第一幕 ヴィランの子 ④
「ヴィラン反応のない『悪』か。それは本当かい?」
「はい。深夜に接触した時なんだけど、この都市の目が機能していなかった」
鬼木時雨の研究室は特別塔の一階に位置している。
ここでは主に悪討武器の研究を行っている。鬼木先生はその中では異質な悪拘束武器の研究に能力を入れていた。
「先生ならその理由もご存じじゃないかと」
「……春公君。仮に君の話が事実だとすれば、間違いなくこの都市は滅びるだろう」
断言する鬼木先生に流石に息をのんだ。机に調整完了した悪討武器を手に銃口を向けられる。
「この悪討武器はいくら人に向けてもセーフティが作動し、悪に向けるとセーフティが解除されるって話は正確には違う」
「……なにが違うのですか?」
「どうやらこの悪討武器にはネットワークが構築しているようだ。対象の情報を『神の家』へと送信し解析を行って対悪情報を撃ち出す」
「情報を撃ち出す……? 悪討武器のエネルギーは電力じゃなくて……情報?」
「いやそもそも電力がないと悪討武器は機能しない。太陽光を利用しているのはその為だ。そうだな。わかりやすく言うとだ『コンピューターウイルスを消去する』情報を弾にして撃ち出すのが正解だ」
情報にそんな力があるのかと信じられない。しかもそんな事は教科書やら論文やらには載っていない。つまり違法の手段でそうではないかという仮説を導き出したのだ。
……セイラの能力も、もしかしたら『情報』って能力なのか?
これはオレの領分を超えており、考えるのを放棄する。
「つまりだ。都市がヴィランだと認められなかったらセーフティが解除されるどころか……撃ち出す事が不可能って事か?」
「正解だ。そのヴィラン──いや透明悪と言おうか。そのインビジブル相手には悪討武器は使用できず旧来の武器を使用しないとならない」
ヴィラン相手に旧来武器である鉄砲など剣など使っている奴がいれば死に急ぎ野郎と嘲笑されるだろう。
しかしまずい。セーフティを外す手段があると考えていたのだが、どうやら認識が甘かったようである。事態は深刻のようだ。
「まあこの件は私のほうからそれとなく上層部に伝えておくよ」
「……ありがとうございます」
一先ずの保険はこれでいいだろう。後はセイラと合流してから。
「それより先生。ちゃんと食べてるか?」
「あぁ……死なない程度にはね」
オレの子供の頃の鬼木先生は肥満の身体で笑顔を浮かべてフランクフルトを食べているおじさんだった。
それが今や……痩せ干せていて、触れれば折れてしまうだろう細い身体。
杖無しじゃ歩けない脆弱な肉体に当時は困惑したほどである。
「あぁ、それからこれは忠告だ。春公君。この案件は関わるな」
「それはどうして?」
「当たり前だろう? インビジブル相手には悪討武器は通用しない。君は武器無しでなにが出来るんだい?」
確かに武器を持たないオレは無力でしかない。
だがセイラの能力があれば……話は別である。
鬼木先生の話を聞いて、インビジブルに対抗出来るのはセイラだけ。
例え、悪を殺す事になってもオレには守らなければならない人がいる。
「……わかったよ。……先生、これ借りていいか?」
「いいが。ちゃんと返して……いや、話って聞いていたのかな?」
調整完了した悪討武器をホールダーに収める。
「いや、気休めに……な」
Φ
例えば宇宙人と対面したらどのように対応するだろうか?
親愛の握手を交わす? そんな理想的な回答する奴がいればきっと鼻で笑われる。
断言しよう。そんな事はありえない。
どうして戦争するか、それは土地が欲しくて、裕福になりたい願望にすぎない。
そういう生き物なのだ。人という生物は。
なにが言いたいとかというと宇宙人と分かり合う事など不可能だという事である。
下手したら、この地球という資源を求めて戦争なんて事もありえる。
人類は遂に宇宙へと手を伸ばす。まさに宇宙大戦争の時代。
なんて馬鹿な事を考えていると、ふと考えを改める。
「ねえ、あの五十嵐君の話って本当なの? まじ可哀想だよねー」「まじまじ。それで赤霧にはなんも罰なんてないの」「ないわー」
そんな噂話が階段に反響するようにオレの耳に届き、鉢合わせするのも面倒なので引き返した。
こいつらと比べたら、宇宙人に寝返っても損はないだろうと。
「これは教室に戻れないな。……セイラ探すか」
今日は学園生活を完遂するつもりだったが、予定を変更させる。
さてセイラを探すとなると、この学園で一番の情報源はどこだろうか?
「職員室には敵ばかりで却下。あと食堂も演習場もそこまでの情報はないだろう。……なら図書室」
敵ばかりという環境にも慣れたオレは昼休みのチャイムが終わる音を耳にして図書室に向かう。
すると血の匂いに思わず後方を振り返った。
透き通る長い黒髪が無風の廊下でも煽いでいた。脱力した瞳に血化粧を頬に、よく視れば髪にもこびり付いている。制服などは真正面から浴びたのだろうか、紅く汚れていた。
東橋鈴乃。同級生であり、この聖來都市の東地区統括している名家の出身だ。東橋一門と言えば『武』を尊び、悪に対抗する聖來都市一の武道一家である。名ある者達は東橋一門から学んでいる程である。
その外見『大和撫子』の鈴乃は現場入りが許可されている守護者ランセンスを取得している中でも本物の実力を持っていた。あの『ヴィラン』を単独撃破する強者である。
「……廊下が汚れるな」
傍目から視たら、鈴乃が殺人を行ってきたと言っても否定など出来る筈がない。もう見慣れた光景だけにはっきり言うが、彼女は人である『悪』を殺してきたのだ。
「別にいいでしょう。私が掃除するでもないし」
「聞こえていたのかよ。……地獄耳が」
このように小声で皮肉を呟くも鈴乃の高スペック聴覚に捉えられる。
そして信じられないかもしれないが、オレと鈴乃は幼馴染である。
まあ現在は疎遠に近い感じで話す機会もない。なりより親しくする理由もない。
「また単独か。お前いつか本当に死ぬぞ」
「……余計な心配ね」
「ああ、そうかい。……それでそのヴィランって赤城地区のヴィランか?」
「そうだけど?」
俺の質問が意外なのか首を傾げている鈴乃。だがその口ぶりから通常の悪のようである。やはり深夜に遭遇した悪は『透明悪』。
「カテゴリーは?」
「Cくらい?」
要は初期状態って事なのだろう。
『悪』の潜伏期間によって強さが増していく。古参の悪には都市に致命的な被害を与える能力があると言われる程だ。
「ちょっと珍しい。春公がヴィランに興味を持つなんて」
「……別にいいだろ? てかそろそろその血落としてこい」
不愉快そうに鼻を押さえ、シッシと手で払うと、流石に自覚があるのかとこくりと頷き、シャワールームへと向かっていく。その背中はどことなく寂しそうである。
別に嫌でオレは鈴乃を遠ざけてはいない。いや遠ざけたのは鈴乃もだが、一番はそうオレの弱さが原因である。
Φ
「……やっぱりここだったか」
場所は図書室。今の時間帯は授業なので誰も人はいなかった。そういるのは宇宙人のみ。
机には山のように本を重ねられており、椅子に座っているのは白髪の美少女である。
なんでだろうか? すごく絵になるっていうか博物館で展示されていたら見入ってしまいそうだ。
「……歴史書?」
あらゆる文明、時代の歴史書である。特に旧日本末の歴史書を読み込んでいるようだ。
そしてふとオレの気配を感じたのか、本を閉じた。
「ハルヒロさん? 授業はいいのですか?」
「……問題ないけど。これって歴史書か? なんでまたインビジブルとは関係ない筈だけど?」
「透明悪? ああ、わたし達が追うヴィランの事ですね」
ふとこの会話に温度差を感じてしまう。いや認識のすれ違いだろうか?
なにかが絡まっていなかった。
「なあセイラはどうしてヴィランを追うんだ? お前にはこの地球の問題と関係ない筈だろ?」
「関係なくないから……でしょうか」
「どういう意味だ?」
セイラは無表情に少し考える。
「……わたしの目的はある物を探す。その為にこの地球に来ました」
「そのある物ってやつは?」
「それは言えません。けれどそれを持っているであろう存在が──」
「──ヴィランってことか」
「はい」
肯定するように呟くセイラは次に歴史書に目を通す。
「ハルヒロさん。この都市が出来上がったのは、ヴィランが生まれて一年後で間違いありませんね?」
「……うん? その筈だろ」
「あの塔が出来たのも一年後ですか?」
「書いてあるだろ? その通りだ」
疑うようにセイラはオレの瞳を視ると、本を綺麗に重ねる。
「ではハルヒロさんの情報を聞きましょうか?」
「……ちょっと待て。その口ぶりはまさか……なにも掴んでいないのか?」
「当たり前じゃないですか。わたしは余所者ですよ。情報源など知りようがありません」
と言うセイラは歴史書をチラチラ見ている。どうやら最初からこれが狙いだったようだ。
「まあいいけどな。とりあえずオレが集めた情報っていう情報はなかった。けど」
鬼木先生が言っていた想定。そして透明悪について語った。
もしかしたらセイラの宇宙技術でなにかしらやってくれるのではと期待しよう。




