第2話 別人としての再起動
この期におよんで詩音には新たな発見がある。
「はァ!? こいつまぶた閉じてんじゃん! はぇ〜、すっご。ロールアウト直後の機体? にしてはずいぶんな重装備だったから、特務機。だとしていったい——」
閉じていた目を開き、素体が覚醒した。
あおむけですっかり白くなった空を見上げている。視覚センサーの焦点が合っておらず、詩音とは目線が合わない。
寝たまま見上げる彼女の視界の半分を隠すように、詩音がおおいかぶさる。
「再起動できた? おはようさん」
「? 再?」
起きあがろうとした素体の肩をもち、詩音がやんわりと制止を。
「あっと、動かないほうがいいって。まだ電脳にできちまった破損領域の修復作業中なんだろ?」
「デン? 修復?」
「悪かったな、道端なんかに寝かせたままで。ここのロボトイどもと来たらいけ好かなくてさあ、預けとくと何されるかわかんないって思ってそれで。アタシの地元博多の連中に任せたかったのに、空が明るくなっただろ? それで動けなくなっちまって。アタシも連中とは一度会えた後はぐれたまんまでね。なんでか、通信もつながらねえでやんの」
「はあ……」
通信が途絶えたのは本社工場の異次元通信の母機が失われたからである。これ以降は接触回線と口頭による会話、各個体に備わったごく短距離の通信のみが継続して利用できる。
「なんせ夜通し救助活動に参加しててさ。んで、一応片づいた。って言っても負けも負け、結局助けられたのはあんたひとりだけだったんだが。それでも命を救えたことにはかわりねえし、胸はって博多に帰れるってなもんさ。戦費ガ〜戦果ガ〜って、今から小言が聞こえてきそうだけどな」
ふっと、警戒されていた空気が和らいだのを察し、安心して自己紹介をする。
「アタシは詩音、魔道大戦つぶら☆マジカルの星ノ宮詩音。漢字はウタにオト、シオンって呼んでくれ」
「詩音さん、助けてもらったみたいで。ありがとう」
「詩音でいいって。それよりどこの子なんだ? 守備隊はあんたのこと知らねえみたいだったぜ?」
「守備隊? わからない、わたしは兵隊なんかじゃ。だって高校生……だった……?」
「はァ?」
電脳の混濁、戦場であれば珍しいことではない。詩音はそういったケースに何度か遭遇し、時間によって解消されるのを知っている。
「そいつぁ設定の話だろ。兵隊じゃないったってあんた、えげつない重武装してたぜ。拠点防衛っぽいやつ。ぜんぶ燃えちまったけどな。だからアタシ、最初あんたがロボトイなんだと思って。なんだか胸が苦し、っとと、そうじゃなくて、胸の外装? とかいろいろがバラバラ〜って崩れたら、中から裸のあんたが」
素体は無反応、言葉が出ない。詩音が与えた情報過多で反応に困っている。
「なんでかあんたの情報が吸えねえんだよな。識別信号の部分のメモリが破損したのか、まだ付与されてなかったか。それとも、付与される予定もねえ試作止まりだったか。良かったら聞かせてよ、あんたのこと」
「名前は……まい……マイだよ。沢村マイ」
「? そんなキャラ知らねえなあ? 新作? やっぱ玩具オリジナル?」
自身が混乱しているからか、マイは詩音と名乗った人物が何について話しているのかを正しく咀嚼できない。
そもそもこの、詩音とかいうコスプレイヤーのガチ勢らしき人物がぐいぐいきてマイは当惑している。彼女は気絶からの回復直後、前後不覚もはなはだしく、そっとしておいてほしいとすら感じているのに。
「わたしは……茨城県つくば市の17歳。ここには、たしか修学旅行で来てて事故に————」
「だからそれは設定なんだって。それにしても、すげえよなあんたの身体」
「? そう? 普通だよ、普通体型」
「そうじゃなくって。まぶたが閉じるのもそうだし、そのう。アタシらってさ、フィギュアじゃん?」
「フィ? ギュ?」
「だからパンツはもちろん、上なんて服も脱げねえのさ」
「?」
マイは好意的に受け取って、フィギュアとはフィギュアスケーターのことを指しているのかと思った。専門用語なのか、とにかく会話の端々にふだん使わない単語が出てくる人物であると。
ところがどうも様子がおかしい。
詩音と名乗った女と思しき存在の服は、まるで中がすべて詰まっているような重さと空間の無さを感じさせる。なにより、服に生じたシワが固定されているかのように変化しない。ピッタリと身体に沿い、シワの内側にすら質量の気配がある。
マイの推測を肯定するように、詩音が指で弾いてみせたスカートは靡いた形状のまま硬質な音を立てた。
「その点あんたのはそのう、なんでか、裸なんだ」
「んん!? ん゛ん゛ん゛ん゛!?」
混乱しかない。マイは自身の身体にはじめて目をやって、驚いた。
「え待って!? やだ! ウソ!?」
「そうだよなぁ、わかる。アタシら女性型ってさ、いちおう乙女の思考を持たされてんじゃん? いま言ったようにアタシは服が脱げねえ仕様だから、このガッチガチのスカートすら貸せやしねえのさ。だから、そこに落ちてたポケットティッシュってやつで、いちおう」
「これが!? ポケット!?」
マイにとってその白くて厚い波状に折り目のある巨大な正方形は、被災などの際に身にまとう保温となるアルミシート。
冷静に考えればあれは極めて薄く、また銀色であった。
下に一枚敷いてもらい、ブランケットのように上にも同じものがかぶせてくれてある。それらがポケットティッシュとは。
たしかにティッシュらしいとマイは思った。その生地っぽくはある。特徴的な山と谷の折れ目もある、分厚く、はるかに巨大ながら。
それにも増して異常なのは。
無理にでも自分を落ちつかせ、目の前の美少女を見やる。覚醒も本調子となり、目の焦点が合って解像度が上がるとそれは。
詩音と名乗る存在が、極めて異質であることに今さらながら気づく。
「フィギュあァ!?!?!?!?」
「ん? そうだけど」
たしかにそれで合っている。彼女自身もそうであると自己を紹介した。
等身大である。なんと奇怪な、それが動いてしゃべっている。唇も、表情も動かすことなく。
マイはこれまでヒーローショーに用いる精巧な着ぐるみだと思っていて、正直な気持ちとしては距離を置きたいが、命の恩人らしいことから無碍にはできずにいた。
だが、本当にフィギュアらしいことが判明してマイは固まる。
ようやく理解に至った、中にヒトは入っていない。この固定された笑顔の内側に人体は収まっていない。
それが動いて、なおかつしゃべっている。
そんな怪奇現象以上に彼女が看過できないのは我が身。異様と感じる、巨大なティッシュの下の自らは。
「なんなのこの身体……。硬い? わたしは人間だった? ……のに?」
「イヤイヤイヤ、なに言っちゃってんのさ、あんたどこからどう見てもフィギュアじゃん。あんたもアタシもフィギュアに決まってんだろ。どこの世界に人間サイズのティッシュがあるってんだよ」
「そ、う……だよね……」
眼前に居並ぶ建物は、どこか見慣れた雰囲気をもつがはるかに巨大で、厚みが桁はずれ。
道路はまるで大河のごとく。この路地と思しき側道ですらマイの目には幅100メートルはあるように映る。
アスファルトのひと粒ひと粒は日本庭園の踏み石くらいに大きく、平らには到底感じられない。
黙りこくるマイを見かねて。
「いや〜、なんだかよく分っかんないけど元気出しなって。あんたの電脳の修復さえ終わりゃあきっと元通りさ」
マイはぐるぐると見渡していた周囲から、今度は自分に目を向ける。なにより説得力をもつのは自らの手。
「……あなたはどう見ても人や着ぐるみではなく。しわも爪もないこの手は、この硬い頬は、動かない唇は、おそらくわたしも同じなのだと。認めざるを……得ない……」
「やっぱあれかな、燃えてる髪を取っ払ったときにアタシが頭を小突いたんだが、そいつが強すぎたみてえだな、ゴメン! だけどあの大火災のなか生きて帰れただけで儲けもんってやつさ」
詩音の慰めの言葉は耳をすり抜け、マイは二の腕や前腕を触ってたしかめる。
もちろん思い描いたように、意思の通りには動かせる。しかしロボットアームのように動かせるというだけ。
触覚による応答はあるものの痛覚がないので、自分の身体という実感を持てない。まるではるか未来に登場が予測されている義手のよう。
身体の形状は自分が覚えているもの、しかし柔らかさが皆無。変形しないため、つまむことができない。毛穴も、ムダ毛も、ほくろのひとつさえ認められない。
骨格は硬い外殻に覆われて確認できず。筋肉とは異なる曲げ伸ばし。関節などは、見たこともない木材の継ぎ手のような奇妙なつながり方をしており、つなぎ目を血が流れている気配はない。すべてのプラスチックは互いの摩擦で繋がっているだけ。
目の前の彼女とおそらく同じ構造、基本はポリ塩化ビニルの身体。
きのうまで修学旅行中だった自分が、何かに巻き込まれたらしく地面に寝かされていて。
今日になったら小さくなっていて。
しかも素材はプラスチックへと変貌していた。
マイは到底この状況を飲みこむことができない。
「はは……、何の冗談なんだか」
「そう落ちこむなって。そんだけ立派な胸に造形してもらっててさあ、それ以上はぜいたくってもんじゃね? アタシなんか、ほれ」
小さいと、不満そうに詩音が胸を張る。
気づかって、大きな身ぶりで冗談まじりに励ました。だがマイには逆効果で、むしろ怒らせる結果に。
「どうぞどうぞ、こんなカッチカチの胸でよければさあどうぞ」
「悪かったよ。そんなヤケになんなくてもさあ。生きていたんだ、あんたの他はぜんぶ、綺麗さっぱり燃えちまったんだぜ?」
そう言って詩音は見やる。すべてが焼失してしまった、その場所からは直接目にすることはできないおもちゃ工場の方角を。
高さすら減じられ、今や元の半分ほどに体積を減らした瓦礫が無惨に残るのみ。それを建物越しに見やった。
マイは自らの胸に視線を下ろしたままでぽつりとこぼす。
「生きている……のかなわたし。もはや鼓動も打たない、鋼鉄のような硬さのこの胸は、いったいなにを内包して?」
「有り体に言っちまうとメモリーチップなんだが。あんたが聞いてんのはそういうこっちゃねえよな。人間だって思考の素は脳細胞がやりとりする電気信号ネットワーク、そいつが心の正体ってやつだろ? だったら機械にも心はあるってわかってくれ」
ハッとした。
マイが自分に向けた悲観はそのまま、目の前の彼女にも当てはまる。
「ごめん……なさい。わたし……」
「ああ、いいっていいって、そんなつもりだったんじゃねえってことくらい。あんたも同じにそうなんだって、そう伝えたくって」
マイの悲哀はまんま差別と捉えられてもおかしくない響きを有していた。だが詩音はそれを指摘せず流し、ただ事実だけを提示、マイへの慮りまでみせた。
真心はきちんと伝わっている。その気遣いに対して。
「ありがとう」
「だからいいってば」
詩音は思う。マイの記録の混濁、と表現するよりは電脳の混乱。何はともあれ記録装置の内部では是正に向けて演算処理が継続されているはずで、その混乱は時間とともに解消されるはず。
「ケンカしてねえけど仲直り。ほれ、これでもかぶってな」
「!?」
しごく乱暴に、マイの頭部に載せられたのは帽子。
ではなく髪である。詩音が拾ってきた、どこのだれのものかもわからない赤毛の髪パーツ。同じ1/7スケールの身であれば、およそサイズは合う。
マイはそれの向きを調節、適正な位置を探りつつ。
「あ、ありが? とう?」
「色も形も違うだろうけど、今はそれでがまんしてくれ。いろいろあったんだよ、あんたにも、あの工場にも。いろいろあって、それだけが無事だった子のものさ。もらってやってほしい」
「そうだね。そうするのがきっと、一番いい」
「なんなんだろうな、それ。どうしてあんたは人の人格っぽいものを持たされてんだろう。そんなの見たことも聞いたこともねえ」
「わたしだってない……」
「それにしたって電子頭脳が記憶喪失とか。よくもまあデータがブッ飛んでんのに稼働してるよな。ふつうデータが消えちまったんなら丸ごと一切合切、電脳ぜんぶが使用不能、動くことも考えることもままならねえはずなんだが。まるで――」
会話をさえぎる不快な翅音を伴って、多数の影が頭上を高速で通りすぎた。
「え!? 今のなに!?」
「この状況で!? 敵かよ!」
蟲の群れが出現した。
翅と空気、翅と翅、隣を飛ぶ他の個体との接触音が合わさり大音響となって迫る。その音は人の聴覚には届かず、しかし電脳のセンサーには感知する高音。
未明の勢いを弱めた炎を目指して、飛んで過ぎるのは巨大な昆蟲の大群。その正体はフソロトゥス星系の第1異星人が送りこんだ、昆蟲型テラフォーマーのなれ果て。
「デケェ! それになんなんだあの数……!」
「敵って!? どういう!?」
「蟲だよ、アタシらの倒すべき存在さ。しっかし、あんなデケエやつどっから湧いてきやがった!?」
詩音が驚くのは無理ない。日本に虫は数多あれど、危機的生物『蟲』は遠い過去に国内から駆逐されて久しい。最後の個体が土偶型自動人形に撃破されてずいぶん経つ。実に3千年ぶりの蟲の本土上陸を許した。
迎え撃つのは先ほど詩音が遭遇した精鋭部隊。工場跡から少ない数ながらロボトイの流入があった。
高速で空を飛び、なんと蟲の大群を押しもどしてみせ、工場に向かわせまいと巧みに誘導する。マイたちがいる場所を目指して。
これにより状況は一変、人目につかない路地が戦場になる。そこかしこで戦端がひらかれ、敵味方が入り乱れて飛び交う。
詩音はそれを見上げつつ。
「工場の上だと目立つ時間になったかんな、ここを戦場にするらしい。参加してえが関節ガッタガタなんだよなぁ。まあ、アタシはさっきオプション装備を受け取ったからどうにかなるが。あんたはどうする?」
「どうするもなにも、戦えるわけない。だってわたしは」
「そりゃそっか、フィギュアの内蔵兵器は稀有。じゃああんたはどこかに隠れてな、行ってチャチャっと片づけてくる!」
詩音がそばに置いてあった立方体の装置に向け電脳で指示を送ると、全自動で展開、先端が槍となった多節棍の形態となる。
原作でみせた最終奥義の、玩具的アプローチでの再現である。無論、一般販売されたものは同じに動かせるが自律稼働はしない。
これが生きたヘビのように鎌首をもたげ彼女を背に載せるや、ドリルの螺子山の軌道で螺旋を描き、高速移動を開始する。
とうぜん飛翔は不可能ながら、とぐろ形態をバネに見立てた並外れた跳躍はできる。そのため、たとえ空戦であっても下方からの支援であれば可能である。
『ほいよ、応援にきたぜ!』
ロボトイたちは詩音に視線を向けない。邪険にしてではなく、応える余裕がないのだ。
敵を見据えながら。
『気をつけろ、数もそうだがすさまじいほどの堅牢さがある』
『通常弾をものともせん。この装備では!』
本社工場施設への被害を抑えるための制限が裏目に出たかたちである。しかも超重量の耐火装備で出撃していた。およそ鎮圧となり、それをパージした今はなお軽装と言える。
通常の蟲ならそれで事足りるところ、会敵したのがもっとも頑強な甲蟲類とあっては威力が足りない。換装するにも、工場は跡形なくなったあと。
製造設備が失われたいま、やがて新兵の補充も、給弾すらも不可能となる戦場がすぐそこに。前線はすでに混迷の端緒についているのだが、それを正確に把握できている者はまだ少ない。
静岡工場最終決戦のおよそ半日遅れで襲いきた兵隊蟲の群れは、次代女王卵のフェロモンを追い続けてアフリカからはるばる飛んできた。
あらゆるものが燃えて混ざった異臭が強く残るなか、蟲たちにとってえも言われぬ香りもまた、ヒト知れず辺りに残留している。
この蟲の群れはアフリカ最後の巣を破壊した際にあふれた大量の敗残兵である。
営巣地を粉微塵に吹き飛ばした後は丹念に根切りにするのが通例だが、クレアマリスらは今回故意にそうしなかった。一点突破、ほぼ女王のみを急襲し撃破、残存兵力のすべてを自らのくわだてに利用したのだ。
クレアマリスら一派は、自分たちの本社工場の襲撃が未達に終わるのを危惧し、強奪した次代女王卵を輸送機に搭載して兵隊蟲の群れを誘引してきた。しかも地上最強クラスの群れを。
奪取した女王卵を割り、中身を刃物で分断することでより強まった誘引物質の臭気は、蟲が正気を失うほどの引力を纏う。
自分たちの急襲でいくらか損害と混乱を生じさせた本社工場を、蟲に襲わせる二段構えの作戦。それが本社跡への蟲の追撃につながっている。
マイは立ち上がり、ティッシュを胴へぐるぐると巻きつけると端部を胸へと差し入れた。さながら風呂上がりのバスタオルの雰囲気を醸す。
「みんながんばって……!」
空中戦が始まった。
飛来したのは主に甲蟲型。自らの堅牢さを生かす体当たりを主とした戦法を用い、群れでの突撃は合金製のロボトイすら容易に粉砕せしめる。
『ぐわあ!』
『何ィ!?』
『グラマトランがやられた!』
口吻部からの体液噴射は超強酸性を呈し、金属製の体は浴びた部位が迅速な脱落をゆるす。
『腕が!』
『フィギャーども! 前に出ろ!』
『は、はいッ!』
フィギュアは耐酸性の高いポリ塩化ビニル、そのため矢面に立たされ、迅速に消費される。酸や打突には強くとも、噛み千切りや爪による切り裂きには弱い。
『速い!』
『クゥッ! 翅が弱点なのはわかっているのに! 追えない!』
蟲とは異なり、自動人形は宙で小回りがきかない。スラスターの噴射で直線的には移動できるが、方向転換は緩慢とならざるを得ず、きほん苦手とする領域である。
本来なら空戦を展開するには数が頼り、現状は足りていない。
『近衛兵クラスだと!? なぜいま日本にいる!?』
『女王がいるのだ、探せ!!』
自動人形たちは肌で感じていた。営巣地攻略戦の終盤で、ごく少数が時折みせる凶戦士のような振舞い。
それと同質のものがこの場では群れ全体で発生している。武装が合わないことも影響し、乱戦は混迷を極める。
その正体は狂気である。なんのためらいもなく襲いかかってくるのが元来の習性としても、輪をかけて異常。あれら蟲は帰巣するつもりがないのだ。全身全霊を傾けて襲いかかってくる。
『どこから湧いたのだ!? どうしてここまで手ごわい?』
女王はアフリカの地で撃破され、帰るべき巣も壊滅した。次代の女王卵はクレアマリスらに持ち去られ、ここ静岡にある。卵を取り戻すべく戦うのはむしろ必然。
ところが臭気だけを残して女王卵は墜落した輸送機とともに失われている。もはや燃えてなお漂う残り香という痕跡のみ。
つまりは存在しない女王卵を奪いかえすべく蟲の群れが工場を襲わんとし、ロボトイが工場跡地を背に防戦する。どちらが制しても勝者のない争い。
巣を持たない蟲はやがて寿命が尽き、修復する術を失った自動人形も傷つけばそれまで。クレアマリス一派が当初企図した思惑通りに事は進み、互いに兵力を削りあう。
そうした混乱のさなか、マイを標的と定めた蟲の1体が襲いかかる。
だがこの個体は“途中でまぎれた“、同系統なれど異常なほど巨大な個体。ただでさえ大きなアフリカ種よりもさらに大きい、およそ40センチはある通称“ツノ無し“。
「これが敵!? なの!?」
マイは覚悟を決めた。いや、決めざるを得ない。
自分の身は自分で守らねば。
数多ある残骸の中からひとつ、原形をとどめた極太の油性マーカーを拾いあげ、剣道の有段者の所作で竹刀のように正中で構えた。
「ちょっと太すぎるけど。こんなのでも無いよりは」
口吻部をこすり合わせる音がマイに迫る。
「来いッ!」
今まさに襲いかからんと高速で飛来する蟲の、軌道を変えたのはあらぬ方角からの銃撃であった。
「え!?」
『無事か! いま援護する!』
マイはその姿に見覚えがある。遠い過去に、テレビ画面の向こう側で。
右半身が紅色で左半身が白色の、シンメトリカルな大型ロボトイ。
「スーパー? シンメトリオン?」
そこへ詩音が戻ってきた。
「無事だったか。済まねえ、夢中になってた。にしてもなんつータイミング! 騎兵隊の登場か!」
詩音の帰参に目もくれず、マイの鼻息は極めて荒い。
「空飛ぶライオンロボも来た!? もしかして勇者動物ライオタイガー!? それにお助けツールのドライバーズたち! スーパーシンメトリオン! 子どものころにみた!」
実物でなく、アニメ作品で、である。その作品のロボットが実在し、動いている様にマイは興奮を抑えきれない。
『合体するぞッ! ラストフォーメーショーーーーンッ!!』
ライオタイガーが僚機との合体シークエンスに入った。見上げるマイは感嘆しきりである。
「すごいッ! ライオタイガーっておもちゃ出てたんだ!」
「そりゃ出てるに決まってんだろ、あれだけ人気があったんだ。重合金属精神シリーズ、当時の定価で税抜き30000円」
「高ッ!」
「2014年の発売だ。もちろん一般販売の話だけどな、あいつはそれを自動人形に魔改造したロボトイさ」
「そんなに前? ぜんぜん知らなかった」
詩音は物申したい。
『あのさぁライオタイガー、ありがたいはありがたいんだけどさあ、なんで最初っから合体した状態で駆けつけてくんねぇんだ?』
『すまない、分離形態のほうが速度が出るのでね。さ、今のうちに識別信号のないフィギュアのかたの避難を』
「…………」
マイは会話に加わらない。なぜなら自分が話しかけられたと気づいていないから。
『マイからも応えてやんなよ。礼でもなんでも』
「?」
『おま? もしかして? 聞こえてねえのか? まさかお肌のふれあい回線も?』
「ん? なに? どうかした?」
触れて流しこんだ情報にもマイは理解を示さない。
「通信部分も壊れてんのか。オッケーオッケー、あんたとは音声共有しかできねえってことな」
「自分で言って自分で納得してる。変なの」
スーパーシンメトリオンは多数引き連れてきたドライバーズに援護を命じ、他の戦闘に向けても派遣した。それでもこの場では数の上で優位に立てる。
合体を終えたライオタイガーが問う。
『では星ノ宮さん、あなたに。敵の規模を、知り得た範囲で』
『データは……、送れねえから口頭共有だ。ここは見えてるぶんが全部、総数74。だけど敵以上に味方が減り続けてる。なんとかこの場に引き留めることができたが、とにかく数が多いんだ』
『なるほど』
『それともうひとつ。こいつらには必殺技以外が効かねえ。通常弾が通用しねえんだ』
『そうとわかれば最初っから出し惜しみは無しだ。スーパーシンメトリオン、サポートを!』
『了解です隊長! 星ノ宮殿は避難を!』
『ありがてえ、あとを頼む!』
『任せろ! そのために来た!』
回避に徹し、機会をうかがう黒衣の勇者動物軍団。甲蟲は口吻からの体液を噴射から噴霧に切り替え、面での制圧を試みる。
『む!』
『これは……!』
辺りの雰囲気がすべて酸で満たされる。回避不能、合金ボディの表面は溶解するも、腕や脚が即座にもげるほどではない。硬質のプラスチック部分が先に悲鳴をあげるが。
『避けきれん……だが!』
『こんなもので、オレたちは止められないッ!』
『ほああ! 隊長、今です!』
『雄おおおおッ! パラディソ・エ・インフェルノ!』
ライオタイガーが今、必殺技のためのプロセスに入る。
避難しつつも気になるマイは、振り向き振り向き戦いを見上げる。
「すご! アニメのまま!? おもちゃなのに!?」
「だいたい再現してあんだ、この星を揺るがすとか無茶な機能じゃなければ。と言ってもウルトラエンジンは実在しねえから、ありゃあ電気を貯めてんだ」
甲高いチャージ音を発するライオタイガー。
その正体はコイル鳴き。コンデンサの電圧を極限にまで高めてゆく。
「そんで相手の中枢に拳をブッ刺して電気を流す。約1.21ギガワット、つまりは雷くらいの出力があって、蟲は電流の通った部分に大穴があいて死ぬ」
「雷! それでじゅうぶんP・E・Iっぽいよ、かっこいい!」
「省略すんな」
「え、ファンの間じゃ普通だよ?」
ライオタイガーが両の拳をあわせ、固く結んで突進する。その間の被弾は覚悟のうえ。
『覇ァアアアアアアアアア!』
「ものすごい気魄!」
「余波の超音波でな、両腕をほぼ毎度交換するくらいに振動してんだ。鬼気迫るぜ実際……!」
被弾しながらツノ無しへ肉薄、目指した頭部に迫ると両腕を深々と突き立てる。直後に生じたのは感電による硬直。
動きの止まった蟲を残してライオタイガーが退避後、同目標に対し。
『デリートカプセル、射出!』
「トドメだ。あれで決まったな」
スーパーシンメトリオンの大型携行射出兵器がたたきこまれ、巨大な蟲を火球が包む。
その効果がマイには信じられない。
「は!? めちゃくちゃ爆発したァ!?」
「ちなみにデリートカプセルは小型誘導飛翔体だ。えんぴつほどの大きさだが、銀行の金庫程度は穴を開けられるくらいの威力がある。なあに、どんなに巨大だろうとツノ無しにゃちょうどいいって」
「ぜんぜんデリートじゃない……」
「ちゃんと消し飛んだろ、何もかも」
「え。デリートってそっちの意味?」
煙を纏った塊が地面へと自由落下、その煙が徐々に晴れると中の蟲は突っ伏していた。
しかし依然うごめいている。それは絶命に際しもがいているのではなく、常態の自然な動き。
「消し飛んでないよ! ぜんぜんデリートできてない!」
『なにィ!?』
『パラディソ・エ・インフェルノが!?』
『私のデリートカプセルが!? 効いていないですと!?』
飛翔するための翅を爆発で失い、地表へと降りた蟲が今度は地面を這って襲いくる。首から上は安定せず、ダラリと胴に接したまま、振動に対し不自然に揺れながら突撃を。頭部の損傷など意に介さず突っこんでくる。
詩音が避難を急かす。
「おい、急げっての」
「ぜんぜん弱まった様子もない?」
穴の向こうに青空が見える。大穴はあいた、きちんとダメージは与えた。そこに体を包むほどの大火球、頭の中はがらんどうになっている。
「どうして動けるの!?」
「そんなのアタシが知るかよ。頭部がダミーだってのか? いったいどうなってやがんだ……?」
必殺技を放った直後、各勇者は体勢が悪い。とくにスーパーシンメトリオンは、地面に自らを固定していたアウトリガーを引き抜くところ。
そこへツノ無しの突進が炸裂するかに見えたが、間に割って入った存在があった。
『お前たち!?』
ツールアイテムたちが緩衝材になっている間にスーパーシンメトリオンが離脱、間一髪で逃れる。
突進が逸れた後は軌道修正、正面に捉えたマイたちを再び追う。
詩音の足下には、八つ裂きにされたツールアイテムたちが転がる。
「クソッ! あいつらにゃそれが任務の一部って面もあるにはあるが!」
甲蟲の狙いは依然マイである。彼女が纏うわずかな女王の痕跡にツノ無しは引き寄せられる。
「そんなことって……! あの子たちも生きているんじゃないの?」
「準自動人形なんだドライバーズは。かんたんな命令にだけ従って動く。にしても、クソぅ。まるで紙クズみてえに粉砕するじゃねえか。さすがは超大型ってとこだぜ」
「いくら完全修復ツールアイテムのドライバーズといっても、劇中みたいな修理機能までは持たされていない、でしょう?」
「ああそうだ。無からなんでも再生できる、そんな夢物語みてえな機能は持たされちゃいねえ。そのうえ修理や部品交換ができる工場はもう復旧不能だろ、あんだけ燃えりゃあ。当然撃破されたドライバーズはあのままだ」
「そんな……!」
マイを救うときにもし損傷していたらとは、詩音はおくびにも出さない。覚悟のうえの行動だったし、実際には起きなかったのだから、伝える必要もまたない。
「こんな非常事態にゴールデンフィストの姿がないのはなぜ?」
マイは作品の要のひとつ、超必殺技を放つのに不可欠な追加戦士の存在を挙げた。
「たしかに、無邪気に聞いてみっか。『おいスーパーシンメトリオン! ゴールデンフィストはどうした?』
『ゴールデンは戦死しました。ここに後送される少し前、シベリアの地で』
『シベリアで!? いまソ連っつったら昆蟲空白の地のはずなんじゃ?』
『それは古い情報です。先週から——』
『グワァッ!』
『隊長!?』
前腕の大振りを避けたはずも、ライオタイガーは避けきれなかった。
体の動きに遅れて首が連動、そのぶん甲蟲の体ぜんたいが意図せず前へずれた。思考を伴わない予想外の、これまでの流れとは異なる動き。
ずれたぶんが計算を越え、当たってしまったのだ。
胸のライオンを丸ごと削るようにえぐられて倒れる。体積の大きい胴には動力炉と電子頭脳が組み込まれており、それを失って即座に機能停止に陥った。
詩音は視覚センサーが捉えた映像を信じることができない。
「まさか!!」
「直撃!? ライオタイガーまで!?」
「クソゥ……! そりゃあ必殺技が通用しなかったんだ、勝利するのは難しい局面だった。だが、かの重合金属精神シリーズだぞ? いくら10年以上前のロールアウトとはいえ、国内最高峰の戦士がたったの一撃とは……!」
「くぅッ!」
「マイ!?」
居ても立っても居られなくなったマイが走る。
「あんたが行ったところで! おいってば! マイッ!」
たしかに勝つのは難しかった。そのうえドライバーズは数を減らし、ライオタイガーは斃れた。これ以降に戦況が自然と良くなることがあるだろうか。
だからマイは走る。計算など度外視で駆け寄る。
詩音は敢えて追わず、別の方向へ移動を開始しつつ。
『ここを支えるぞスーパーシンメトリオン! やつをライオタイガーとマイから引き剥がす!』
『承知です。しかし長くはもちません……!』
『わかってる、それほどの難敵だ。救難信号は打ち続けていてくれ。応援が駆けつけるまでマイを守るぞ!』
『了解です!』
異次元通信網は失われており、救援を求める信号も現在はごく短距離にしか届かない。しかし詩音はそう告げずにはいられなかった。それほどの状況。
周囲も苦戦の色が濃い。大きさがおよそ令数と比例する蟲は、不完全変態の脱皮の回数10令がおよそ最大級の頂点として、それ以下であれば数は格段に増える。
黒衣の動物軍団のみならず、数で劣る最強の精鋭部隊が次々と落ちるのが視界の端に。
本社建屋内の制限のもとに用意した武装のまま、継戦しているのが裏目に出た。換装しようにも焼失により不可能。他は他で苦戦しており、遠目に味方が堕ちていくところは、さらに戦況が悪化していると考えていい。
だとしても、たとえ何があってもアフリカ最奥種がここを脱することだけは防がねばならない。謎の超大型個体も。ここを脱して、もしも人に露見したなら。
アフリカではほとんどもみ消せた。人間が捕食されることがあっても失踪扱いになる方が多い。だがここは日本、壁に障子にスマホに目あり。
今はまだ、人類に正体を知られるわけには。だから現状の装備で、この場所でいま倒しきるしかない。
(マイのやつ……。にしても、黒衣の動物ロボ軍団があそこまで苦戦する、だと? スーパーシンメトリオンに至っては2024年発売の新造機だぞ? 仮にライオタイガーと同時期の2014年に設計を終えていたとしても、生産そのものは2023年に行われたはず。武装ふくめ素材についてはほぼ最先端にアップコンバートされているとみていい。にもかかわらずデリートカプセルも効かないとなると……?)
甲蟲は頭部を破壊されて動きが緩慢になった。だが視神経と呼べるものは機能を停止しておらず、視野角は狭まるも正面に見据えると突進してくる。
アフリカの最奥から飛来したと思しき強化種に対し、詩音はただただ戦慄する。
「本当に、ただの古参なのか?」
走るマイに突如、内側から声をかける者があらわれた。
[全領域のスキャン作業完了。復旧作業を終了します]
「は!? だれ!? 頭の中で? 声なんて?」
[現在を戦闘中と認識、視界に表示せず、電脳のみにて伝達します——]
「何これ、頭に直接情報が!? 未応答領域!? 戦闘記録!? なにがなんだか! こんなときにッ!」
[——以上になります。これより状況開始。停止中の識別を友軍に対し開放します]
「情報を一気に羅列されて頭に入るわけないでしょ! いいから今は黙ってて!」
マイは墜落したライオタイガーの残骸に駆けよった。
なにもできはしない。手ぶらで、ただティッシュだけを纏って。
「君は? 先ほどの?」
「大丈夫ライオタイガー!? しっかりして!」
「君に味方識別信号が出ている。そうか、電脳が復旧したのか」
「うん、でもいろいろと壊れてはいるみたい」
「そうか、はは。では今のオレと同じだな」
胸のライオンと腹部、腰部の前半分がごっそり持っていかれている。そこには動力炉と電脳が組みこまれていたはずで、前者は跡形なく、後者も一部しか残っていない。
先ほどの一撃は頭部も掠めており、フェイス部の片側半分は無惨に削りとられている。
「ッ……!」
マイは適切な言葉を見つけられず。幼き日に、テレビの向こうで躍動したヒーローが目の前で横たわっている。
おもちゃといえど痛々しい。致命傷なのだ。
フィギュアのみならずロボトイも胴体は急所中の急所。即死へと至らずにまだ会話が可能なのは、体の各所を分担するグレート合体マシン側からの動力を得ることができるから。
「待っててね、いま助ける!」
マイはコアロボであるタイガーとはおよそ同スケールである。金属製であることに目をつぶれば、肩を貸して歩くことは可能。だがその重さが、マイの非力さが迅速な避難を妨げる。
「お、重……!」
「クレアマリス、君は? 換装能力を持っている、しかも万能な?」
マイは知らない名前で呼ばれて違和感しかない。
「なんのこと?」
「では君に、オレのマシンたちを託したい」
「!? マシン!?」
突然のライオタイガーの申し出にマイは即応できない。託す、とは。
「オレはあいつを止めたい。だがもうそれはできないんだ。だから君に止めてほしい、この体を使って」
工場が永遠に失われたのは昨夜の防衛に当たった兵であれば周知の事実。いずれは修理どころか給弾さえ、エネルギーの補充さえ窮する時代がやってくる。だからこそ彼は提案しているのだ。
まだ灰燼に帰していない、今ある武装だけが抗うための武器たりえる。
ライオタイガーは歩みをとめた。
「君に成しとげたい何かがあるのなら、このオレの相棒たちを受け継いでくれ。叫ぶんだ、ベイルアウト」
「ファ?」
「いいから叫べ!」
「べ、ベイル、アウトぉ?!」
気圧されて、望まれたままに発声した。
新たな認証主からのシークエンススタートの発令に各マシンが呼応し、ライオタイガーから速やかにドッキングアウトする、砂塵を伴って。
「うわっぷ!」
後にはより無惨な姿のコアロボットだけが残った。
「タイガー……」
「君の電脳信号を確認、移譲完了。……こぶしは挙げなくてもいいんだ」
「なによ! こっちはこっぱずかしいのを我慢してやってんのにその言いぐさ!?」
「フ……では頼んだぞ……」
他のマシンの動力と演算域を借りて、かろうじて稼働していたタイガーが停止した。正面を見据え、立ったままで。
「ライオタイガー? ねえ、タイガー!?」
揺らして縋るマイをサポートAIがなだめる。
[もう旅立たれたのです。どうかそのままに]
「うん……」
マイは軽くなってしまったタイガーを、そっと。
「爆風とかで倒れちゃうとね。だから」
仰向けで地面に寝かせた。
戦い抜いて果てた戦士がうつ伏せに倒れては浮かばれないと、そう考えたマイのせめてもの手向け。何も持ちえない彼女が唯一できる餞。
電源さえつなげばまた起動はできる。しかし修理は永遠に叶わない。クレアマリス一派によってその設備が永遠に失われたから。それを引き起こした張本人、しかも主犯は今、自らの起こした騒乱で斃れた一兵士を思って義憤に燃えている。この矛盾。
そのマイを中心にして今、合体を解除したマシン3台が宙を旋回する。
肩と腕部となるEF66機関車が牽引する『ブルートレイン』を模した列車型マシン。
脚部を担当するのは『泥水式三連シールドマシン』を模したトンネル掘削マシン。
背面に接続し飛行を可能とするSR-71、ペットネーム『ブラックバード』を模した超音速高高度偵察機型マシン。
「なんだかすごい……」
[合体プログラムを受領しました。どうぞ、ラスト・フォーメーションと発令を]
「ラストフォーメーション? 言うとどうなるの?」
[音紋確認、EF66形電気機関車が参ります]
「え!?」
マイの側面から、機関車マシンが特急で迫る。
彼女は可動域最大でのけ反り、すんでで衝突回避に成功した。
「攻撃してきたァア!?!?」
[シークエンス中断]
「いやいやいや、それどころじゃ! なんなのあの電車は!? 殺意マンマンでつっこんできたんだけど!」
[避けてどうするのですか。合体をしてください。今はとにかく、ラストフォーメーションの再号令を]
「イヤイヤイヤイヤイヤ!! なに言っちゃってんのさ、あんな殺意の塊にぶつかられたら即死だよ、即死! わたしの胴体はタイガーみたく空洞なんてない! ん? ないのかな? とにかく、腕なんて外れないから! ほらァ!」
マイは二の腕をつかむと捲る仕草で主張するも、内なる自らに諌められる。
[今すぐご決断ください。このまま傍観するのか、ラストフォーメーションすることで戦いに加わるのかを]
「っ、そんな急に言われても……。だってほら、あっちって合金なんだよ? こっちはただのプラスチックだもん、むりなんだって。はぁ、自分で言ってて悲しくなってきちゃった、プラスチックなんだ今のわたし……」
手のひらを見やり、幻滅する。
ただバランスよく成形されただけの自分の手。意識さえすれば関節を逆に曲げることすら可能であろう。玩具なのだ。おもちゃなのだ。
突然、内なるもうひとりの自分が視界の角に投影される。
[機械が惑うなどと、ご自身も自動人形でしょうに]
「映像が!? あなたそんな見た目を!? 網膜投影ディスプレイ!?」
[電脳をハックしてリアルタイムで直接描画しているに過ぎません。この方が圧力を感じてくださると思いまして。さ、今すぐご決断を。地上型マシンはそう長時間単独飛行できませんし、なにより撃破されてしまっては。あの子たちは完全な無防備で飛んでいるのです。準自動人形とはいえ、意思は持たされている。あの子たちの命をなんだとお思いですか]
「いのち……? マシンの生命? 思考して? 喜んで? 悲しむ?」
[それはおかしい、とお考えでしょうか]
いまだマイには機械を、おもちゃを生命あるものとは認識できない。だが同じ戦場にいて同じ困難に陥っている。
端緒は詩音からもたらされた。言葉を交わし、仲間を思いやれる。善き心の持ち主。少なくとも、わかり合える、寄り添える隣人には違いない。
「そうだったんだ、そうか。ロボットのみんなにも命があって、……機械になってしまったわたしにも、命がない、わけじゃない……。ライオタイガーは死んじゃって、詩音ちゃんだってスーパーシンメトリオンだって危ない。わたしだってもうすぐ。だったら迷ってる場合じゃないよね、戦わなきゃ拓けない道ってあるんだってこと、わたしにだって!」
いまだ理解の及ばない現況も。
なにゆえかも分からないフィギュアへの転生も。
放り投げ、今だけは守るべきものたちのために。
「やろう合体! もう一度ォ! ラスト・フォーメーションッ!」
その英断を後押しするのは内なる声。
[音紋確認。今度は後ろにのけ反るのではなく、前へ避けてください。わたくしが受け止めますので]
「はあ? 受け止め!? なにをさ!?」
[シークエンスを共有します。直前で、早すぎず遅すぎず、先ほどのようなタイミングで]
「どんなムチャ振りよ! 串刺しになる直前で避けろ、だなんて。本当にニッポンが販売している、ニッポンのおもちゃなの?」
[ご準備を。タイミングはこちらで、行動はそちらが]
「ったく、いったい——」
後背。サポートAIの操りで、肩甲骨を形成していた部分からサブアームがヌルリと2本立ち上がる。さながらとぐろを巻いていた蛇が伸びをするかのように。
「ウエッ!? なにこれ! 超ォ絶キモ! 背中から!? 腕が生えたァ!?」
[集中してください、今です!]
「ッは!?」
機関車マシンをすんでで避けたマイ。すると、彼女のサブアームがブルートレインを背中で羽交い締めにした。
金属同士が激しくこすれた音、同時に舞ったのは盛大な火花。
「アツッ! 熱い!」
[? 痛覚は実装されていませんが?]
「そうなの!? でもたしかに熱さは!」
アームが強引に掴まえた格好のため、EF66形の外壁は大きく損傷している。
[ふむ、電脳のバグ、幻肢痛の一種でしょうか]
「本当に機械なんだ、わたし……。いや、こんなに小さい時点で人間じゃあないのはわかりきってるんだけども!」
[そんなことより、かかとを曲げたままですと両機とも損壊します。つま先を前方に伸ばして、お早く!]
「わたし先端恐怖症なのに!?」
[続いてシールドマシンきます、今!]
「でも! 一度やるって決めたァ! 黒いソックスだと思ってェ!」
切削部分が上方へスライドすれば空洞があらわになり、そこへ足を差し入れると固定される。右脚、次いで左脚。
それを終えたなら背中からもう一本、より太いサブアームが隆々と、中央からたち上がる。そこは本来最重要器官があるはずの場所。
マイは自らに戦慄をおぼえた。
「ウソでしょ……。背骨すらないのわたし……!」
その大型サブアームが蛇のように待ち構えると、飛行機マシンの機首の根元を斜めから大顎で咥え、ただの一点で強引に保持した。
機関車マシンから腕の基部が展開、そこへ飛行機マシンの外付け懸架増設エンジン部が接続され、中から拳が出てくる。
「機関車のほうに付くんだ腕」
[はい、外骨格腕になります。全接続完了]
「そりゃそっか、あんなタルみたいな太いのに腕なんかつっこんで振りまわすとか。最悪肘からもげちゃう。それはいいとして、なんか複雑」
[?]
「ライオタイガーと足の太さがおんなじって……」
[お察しいたします]
「ねえちょっと、なんであなたは他人事なの? あなたの身体でもあるわけでしょ?」
[あくまでサポートAIですから]
「こんの…………あれ? 続きは?」
ここまでの合体シークエンスはわずか13秒。合体の続き、飛行機マシンからヘルメットが出てこない。
あれはライオタイガーといっしょに果てていたのだと思い出す。
「そっか……。よぉし、行こう!」
マイも飛行可能となり、戦列に加わる。
[防御してください。攻撃きます]
防御技バリアウォールは間に合わない。
「うわっぷ!?」
「マイッ! 無事か!?」
「防御ったって、体液? 少々の酸なんかじゃこの体は……って!」
マイの身体は酸の影響を受けにくい。だが、プラスチックには耐酸性があれど、ティッシュにそれは持たされていない。
「あああ!! ティッシュアーマーがぁああああ!?」
主な配合物であるセルロースは容易に加水分解され、湯上がりのバスタオル状態であったティッシュがはらはらと細切れに。まるで春の雨で散る桜ふぶき、千々になって脱落してゆく。
マイの方は気が気でない。手にした油性マーカーと余ったほうの腕でそれぞれ、双丘と秘所を隠すので精いっぱい。
[ですから防御をと]
「あーもう、あったまきた!」
さっきまで丸太のように振り回していた油性マーカーの、太いほうのキャップの隙間に貫手を叩きこみ。
「こんんのッ!」
第一関節を引っかけて強引にキャップを外し、そのまま投げ捨てた。
「こうなりゃヤケだよ! マジックで……! こうッ!」
切腹のようにペン先を我が身に突き立てたなら、一気呵成に描いてみせた。
顔を。
自らの胸と腹をキャンバスに、ライオンの顔を。
その行為には友軍から、とくにロボトイから嫌悪の声がもれる。
『クレアマリス殿!?』
『マイ!? なんのつもりだ?』
『忌まわしの油性マーカーで己が身を汚染するなどと』
『しかも黒だぞ。悍ましいな』
美少女フィギュアが雄々しく、巨大外来生物に向けて啖呵をきる。
「できた、うおおおおお! ライオ……っとと、コアロボットがマイだから、ライオまいガー? マイオマイマー?」
[さあ?]
「なんだっていいや! 来るならきなさいってのよ! こっちだって覚悟完了してるんだから!」
空中で仁王立ち。デリケートな部分は乱暴ながらボディペイントで隠せた。
油性マーカーを腰のまえに両手でたずさえ、さながら王者の威容を示す。
[ですが、なぜ猫をお描きに?]
「ラ・イ・オ・ン!!」
マイはそう言い張るがしかし、ヒゲすらない。胸に目、へそから下には舌。ゆるい猫にしか見えないという指摘は免れない。
「これは覚悟の証なんだ! 戦闘のボディペインティング!」
[それは消えないこと込みでのお覚悟と捉えてよろしいでしょうか?]
「え」
相談しながら回避する。問答しながら反撃を。
しかし徒手空拳での近接戦闘は空を切るだけ。
「ったく。それでどうしたらいいんだろ、ゴールデンがいないからゴールデンハンマーもできないし」
[防御は硬くなりました]
「手足だけね。胸丸出しじゃない! せめてスーパーシンメトリオンみたいな別パーツの胸板があれば」
[しかしパラディソ・エ・インフェルノはできます]
「P・E・I、か。効かなかったけどね。でもあれは頭部に放ったから。なら胴体は?」
[可能性はあります。好機と感じたなら両の手のひらを合わせてください。サポートはこちらで]
「う、うん。4本の腕を動かすのってなんだか新鮮」
マイが戦闘に加わったことにより、逆に敵を引きつけることになった彼女にようやく詩音が追いつく。
突如正体を明かしたマイに詩音は質問が渋滞しており。
「どういうことだ? どうしてあんたが“クレアマリス”!? マイ、なんだろ? どうしてコアに収まって?」
「自分でも何がなんだか? マルチプル・ドッキング・システムとかっていうらしいんだけど」
「まじでか。あんたにそんな拡張性が。だがしかし、やれんのか?」
「どうだろう、やってみる!」
2機同時に突撃を敢行。だが甲蟲は寄せつけない。
後ろ翅を爆発で失いはしたが、外骨格でもある前翅を器用に姿勢制御のフィンとして使い、不規則な運動を生むことで的を絞らせない。地上にあってもこれほどの手強さ。
以降は距離をとり、隙をうかがいつつ射撃中心で攻撃を継続する。当然だが双方とも決定打には欠く。
酸はいつか尽きるのだとしても、蟲の体力がいつ尽きるのか。自動人形の電池が切れるのが先か。
「関節に撃ち込めれば……!」
詩音は戦いながら観察する、マイのこの、フィギュアとは思えない自然さ。物の知らなさ。
「何か武器はないの、内蔵武器」
[ライオタイガーの右前腕を飛ばす技がありますが]
「それだ! それがあった!」
[もし破壊されますとP・E・Iが放てなくなりますが宜しいでしょうか]
「だめじゃん。何かないの、わたしの方にも何か」
まるで本物のヒトのよう。本当の温かさ。
武器を持たせたらいつでも撃てるという、自動人形の本質的な冷徹がないのだ。それなのに今は戦えるという。
「そういやさっきから誰と相談してんだ? ひとりごとか?」
「なんだろ? 内なる声? なんだか頭の中で別の子の声がするの」
「デュアルコアAIィ!?!?」
詩音は大声にて驚嘆した。なぜなら身体の容積に対する格納場所が存在しえないはずだから。
「ずいぶんと高価なモン載っけてんじゃねえか。いやしかし? そんな小せぇ身体のどこに2個もメインコアが入る? 大型ロボトイやグレート合体メカならともかく、そのサイズで?」
「え、そんなジロジロ見ないで。下からだといろいろ見えちゃって恥ずかしいから」
「しかも一部電脳が物理損傷してんだろうに再起動できた、どちらも正常作動すらしてみせた、だと?」
「いいから詩音ちゃん、戦って!」
ツルガ工場周辺には栄や梅田から駆けつけた兵も点在している。人の活動が収まる時間帯にならねば組織立った移動ができないためだ。
そのため待機する場所から戦いが見えた、あるいは振動を検知した、または救援を要請された部隊の密かな流入がある。
マイたちの戦いにも援護する者が現れた。
『星ノ宮少佐、こちらでしたか』
「いいところに来てくれた!」
『ほう、頭を潰しても絶命しない甲蟲とは珍しい』
駆けつけた応援は博多の部下たちの一部11機。
他の場所にも大勢の味方の参入があり、相対的に敵の数は減り、士気は上がった。
「あんたらの加勢は心強い。じゃあ頼む、マイを援護してやってくれ。アタシはちと策があってな、その間にスーパーシンメトリオンと攻略法を」
「了解!」
「承知しました!」
「もちろん倒してくれていいからな!」
「そちらも了解です、少佐のぶんは残しません!」
「ああ、死ぬなよ——」
もう二度と修理することはできないのだから、そう付け加えたい詩音であったが。不粋と感じやめた。
結果が伴うかはやらせてみなければ。だが感触として、彼らのもつ、現有兵器での撃破は困難と彼女自身も予測している。
「退けぃッ!」
「邪魔だ!」
参戦した博多の機動部隊に弾かれるかたちで、今度はマイが一時戦線離脱を。
マイの存在が疎ましく、邪魔になると判断してのこと。連携がとれず、同士討ちの危険があることは詩音も認めるが、そのやり口には問題がある。
『では私が代わりに』
『悪い、スーパーシンメトリオン』
敵を討ち倒すのはいつでも自分たちロボトイでなければならない。彼らにとって詩音以外のフィギュアは見下す対象であり続ける。
それを詩音が代わって謝罪する。
「悪りぃなマイ、ウチの部下の教育が足りなくて」
「いいよ、気にしてない。それより、閃いたんだ必殺技」
「どんな」
「どんなって、難しいね説明が。とにかく接近できれば活路はある」
「ふぅん、言うじゃねえか。じゃあ隙さえ作ればどうにかなんのか」
「うん。でもうんと近寄んないと」
「? それってどれくらい?」
「キスできるくらい、かな」
とんでもない方向からボールが飛んできて詩音の目がとび出た。表情は不変も、そう受けとれる所作だった。
「トリプルミーニングなんだ、隙と好きをかけた上で文字を前後逆にするとキスに——」
「ははッ! 言うじゃねえか! じゃあアタシが隙をつくる、あとは任せたぜ」
「あちょっと! 最後まで説明させて!」
詩音が戦場で舞う、部下とともに。その詩音にスーパーシンメトリオンが問うた。
『星ノ宮殿? どうされるので?』
『なあに、あいつらがあんだけ背負ってきたってのにひとつも効きゃあしねえんだ。威力はぜんぶ合わせたってデリートカプセルよかずいぶん下。だったらぜんぶ一気にぶっ放すだけさ。マイがその隙になんとかしてくれる。はずだ、そう言ってる』
『しかし? クレアマリス殿は隊長からウルトラマシンを引き継いだのみで? スーパーツールも何も持たない状態ですが?』
『でもやるって言ったんだあの子が。だったらそれを信じてやるだけさ。やらせて駄目ならまた考えりゃあいい』
マイもふたたび戦闘に混ざる。その間に味方は4機も落とされた。
多対1、依然数では勝るが。攻撃が効かない側と、当たりさえすれば一撃の側。この中からまた1機でも欠けるようなことがあるなら、天秤は一気に片方へ傾く。
「いつでもいいぞ!」
詩音の催促に、マイは短い消沈ののち決断した。
「うん。勝てると、当たると分かってないからって、やらない理由にはならないもんね! じゃあ詩音ちゃん、隙を作るやつ、お願い!」
一か八かの一斉射撃である。
『おおさ! 各員ッ! 一斉射だ!!』
『了解ッ』
持ちうる近接武器以外のすべてを放出して、敵の足どめと目くらましにかかる。その結果を見定めずにマイは必殺技の準備へと移行。
「もうひとりのわたしも、お願い!」
[承知しました。臨界まで110秒]
「見さらせ! これがライオタイガーに着想を得た、P・E・I、改!」
「なんだありゃ!? マイの右手が輝いて!?」
外骨格腕を体の正面で結んでの突撃、それはまさにライオタイガーの必殺技と同じ体勢。その内側でマイの右前腕が密かに、鈍く光る。
一度その攻撃を受けた甲蟲は危機を察知して退がるも、マイは増速して追いすがる。
「はああああああああああああああ!!!!!!」
「他に手はねえんだ! 行け! つっこめ!」
不規則に後退しながら振り回すツノ無しの二脚による攻撃はまるで鞭。ライオタイガーの左腕で受け、すねで受け。
腕が、脚が捥がれて脱落してゆく。
「そんなァ! みんなが!」
ところが崩れる腕や脚にマイが激励される。
『絶対に止まるな!』
『我らのことはいい、そのまま征け!』
マイの隷下に入りマイの命令に服した結果としての損壊ではなかった。それはグレート合体マシンによる自律した自己犠牲であった。
次に肉薄をするのならマイの四肢のいずれか、あるいは機能停止を覚悟した上で前に出なければならない。だからこれはたった一度の勝機に賭ける一撃。
ツノ無しの苦しまぎれの反撃は、マイのみぞおちを捉えた刺突。
すると背面の飛行機マシンがマイの身を反転させた。
「……ごめん!」
『いいんだ、勝て!』
その衝撃を斜めに受けたことから自然に体はもう半転し、正面を向く。
すべてを犠牲にしてやっと相手のふところまで飛びこめた。
見上げるしかない詩音は。
「だがどうする!? 武器がないぞ、マイッ!?」
左腕を失ったライオタイガーの外骨格腕はもうP・E・Iを放てない。
「はああァァァァァァァァッッッッ!!!!」
マイの雄叫びとともに轟いたのは盛大なソニックブーム。
何かが音速を超え、この場での戦闘がやむ。
『!?』
『どうなった!?』
ツノ無しと、マイの動きが止まり。
ほとんど組み合ったような態勢で地面へと落下する。
すっかり弛緩して落ちゆくマイの電脳を、圧倒的な密度をもった情報の奔流が襲う。
「ぅああ……! これは!? いったいなにが起きているの!?」
[詳細不明。おそらく、右腕に内蔵されていた記録かと]
肌に確かな感触を残すほどの超高密度の情報が、身体をすり抜けて過ぎる。突風のように前方から現れては去り、流れては消える。溺れるほど浴びせられる映像群はまさに走馬灯と同質のもの。
「あ……、みんな……? 博士? 奈緒ちゃん? 待って、わたしを置いていかないで……」
[どうぞお諦めを。あれらは残滓、すでに失われたものです]
もつれて落下、ツノ無しを下にして地面と激突した。
「マイッ!」
「クレアマリス殿!」
『無事か!』
一同はマイめがけて急行する。
まるでスイッチが切り替わったかのよう、悲壮感を抱いていたマイが急に唖然とする。
「あれ? なんだか今、ものすごく大切なものを見たような気がするのに。もう思い出せないや」
[念のため、ただいまの擬似視覚映像を保存しましたが、いつの時代のどの場所の、誰のものであったのかは不明です]
「ん、まあいいよ、消しといて。たぶん聞いて説明できる相手なんていないだろうし、もし説明を聞いてもわたしの中になんにも残っていないんじゃあね。容量がもったいないもん、消しといて」
[承知しました]
これまでツノ無し討伐に参画していた自動人形がマイのもとに集まる。スーパーシンメトリオンと詩音の部下はここで情報を共有、戦闘終結と判断した。
『標的の活動は完全停止。どうやら決着のようだ』
『他もおよそ片付いたようですね』
ロボトイは事後処理へ。
マイは右腕を深々と、肘まで突き通していた。金属製の銃弾さえはじいてみせたツノ無しの正面装甲を、プラスチックの貫手が見事に浸透せしめ敵を絶命させていた。
「んしょ」
腕を残骸から引きぬく。
ひじから先の右腕を何度も表にしたり裏にしたりして確かめる。
「よかったぁ、覚悟したほど変形ないや。ちゃんと冷えるまで抜かなかったのがよかったのかな。指もちゃんと動くし」
「そいつは? いったい?」
詩音が駆け寄って、マイの無事を確認しつつ疑問を投げかける。
「まさか!? プラスチックの右腕をあの外殻に突き通せたとでも言うのか!? 砲弾すらはじくのに!? いったい!? どうやって!?」
「っとと、えへへ。どう、新しい必殺技は? 名付けて昏き極光」
拍子抜けである。マイが至ってふつうにはにかむものだから、詩音は拍子抜けするしか術がない。
「おま! それ!!」
「んう?」
「表情! あんた顔に表情なんて作れんのか!?」
「ほんとぅ!? 本当だ、なんでか知らないけど? ふつうに? 動かせるようになったね?」
「なんだそりゃ? なんなんだあんたの身体は」
ぐりゅんぐりゅんと、詩音がマイの顔をこねくり回す。
クレアマリスの際に労せずできていた全身のモーフィング変形を、マイは操ることができない。しかし右腕の発動がきっかけとなり、表情だけはかたちづくることができるようになった。
そんな喜ばしいマイに突如訪れた別れ。役目を終えたウルトラマシンたちが崩れはじめる。
「え!?」
無傷だった箇所も崩壊するものだから、マイは慌てて取り乱す。押しとどめようと手ですくうように。
しかし粉になった各部は、彼女の指や腕の間をすり抜けて散る。
「そんな!? どうして!?」
『気にしなくていい』
『よくやった』
ウルトラマシンたちは労うが。
マイはライオタイガーと違い、P・E・Iに対し最適化されてはいない。さらには右腕の技、昏き極光。マイの体は異常なほどの高エネルギーを宿していた。それは熱だけでもプラスチックが溶融するには十分なほどで。
『貴君が無事でよかった。あの技の負荷に耐えられただけで大したものだ』
「詩音ちゃん、ウルトラマシンたちが……」
「うん……」
詩音もとっさに言葉が出ない。
崩れる。さらさらと。
エネルギー漏れで達したのはプラスチックが溶融するほどの温度、それもマイの右腕周辺のみ。だが全身に分けて装着されていた各部マシンが粉々に砕けて崩れる。実は電圧や温度を超越した概念の負荷も同時にかかっていた。
そんな事象は詩音にとってどうでもいい。戦士が戦い、任務を果たした。その上で去ることに憧れすら抱いている。
姿勢を正すと、母星式の敬礼でウルトラマシンを送る。
「しゃあねえよ、戦士の死に様はいつも一緒さ。砕け、燃え、ひしゃげ、崩れる。アタシらって兵士だもんな。生き残ることよりも戦いぬくことのほうが大事、だろ? アタシもいつか滅ぶのだとして、かくありてえと思ってる」
「そう……なのかなぁ……」
最後は言葉を発せなくなり、ただ崩れゆくのを見守った。
あとで埋葬しようと、マイは細かくなった欠片をかき集める。だが思いのほか残骸は軽く、まるで質量を持たないかのよう。綿毛のように、自身の指が起こす小さな風にもさらわれてゆく。
「あ……。ああ…………」
あとには、早い段階で脱落した左の前腕と、コアロボットだけが残った。
ここに地球のおもちゃを利用してロボトイを生産する意味がある。MIA、つまり作戦行動中行方不明をゼロにすることは、戦場では不可能と言われている。戦闘中に脱落した四肢ともなれば尚更。
だが、万が一にも人類に自動人形の技術が漏れ伝わるわけにはいかない。技術レベルが1に制限されているのもそのためで、たとえリバースエンジニアリングされたとしても、敵側に飛躍的な技術革新を起こさせる可能性をゼロに保つ。
機密性の恒久的保持と、極秘裏のテラフォーミング。これら二律背反する事項を両立させるのにもっとも効果的な施策が、人類の兵器を模した身近な玩具を魔改造した、小型稼働自動人形なのである。
「んで? どうやったんだあの技。データベースにもねえぞあんなもん。自動人形内蔵兵器一覧にゃ載ってなかった」
「あれ? あれはね、原理としてはカンタン、右腕に入ってるデータを暴走させて温度を上げたんだよ」
詩音には意味がわからない。
「右腕に? データが入ってる?」
「? うんそう。データが入ってる」
「イヤイヤイヤ、フィギュアつったら胴にチップが精々なんだって。箱型ズングリ体型のロボトイじゃあるまいに。っとと、済まねえあんたら」
詩音は近くにいる部下に対し愛想をし、部下も気にかけていない旨の返答を手でした。
だが詩音は詩音でロボトイを別個の存在として認識しているし、部下もまた部下で、尊敬しながらもどこかで差別をしている。
「とにかくだ、腕に回路を仕込むなんて」
「でもそう言うんだ」
「誰が」
「サポートAIさん? 名前はまだない」
「右腕にデータ……。じゃあ何か? 右腕の電子回路の熱暴走を貫手でやったってのか!? しかもあの破裂音、まさか音速を超えた? 貫手のHEAT弾!?」
つまりは、成形炸薬型の戦車砲弾が標的に命中した際に起こる物理現象と同じ。貫手の先端が敵の外装に接触したのと同時に高温高圧のメタルジェット、マイの場合は若干異なり、マイを構成する金属とも樹脂とも異なる溶融した素材を装甲内に極音速で挿し入れたのだ。
マイの貫手はツノ無しの体表で爆発的に溶融し、体殻を貫徹するや槍状に浸透、体内の深くにまで到達。実に刺し入れた長さの18倍にまで達していた。
その後サポートAIによる制御で可能な限り自らの物質を回収。元通り腕の形に戻った。いくらか足りない体積に関しては、鋼鉄のようなツノ無しの体組織を取りこみ補った。
「よく分かんないけどたぶん。それで合ってるって言ってる。右手ではこのさき計算ができないらしいけど、よかった、この程度で済んで」
詩音は憤慨した、マイがことの重大さ加減を理解していないことに対して。
「オイオイオイオイ! この程度で? 済んだ、だと!? あんたの右腕に内蔵されてるはずの記録域がぜんぶ消えちまったんだぞ!?」
「それで済んだんだからいいじゃない」
「ッッッ!! あんたは! 記録をいったいなんだと思ってやがんだ!?」
ロボトイやフィギュアにとって、データは何にも代え難いもの。身体の一部どころか、こころの一部と言い換えてもいい。それを失って平然としているマイを詩音は許せない。
しかしマイにも確たる矜持があってのこと。急場凌ぎとはいえ計算し、決断したのだ。そこにいくらの未練もなかった。
「記録? 記憶だよ。アクセスもできない忘れちゃった記憶に価値なんてあるのかなぁ。それにもう失っている記憶だもの、有効活用しなきゃ」
「バッカ! ちゃんとメンテすりゃあ戻る可能性だってあったんだっての! 右手に何が入ってたのかなんて、あんたにだって分かんなかったはずだろ! 運動を司る部分どころか、もし自我が失われるなんてことになってたらどうするつもりだったんだ!」
「うん、まあ、そういうのは身体の中心に近いところに配置してあるかなあって。これでもちゃあんと計算したよ。計算して、使った。だから後悔なんてないし、間違ってるなんてこれっぽっちも思ってない」
本当は右前腕どころか右の肩から先ぜんぶ、さらにはこの機能を発現するに当たって関連する部位が網の目のように全身から損われている。だがこれ以上は詩音が激昂するからと、マイは情報を明かさない。
呆気にとられた詩音が見下ろしながら非難する。
「なんつー目ぇすんだよあんた……」
「どんな目って、そりゃあフィギュアのプリントされた画一的な目だよ。あなたたちと同じ、ね。まあ、わたしのはガラス玉が入ってるのかもしんないけど。たとえ触れても、なにも感じないただのボール。嬉しいときも悲しいときも変わんない、乾いた機械の目だよ」
マイはそう言いつつころころと、自らのグラスアイを指で回してみせた。




