第1話 本社急襲作戦
——酉の方角より来たりし暦、酉暦2027年1月19日、午後10時22分。
世界最大級の総合おもちゃ企業、その本社工場の上空へ達する未確認の機影アリ——
ロボット・トイによる、すべての戦ったロボット・トイのためのアフリカ戦終結宣言記念式典が、人類には秘密裏にとり行われた。その式典への参列を替玉の半自動人形に演じさせ、当事者たちは密かに輸送機で飛び立った。
向かった先は日本。
ゆるゆる深まりゆく夜の、しかしヒトの経済活動の影響で決して十分でない静寂のなか。
自衛隊のC2をそのまま小さくした模型の輸送機は、貨物室をすべて電池で埋め尽くすことで非音速下での無着陸飛行を実現し、ついに目的地である静岡の株式会社ツルガ本社工場上空へ到達した。
翼幅わずか2メートル半しかないその超小型輸送機の腹をひらき、多数とび出したのは全高20センチほどのロボット・トイ。つまりはおもちゃである、通称ロボトイ。
そのなかの最上位クレアマリスは僚機とともに自由落下を開始、最終作戦はすでに佳境をむかえていた。
(…………!)
(上空を通過すると見せかけて。順調ですね司令)
(いや、どうも勘づかれたようだ。もうすぐ高高度迎撃機が上がってくる)
音声会話ではない。外部にもれないための接触回線を使用した、電脳と電脳の通信である。
参加機体は降下しながら円陣を組んでいた。
(チィッ! 勤勉かよ、これだから本店連中はいけすかねえ)
(問題ないね。ここまですんなり来られたんならもう成功したも同然だって)
(事実、多少の弛みはあったでしょ。アフリカ平定記念式典の翌日に、その英雄がこんなところにいても許されているのがその証拠さ)
(バカを言うな。人じゃないんだ、機械に弛みなどありはしない。こいつに使われたネジじゃあるまいに)
(ハァン!? テメェ、こんな時まで突っかかってくんのか?)
(飽きもせず。あきれた)
(いいじゃないか、彼らはいつだって彼らのまま、神妙にするだけが別れじゃない。だろう?)
(フ……)
迎撃機に備えるよう指示が出た。
固く結束していた腕部を開放すると、各機がもつ固有の空気抵抗で自然とばらける。これが今生の別れになると知りながら、いとも容易く。
これまで厳命していた通信の封鎖を、クレアマリスは自らの通信をもって解く。
『輸送機は?』
『自動操縦で所定の場所への軌道に乗せました』
『うん、それでいい。ご苦労さま』
『いえ。いよいよですね』
『ヨッシャああ!』
『ほんじゃま、盛大に逝きますか!』
小さなロボトイと言えど羽根でなし、地上まではわずかな時間。それでもクレアマリスは姿勢を変更、仰向けとなって。
天空のオリオン座を見上げた。
「あの鼓形がほとんど見えない……」
深刻な大気汚染の影響である。午前0時前の地上の光害もあり、鋭敏なセンサーですらそこにあるはずの星座を捉えることが難しい。
彼らの母星からはオリオン座はオリオン座として存在せず、名前も形もまた異なる。ゆえに彼女の感傷はわずか数十年前に向けて、この星の上で過ぎた時の流れに対して。
淋しさをおぼえたあとは翻る。厳しい視線を星空よりも明るい地上に下ろし、ひとりごちた。
「行くよ。あの日みんなや先生と、あると夢みた未来が最初からなかったなんて。今はまだ、信じたくないから」
目元をぬぐうが、除去するはずの涙などはプラスチックの身体で生成するはずもなく。ただ硬い手の甲が、より硬い目じりをなぞっただけ。
意を決して発令する。
『各員、散開!』
『はッ!』
『フ……』
『セーフティ解除』
『ご武運を! 指令!』
『地獄をみせてあげる……』
『バカども、先に墜ちんなよ?』
『そっちこそ!』
『来るぞ! クレアの真下!』
『!!』
クレアマリスは鎧を飛行形態へと戻し、つながった左腕であやつると空中で急速転進、ビームによる射撃をかわす。
さらに自らをモーフィング変形させると双胴機となり、空中戦を展開する。
飛行形態をとりうる者、あるいは人型のまま飛行できる者が先んじて迎撃を。その後ろでは飛行能力を持たない、主に重火器を携行または内蔵した者が温存され沈黙を守る。とくに後者は特攻機、トイの身でありながら破壊を体現していた。
『やるぞ! 最初で最大の親不孝、本社工場急襲作戦、最終局面開始!』
寡兵わずか9機による本社への謀反。それはまさに、いま終わるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日。日付が変わろうかというころ。
魔法少女の装いをしたトップエースは暖簾に腕押しとなることを承知の上で、専用回線越しに基地司令へと怒鳴りこんだ。
相手は心底面倒であることを隠さず応じる。
『なんだ君か、任務はどうした? ったく、このクソがつく忙しいときに』
『呑気なこと言ってんな! あんなもんアタシひとり居なくたって。んなことより聞いたぞ本社の襲撃、今そっちに向かってる!』
『そのことか。すでに飛行能力をもつロボトイには急行させたし、静岡本社工場の直掩部隊は当然のこと、梅田や栄からも派兵したはずだ。だから詩音くんの出番はおそらくないぞ、たとえ君がここの絶対エースであってもな』
『手ぬるいぞ! どこのどいつだか知らねえが、相手はおそらく周到に準備してきた、あるいは圧倒的大戦力のはずなんだ。だってそうだろ、数多の難敵を退けてきたあの本社が、接敵してすぐ全方位に対し弱音を吐くほどの。なあ、あんただって本当は分かってんだよな?』
もっともであると、基地指令たる師団長は演算した。
本社工場に現在どれだけの被害が出ているかは判明していない。襲った敵の規模も明らかになっていない。
何もわからない状況に陥るほどの損害が、すでに出ていると言い替えてもいい。
『うむむ、そうは言ってもだな。この基地の最速は変わらんぞ。何をするつもりかは知らんが、君が後詰めの輸送機で向かう以上の無理をする必要はない』
『何時間もかかるじゃねえか! 音速制限のある輸送機なんか論外! 梅田だって栄だって現着したかどうだか。だから団長! せっかくなんだ、無理をしよう!』
『?』
提案され、しかし理解には至らない。彼女が、星ノ宮詩音が考えた無理というものが、基地司令には伝わらない。
『そこにはあるだろ! 他の基地にはない、そこだけにしかない超大型兵装があるだろ!』
『兵装だと!? それを使う? 君は? いったい!?』
詩音は確信犯である。
『ふふん、そのまさかだよ』
『そんなバカげた賭けに許可など——』
『できるはずだ! こうしている間にも本社が陥落しちまう! アタシをここのエースだと認めてくれているのなら! ほかの誰でもない、アタシだからやれる! この世から工場が無くなるよりも早く!』
『ぐむ……』
判明していることもある。
本社からの音信は最初の救難信号のみで途絶えた。被害が出ているからこそ打電があり、また途絶えもしたのだ。
しかも本社だけでなく、他の基地とも繋がらない状態に陥っている。通信に関してはすでに深刻な状態にあると言っていい。
単純に通信設備が被害を受けただけなのか。
それとも施設全体に甚大な被害が出ているのか。
わからないままに救援の準備を進めていた。
『本当に危機的状況であるのなら、そろそろヒトの地上波でも報道されるだろ。それを待ってからでも——』
最後までなんか言わせない。そんな与良話を聞くために詩音が走っているのではないから。
怒りと信頼と絆と、傷の入り混じった感情が戦友を痛烈に指弾する。
『是我が痛みだろ! アルタイルッ!』
『ッ!?』
彼の電脳を雷霆が貫いた。そう錯覚するほどの衝撃だった。
詩音の言い様は普段から粗野だが、ここまで直球の強い非難を受けたことはついぞない。たとえ口論の場であっても。
アルタイルは自らを恥じた。
詩音とはそういう戦士だった。ラオスでも、ビルマでも。
彼が栄達し前線を退いて以降も、彼女は絶えず現場に在り続けた。
計算結果を度外視する詩音は常勝とは程遠いが、どんな戦場にあっても最善の結果を残す。犠牲の上に立つ勝ちよりも、負けのなかの最良を持ち帰る。
彼女は自動人形のために戦ってなどいなかった。ただ隣にいる戦友のために立っていた。
『チィッ! わかった、並行して準備させる。しかしだな、君の体躯で本当にやれるのか?』
フィギュアであるためニイッと不敵な笑みを作ることはできない。表情は常に固定されている。それでも、くいっとあごをあげた彼女は街角の光を帯び、口角はさらに上がったように映る。
『それは試してのお楽しみ、かな。待ってろ! すぐそっち行くから!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人類には見えないところで準備が進められていた。しかし、外側で動かさなければならない部分というものはあり、見る者が見れば通常とは異なる演出がいくつか。それでその道のオタク界隈のSNSではちょっとした祭りになっている。
当事者側である自動人形でも、異変について通信を入れてくる者や直接問う者もあらわれた。
「起動させた、だと!? おい貴様、どうなっている?」
「ヴァーミリオンさん! 一昨年のヤンゴン戦は今や語り草ですよ。いつシンガポールからお戻りで?」
「世辞はいい、で?」
整備兵はそこから見えもしない砲口を見上げ、ただし正確に筒先をとらえて睨む。
「それが小官も命令に驚いているところでして。じつに除幕式前夜の極秘試射以来ですよ。なんでも本社要請のスクランブルに呼応して発射されるそうで」
「スクランブル関連だってのは分かりきってる、だから謎なんだろ? だって素粒子収束ビームなんだぜ? 励起させて方向性を持たせたストラウス素粒子は重力の影響を受けずに直進する。ここから本社を狙い撃つには、実に地上7万メートルまで敵に飛びあがってもらわにゃならんのだ」
「ええ、この星は極めて小さく丸いですからね。砲弾のように曲射できず、濃厚な大気が減衰させるため実体弾にすら劣る。なのに強行するみたいで」
「ったく、本社でなにが。いいや? ”上”で、いったいなにが起こったってんだ?」
同刻。
星ノ宮詩音は魔法少女への変身、現実の玩具的には換装をすませ威風堂々。今や遅しと腕を組み、まさに発射されんとする超大型兵装を相手どり、砲口を前にして仁王立ち。
その傍らで、彼女の外装の最終チェックをおこなう戦友から、エースへ軽口が向けられる。
「いいこと詩音、向こうに行ったら絶対いい自動人形をみつけてくるんだよ?」
「またァ? ロボトイやフィギュアが色恋とかねえ、非生産的だから。あんたらこの星に感化されすぎなんだよ」
「こうやってわざわざ自我を与えられたのに? 相手を想って想われては、今や普通のことでしょ。それに私たちは母星で生産されたフィギュアじゃあない。この星の生まれ、地球産と言っていい、でしょ? だったら恋愛するほうこそ普通なんだって」
「へいへい、すきにしなよ」
「もう、素直じゃないんだから」
戦友は後ろ手をふってその場を後にした。
背中を見送った詩音の視界のすみ、カウントダウンされていた数字が5分を残して消えると、同時にアルタイルから通信が入る。
『じゃあ本当にいいんだな?』
『おっと、もしかして準備できた?』
『今なら基地のみんなにごめんなさいって言えばそれで済むが』
『いいからやっちゃって! 向こうでみんなが、まだ生まれる前のトイたちが待ってる!』
『ったく、この恩知らずめ! 爆散しても知らんぞ! ええい、撃ちさらせ!』
至極乱暴な命令が飛ぶと、オペレーターは自らの職責を為す。
『は。発射シークエンスへ移行します。カウントダウン20、19——』
「みなぎってきたァ!」
通行人は見上げる。福岡は博多の、象徴たる巨大ロボット立像を。
深夜にも人々は安穏でいた。静岡で起こった有事を、福岡はまだ知らない。
ライトアップされているがゆえに見えづらい部分もある。その陰の部分でひとり戦闘体勢に入るのは星ノ宮詩音。
彼女の視線の先、砲の最奥で赫く臨界になったストラウス素粒子が滾る。
詩音は砲口へ一歩進入、携えた槍を両手で掲げ、目線の高さで横一文字にした。
「アイス! AL-ICE(アル=アイス)頼む、アンタの出番だ!」
[承知です]
「バリアフィールド、全ん! 開ィィ!!」
『2、1、発射!』
かつて戦友に搭載されていた補助AIの防護フィールドが詩音を包み、直後にアニメ映画と同じ砲撃音が高々と鳴る。
「アタシを曲射しろォ! ロングレンジ・ビームキャノン!! ぅぉをををおおおおおおおお!!」
直後、実物大立像が背負う超大型ビームキャノンの砲撃が容易に、1キログラムにも満たない彼女をどこまでもはじき飛ばした。
巨大立像のライトアップはここで終了。
自動人形の動向など知り得ない人類の、偶然居合わせた数少ないギャラリーは、今の出来事にざわめき、しかし冷静に時計を確認する。
日付が変わる正刻におとずれるレアな演出と納得した面々は、いくつかの写真をおさめるとふつうの生活に戻っていった。
無事に送り出した基地司令アルタイルからは感想がもれる。
「いや、叫んだところで出力は変わらんのだが」
「識別信号は健在、時速およそ5700キロで東北東へ。……文字どおりすっ飛んでいっちゃいましたね」
カウントダウンを終えたオペレーターたちが元の作業へともどるなか、その中でも高位に当たるロボトイと、基地司令たるロボトイが感想を交わす。
「恐れ入るよ。彼女はいつも無茶をする」
「ああ。大砲を宅配便がわりに命がけのフライトとはな」
「向こうじゃまだフィギュア差別が横行しているそうだが」
「なあに、彼女なら心配いらんだろ。そもそもここだって今みたいな平等なんて空気なんかなかった、彼女が変えたんだ。彼女が戦って戦って、フィギュアがロボトイに劣らないとその身で示した」
「フ、そうだったな。当人はかの先駆者、フィギュア解放の旗印クレアマリスの真似事をしただけと言って譲らなかったが」
そこは地下基地。見えるはずのない上空を仰ぎ、アルタイルはつぶやく。
「死ぬなよ詩音くん、きっと本社を守ってくれ」
「あの無鉄砲さでまた活躍して、帰ってくるさここに。百点満点の笑顔といっしょに」
「なにを言っとるんだ、表情は固定に決まっとる。しかし静岡か。戦闘に参加、メンテ、輸送。それと我らの悲願、“いざツルガ”。早くとも1年後にはなるだろう。それまで静かに過ごせるな」
「寂しいのかい?」
「バカは休み休み言うのがコツだよフレースヴェルグ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フングオおお、すんげえ空気の抵抗……!」
詩音は自らが砲弾となって飛ぶ。
本来髪はとり外したほうが空気抵抗が少なく有利だが、彼女のものは一体成型、頭部と髪でパーツ分けされておらず。しかし比較的短髪であり、偶さか空力を妨げない形状をしていた。
「まるで土の中を進んでるみてえだ。もし指なんか出そうもんなら簡単にもげるぜ……!」
めざしていた方角に不吉な灯りが。それを双眸という名の光学センサーがとらえた。
「くそぅ、こういうときの予感は当たっちまうんだよな……」
大規模な火災である。広大な面積をもつ、ひとつの区画がことごとく炎上中。
夜間に明々と火炎を、同時にもうもうと黒煙を吹き上げるのは、座標から特定するまでもなくツルガ本社工場。すでに敷地全域が手をつけられない状態に陥っており、主だった建屋は全焼の気配すらただよう。
何者かからの強襲の報を受け、九州から飛行部隊が先発したのはずいぶん前。詩音はそれらを途中追い抜きもしたが、最初の救難信号からはゆうに40分が経過していた。
彼女は自らに言い聞かせる、他のだれでもない、ここにいる自分が。
「やるっきゃ……ない! いけぇえ!」
放った先は後方。装備のほとんどは実弾系、撃った反動でさらに加速するための全弾斉射である。
海を標的に、ありったけを吐き出した。相模湾で人知れず、決して小規模でない爆発が起こる。
「驚かせてごめん、船の人。さあて、あとは摩擦だけでいけるか……?」
この増速は入射角を少しでも浅くするためのもの。減速しては返って垂直落下に近くなる。そのための水平方向への軌道修正。
手持ちの弾を失った武装は手首が折れるので放った。槍も増速のために先端の射出機能を利用するだけして捨てた。
手足を可動域のかぎり縮めて丸さを出し、まもなく地上。
「ッ……! 耐えてくれよ、アタシの関節ッ……!」
フルアーマードレスの装甲で地面との摩擦に耐える。誘爆しうる弾薬はすべて発射した。今は材質の強化ポリスチレンの発火点を、上まわらないことを願うばかり。
「チィッ、やっぱ超えちまうのか!」
破損を抑える目的のきわめて浅い入射角、そのため衝撃は最小でも、地面との摩擦は最大化する。
詩音はひとつの面で地面とこすれないように、転がるようにして着地したのだが、それでも着火してしまった。それほどの速度があった。
「あれ!? 外れねえぞ!?」
詩音が混乱していると、AL-ICEが自己判断でパージする。
[ドレスを強制排除します]
「助かった! サンキュ!」
彼女は本来の着脱方法で外そうとしたのだが、アーマー側が機能停止に陥っており無反応。見かねたAL-ICEが爆砕ボルトに点火をし、強制排除したのだった。
[急ぎませんと]
「だな!」
走る。
今はどうにか走ることができる。ゆるんだ関節部はどうにかついてくる。早急にパーマネントマットバーニッシュによる関節へのメンテナンスが必要とのアラートがでる中、それを無視してひた走る。
広大な敷地を有する工場の大規模火災とあって、とうぜん人類の消防隊が現着しており、鋭意消火活動中。世界有数の大企業の有事、あるいは不祥事の可能性とあって野次馬も多数出ている。
自律稼働するフィギュアとしては表立っての行動は許されない。ヒトに対する存在は徹して秘匿されている。このため縁石や街路樹を利用して目立たぬよう、ヒトゴミにまぎれ、炎に照らされないようにして近づいてゆく。
「いけるアイス?」
[もちろんです]
詩音は唯一残ったオプション装備を鳥型形態に変形させ、放ち、自身は人目をはばかる。
AL-ICEが上空から共有してきた視覚には、予想だにしない光景が広がっていた。
「これが!? あの本社工場だってのか……!?」
遠くから捉えた際の目測は、解像度の限界から多分に希望的観測をふくむ修正を受けていた。今は間近、電脳による補正なし。
自らをも製造してくれた工場、それが見るも無惨な姿で。
かつての面影などどこにもない。敷地内の大小ある全建屋が一様に燃えている。
恨みとすら読みとれる徹底された破壊。シルエットだけを保持した建造物が轟々と燃焼を続け、窓という窓から、屋上から排気口から換気扇から火を噴いている。
ヒトの避難が完了しているため救助活動の気配はない。放水は積極的な消火を目標とせず、周辺地域への延焼を防ぐ目的へと切りかわっていた。
もはや手をつけられる状態ではないのだ。
「くぅッ! この……!」
詩音は立ち尽くす。
工場内施設の案内マップ、金属製のそれすら容易に変形させる放射熱を前にして動けない。己が身を案じて。彼女はポリ塩化ビニル製なのだ、耐熱性は極めて低い。
ヒトは無事に避難した。ヒトは。
だがプラスチック製のフィギュアは炎に焼かれ、金属製のロボトイは熱溶融している。
組み立て途中で。
あるいは塗装前で。
パッケージに入れられ、ブリスターパックから出られない状態で焼かれている。ダンボールの中で燃えている。
「アイス、戻っといで」
[了解です]
消沈しながら指示を出しつつ、詩音は自身とまだ見ぬ要救助者との間でゆれていた。
百歩ゆずって、自我を持たない通常のおもちゃ製品ならまだがまんできる。また、自律稼働できるロボトイやフィギュアは奥まったセクションでの少数生産、決して多くはない。
だがゼロではないのだ。
起動スイッチを入れられることなく、ただ炎に晒されている個体は必ずあの中に存在する。
この期におよんではイチ戦闘員たる彼女にできることなどない。それを自覚して立ち尽くす。
故郷の危機に馳せ参じることはできた。しかし救うべき味方は火炎の奥、討つべき敵すら見えない。無闇に飛びこんでも、無惨な燃えかすがもうひとつ増えるだけ。
たとえ高度なAIをもつ自動人形といえど、その身体は亜鉛合金かプラスチック製品であることに変わりない。自らの耐熱能力を千度も上回る熱には対処のしようもない。
それは先刻わかっている。ヒトの身であれば無謀にも飛びこめた。だが彼女は高度なAIなのだ。無味乾燥に計算して、動けずにいる。
電脳はひっきりなしにアラートを。だからと言ってそれを易々と飲みこめるほど冷徹でもない。
眼前にはまるでこの世の終わりのごとき大規模工場火災。数多ある建材やプラスチックが焼ける異臭が容赦なく立ちこめる、煙を延々吐きつづける災禍の中より何者かがいま出でる。
[接近警報! 2時の方角から!]
「!? なんだって!?」
業火を突き破って漆黒の戦士がただの一機、勢いのまま雄々しく脱出してきた。
外観からは個体の判別がつきにくい。
火達磨である。その体躯は渦巻く炎を纏っていた。
圧倒される、あまりの惨状に。それと同時に、詩音は黒衣の戦士の受難を前にして、あろうことか電脳の高まりをおぼえていた。
「ッ……!?」
彼女は守備隊のひとりであろうと思った。戦闘団とはぐれた、ただ一機の生還者。あるいは、生産されたばかりで運よくパッケージから脱出できた個体。
人々はその存在に気づけない。大小あろうとせいぜいが30センチにも満たないロボトイである。珍しくもない小さな破片が、視界のはしで飛び散ったくらいの認識でしかない。
生還者は死力を尽くした。
以降はよろよろと、放射熱が深刻な影響をあたえないところまで離れると。
立ち止まり。
後続はなく。
角ばった屈強な一機のほかには何も。唯一の生き残りである。
前ぶれなく、彼の外骨格が解かれる。詩音も先ほどそうした、内蔵火薬による強制排除。
ちらと垣間見えた内側は異なる配色であった。全身の黒衣は燃えて変色したもの、着脱可能な外装の内側は無事。
ところが。
「え……」
中の姿が露わになるよりもはやく、燃えさかりながら倒れた。
「ウソだろ、おい! 大丈夫か!」
緊急事態に陥った。このままではせっかく無事だった中身も燃える。
しかし詩音は動けない。フェイルセーフがあるのだ、電脳による制限がかけられている。
黒焦げのロボトイはヒトの目には映らなくとも、肌が多く露出した、明るい配色の彼女が出ていけば発見される恐れはある。
そのとき。
「ウ……」
要救助者から発せられたのはただひとつだけのうめき。
聴覚センサーがそれを捉えた瞬間、詩音は自身に対しブチ切れた。計算を超えた行動、自分がやらねばと覚った。
あらん限りの勢いで駆け寄って。
声をかけるのは無駄だとわかりきっている、なぜなら回線が閉じているから。個体識別信号すら出ていない。
だが戦闘による損壊や故障で出なくなることはままあること、疑義があるも一刻を争うとき。納得し救命にあたる。
[推奨できません]
「んなこた分かってる! ええいこの際だ、腕部はダメになったっていい!」
AL-ICEの警告を聞き捨てて、自身も損傷を負うのをかえりみない。速さこそが命、一秒でも短く。
燃え盛る部分を優先して、熱を持った外装を迅速にとり払う。
「ム?」
足首が露出したのを確認するやひっ掴んで、中身を乱暴に残骸から引きずりだすが。
「重んも……?!」
そこで目に飛びこんだのは意外な事実。
「はぁ!? フィギュアだって!? じゃあこいつ、いったい何でできてやがんだ?」
ロボット・トイだと思っていた相手はフィギュアだった。焦げた外装の内側から現れたのは、プラスチック製の女性フィギュアだったのだ。だがその重量が、比重が明らかにプラスチックのそれではない。
身体の炎は外骨格と共にとり去ることができたが、とくに軽装だった頭部が依然燃えさかる。
手がつけられない。髪はもう、助からない。
あとは頭部と髪が一体成型かどうか。仮に接着されていても剥がせる勢いで。
「たのむぞ、別パーツであってくれよ! 南無三!」
熱で接着剤が弛んでおり、手刀で勢いよく払いのけた髪パーツは思いのほか遠くまで飛び、炎の中へと消えた。
運よく別パーツであったのだ。
「ふぅ、首なしになることだけは避けられたか。……髪は人形の命だってのに、悪ぃな」
剃髪したかのような頭部があらわになった。髪がヘルメット代わりになってくれたおかげでフェイスパーツにはダメージが見てとれない。
あられもない肢体、一糸纏わぬ女性のフィギュア素体が横たわる。
外装のおかげで断熱されており、素体の温度は比較的あがってはいなかった。そのため詩音の腕もまた深刻なダメージを受けず、素体もきれいな状態をたもつ。
「フゥン、超かわいいじゃん」
スキンヘッドになってしまってもわかる、端正な顔立ち。世に売れた秀逸な商品は数あれど、このフィギュアは別格、芸術の域にさえある。
愛玩が主目的のフィギュアであるから当然ではあるものの、それにも増して造形師の腕前が知れた。
「『ないはずの部屋』は燃えたのか?」
射るような視線だけを詩音に寄こした、それは不意の素体からの問いかけ。
まるで感情を乗せない機械的で、しかし戦いに身をおく緊張に満ちている。
機能停止には陥っていなかったと安堵しつつ、応える。
「ああ。工場はぜんぶ燃えちまったよ、あれじゃ跡にゃなんにも残りゃあしねえ」
「ふ。そう……か」
「——は?」
まるで安堵したような返答に驚いた。
以降はピクリとも動かない。
「ふむ、死力を尽くしたが力足りず、ということか。にしても。ないはずの部屋、ね。なんのこっちゃ」
詩音は素体について検索をし、すぐにデータベースにはない製品と判明した。ただし本社工場から焼け出されてきた個体と考えられることから推測はできる。
複製された量産品ではない。造形師みずからの手による一点ものの原型。つまりは試作品である。それがこの素体であると。
「流通させねえ試作品を、戦地へ送る消耗品の自動人形にわざわざ改造なんてするかね? ここの防衛用? にしても替えパーツの問題だってある。そもそも何のキャラだ? アニメでもマンガでもない、小説にも該当作なし。オリジナル? 服もぜんぶ外装式なんてめずらしいやつ。下着すら直接造形されてねえとか——」
その時。人の消防隊が驚いて一時後退するほどの、まあまあの規模の爆発が起こった。と同時に、破片にまぎれて多数のロボトイが飛び出す。
一団を見上げつつ詩音は問う。
「守備隊!? 直掩のか!」
『む、博多の識別だと? ずいぶんと早いが』
「無事だったのか!? 戦況は?」
『九州が応援に寄越したのがフィギュアだと? しかも2体だけ。ハッ、武器も持たずに』
『手を出すな、その損傷機とともに戦場から消えろ。プラッチックのフィギャーごときに出る幕などあるはずがない』
「く!」
武器は持ってきたのだ。しかし着地のためにすべて失った。
詩音はそれを弁明したかったが、役に立たないのは厳然たる事実。動けない素体を抱えて参戦できるはずもなく。
問うた戦況も共有してはくれなかった。どのみち武器の貸与もしてくれまいとあきらめる。
以降守備隊は詩音を相手しない。これまでの会話は準備が整うまでの戯れ事であった。
『外装の冷却が正常範囲に到達しました』
『同じく』
『こちらも』
『再突入だ、行けるか』
『応さ!』
『では我に続け!』
彼らは嵐のように現れ、雷のように去った。
また、炎の中へと。
詩音は言われたまま、素体を抱えて避難する。
「すんげぇな、終始空中で静止したまんまかよ。あの渦中でも稼動可能とか、いったいどんな装備してやがんだ?」
感心はしつつ、同時に不快にも感じていた。
「にしてもあいつら、アタシの撃墜スコアくらい見えてんだろうに、ひとっつも驚きゃしねえでやんの。あれがうわさの、本社秘蔵の精鋭部隊ってやつか」
美少女アニメ台頭の影響でロボトイの市場が減衰し、代わりに隆盛したのがプラスチックフィギュア市場。
ロボトイの生産数が減っては戦線を維持できず。苦肉の策として戦地に投入されたのが完全自律稼働型フィギュア。前線はすでに、フィギュアなしでは維持できない時代に突入していた。
数を減らしたロボトイは、戦場を支えるために重武装化の一途をたどる。いわゆるロボトイの恐竜的進化である。
ロボトイに比べプラスチックフィギュアの歴史は浅い。ジェネレーターが小型なため非力で、反動に関節が耐えられないことから武装の威力は低く、武器携行数や弾数は少なく、細い関節は損傷しやすく、戦地投入は近年になってから。
長年戦場を支えてきたロボトイにとって、フィギュアは後からきた異質な存在に映る。敵ではないが、味方でもない。優れた個体であるとの自負から、フィギュアに対する差別が自然発生し、今日に至る。
詩音が消沈しながら尋ねる。
「なあアイス、さっきの振動、あれは……」
[残念ながら。おそらく]
AL-ICEに尋ねるまでもなく、彼女のセンサーも捉えていた。
先ほどの爆発、その爆心地が、実は地下深くであったこと。詩音がもっとも守りたいと思い、誰しもが無事を願った場所を襲った破滅的破壊。
音だけでさとった、願いは叶わなかったのだと。
だがたったのひとつ、1体のフィギュアだけは救えたから。だから必要以上に悔やまない。
「にしてもフィギャー、ね。しかもプラッチック! か~な~り~久々に聞いたぜ。てか、やっぱ重すぎんだろこいつ」
素体を負ぶさって移動する。
詩音は、その差別とは博多でも、派兵先のアジア太平洋地域でも戦ってきた。戦って今の立ち位置を勝ちとった。
それでも認めようとしないロボトイは認めないし、彼女も別に、かかわる全員を納得させようだなんて考えていやしない。
ただ、あの日あの場所で達成されるべき命令のために戦った。となりで前進する仲間のために前進した。そこにフィギュアとかロボトイとかの区別はなかった。
ツルガ本社工場の一角にある、地球上唯一の超小型自律稼働自動人形製造設備。そこが今事変の文字どおり火元であった。
それをふくむ静岡工場が盛大に燃えて、失われた。クレアマリスたち一派の謀反によって。主に揺動のため、戦力を分散させるための広範囲への工作。破壊され尽くし、以降二度と元に戻ることはない。
異星よりもたらされた唯一無二の科学技術は、この日を境に地球上から永遠に失われた。これより先は生産もできなければ修理もできない、遠大な消耗戦へと移行する。
それを真に理解しているのは現状、襲撃犯ただひとりの生き残り、首謀者クレアマリスその人のみである。星ノ宮詩音の背に負われた、満身創痍の彼女のみである。




