第二幕 外からの侵入者 ⑪
「どうして、ナンバーワンのアンタがここにいるんだ?」
聖萊都市守護者最高責任者である西郷雅鳴は薄く笑みを浮かべている。本来の管轄は都市中央区。こんなところへ投入する戦力を大幅に超えている。
「それは自分のセリフなんだけど、まあいいか。それよりもそこに拘束されている彼女を引き渡してくれないか? どうして氷漬けにされているのか聞かないから」
雅鳴はオレの後ろに隠れているナギに視線を向けている。
まさか、ナギの事情を把握している?というわけじゃないだろうが、意図が読み取れない。
「あんたの管轄は中央区……いやバベルの筈、こんなところにどうして、しかもこんな速くに駆けつけられる?」
オレは雅鳴の要求を無視するのと同時に雅鳴にわからないように背後にいるナギに合図する。
「監督者殿の導きだ」
「……監督者?」
聞き慣れない役職。ナンバーワンを手足のように使えるのか?という疑問もあるが、それ以上にバベル本部が雅鳴を投入できる段階である事に恐怖を感じる。
強力なサイコメトラーがいるのか、それともチートじみたなにかがあるのだろう。
そうでもなければこんなタイミングで現れる筈はない。
「そんな事より、彼女は南地区雨宮守護者支部死者0人重傷者167人軽傷1人 をやった侵入者なのだろう?」
「それをやったって証拠はあるのか?」
ルーシィを庇う姿勢を見せるオレになにやってんだとナギとルーシィは唖然としている。
そんなオレの姿勢に雅鳴は諦めたようにため息を吐く。
「お前さんがどうしてここにいるかは知らないが、どうして彼女に加担しているのかはわかった気がする」
「……」
それはそうだろう。雅鳴と話したのはつい昨日の事だ。オレがなにを知りたいのか、十分に理解している。
「ただ今回は諦めろ」
なにがなんでも譲らないと言わんばかりに警告する雅鳴から発する重圧は俺の手足が小さく震わされている事に気付く。
確かにどう足掻いても、雅鳴をどうこうする事は出来ないし、止められない。切り札であるアインセルンを使用したら時間は稼げるかもしれないが、九割で負ける。
「……三つ質問していいか?」
「なんだ?」
「彼女の安全は保証されるのか?」
わかりきっている事を質問する俺は冷静だった。頭の中でセイラと段取りを決める。
「法に、アイリスが判断する。ここまでの被害でヴィラン化していない事例はないが、極刑は確実だ」
「だろうな」
アイリス。それは都市システム管理AIの名前。法律の管理とヴィラン監視システムの管理を行なっている。
アイリスは公平。情状酌量の余地があろうが関係なく処罰を決定する。だから極刑になるのは当然の事だ。
「あんたはこいつがなんで、こんな事をしているのか、把握しているのか?」
「理解は出来る」
「は?」
「同情も」
背後から歯切り音とオレに向けられた殺意以上の圧力を感じる。ナギも感じたのかオレの裾を握る手が強くなった。
「同情だって、仲間が大勢やられたんだろ?」
「……お前さんの台詞を借りるなら、自業自得だろう」
自業自得? 確かにヴィランという悪党を殺しまくっている守護者達にはそれが当てはまるのだろうが、雅鳴の言葉にはそんな小さい事は含まれてない気がする。
「どういう意味だ?」
「襲われた支部の共通点から…………こんな長話は無駄だな。それでもう一つはなんだ?」
明らかに時間稼ぎだと気付いている反応だ。
まあその通り、セイラの認識阻害の違和感が消えるタイミングまで時間を稼ぐ必要がある。
「例えばの話。オレが彼女の味方になるって言ったら、オレを殺すか?」
「……一応、理由を聞こうか」
「あんたが気に食わない。敵対するには十分な理由だ。……それに事情もなにも知らない俺はどっちの味方をすれば良いかわからない」
「大勢の人の命が奪われたが?」
「関係ない人の命は奪わないように配慮されていた。アンタ達とは違ってな」
ヴィラン抹殺に巻き込まれて、どれだけの人の命が奪われたか? オレからしたらこいつらがやっている行いとそう変わらない。
「……それを言われると上層部の一員としてはなにも言い返す事は出来ないな」
「いやあっさり認めんなよ」
軽く引いてしまう発言の裏でナギの準備が出来たのか、2回俺の裾を掴んだ。
「殺す、殺さない以前にお前さんには自分をどうこう出来る能力はあるのか?」
「なかったら、立ち向かっちゃいけないか?」
強気でいるオレに瞠目する雅鳴は少しだけ嬉しそうに笑う。
「親子だよ。お前さんは」
「それは挑発だぞ」
『認識阻害起動』
その瞬間、ナギとルーシィの気配が気付かれないくらいに徐々に希薄になると同時に脱力感が増した。
今の俺の身体は精霊力を使うとデバフが付加される状態らしい。
だからと言って、ここで引き下がる事など出来る筈はない。
例え、九割負けると知っていても、この愚行が全部無駄に終わるとしても馬鹿な俺は一割の可能性に手を差し伸べなければきっとなにも変えられない。
「βηφΔ──」
────カツンとボロボロの袴にボサボサの土汚れの散り髪をした大男がオレと雅鳴の前を横切った。
オレも雅鳴も困惑と疑問で言葉が出なかった。
そう、なぜ、こんな存在が、こんな生物が、目の前に現れるまで気付けなかったのかが信じられなかった。
「……孔袁さん」
どうしてここに?って戸惑うようにルーシィは呟く。
どうやらこの大男は孔袁って呼ばれていて、ルーシィの仲間の一人なのは確定した。
「逃げろ。春公」
状況が変わったのか、雅鳴から余裕は消えた。オレの事は極力名前で呼ばない事にしていた雅鳴からそんな気遣いはない。
「ナギ、退さ」
暴音と共に建物が大きく揺れ、地面が大きく割れた。
「な、に?」
目を離したのはほんの一瞬。本当に1秒もない。
その間に雅鳴はこのモールから姿が消えていた。
そして、孔袁の右腕が不自然に大きく獣腕に変貌している。それはまるで──
「──ヴィラン」
信じられなかった。
何故ならば孔袁の瞳には理性が宿っている。暴走などしていなく、静かにヴィランの能力を掌握していた。
「……なに者だ、あんた?」
逃げろと頭の中でセイラが叫んでいる。無駄だ。
この大男からは逃げられない。勝てるビジョンが浮かばない。
重要ななにかが壊れたのか、モールが崩れ始める。
瓦礫の小雨が降っている中で、孔袁の声は透き通る。
「我が名は孔袁。日ノ本の民なり」




