第三幕 妖呪 ②
目が覚めると、まず感じるのは尻と両手首が痛いという事だった。
「……う……」
頭が痛くて、視界はぼやけた。
キーンという耳鳴りがするが、少しだけ視界が回復する。
コンクリートの床に、なにもない歪な部屋。どれも見覚えがない。
蛇のような匂いがする。
まだなにがなんだかわからないが、この空間は空気が悪い。
立ち上がろうとしたが、上手く身体が持ち上げられなかった。
「なんだ? これ?」
何故かはわからないが、手足が頑丈に金属製の鎖で縛られていた。
ガチャガチャガチャガチャ、ともがいてみるもびくともしない。
「どうしてこんなことになってんだっけ?」
思い出そうとするが、頭が痛くて、思い出せなかった。幸いな事にオレの名前とか当たり前な事は覚えている。
記憶喪失というわけではないのだろうが、どうしてこんな今から拷問されるくらいに頑丈に縛られている理由がわからなかった。
あれ? もしかして詰んでない?
自力で脱出は不可能。助けには期待できない。一生このままだったとしたらそれは餓死を意味する。
焦りで息が荒くなろうとした時だった。
「(ハルヒロさん。目が覚めましたか?)」
心の中で救世主が声をかけてくれたのは。
「セイラ。これはどうなって──」
「(ハルヒロさん。声に出さないで心の中で話してください。わたしの存在が彼らに気付かれます)」
彼ら? それって一体?
「(とりあえず落ち着いてください。どうやらハルヒロさんが目覚めたのが気付かれたようです)」
「(どういうことだ?)」
その疑問に答えるように、バンと扉が開かれた。
「パパンッ」
「うおッ」
何事だ⁉︎ と突然の衝撃で椅子が倒れそうになるのを必死で留める。
狐耳が特徴の薄い茶褐色の髪に褐色肌の少女が突然抱きついてきたのだ。
この少女に見覚えがあり──
「──ナギ?」
「パパン。大丈夫?」
「えっと大丈夫に見える?」
「ぜんぜん」
そうだろうよ。
いかにも囚われの姫状態のオレに大丈夫に見えるって言える奴はきっとサイコ野郎だけだ。
「それでどうしてオレはこんな事になってるんだ?」
「……それは」
「──我がお前達をここまで連れてきた」
ぞくり、と背筋が凍りつく。
気付かぬ内に、ボロボロの袴に風呂に、チリ髪の二M以上の大男が入ってきた。
その後ろにルーシィの姿も見える。
その姿でようやく思い出した。
「オレを瞬殺したのはやっぱアンタか」
「…………」
「どうしてオレを殺さないで、ここに連れてきた?」
「…………」
あれ? シカトされてる?
なにも話さないで、じっと見られている。ある意味で怖すぎる。
「孔袁さんは基本無口だよね?」
「…………」
ルーシィのなんて事ない問い掛けも無言を貫いている。
いや、どうすればいいねん⁉︎
だが、この大男、いや巨男の名前は孔袁と言うらしい。
「……」
現実逃避しているオレは落ち着いて、現実を視て判断する。
この孔袁という男の存在感からしても只者じゃない。
本当に特別な個体なのだろう。強すぎる。
瞬殺、ていうかいつの間にか気絶させられたのは本当に久しぶりだ。
例え、アインベルンになったとしても勝てるビジョンは浮かばない。
疑問があるとしたら、どうして生かされているのか?
だがこの様子じゃ答えてくれなさそうだ。
今や1秒後に殺されてもおかしくない状況に恐怖を感じずにいられない。
「あのー、ルーシィさん」
「……なに?」
「オレこれからどうなるのかだけ、教えてくれませんかねー?」
「……ずいぶん、余裕ある、ね?」
いや、あるわけねーだろ⁉︎ こっちは身動き一つ取れずに生殺与奪の権利さえ握られてんだぞッ⁉︎
「三度」
「うへ?」
「見逃す」
突然、意味不明な事を呟く孔袁にどういう意味だと視線でルーシィに訴えかける。
「わたしを三度庇ってくれたから、三度まで見逃すって事だよ、ね?」
「……あーうん。そういう事ね? …………拉致する必要あった?」
感謝しているなら、ここまで厳重に拘束されらければならない理由はない筈だが?
はて?
オレがおかしいのか?
「パパン。この人達は仲介屋」
「仲介屋?」
それって確か……ナギの事を知ってして、ママンが頼った連中だったか?
「……正確には違う? もう一つ経由して私達に託されて保護する手筈だったよ、ね?」
ルーシィは思い出しながら確認すると孔袁はただ頷く。
「だからナギは拘束されずに、オレは拘束されている?」
「ここに拉致したのは、ナギさんが貴方に懐いていたから、ね」
「なるほど?」
ツッコミどころと聞きたい事が山程あると、頭が混乱してそういう事もあるか? と楽観的思考になるオレ。
「妖呪の保護。しかも狐の妖呪の保護は私達の使命」
「カーマ? それってナギの事か?」
「妖に呪われる存在を妖呪と日ノ本の民はそう呼んでいる、ね」
妖に呪われる、か。
「……ナギみたいな人は他にもいるのか?」
「いる、ね。私達にとっては珍しくない、ね。けど狐の妖呪はいない、ね」
「さっきも思ったが、その狐ってそんなに特別なのか?」
「──予言だ」
うお、と孔袁が無言だからか、一言喋る度に驚いてしまう。
「よげん? よげんってあれか? あの予言?」
あのいかにもインキチくさいヤツでしょ? 胡散臭さが増した。
「この千年の間にヴィランが生まれ、能力者がという呪い子が生まれた。数多ある呪いには予言師も当然存在する」
「……」
いくら超能力でも未来の事を知る事は出来ないだろ、と思っているが、この場で言っても話が進まないので顔で怪訝する顔を作る。
「別に不思議はないと思う、よ? サイコメトラーの上位互換だよ、ね」
「…………確かに」
確かに千年という時にサイコメトラーの強化された超能力が目覚めてもおかしくはないかもしれない。
「話を進める、ね? 私達の民の中に予言者の家系がいる。その能力でいつ襲撃があるか、いつ災厄があるか、事前の予言で我々は生き繋いだ、よ。この千年の間の予言者達が全員がある悪夢を告げた、ね」
ルーシィは今もなにがなんだかわからないナギを見据えて告げる。
「……その一説に狐耳の彼女はこの狂った世界を救う救世主だと、絶対に死なせてはならないと最重要使命に組み込まれた、ね」




