

「わたしそんなことしてないよ!」

 マイは叫び、詩音に動揺が走った。

 そのような世迷言、やすやすと信じるわけには。だが一方で、彼らの分析に一理あると認めざるを得ない。なんの根拠もないと軽々に断ずることはできないのだ。

 思い当たることがないではないから。たしかに、あの災禍によって頭部に損傷を負い、致命的とも言える記録を失い、過剰とも言える機体性能をもち、炎の中から出てきた。

 なにより。

 あの戦場に、いた。

 詩音に戦慄が走る。

 マイとは、仮初めの存在であった可能性が浮上した。

 騙すための。

 欺くための。

 思考はまとまらず、憲兵団もそのための猶予を与えない。

『わかったらそこを退け』

『煩わせるな』

『それとも、煩わせるつもりが?』

 どうやら自分も一味と認識されていると詩音はさとった。

 敵に背を見せてでも彼女は向き直る。

「うそだろマイ。あんたが本社を襲撃したなんて」

「え? あ?」

 怯えてみえるマイが突然豹変する可能性もある。

 だが詩音は彼女に対し身構えず、もしマイにそのつもりがあれば容易に八つ裂きにされて頽れるだろう。

 すべてを受け入れ、彼女はマイに警戒して腰を引かない。

 疑念を抱かず、真っ向に立ち、返事を待つ。

 マイを信じ、マイをどこか赦し、マイの返答を待ちわびる。

「わたしはそんなこと……」

 その言葉だけで十分だった。ひるがえり、まさに今うしろから八つ裂きにされても後悔はない。自分の視覚センサーが節穴だったというだけのこと。

 ロボトイどもに正対して高々と宣言する。

「やだ!」

『は!?』

『ほう』

「だってこの子はなにもしちゃあいない!」

『したのだよ、実際に。貴君が知らぬだけ』

『あるいは、やはり仲間か?』

「ああいいよ、仲間ってことにしといてくれ」

 憲兵は接触回線で内々に整合をとる。

(いかがします? あまりこじれるようですと——)

(見逃がすことには断固反対です。戦闘中に後ろから撃たれるわけにはいかない)

(面倒だ、やつもろとも)

(いや、やつは前次大戦で名を上げた不死の明星だぞ。フィギュアの身でありながら武勲機となった実力は確か。倒せたとて、こちらの損害も計り知れん)

(なれどたかがアジア圏のぬるい戦場のエース機、恐るるに足らぬ)

(何よりクレアマリスだ。いったいどれほどの(つわもの)か)

 それら懸念を団長は歯牙にもかけない。電脳に定められた優先順位こそがすべて。よって取りうる行動はひとつしかない。

『我らには自動人形同士の交戦権が認められてはいない。ただし相手に致命的な欠陥行動があると認められる場合はその限りでない。これに従い我レオルクスの名において全機に発する。かばい立てする僚機もろとも賊を粉砕せよ。損害はどれほど出てもかまわん。たとえ最後の一機になったとしてもここで仕留めろ』

『了解!』

 命令は下された。ロボトイはマイを中心にして取り囲む。

「ねえッ! 嘘でしょ!?」

 マイはその決定が信じられず。

 詩音は不敵に笑った。

「欠陥行動つったか? それはあんたらにも当てはまるってことは覚えていてくれよなぁ……!」

 火蓋が切って落とされた。即座にビームが幾筋もマイへ向かい、だが詩音の防護フィールドが弾く。

「マイッ! アタシから離れんなよッ!」

「う、うんっ!」

 ビームが効かないのは半ば織りこみ済み。放った方とて初弾は弾幕の認識、これを目くらましと肉薄し、それぞれの得物で刺突、あるいは斬撃にてかかる。

「わっと?」

「身を低く、じっとしてな……!」

 詩音は片手でポッキーを抱き寄せ、敵の接近をゆるすもわざと間合いの外ギリギリまで引きつけ。

 彼女は実弾系を先のツノ無し戦ですべて使い果たしていたが、ビーム系に関してはエネルギーを残していた。

 出力は低く狙いもつけられない、玩具的にはドレスの各所に設けたアクセサリーより放たれる緊急時防御魔法。実物的には、アクセサリーに内蔵の低出力拡散ストラウス素粒子砲。

「このォ!」

 すなわち全方位へのゼロ距離射撃である。

 ロボトイたちはすんでで転進、あるいは盾で受けて一旦離れる。

 盾を失った者2、損傷した者無し。

『やるな。この数を一度に捌くとは』

「チィッ!」

『だが手品のタネは割れた、いつまでもは続かぬよ』

 スペック表に載っていない一撃にロボトイは警戒を強めた。容易には第二撃に移れない。

 武装や個々の外見が全軍で共有されることはない。たとえ司令官であっても。この対策により、電脳戦に優れる敵に末端の兵士が鹵獲された際も全軍の全容が漏れることはない。

(どうやらクレアマリスは戦闘に参加せぬようだ。見たところ、なんら武装を有していない)

(油断するな、やつにもなんらかの内蔵兵器の増設はあっておかしくない)

(次は左の防楯で受けつつ右で突く。援護を頼む)

(では盾持ちの某も同じく)

(承知した)

 マイだって後ろで隠れているだけではない。彼女だって黙っていられない。

「昆蟲が攻めてきているんだよ? 仲間割れなんかしてる場合じゃないよ!」

『優先度のことなら心配無用。なぜなら第一にツルガ本社襲撃犯の撃滅、次にアフリカ残党昆蟲型テラフォーマーの駆除、第三にシベリアの永久凍土から出でたと推定される新発見の昆蟲型。第四——』

『08、敵と戯れるな。任務に専念せよ』

『承知』

 詩音は、自分たちが預かり知らぬ件が気になった。

「なんだそれは? 永久凍土から?」

『今より滅ぶ貴公には関係のないことだ』

 すでに刃は交えてしまった。もう戻れない。星に捨てられた軍隊に裁判などないのだ。

 だがマイは抗弁せずにはいられない。

「わたしを信じられないのは百歩ゆずって仕方がないとして、せめて昆蟲型を斥けてから。それからじゃ駄目?」

『なにを悠長なことを。敵が待ってくれないのは世の常だ。どうして攻めこまれる側の立場に立ってやらねばならぬ? 攻めるのなら攻めこまれる側が一番困っているときに限る。最も脆く、最も弱いときにだ』

「いい性格してるよねぇえ!」

『褒め言葉として受けとろう』

『いざ尋常に』

 ふたたび剣を交えようとしたその時、増援が現れた。当然ロボトイ側に与した集団である。

 討伐対象に知己がおり、ためらう気持ちを口述せずにはおれない。

『少佐!?』

『まさか星ノ宮少佐が!? なぜそちら側に立っておられるのです!?』

「ウァサにアスタの隊か。済まねえ、惚れたモンの弱みってやつ、そうとしか今は言えねえ」

『訳がわかりませんよ!』

「ああ、知ってる。アタシもさ」

 戦闘は待ってはくれない。軍隊は命令がすべて。

 目前の敵を倒せ。

 互いに携行する長得物を構える。

『少佐、容赦はしませんよ?』

「ああ是非そうしてくれ。こっちもそうさせてもらう」

『あなたは憧れであり、フィギュアという異物だった。ここで排除できることを残念に、そして嬉しく思います……』

 絶体絶命の状況、戦力差は108対2。何機かが損傷するのを覚悟で前に出れば簡単に圧しひしぐことが可能。相手になにもさせずに蹂躙できる。そうした物量にものを言わせる合理的判断を、なんのためらいもなく実行に移せるのが自動人形。

 申し合わせた16機が一度に、2機に対して半球を押し潰すがごとく全方位から迫る。正面左右ななめ後背、天頂から襲いかかる。

 ただぶつかるだけでも原形を留めないような衝突を、すべての対峙者が長得物を携えて。

「クソッ!」

 詩音に反撃の意思はなかった。自分の隊からも討手が出たのが分岐点、マイが討たれるのであればせめて自分も。

 救ったがゆえの責任をとる。

『終わりだ、あっけない』

『貴様らは撃破を確認ののち、拾えるだけ情報を拾ったらあとは燃やせ。人に気取られるなよ』

『ハッ!』

 詩音の短い落胆が最期の言葉となった。

 かに見えた。

 今度は彼女が抱きかかえられ、マイの左腕にあり。

「大丈夫詩音ちゃん?」

「マイッ!?!?」

 いまふたたびマイの右腕が鈍色に光り、補助AIがその時間制限を告げる。

[作動限界まであと110秒です]

「うん分かってる、みんなには内緒ってことくらい」

 取り囲み、ドームを形成していた16機は、動力炉か胴体を横断する傷を負って金属音とともに崩れ落ちる。

 マイが手刀で切り裂いたのだ。

「ごめんね、あなたたちに恨みはないけれど」

 低いブーム音が不気味さを醸す。例えるなら光剣の待機音に近い。

「わたしだって生きなきゃならないから」

「おま、それ! そんなもん連発できんのか!?」

「わかんない。でもわたしがいま持っている力はこれだけだから。このまま戦わずしてやられるわけにも、詩音ちゃんがただ討たれるわけにもいかないから」

 自発光しているのにどこか鈍い、日の光を反射する満月のような右腕の耀き。

 それだけでは済まなかった。マイが身につけたポッキーの箱が盛大に燃える。

「わたた! わたたたっ!?」

『なんだ!?』

『遊んでおるのか? ふざけおって……!』

『残り90機からなる絶死の組手に勝利できるとでも言うか? テロリストども』

「そりゃあ、実際にやってみなきゃわかんねえだろ」

「待って! ちょっとだけ待って!」

『では。参る』

 死闘となった。

 数で有利なはずのロボトイは、力量で優る2体のフィギュアに勝てない。先の16機の戦闘でそう演算結果が出た。そのため彼らがとった戦法は、射撃も斬撃も捨て、肉弾での自爆作戦。

 手刀が斬り裂くよりも速く自爆。

「キャアッ!?」

 長槍が当たる直前に全弾発射。

「クッ、こいつ!」

 誘爆。

 相手に少しでも手傷を負わせ続けていれば徐々に優位に立てるという、最後に一機が残ってさえいればいいとの戦法は、体制側を着実に勝利へと導く。

「詩音ちゃん、まだ無事?」

「ああ。ふふ、やっぱキチぃか?」

 互いの無事を口頭で確認せねばならないのは、互いに敵から視覚センサーを逸らすことができないため。背中合わせとなって僚機の背後を守っている。

 詩音はひざ上ほどから右脚を失い、静止時は槍の柄、機動時はバックパックとしても機能するAL-ICEのおかげでやっと立てている状態。

 マイはポッキーの箱が全損、またも一糸纏わぬ姿に。いまだ消せていないボディペイントに集中力だけは救われている。

『仕上げだ、一度にかかれ!』

『応さ!』

 削り。

 削られ。

 今や死屍累々である。爆発四散か両断されたか、風穴が開いたロボトイがおり重なって沈黙する。

 残ったのは戦闘に参加していなかった最後の1機。

『まさかここまでとは。フィギュアといえどふたつ名を持つものたるや恐るべし』

「そう言うアンタだってネームドじゃねえか、百獣の王レオルクス。そんなやつが部下を死に追いやって、相手が手負いになってからご登場ってか。そりゃあ確実だわな、こす狡い雄ライオンにふさわしい振る舞いだ」

『褒め言葉として受け取ろう。我は多対2に混ざりたくなかっただけのこと。討ち取れればよし、討ち取れずともよし。事ここに及んでは是非もなし、1対2である、いざ尋常に』

 レオルクスは両腕の重量物を放棄する。スペースバズーカとメガブラスターを無造作に地面へ落とした。

「しかも飛び道具を捨てる、か。根っからの戦闘狂らしい」

『極論楽しめればよいのだ。蟲はもとより、ロボトイ同士の手合わせにおいても並び立つものはおらぬ、と思うたが。貴殿らには期待する。さ、参られよ』

「言われなくてもぉ!」

「マイッ! うかつに出るな!」

 手刀で斬りかかったマイを軽くいなし、重心がずれたところへ無感情に獣王剣を振りおろす。

「チィッ!」

 あわや両断を、詩音が投げて寄越した長銃が防ぐ。

 エネルギーパックの中では素粒子が励起していないことから小さくて済んだ爆発は、ふたたび間合いを取るには都合がよかった。

「あ、危ッ!?」

 長銃は死屍累々のロボトイから。駆け寄る先の地面から拾いつつ、アンダースローで投てきを。

「バカマイッ! あんなのたまたまだぞたまたま! 5回に4回は失敗するとこだ!」

「ごめん詩音ちゃん、助かった」

『その程度か? ロボトイが疲れたなどと言うでないぞ』

「だれがロボトイだよ、こっちはフィギュアだっての!」

『フ、そうであったな』

 仕切り直す。

 これ以降も増援は来ようが、現状すぐに駆けつける気配はない。通信の復旧が絶たれているがゆえの静けさ。

 詩音は関節が限界にきていることをこぼす。

「こっちはガタガタ、あんたは……そんなでもないな。えらい丈夫なやつ」

「そうなのかな、えへへ」

「にしてもだ、このままじゃ勝てねえ」

「やっぱり? わたしも同意見」

『万全の状態であったらばとは言うてくれるなよ。戦場に於いては万全こそが稀、そのときどきで全力を尽くせ』

 詩音はまさに真理とうなずきつつも、つい笑いが漏れて。

「ハッ、言われなくとも!」

 互いにここが勝負どころと踏んだ。そのため動けない。

 すでに両者とも間合いには入っており、先に動いた方が負ける。

「…………!」

 我慢の限界を超えて。

 先に動いてしまったのはマイ。

「ェィヤーッ!」

『殺った!』

 レオルクスは片ひざをつき、マイの刺突を刀身で滑らせさばいてから、小さな体へ潜りこんでの一撃を試みる。彼の手のひらは大砲の砲口と同じ、剣を離して向けるだけで勝負はつく。

 ところがマイの輝く前腕が解除される。

 得物同士の力場の反発により滑らせていた刀身が外側へ振り抜かれてしまい。

 マイの右腕が斬れて宙を舞う。

「くうッ……!」

『なッ!?』

「チィェストォ!!」

 無防備となったレオルクスの胴を、即座に詩音の魔法槍が突き刺した。

『……見事……!』

 電脳と動力炉を貫く一撃。

 レオルクスは5体合体、両腕両脚は本来独自に動ける準自動人形のはず。だがコアロボットである黒ライオンがサブメカの電脳を自らの演算域拡張に変用していたため、即時に全機能を停止した。

「おいマイ! 大丈夫かマイッ!?」

 そこで詩音ははたとなって。

「いや、あの、クレアマリス、なのか?」

「ううん、マイだよ、わたしはマイ」

「そっか、そうだよな。フフ」

 ふたりだけの勝利。なにも生まない辛勝。

 ロボトイの増援が来たれば今度こそ。アフリカから誘引した大型昆蟲であっても必死。

「ううッ……!」

「痛いのか?」

[幻肢痛でしょうか。痛覚は搭載していないのですが]

「どうしてだろう、頭の中の子もそんなはずないって言ってるんだけど、なんでか痛い」

「ちょっと待ってな。飛ばされた腕を拾ってくっから」

 槍を松葉杖がわりに、右腕が落ちた方角へ向かう。

 拾ってどうすると言うのか。詩音は自然とでた自分のセリフに戸惑いを。

 もはや交換パーツを製造する工場はなく、反逆者となった身では修理などしてもらえるはずもなく、換装は交換部品があってはじめて行える。

 唯一部品だけは戦場で拾える可能性はある。だが戦友から直接譲渡された場合を除き、自動人形にとって死体剥ぎはなによりも恥ずべき行為。だが今後はそれにも手を染めていかねばならない。反逆者とはあらゆる恩恵から外れた者を指すのだ。

 マイに拾った腕を手渡し。しかしそれでどうなるでなし。なんの慰めにも。

 詩音自身の脚もどこに行ったやら。爆発の圧倒的な外力により損壊させられたのだ、探す意味もないと諦める。

 詩音に後悔など微塵もないけれど。

 思いの赴くままに行動はしたけれど。

 戦闘用自動人形が戦場で脚をやられては、もう。

 マイとも短い付き合いになったと——

「おま! その腕!?」

 マイの右腕が、なぜか元通りに。

 獣王剣により両断されたはずの右腕が、押し当てていた左手を離しても地面に落ちない。それどころか握ったり開いたり、裏返したりして確かめている。

「あはは、あんなドロドロに溶けるからね、あれを応用すればまだくっつくかなぁって。斬られた周辺の組織はダメになってたみたいなんだけど、くっついてラッキー!」

「ははは、規格外ここに極まれりだな。なるほどな、HEAT貫手の応用か。もしや、その計算込みで突っ込んでったな?」

「あ、わかる? 合図しなくても詩音ちゃんなら反応できると思って、それで」

「なんとまあ。呆れてものも言えねえ」

「あのときも、今回も、一部の体組織は回収できなくて。さすがに今回はちょっとそれが多かったかな、右手だけ細くなっちゃった。フィーナがいうには、減った体積ぶん適当なプラスチックでも石でも腕のなかに入れておけばいいらしいんだけど。嫌だよねえ?」

 フィーナが告げたのは、体積さえ同じにしてしまえば外見だけは保てるという話。当然補填に用いた物質は能力を持たず、関節に置けば邪魔になる。高温に熱せられた際には熱膨張、あるいはガスを生じて動作を妨げる、との忠告は追加されている。

 フィーナの助言により、とりあえずは空気を入れておいてその場しのぎとした。

 急に他の女の名前が出てきてつい、詩音の問いかけが棘を帯びる。

「フィーナって誰だよ」

「わたしの、頭のなかのAIのヒト。サポートAIってやつ?」

「なんだ、デュアルコアの」

「名前つけてあげたんだ、この子も昨日より前の記憶がなくてね。これで詩音ちゃんといっしょだよ。アイスちゃんって子?」

「ああ、うん、アタシのはちょっと違って内蔵されてはいないんだ」

 そう言って背中を見せ。

「いつも背負ってる防護フィールドユニット。死んだ戦友から受け継いだユニットでさ、こいつの中にAL-ICEも入ってる。ウルトラマシンみたいな準自動人形で、こいつがかわいいったら」

 詩音は、自分が戻った際にマイがぶら下げていたものについて質問を。

「んで? そいつはなんだよ。ふつうのフィギュアの脚なんぞ持ってきても動かねえぜ?」

「ああ、うん。でも義足がわりにはなるかなぁって。それに他の子のものは嫌、なんでしょう?」

「戦場じゃそれしかねえ時もあったが。交換パーツが手に入るまで我慢しろってことか」

 すぐに死ぬ運命ではないのかも。そう思えた詩音だった。

 しかし自動人形との袂は分かった。自然博多とも。軍務を忠実に遂行する部下を、関節的とはいえマイが手にかけた。

 嫌疑を晴らす機会を与えられず、私刑にて断罪されそうになり反撃を。しかも状況証拠からはかなり不利な容疑者の肩を持って。

 クレアマリスとしての記録を失って、マイとして機動しているらしいこのフィギュア。しかもどういう処置を施したのか外観を大きく変えて。本社を根こそぎ灰にした、恐るべき企てを首謀したと思しき容疑者。

「ハァあ〜、いくらなんでもやっちまったよなァ。むしろ正しく裁かれるところをひっくり返した可能性のが高そうなんだよなァ。いくらなんでも、今回ばっかりは赦しちゃもらえんだろうなァ」

 気づくと、マイが首をかしげて見上げてくる。

「後悔、した?」

「するもんか。それに関しちゃ断じてしてねえよ。今でも正しくあろうとしたと言い切れる。ただな、その結果としてあんたひとり救うのにずいぶんとオイルが流れちまったことは、いつもどこかにとどめておかねえとな」

「うん……」

 こののち、昨夜の本社襲撃事件の重要参考自動人形としてクレアマリスが指名手配される。この場に駆けつけたロボトイ以外にも情報が伝達されていたのだ。

 それを予期し、ふたりは忽然と静岡の地から姿を消した。


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