第一幕 ヴィランの子 ⑤
そう思っていた時期がありました。
「……なあ、セイラエモン。なにやってんの?」
「ダウジングです。地球人は探し物をする時に使用すると本に書いてありました」
二本のL字型のロットを手に街中で歩き回る宇宙人にどうしていいかわからない。
ちなみにダウジングとは井戸を作る為に、水脈を探す為に使用される用法である。
「まあ幸いは今のセイラの姿はオレにしか視えてないって事なんだよな」
こんな奇行を周囲の者に見られたら、確実に警察を呼ばれるのがオチである。
セイラの身体から薄い霧が発生しており、その霧が認識阻害の結界を構築しているのだと言っていた。まあセイラがどうしてその能力を使っているかは予想出来る。
セイラの容姿、服装、気配全てが異質であり目立つからだ。
「……服装くらいはどうにかなりそうか」
「金もないのにですか?」
「オレの記憶を盗み見るなよ………………そう言えば、その事で訊きたい事があるんだけど」
「なんでしょうか?」
「オレのプライバシーは守られているのかなーっと」
セイラはオレの全ての知識から情報を得ている。そしてその情報の中には当然知られたくない事もあるわけで……例えば女子の好みとかフェチとか。
胸はちょっと揺れるくらいの大きさで、スレンダーな体形。そして足が超絶綺麗。
そしてそれに合致しているセイラは正直に答えるとドストライクだ。その思惑ももしかしたら知られているのではと危惧していると。
「あっ。すみません。そういう事は考えた事がありませんでした。今後気を付けます」
「お、おう」
なるほど。どうやらセイラにとってオレは実験動物のようにしか視えていないようだ。
「それより服装の問題でしたら何も問題はありません」
「どういうことだ?」
「【創造霧】」
呪文を口にするとセイラが身に纏っていた宇宙人衣装が霧のように溶け消えていく。
かと思うと、入れ替わるように霧がセイラの身体にまとわりつき、別の衣装に変貌していった。
その姿は明城守護者育成高等学園の制服を着用したセイラが立っていた。
「お前……そんな事もできたの?」
「はい。わたしの精霊力で物質を創造する能力です」
「精霊力って?」
「この地球では魂という言葉に該当します。別に使用して寿命を削るなんてリスクも必要はありません。この地球ではまだ精霊力の発見には至ってはいない」
流石は宇宙人技術。どうやらセイラ達は魂の分野まで手を伸ばしている様である。
ふと周囲がざわついている。
その視線がセイラへと集中しているのだ。
「【認識阻害】は解除しています。これなら行動しやすいと思うのですが?」
「そうだな」
キョトンと声を上げるセイラは暴力的に美しい。注目を浴びるのは当然である。
今更だがどうしてオレなんかがセイラの隣に立っているのかが不思議だが、これ以上目立つことはしたくない。詳しく説明するなら、この時間帯に学生が徘徊している事に問題があるからだ。
「……なら情報屋でも当たってみるのもありか」
当たって砕けろという貴重な言葉があるように、透明悪の情報を当たるのも悪くはない。
そうやってダウジングをしているセイラを連れて、RPGのように歩き始めた。
向かう先は南区歓楽街入り口付近のボロ雑居ビルの一室にある『Star Garden』という一種変わった酒場である。昼はカフェを営業していたり、裏業で情報屋もやっている。
そしてそのマスターとは子供の頃から知っている事もあり、色々と融通をしてもらっていた。
「微力に反応しています。もしかしたらこの近くに目的なモノがあるのでしょうか?」
それに昨日の件の報告もしないといけない。
9
とりあえず鬱陶しかったダウジングを取り上げて、少しだけ涙目になっているセイラを連れて『Star Garden』に来店した。
「いらっしゃいってハル公じゃないか。学校サボってこんなベッピンさんとデートとはいいご身分だねえー、お姉ちゃん、感心しないぞ」
もう少しで三十路を迎えようとしている自称未婚お姉さんのジョークは相変わらずにパンチが効いている。
マスターの通称はサリー。本名不明のどっかの都市の外都人。どういう経緯で酒場と情報屋をやっているのかも不明だが、オレの父がここの常連だった事からなにかと助けられている。
ちなみに小さい頃はオレの事を『ハル坊』と呼んでいて、つい最近になって『ハル公』にジョブチェンジした。……どうでもいい話だな、ごめん。
「こんにちは、マスター。学校は仕方がなく早退しただけで、言っておくがデートじゃない。ただ少しだけ手伝ってやっているだけだ」
「そういう事なら情報屋のお姉さんがいいモノを教えてあげよう。どれどれ……ここが一番オススメかな」
サニーはニヤニヤしながら一枚の紙切れをカウンターに置いた。
流石は情報屋の端くれだ。オレ達が調べている事をもう調べ上げているのかと思わず関心してしまった。
『にゃんにゃんコスプレ一着無料』
「ほら。あのお人形みたいに可愛い子ににゃんにゃんされる姿を想像するだけで……じゅるり」
「……相変わらず、その変態思考してるから結婚出来ないんじゃあないかな」
そう呆れながら、オレはチケットをポケットに仕舞う。セイラにとは考えていないが、将来的に役に立つ時が来るかもしれない。
「うるさいわいっ‼ ……それで昨日の経過はどうだった?」
「……その話の前になにか飲み物を出してくれませんか?」
「お金は?」
「……………………水で」
驚愕する事に手持ちが22円しかなかった。
「お嬢ちゃんにはラビットコーヒーでいいか? 値段は気にしないでもいいよ。ハル公の給金から引いていくから」
また勝手にと思い至ったが、現在、セイラさんには多くの秘密を握られているのでここは引いてやる。別に逃げてはいない。戦略的撤退だ。
「ラビットコーヒーですか?」
「おっ、お嬢ちゃんの声って可愛いというか声音に変なノイズが全く無い透き通った声だね。まるで……今はどうでもいいか。お嬢ちゃん、ラビットコーヒーってのはね、ウサギの爪を焙煎したコーヒーだよ」
うわ、すげえ適当なこと言っているよ。情報屋の端くれが。
「それでお願いします」
「それでいいのかよ⁉」
思わずクールにお願いする宇宙人にツッコミを入れてしまったが、実際はコーヒーという飲み物がどんな味なのかが気になっていそうである。
そして自分自身が馬鹿らしく思ってしまっていることに気付いた。そう考えている時点で俺は彼女を宇宙人だと思っているという事実に少なからず信じている。
としている間にルンルンという鼻歌混じりに手慣れた作業で豆を研ぎ、コーヒーを入れるとミルクでウサギマークのデコレーションを施している。ちなみにこの店に『ラビットコーヒー』というメニューは存在しない。タダのカフェラテだった。
「はい。ラビットコーヒー。気に入ったら、次はスパイダーコーヒーをお見舞いするよ」
「ありがとうございます。……スパイダーは本当にやめてください」
「ははは……さて、一応確認するけどこのお嬢ちゃんの前で仕事の話して構わないね?」
「別に困る事もないでしょう?」
昨夜、深夜近くまでやって大蜘蛛に襲われた原因であるアルバイトとはサリーがやっている情報屋の情報の裏取りだった。たまにカフェの接客やBARの接客などもやっているが、オレ達の家計を大きく貢献しているのは裏取り作業である。まあ簡単に説明すると、危険な事とバレたら犯罪行為に発展する行為を行う仕事をさせられる。って言ってもサリーはオレでも大丈夫な簡単な事しか仕事を回さないのであまり危険というわけではない。例えば、大企業の御曹司のボディガードの素行調査など、どっかのクラブの闇金庫の番号など……よく考えれば、全然安全ではないな。逆に殺しにきているな。どれもどれも正直にやばかった記憶しかない。あのボディガードも結局は催眠の超能力者で影から支配していたのがバレてオレを殺そうと躍起になり自滅したのだが、あの時は本当にやばいと思った程である。
「……とりあえず、これが報告書と証拠の写真のデーター」
「やっぱりガセじゃなかったか……まさか、防衛大臣の息子様がゲイだったとは」
「…………すげえくだらない質問なんだけど、この情報って本当に売るの?」
「当然、売る」
どうして未だに『ヴィラン』に堕ちていないのか不思議なくらいにクズっぷりである。
あの写真が売られるとわかったら…………考えないようにしよう。
「それで、まさか、この報告だけでこんな時間にこの場所に訪ねたわけじゃないでしょう」
「それだけだよ。なにドヤ顔で勘違いしてんだよ」
と言ってやると、次第に顔を赤らめる自称お姉さん。
「……情報を売りに来ました」
何故か呆れるように、オレ達のやり取りを挟むように本題を切り出したセイラの口にはミルクが垂れていた。
「情報を売りに? 買いに来たわけじゃなくて?」
「結果的には間違っていないと思います。どうやらこの情報は異常事態で、まだメディアに伝えられていないでしょう」
正確にはサリーとメディアがどの程度知っているのか、それとも知らないのかの不明だが知らなければ、その情報を売りに出して、知っていれば共有という形で情報を得られる。
お金も貰えて、情報を手に入れる事が出来て、まさに一石二鳥。
「……どういうこと?」
仕方がなく、オレは透明悪の事を話した。
深夜に襲われた事と赤い奴に助けられたという虚偽、そして透明悪の存在について、鬼木先生と話した仮説を語った。
するとサリーはスクリーンを空中に起動させると、手慣れた作業で俺が大蜘蛛に襲われている時間と場所の周辺の監視カメラの映像を入手して画面に映し出された。そこにははっきりとオレが必死こいて逃げている姿と得体のしれない巨大な存在が映っている。
違法なハッキングだから真似しちゃだめだからね?
「……よく生きてたね」
「知っての通りオレは『悪運』と逃げ足に定評があるから」
何故か、オレは『悪運』には恵まれている。それがいい事なのか、悪いことなのかはわからない。
「確かにこの映像から見ると事実のようだね。確かに空中の監視ドローンもヴィランが視えていない。まさにインビジブル……厄介だ」
「悪討武器も機能しないかもしれないのが一番怖い。……ちなみに都市がヴィランを感知出来ない事例っていままであるのか?」
「う~~~ん。該当するのは2件だけ。えっと一件目は十年前の歓楽街に現れたヴィランでね。悪討武器をヴィランに向けた時に、そのヴィランは自身を仮死状態にする本当に稀なヴィランだった。悪討武器はそのヴィランを死んだ者だと判断して、強制的に停止させられ使用不可に陥ったそうよ。最後は東橋家に連なる者が討伐したんだけどね」
「……それって今でも結構話題になっているやつだな。暴虐性のヴィランが本能的に学習したって結構世界中の都市に広まっているって話だったな」
学習するヴィラン。あの大蜘蛛にも類似している。
「そうそれそれ、ここからもそう遠くないところだったんだけどね。あの時は…………」
すると、なぜか顔を青ざめているサリー。一体なにがあったのか、それが『年齢』で絶望しているのだとしたら失望するところだが、
「二件目は北鷹グループの本社ビルに出現した『ヴィラン』。その個体には膨大な電磁波が流れていた。周囲のエネルギーを吸収し、妨害電波を発生させて悪討武器を狂わせられたらしいね」
「そんな大事件なんかあったか?」
「この事実は北鷹グループにより揉み消されている。お姉さんが知っているのは、そのヴィランが発生した事だけ」
北鷹家とは東橋家と同格な一家であり、北地区を統治している。
なにかと黒い噂があるが、巨悪の情報を隠蔽する事になにか意味があるのろうか?
「………………その情報源が一番に気になるけど」
「有料」
「わかってる、わかってる。……で話は戻すけど、その二件のヴィランからヴィラン反応は一度も出てなかったのか?」
「一件目は知っての通り討伐中盤時点まではヴィラン反応は観測されていた。東橋家が到着するまで暴れまわってた話だし、けど二件目のヴィランは出ていない。そのの身体から終始に渡って妨害電波が流れていた情報だからね。まあ一度でも出ていたらバベルが公開している筈だから」
「それもそうだな。……ならいま遭遇しているこの透明悪はどうして都市の監視から逃れられる? 身体から電磁波とかそんなのなかった」
「それはこの映像見ていればわかるね」
どれも類似しているようで根本的に違う。その二件は小細工で都市の目を誤魔化しているに対して大蜘蛛は都市に認められているかのように透明になっているのだ。
「……どうやって透明になっているかを突き止めないとね……ただ──」
「──ああ、そうだな。原因だけでも突き止めないと、だからマスターの情報源でそれとなく流して貰っていいか……マスター?」
「………………いや、気にしないで。少しだけ考え事していただけだよ」
思考を巡らせているサリーになぜか違和感に少しだけ眉を顰める。
「もしかしてなにかわかったのか? マスター」
「全然、わからないけど。ただ興味深いと感じただけだよ」
話も一段落終わり、オレは少しだけ後悔した。
いくら金の為だと言っても、情報を脅迫の手段として利用する屑に渡してしまって本当に良かったのだろうか?
「サリーさん。一つだけいいですか?」
黙々とコーヒーとお茶菓子を食べ終わったセイラはここが本題だっと言うように切り出した。
「なんだい? お嬢ちゃん……そういえば自己紹介してなかったけど、なるほどアルバイトのハル公が無断でわたしの情報を話したのか…………これはもう今回の一件で報酬は相殺されたね」
「いやなんでだよ!?」
確かに情報屋にとって情報は金にも等しいが、オレの記憶を掌握しているセイラに不可抗力で流してしまったのは事実なのでどう言い訳をどう繕おうかと思考を加速させる。
「サリーさんはこの都市の歴史が詳しく記憶させている施設に心当たりはありますか?」
「……都市の歴史? 図書館の資料より詳しくってこと?」
「はい。わたしの将来の夢は考古学という職に就きたいと考えてまして、学園の資料だけではなにかと物足りなかったのでより真髄に触れたいと、そこでハルヒロさんにサリーさんという情報屋の事を紹介されたというわけです」
この宇宙人の口はどうなっているのか、それとも宇宙人は全員こういう風にスラスラと嘘を吐けるのかと思わず思考を停止させて感心してしまった。
「その程度の情報ならタダで提供するよ。まあ確実にありそうな場所はバベル施設の大図書館だろうけど。後は地下プラントには結構古い書物が売られているマイナーショップがあるから覗いてみるのもありだとかな」
「そこに千年前の事も詳しく記されている本もあると?」
「…………マイナーな本は置かれていると思う」
「ありがとうございます。参考にさせてもらいます」
そう言うと、さっと席を立つセイラは流れるように店を後にした。
「変わったお嬢ちゃんだね~」
「うん。まあそうだな」
文化も常識も全く違う生物に変わっているという表現は違うのではないだろうか?
「とりあえずこの件についてはお姉さんの情報網を使って当たって見るよ。けどあんまり期待しないでね。正直にこの件は都市伝説級だから拾いきれる自信はないから」
「ありがとう。それから今回の報酬は相殺だけは本当にやめてくれ」
「しょうがないな~、きちんと払ってやるか」
これで久しぶりにちゃんとした食事が出来る事に喜びを噛み締めていると、不意に真剣な表情になるサリーはオレの瞳を観察する。
「ハル公。今回の一件は引いたほうがいいと思う。もし、仮に大事の事態が発生したら妹さんを連れて地下に避難したほうがいい」
「……そうだな。その時はなにもかも見捨てて、潔く無様に逃げるよ」




