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オレとカノジョのヒーロー活動  作者: 赤城青
第一章 透明の悪意
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第一幕 ヴィランの子 ⑥

 『Star Garden』から出ると、空は不安感を煽いでいるかのように濁っていた。

 少しだけ見入っていると、通行人の多くが傘を持参しているのでこれから雨でも降るのかと察すると、下を向いて歩き出した。

 南地区の歓楽街付近なだけに人の数が多いのとなにげに大きい高層ビルが多い。

 これでは先に出たセイラを探すのに時間が掛かりそうだなという期待は簡単に裏切られた。

 多くの人達は足を止めて、そこに存在する異質な者に視線を奪われている。

 セイラはただ天まで煉瓦と瀝青で積み重さねた高層建築物をただ見上げて立ち尽くしているだけだが、そこだけ異世界に放り出されたかのように明確に区切られていた。

 彼女は圧倒的に美しい。それは事実であるが、誰も彼女に話しかける事はない。

 それがいくら巧妙なナンパ師でも最大権力者でも同じことだ。

 踏み出せない。踏み出す許しがない。どうしても足が竦んでしまう。

 多分、これは人の本能が彼女の存在を受け付けなれないだけなのかもしれないし、ただ彼女の美しさに萎縮しているのかもしれない。

 その判断も出せない俺もまた踏み出す事に躊躇いがある。

 オレはこれから彼女に関わっていていいのだろうかという確信はない。逆に関わることは間違っているのだと本能が訴えかけている。

 それでもオレはそれらを無視するように歩いていた。


「それでお嬢様はこれからどう動く予定ですか?」


 その寂しそうな背中に声をかけなければいけないと思うほどに『誰か』に似ていた。


「……わたしにこの都市を案内していただけますか」

「あれ、調べものはいいのか?」

「今はいいです。それより優先的にインビジブルを追いましょう」


 なにを考えているのかわからないセイラはマイペースに歩き出した。

 周囲の人達からはナンパしたオレが冷たくあしらわれている光景にしか見えなかったのだろうか、視線がなんだか温かい。


「案内と言われてもな……オレが知っている事はもう知っているだろ」

「はい。ですが、わたしの惑星とそもそも文明が違いますので、ハルヒロさんの常識に度々疑問があります。例えばあれはなんですか?」

「萌萌アニメモーメントっていういろんなキャラクターのグッズとか売られている店だよ」

「ではあれは?」

「……乙女の嗜みだな。防衛省の息子さんが通っている場所だな。お前わざとやってる?」

「興味深いです。さあ乙女の嗜みにレッツゴー」

「ゴー──いや行かねーよ? いや行かせねーよ?」


 地球の腐文化を教えたら取り返しがつかないし、なにより宇宙認識に捉えられるのは流石に御免被る。


「ならあそこにしようっと思ったけど、金がないから覗くだけで」


 オレは腕を組むようにゲームセンターに連行する。

 すると突如現れた美少女に何事だと俺達に注目され始める。


「あれはUFOキャッチャー。言っとくけど本物のUFOじゃないぞ」

「UFOとはどういうものなんですか?」

「宇宙人が乗っているやつだよ」

「それは誰かが目撃したからそんな名称がついたのですか?」

「……そういう文化は自分で調べるんだな」


 そんなやり取りを交わしながら、再び疑念が頭を過ぎった。


「なあ、オレ達とお前の違いってなんなんだ?」

「それは情報量です」

「情報量? なんだそれは?」

「情報とは貴方達が視界に捉えて、それを読み込む作業を脳を通して行われています。ですが──我々はその情報にアクセスする事を無意識に行なえます」

「えっと、つまり?」

「こういうことです」


 とセイラの身体から霧が発生している。

 この気配の薄さは認識阻害で外から見えてないようにしているのだろう。


「それって超能力と違いがあるのか?」

「ハルヒロさんの言う超能力と我々とは性質が違います。例えば電気を操る超能力を持っていても自身を電気に変えられる事が出来ませんが、我々は身体情報を電気に変換する事が出来ます。まあ私は霧のような情報をバラ撒く事しか出来ません」

「あ、だから精霊力って言ってるのか?」

「そうですね。ハルヒロさん達の言葉だと我々は精霊だと言えます」


 精霊とは元素の意思のような神秘的な存在とウィキペディアで読んだ事がある。


「えっとならオレはお前をデレさせないといけないのか?」 

「その因果関係がわかりません」


 確かにどうしてそんな馬鹿な事を言ったのか自分自身でもわからない。


「そういう能力があってどうしてパートナーが必要なんだ?」

「簡単です。我々はこの能力は5%以上を引き出す事ができません。それ以上の操作は制御を失ってしまい、原子そのものになるからです。わたしでも最高で2%ほどの霧を発生させる事ができません」

「5%を超えると?」

「制御を失い、霧となって自壊するでしょう」

「怖えーなおい」


 便利そうに見えて、不便な能力に見えるが無能力なオレからしたら羨ましいとも思える。

 一度、超能力を自由に使ってみたいと思うのは男なら一度は妄想した事があるはずだ。


「もしかして、その処理を行う為のパートナーってことか」

「その通りです。我々は処理する者と崩れない基盤を融合する事で能力を上げる事にしました。それがβηφΔЭγ(アインセルン)です」

「あの変身ってことか……まあオレがやる機会はないと思うけどな」

「そうなるといいですね」


 どこか他人事のように答えるセイラが気になったが、オレは何年ぶりのゲームセンターを案内し終える頃には空から雫が零れていた。


「これは降りだしそうだな」

「降水確率ニ十パーセントです。すぐに止むでしょう」


 そう言っている内にパラパラと雨粒が降ってくる。

 道行く人達は知っていたのか、傘を広げた。ドローンは雨でも運航を止める事なく飛び回っている。

 正直、これから『インビジブル』を見つける手立てがない以上どうする事も出来ない。とりあえずカフェなどで方針をセイラと話し合うべきだろう。


「ならセイラ。これから……」


 だからだろうか。その時、その場所で誰もが気付かなかった。

 『それ』は頭上から突然と雨粒と共に降り立った。


「な」


 『それ』はまるで漆黒の大樹の身体を持った悪魔。

 大型の悪魔はまるで瞬間移動をしたのか、または透明になっていたのかオレとセイラが気配を感じるより早くその姿を現した。


「え?」「は?」


 誰もが『それ』を視て正気を失っている。

 そう雨雲が天を覆っていてもまだ昼間である。そして『それ』が現われる前に警報音が鳴らなければいけない常識があるからこそ異常事態に対応できないでいる。

 この都市に暮らす住民は『それ』が現われる警報音でスイッチを切り替えて避難したりしていたのだ。

 だがこの都市は『それ』の存在を肯定してしまった。




『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』




 ギザギザの顎から都市を揺るがすほどの咆哮(ハウル)が上がった。

 一般人である者は意識を失わせ、たまたま巡回していた警官は恐怖で後衛に膝を折った。


「きゃ、きゃあああああああああああああああああああああああ⁉」


 意識を失わなかった者は最大な悲鳴を上げて、逃げ出す。ある者はその拍子で怪我をした。

 紫がかった青樹肉をした肖像画のような『悪魔』を彷彿させる巨体な翼に一撃で人など潰せると思わせる拳は文字通りにコンクリ―トの地面を割った。

 その存在は──まさか……


「……まさか、インビジブル」


 心構えをしていたオレはすぐさま手で耳を塞いだお蔭で気絶は免れた。


「驚きました。こんなに早く見つける事ができるとは。ダウジング恐るべし」


 セイラはこの状況下で冗談を言っている。こいつはやっぱり人間ではないのだろう。

 そんな事よりだ。


「……悪討武器(ブリンガー)が反応しない」


 あの『悪魔』に向かって悪討武器を構えても、『ヴィラン』だという反応は無い。

 鬼木先生の仮説は裏付けされた。

 こうなったらオレはこの『悪魔』に対して役には立たないだろう。

本当に情けないが、セイラに頼るしかない。いやセイラを囮にオレは気絶させられた者達の救助を優先する。

 このままではあの悪魔は近くで倒れている無力な人間を中心に襲いかかる。

 ヴィランとは闇雲に襲いかかる獣という特性があるのだが……


「ハルヒロさん。どうやらあれはハルヒロさんに用があるようです」

「へ?」


 と恐る恐る悪魔に視線をやると、黒い瞳がオレとぶつかった。

 何故か、あの悪魔はオレだけを視ている。


「あのヴィランとお知り合いですか?」

「初対面じゃないかな……自信ないけど」


 ふと不思議と悪魔を視る。

『ヴィラン』に堕ちたら獣のように暴れ回る特性があるが、この悪魔の動きは最初の咆哮に比べて遅い。

 瞬間移動して現れたヴィランの動きとしては不自然である。


『ヴっ』


 ズシンと地面を揺らし、一歩、一歩踏み出すように膠着しているオレに迫る。


「セイラさん。セイラさん。あれどうにか出来る? 他力本願で情けないが」

「無理です」

「よし。オレは倒れている人達を安全な場所に…………今、何て言った?」


 男として情けない最低な言葉を口にするオレだったが、思わずセイラを凝視する。

 あれだけ自信満々にヴィラン捜査しようと提案しているから透明悪相手の対策もバッチリだと希望的確信していたのだが……え? オレここでゲームオーバー?


「わたし一人では無理です」


 とセイラはオレに白い手を差し伸べる。

 その意味を理解して、瞬時にセイラの思惑を察してしまった。

 どうしてセイラが『インビジブル』の捜査に消極的なのに遂行しようとしているのか、その『インビジブル』について知りたいのは事実なのだろう。

 どうしてセイラはオレと行動を共にしているのか、そんなの決まっていた。

 『パートナー』が必要だからだ。

 セイラは何度もパートナーが必要だと言っていた。それを断る俺を分析して、どういう状況ならパートナーに成らざるを得ないかを考えたのだろう。

 そして目の前に飛び込んできた『インビジブル』は格好の俺を釣る餌に違いない。

 オレの眼前には気絶している人達と怪我で蹲っている無力な人達がいる。

 この状況下でオレが動かなければ、この人達は命を奪われるかもしれないとセイラは暗にそう脅迫しているのだ。


「……おま……」


 セイラの思惑に悪意などないのだろう。

 そして善意などあるとも思わない。

 ただ合理的に判断し、機械的に遂行しているに過ぎない。

 だからここで怒りを覚えるのは間違っている行為なのだと自重する。


「くそ……わかった」


 迫りくる悪魔を見据えて決断する。

 信念を曲げてなお守りたい者がいる。守らなければならない大事な人がいる。


『ヴ、ヴウ、ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 やらせるかと言わんばかりに悪魔の鞭爪を剥きだした。

 だがその牙が襲いかかるより速くオレとセイラの手が繋がられる


「「βηφΔЭγ(アインセルン)」」


 その詠唱と共に赤い霧がオレ達を包み込む。

 悪魔の鞭爪の行き先を失い、バタンという落下音が響いた。


『ヴっ!?』


 刹那、悪魔は生まれて初めての痛みに驚愕し、同時に困惑する。

 悪魔の鞭爪が切断されていたのだ。その事を理解し、一歩後退する。


「すげえな。これ」

「『霧を纏っていれば可能です』」


 緋霧のオーラ―に全身武装の重量のない鎧を身に纏った『正義のヒーロー』が姿を現した。

 目元を隠す仮面には赤い霧がもやっと揺らいで視える。悪魔にとってはその仮面の瞳が闇を燃やす業火のようで恐ろしいと又も一歩一歩後退する。

 変身したオレを警戒している悪魔の鞭爪を切断した方法は単純に手刀である。

 元々、オレは特殊な古武術を齧っている。この悪討武器ではなく拳専門の捻くれ者。


「それにしてもこの『インビジブル』には意思があるのか?」

「『確かに他の『ヴィラン』と比べて、怯えという感情はあるようですね』」


 『インビジブル』を警戒から観察に変更する。

 本来のヴィランは機械的に、そして獣のようにあらゆる人に襲いかかる。そこに怯えなど、喜びなど、ましては怒りなど当然無い。

 それなのにだ。このインビジブルには怯え、怒り、ましては警戒などという意思が垣間見える。前回、会った『大蜘蛛』にも類似している。

 そして外見も酷似している。以前は樹の鱗をした蜘蛛。今回は樹の身体の悪魔。植物のヴィランという共通点。


「……インビジブル。いや植物の特性は……」

「『ぼーっとしないでください。来ますよ』」

「悪い。まずはこの悪魔からか」


 正直に言えばこの悪魔の戦闘技術は五十嵐と同程度である。

 ただそこに巨体にパワーに爪鞭のリーチの長さは人間など比べるまでもなく圧倒している。言ってみればそれだけだ。

 今のオレの身体能力が桁外れに変貌し、視て対応できる。これもセイラの能力なのだろう。

 赤霧春公の戦闘スタイルは基本『反撃』である。

 だからこそこちらからは仕掛けず悪魔の反応に注目するが──


「──……は?」


 戦略差に怯え、踵を返すように背を向けた。

 悪魔の予想外でありえない行動に呆気に取られる。

 そう目の前の餌を喰らう事しか考える脳しかない悪の常識を疑うあまりにも戦略めいた思考にセイラも愕然としている。

 悪魔が選んだのは闘争ではなく逃走だ。


『ヴっヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ』


 電柱の上に飛び移り、交差点の信号機の上に立つ悪魔。その反動でガラスが割れ、周囲に飛び散り、ギギギという金属のうねり音で近い内に悪魔の重量で潰されるだろう。

 だがその想像も又も裏切られる。

 悪魔は背中からニョキニョキと身体の二倍くらいの大きさの樹色の翼を拡大させ、上空へとビルと窓を壊しながら飛んだ。


「あっ。これ追うのは無理だな」


 思わず感心してしまう逃げっぷりに断念してしまった。


「『なにをしているのですか? 早く追ってください』」

「いや、空飛ばれたらどうにもできないだろ? 手からビームとか出来るの?」

「『できません』」

「なら空を飛ぶことは?」

「『飛ぶ事はできませんが、浮くという現象は可能です』」

「できんのかよ……それでもあの悪魔に追いつく手段がないだろう」

「『できます。壁をよじ登ることは』」

「…………は?」


 とオレの足から霧波がボワーンと流れ出す。「へ?」と声を上げるオレを無視するように身体が勝手に疾走を始めた。


「ちょ、ちょまって」

「『では空の旅へ。レッツゴー』」


 と無気力な声でそんな地獄への応援歌を歌われてもと思いつつ、高層ビルの壁に向かって疾走する。身体の自由がなくブレーキする事もできないのでビルに突っ込むのは目に視えており、それを強行しているセイラに呪詛を吐いてやると目を瞑った。


「──ほえ?」


 と当たり前のようにビルに垂直に疾走している姿に愕然すると。


「『(ミスト)に重力などあってないモノです。こういう風に壁に立つことだって天井に立つことだって可能です』」

「おおおおおっ!! すげえええッ!!」

「『では加速します』」


 その言葉と共に常人ではありえない速度でビルの窓を水平に踏み走った。ビルの建物の内部では愕然と窓を眺める者、悲鳴を上げるOLに、逢引合う男女が窓を走るヒーローに釘を刺される。

 明日には朝刊で取り上げられそうである。


「『インビジブルを捕捉しました』」

「おう」

「『屋上から北度三十度のビルに乗り移ってください』」

「ってオレを操ってるお前が言うか?」


 幸いなことに三十階建ての屋上には誰もいなかったが、インビジブルを捕捉した。

 どうやら超飛行する事はできないようで百階建ての超高層タワーをよじ登っていた。

 流石にこの騒ぎに気付いたのか、守護者と警察が駆け付けている。この短時間でヘリの手配をしたのかオレの上空を飛んでいる。

 だがいくら戦闘ヘリでも悪討武器が通用しない透明悪にはただの置物だ。


「『ちょうどインビジブルの気があれに向くその間に飛び移ってください』」

「おい。ここ高層ビル約三十階なんだけど?」

「『え? それがなにか?』」


 オレの主張を無視するように高層ビルの屋上を加速して走り幅跳びの如く手摺から飛び込んだ。


「ああああああああああああ……あれ?」

「『問題はありませんよ。私の(ミスト)に重力の概念はありませんので』」


 そうオレの身体は落下せずに水平に約五十Mの距離を飛んでいる。地球上の物体は重力によって落下するという法則を無視するように当たり前に百階建てタワーに乗り移った。


「……」


 と乗り移った窓の先には煙草をふかしている社員とばっちりと目が合ってしまった。


「『急いでください』」

「そうだな。気にしない。気にしない」


 こんな特撮ヒーローの格好を真正面から視られる事に羞恥心が胸を焦がす。

 ボワンっと波霧が足場を揺らし、疾走する。


「『では手順を言いますので、走りながら聞いてください。『インビジブル』との決戦はタワー屋上のヘリポートです。透明悪が飛行する前に決着をつけます』」

「確かにあの高さから飛行されたらもう追いつけないよな」

「『はい。ですので屋上のヘリポートに辿り着いた時に【ヘイズバースト】と唱えてください』」

「……ヘイズ? なんだそれ?」

「『ヴィランを殺す魔法です』」


 悪を殺す魔法はなんとも聞き覚えがいい言葉だが、それは人殺しとなんら変わりがない。

 それでも透明悪は殺さなきゃいけない。


「オーケ。やってやる」


 まだオレの目の先で戦闘ヘリとじゃれついている悪魔を見据えていると、急速に接近している存在に気付いたのか、悪魔は戦闘ヘリを無視して高層ビルをよじ登る。

 戦闘ヘリに乗者している特殊部隊も赤のヒーローの姿を視認する。


「なんだ。こいつは?」

「このヴィランといいどうなってやがる」


 悪討武器を向けられるが、当然反応がない事でオレがヴィランでない事が知る警官所属の特殊部隊は仕方がなく見送った。


『ヴッ』


 オレよりも早くヘリポートに上り詰めた悪魔は翼を大きく広げる。


「やば」

「『ハルヒロさん。あれを足場にしましょう』」


 インビジブルを追って上昇する戦闘ヘリに目をつける。

 迷うまでもなく、戦闘ヘリの操縦窓に乗り上げると、操縦士は驚愕し、安全の為に後方へと押しやげる。

 そのまま跳力を頼りにヘリポートへとなんとか辿り着くと。


「【ヘイズバースト】」

「『【ヘイズバースト】を展開します』」


 足場を確保し、驚愕する悪魔に向かって拳を構えた。

 上空にはドローンが悪魔と朱霧人間を静観している。


『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 来るなと言っているかのように咆哮(ハウル)に超高層タワーが揺れた。


「こんのおおおおッ!」


 鼓膜が悲鳴を上げながら歯を食いしばり、目の前の悪へと一歩踏み出す。

 刹那、朱霧が拳に集束し、膨張する。

 そして──イレギュラーが発生した。


「『──ッ‼ 右方より接近反応』」

「は?」


 悪魔に叩き込もうとしていた拳は想定外の横槍に止められた。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああアッ!!』


 圧倒的暴力にヘリポートから押し出された。


「え──あぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


 超高層タワーの屋上から約455mの高さからの逃避行に思わず絶叫してしまう。


 三体目の『インビジブル』⁉ いったいどっから湧いて出た⁉


 逃避行の相手は初めて出くわした『大蜘蛛』と似て下半身蜘蛛の女体の怪物だった。

 まさにそれは神話の怪物にされた蜘蛛魔女(アラクネー)そのものだ。


「『驚きました。まさか空中から生まれるように現れるとは』」


 そんなセイラの驚愕に同意する。こんな巨体の化け物の接近に気付かない筈がない。

 まさに瞬間移動でも使っているようである。


「『ハルヒロさん。後二十秒でヘイズバーストが切れます。速やかに対象を排除してください。まあ切れる前に地面に叩き割られるでしょうが』」

「そういうこと言ううううう!?」


 こんな高さから落とされれば即死は確実だ。

 蜘蛛足を軸に空中で回転し、『蜘蛛魔女』のマウンドを奪取すると、魔女の手が迫る。


「やりにくいッ」


 その細い腕を左手で拘束し、朱霧を纏った右拳を構えた。


『シャッ‼ シャアアアアアア』


 流石は獣だけに抵抗は激しい。


「──安らかに、な」


 いくつもの感情を呑み込み、振り下ろす拳。



 ──君も殺すの?



 そんな幻聴が、こんな極限状態の場で聴こえた。


「──」


 空中で停止したオレに魔女の手が再び迫る。

 ニヤリっと『蜘蛛魔女』は俺に嘲笑の笑みを浮かべている。



 ──そうだよね。君だけは染まらないよね? 君が嫌いな人間達みたいに。

 ──けど君の家族を奪った守護者のように殺すのもありだよ。



 そんな幼い声が皮肉を滲ませている。

 又だ。又この声が鳴る。

 オレという存在を揺らそうという誘惑が、堕ちる事を願う声に吞まれそうになる。

 人からヴィランへと変わる末期症状。

 この症状ともう二年も関わっている。正直、いつ堕ちるかもわからない恐怖に挫けそうだった。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 魔女の手が首筋に伸びると、すぐさまにマウンドを取られる。


「──ク、オレはまだやらなきゃいけない事がッ‼」


 ──そうだよね。君にはたった一人の妹がいるからね。


「──」


 ──家族は大事だ。大切にその枷を護る為だけに生きている。

 ──その枷だけが君を人たらしめている。

 ──そんな枷を外せ。そして墜ちろ。それが一番の自由だ。


 たった一人のかけがえない家族を護る為にどれだけの犠牲を払おうと構わないと拳を握ってきた。

 それが免罪符だと理解していても、拳を振るった。

 心を圧し殺す術は父から教わったお陰もあるだろうけど、全てが終わった後に突如として押し寄せてくる寒気に襲われるのだ。

 嫌だと叫べばよかったのか? 

 助けてと地に頭を擦り付けてでも懇願すればよかったのか?

 そんな事をしても助けてくれる存在はこの世界には存在するはずないのにと頭ではわかりきっている。

 どうしてオレたちは理不尽に苦しまなければならないのか?

 どうしてオレたちは世界から迫害されなければならないのか?

 ああ、オレたちはどうして奴隷のように生きなければならないのか──


「『──ならばわたしがその枷を外す。ハルヒロさんはもうわたしの物です』」


 バキンっと硝子が割れる感覚にハッと正気に戻される。

 死んでいるかのように冷たい手で首を絞められながら、狂気の笑みと血化粧に獲物を視る捕食者の瞳をした『蜘蛛魔女』。

 そして今もなお落下している状況の中で、重圧が吹き飛んだかのように胸のつかえが下りていた。


「──ヘイズバースト」

「『精霊力を調整します』」


 全身から朱霧が蜘蛛魔女の視界を覆う。


『──シュッッ』


 その隙に首筋を掴んでいる手を左手の握力で握り潰す。


「おぉおおおおおおおおおおおおおッ」


 朱霧の拳を魔女の顔面に叩きつけた。


『────────ふふ』


 断末魔と一緒にノイズのように笑うように魔女は微笑みを浮かべて消失する。


「くそったれ」


 生々しい肉を潰す感触に複雑な思いを抱いていると、誰かが残念そうに吐息を吐いたような気がした。



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