第二幕 外からの侵入者 ⑩
────ルーシィちゃんは優しくて、強くて、かっこいいね
────この『村』の英雄になれるよ!
────……ルーシィとクロウ。貴方達は生きて、……になって。
私が躍ると、人が死ぬ。
────『鬼』狩りだああああああああああああああああああああああああああ
────殺せ、殺せ、殺せえ‼ 生まれてきた事を後悔させろおおおおお‼
やめて、やめて、
────逃げなさいッ!! ルーシィ
────燃やせ、燃やせ‼
最初から踊れば、少しでも大切なモノを失わなかったのだろうか?
────に、逃げろッ
────な、なんなんだよ、あの化け物ッ!!
────本部に、都市に報告しろッ
あの時、逃げる背中を私は殺さなかった。
大切なモノを一方的に奪われたのに、私は殺せなかった。
まだ失われていない。途絶えていない歴史。
忘れてはいけない過去。受け継がれた血を大事にする民。
私の一族に代々受け継がれた剣舞は私の手で穢れてしまった。
「もう止めない、ね」
頭の中はクリーンで俯瞰している。
能力を使う度に、身体が悲鳴を上げている。
それを誤魔化すために今日も舞う。
私が躍れば、人が死ぬ。一人、一人、誰一人抗う事が出来ずに。
いつも通り、踊ればいい。
例え、彼に恨みは無けれど、関係ない。
だからもう終わって────彼はまた不敵に『笑った』。
頭の中にノイズが走る。能力が動揺した。
「なあ、もうお遊びはもう終わらせていいか?」
なにを、いっているの?
この状況で、彼にはどうしようもない。
致命傷はなくとも、彼の身体は削られまくってもうボロボロ。
動けるわけじゃない。避けられるわけない。
今もこうして生きていられるわけがない。
なのにどうして『笑って』いられる? どうしていまもどうにか出来るかのように目が死んでいない。
一体、なにを────と彼は懐からコインを取り出した。
「また、ね」
今度は鉄玉じゃなくコイン?
非殺傷道具に何度背筋が凍ったことか、油断はしない。
能力を防御態勢に切り替える。
「馬鹿か、こんな小細工で引っかかるなよ」
「──────────え?」
「7秒稼いだ。ごめんけど頼らせてもらう」
────任せて
その瞬間、私は突然身動きが取れなくなった。
なにが……起きて……。
白い靄が視界を過る。息が白い。なにより寒い。
そして気付く。私の身体は凍らされていた。
¶
「……簡単な話だな。お前の能力でも大気中に含まれるモノは除外される。呼吸出来なくなるしな。だから氷化の能力はお前にとって相性最悪だったわけだ」
「────氷化?」
「……視ればわかるだろう。これでお前は身動きが出来ないわけだがどうする?」
氷漬けにされているルーシィに近寄り、落ちていた骨董品の剣を拾った。
「…………」
今時のモノじゃない。年季を感じさせる錆びに匂いにこの触り。
よく見ればルーシィの服装はどこか新品……無理やり着こなしていると感じるのは気のせいか?
「……殺せばいい。今の私に能力は使えないから、ね」
「その言葉を鵜吞みにはしない。それに殺す気もない」
ほんと、どうしよっか?
本来ならルーシィを見逃して、本拠地まで探ろうとしていた。
こうやって無力化してしまった後じゃ、この計画は使えない。
それに傷がいてえ。もう立っていたくない。
「理解、できない、ね。私はもう貴方の仲間を何人もころした、よ? そんな相手に情けをかけるなんて、ね」
「殺す事が救いになるのか?」
「──────────は?」
「殺す事が本当に救いになるのか? お前が本当にそう思っているなら、こういう結果にならなかったはずだ」
「それは……」
視線で軌道を教えていたにしろ、その能力があればもっと確実な手段を使えた。最後のやつは確かにやばかったが、あれは多対一に発揮する燃費の悪い能力だった。
オレだったら使わないだろう。例え俺を殺せたとしてもきっと後で動けなくなる。
これからこの場所に応援に来るであろう連中の対応で詰むのは目に見えている。
「こうなったら仕方がない。身の安全は保障する。降伏しろ」
「どうやって? 私は生きている限り、抵抗はやめない、よ?」
うわっ、めんどくさ。
まあ手段がないわけじゃないらしい。なら使えるか? とセイラに……。
「─────パパンッ」
オレの後ろから叫ぶ声。
どうしてこの場にいるのかはわからない。いやいたからこそ助かったのだが思わず不満げに顔を顰めた。
「……待ってろって言ったのに、けど助かった。ナギ」
都市の区間を凍らせた程じゃないが、規模がデカい氷結を使用した筈なのにフードの奥でケロってしているナギの瞳はジローっと冷たい視線を向けられた。
「……無茶しないって言った」
「言った?」
「ナギの能力を使う価値はないって言った」
「……うん。言ったね。てかその服似合って────」
「────ナギがいなかったら死んでた」
「それはな────」
ないと言おうとしたが思わず言葉を詰まらせる。
「ママンと同じ。自己犠牲やろう」
「……ごめんって」
冷気のせいなのか、ナギの瞳から一筋の雫が垂れていたように視えた。
どうにもその顔を目の前にされると勝てない。勝てる男なんているのだろうか?
「キライっ! キライッ! ずっと一緒にいるっていって嘘ついたママンも。ナギを助けたくせにママンと同じように逃がしたッ! 最初からナギがやればよかったのにッ」
今までため込んだ気持ちがいっきに流れる。
「……頼ってほしかったのに」
どう慰めようか、言葉が出ない。
「どうして、そんな無茶する?」
どうして、どうしてだろう?
オレは今まで勝てない勝負はしない。勝つ為に手段を選んでいなかった。
今回だってブラドに変身すれば、ここまで無茶をする事もなかっただろう。
命を賭けるなんて正気じゃない筈なのに、オレは不思議とその選択を取った。
その理由は考えるまでもない。
「…………自分の為だろ」
「え?」
「オレはどん底から手を差し伸べられた時に救われる気持ちを知っている。誰かの為に強くなろうって姿がかっこいいって事も知っているんだ。いつかこういう人間になりたいって思ってる。だから全部がエゴなんだ」
本当はオレにとってその他多数の人はどうでもいい。
例えば、ナギと俺が知らない誰かが天秤にかけられたら迷わずナギを取った。
「オレは大層な人間じゃない。心が狭いし、どうしようもない醜悪な人間だ。こんな自分を何度も失望した。だからこそ……変わりたいって、あの人達と同じような生き方をしたいって思っちまった……」
本当にそれだけか?
オレが命まで賭けて、欲している願望。
それは誰もが欲して、本当に得るのが難しい。
ああ、そうだ。こういう輩をオレは羨ましく思って、時に嫉妬していた。
「いや、違うな」
「ちがう?」
「別に変わりたいって思っている事は本当なんだ。絶対に破りたくない『誓い』もある。けどオレの本質は別だ。とても自分本位なエゴ」
それはきっと簡単に手に入りそうで、この世界ではとても手にするのが難しい。
「オレは────笑いたいだ」
そんな本音が出た事にオレ自身が驚いた。
自分自身にこんな思いがあるなんて思わなかったからだ。
死を予感させる激痛によって、隠されたモノが剥き出しにされたのか、走馬灯に揺さぶられたのか、わからない。
ただオレはもっと隠されたモノを晒しだしたい。
「オレは心の底から本当に笑いたい。腹を抱えて悶えるように誰かと笑い合いたい」
きっとそれが目の前の泣いている娘の涙を拭ってやれると信じる。
「誰かが悲しんでいたら、オレは笑えない。見て見ぬふりなんてしたら、余計に笑えない」
オレはもっとナギに踏み込みたい。
「なあ、ナギ。オレはナギの笑顔が見たい」
「……えがお?」
その言葉の意味がわからないのか、ナギ自身が想像も出来ないのか、それともどっちもか。
「それはナギにとってとても難しいかもしれない。オレも……上手く笑えないから」
貰ったモノを還したかった。
もう還せない。ならば誰かに還さなければ。
それが父の『誰かの為に強くあれ』に繋がっていく気がすると思えたから。
「まだ会って数時間の俺を信じろなんて言わない。ただ勝手に自己満足でナギの力になるだけだ。ナギが普通に笑って暮らせるように」
「ナギは……」
「いや、違うな」
「は?」
「オレと友達になろう。ナギ」
今に至っては友と呼べる人が一人もいない俺は少しだけ真っ赤な顔で緊張していた。
「ともだち?」
「そうそう『友達』。ナギが困っていたら、オレが力を貸すし、オレがやばかったらさっきみたいに無理なく助けてくれ」
友達と笑い合うのに理由はないだろっと、昔の『親友』が言っていた。
そいつなら、いまどんな言葉を紡いだのだろう。
「……変なひと」
「いやナギに言われたくねーよ」
「どうしようもない変な人だからナギが助ける」
「よろ────」
「────ふふ。笑いたい? そんな小さな願望のせいで私の使命が阻まれた、ね」
凍傷の痛みを忘れてか、可笑しいように冷笑するルーシィにオレは思わず呆然になった。
ルーシィを敵と認識しているナギはムッと顔をむくれさせていたが、静止させるために頭を撫でると「ぶぎゅ」となにかの泣き声がしたが、無視してルーシィに向き合った。
別に忘れてはいなかったが、意識外だった事に俺自身なにやってんだとツッコみたかったが、時間もない。
「……使命ってなんだ?」
「さあ、ね」
「そうか。怨恨の類だろうと思っていたが、どうもそれだけじゃなさそうだな」
オレの推測にルーシィは無言になり、まぶたが大きく見開いている。
「……どういうこと?」
「純粋に人を殺したい狂人じゃないってことだ」
ナギの疑問にオレがプロファイルした人物像を語ると、ルーシィから憎悪の気配が濃くなっていくのを感じる。
オレの先見が機能しているって事は当たらずにも遠からずってところ。
「なあ、ナギ。これって解除できるか?」
「はい?」
「この氷は自然に溶かすしかないのか?」
その言葉にルーシィもナギもなに言ってんだとギョッとする。
「心配しなくても、もう俺達をどうこう出来る力はない」
「……でも敵?」
「敵じゃないな。俺はそう思ってない」
「仲間がやられたのに、敵じゃない?」
「ここで殺された連中は最初にルーシィを殺す為に引き金を引いて、跳ね返されて殺された。因果応報だ。しかもその中で一般人ぽい人は避ける気遣いもしてる」
正気か? と言わんばかりの顔をするルーシィとナギにオレも正気を疑った。
当然、オレ自身もその取引の意味を理解しているが、冷静に当初の目的に軌道修正させる事にした。
「あたしは大勢の人を殺した、よ? そんな相手を逃す? 信じられない、よ」
「オレは信じる。こうして向き合ったからこそ、どういう人間かわかる」
だからこそ、オレはこの場に立っていられる。
オレは命の尊さをわかってる前提で話すが、人殺しに許容してもいい事例は三つあるって思ってる。
一つは自己防衛。二つは復讐だな。これに関しては因果応報。そいつの責任。やられたらやり返さなければやり返すのは当然の権利だ。
オレの信念に通じる事に、こればっかりは否定出来ない。まあ目の前でやられたら止めるけど。
三つは大切な人の為にやむを得なくだ。
大切な人の為に手を血で染める行いは痛いほど理解出来る。
世間的には当然、人殺しなんて許容したらいけない。
仮初の平和に縋っている世代なら特に。
「許される行為じゃない。だけどオレはお前達の事情を知らないから否定はしない。だからこれ以上はやめてくれ」
何度目かの正気か、と言わんばかりの顔をするルーシィを置き去りに、ナギに向き合う。
「ナギ、悪いがこの拘束を解いて──」
「──それは認めるわけにはいかんのよ。お前さん」
ゾクリ、と血管がさか逆流する。
だってこの場でもっともここにいるのがありえてはいけない男の声がしたからだ。
どうしてという疑念か、いつの間にという驚愕かが混じって、思わず息を呑み込んだ。
いつだって乱入者は土足で場を乱す。




