第二幕 外からの侵入者 ⑨
時は少しだけ、遡る。
「って言ってもあっさりやられるかもしれない。もうちょっとだけ詰めさせてもらう。特にナギには聞きたい事がある」
「……なに?」
「このビルの地下には地下道は通っているのか?」
この場で一番逃走経路に詳しいであろうナギに聞く。
「……あるけど、そこまでの道が無事なのか確証はない」
「確かにこのビルの現状なら道が塞がっていてもおかしくはないな」
「……どうしたの?」
「いやあればそこを通って逃げられれば安心だと思っただけだ」
やはり方針はセイラの案でいくしかない。
だがこの事はここにいるナギ以外には話せない。
「方針は変わらない。オレが時間を稼いでいる間にお前達が逃げて、お前達の御上に情報を伝える」
「……本当にいいのね?」
少しだけ冷静になったギャルの瞳はまるで死に向かう人を見ているようだ。
「ああ。大丈夫だ」
別に死ぬつもりはさらさらない。
頭の中である程度のシュミレーションは行った。先見も今回からは上手く作動する。
「……赤霧先輩。ありがとうございます」
「あんたの事はちゃんと報告して、応援を呼んでくるからな」
文学少女と格闘家女子も同様な瞳をしている。
「なら逃げる準備とこいつを起こして状況を伝えろ。オレは逃走ルートの確保と時間を稼ぐ為の準備に入る。……悪いが、ナギ手伝ってくれ」
「うん。わかった」
そう告げると、『偉そうに命令するな』とギャルの非難の目をよそに、隠れ家をナギと一緒に出て行った。
「悪いな。こんな事態に巻き込んで」
「……問題ない。そもそもナギがここが気になるって言った」
「最終的に行こうって……まあいいか。それよりちょっと話したい事がある」
「なに? パパン?」
これからの方針をナギには話さなければならない。
「あの場で話した方針には決定的な欠陥がある」
「…………え?」
「このショッピングビルの出入り口にはルーシィの仲間に見張られている」
「……そうなの?」
オレ一人だったら確信を得られず強硬策を打っていた。セイラの感知能力は流石と言ってもいい。
「そうらしい。あの出入り口から一歩でも出たら、狙撃されて終わりだ」
「『そして彼女があの場を動かず、わたし達を探さない理由でしょう』」
入る者は拒まず、出る者を拒む。
ルーシィがある程度の数を減らし、運良く逃げた獲物を狙撃する。
ルーシィからしたら理にかなっていた。
「……それが本当ならどうする? やっぱ地下道使う?」
「地下道はやめた方がいいな。こっちは怪我人がいる。地下構造次第だと詰む危険がある」
それに使われていなかったら衛生的に問題があるかもしれない。酸素欠乏症になる区域かもしれない。
「それだと正面から出るしか……」
「大丈夫だ。これから逃走ルートの確保をする」
「どうやって?」
「さあ?」
俺もわからないのでお手上げする。そんな俺をまるでゴミのように見つめるナギ。
「……うん?」
もう一度言って? と言わんばかりにわざとらしくぎこちない笑顔をするナギ。
そう言われても、困る。
まだ具体的にどうするのか、教えてもらっていないのだ。
「……わたし、一人ならここから抜け出して、見張っている敵の懐に潜りこみ、制圧する事は可能です」
ふといつの間に俺の身体から離れたのか、しれーっと背後に現れたSF宇宙人セイラ様の顕現にナギは幽霊を視たかのように驚愕した。
「……いつのまに」
うんうん。多分彼女は故意的にやって、僕達の反応を楽しんでいるだけだからすぐ慣れるよ。
そんな事よりも……
「セイラ。俺も……」
「ハルヒロさんは身体を限界まで休めてください」
「いや、でもな」
セイラの能力は疑うまでもなく最強だ。セイラ単体であの透明悪と一対一で攻め合っていたのだ。
「安心してください。わたしには認識阻害があります。人数も少くないので背後からの奇襲で制圧できます」
「……だがルーシィには認識阻害が効かなかっただろ?」
「わたしの認識阻害が効かない理由は彼女が特別な個体であるからでしかありません」
「……特別な個体ってなんだ?」
超能力があるか、ないかの話か?
だがオレが推測している『軌道を変える』異能ではセイラの認識阻害を突破する事はできない。
それ以外の要因があるとしたら?
「そんな事より、あなたは身体を休めるべきです」
「いやでも──」
「──ダメです」
「うっ」
ここまで譲らないセイラの勢いに押され、押し黙ってしまう。
「今のハルヒロさんの身体──エレメンタルはボロボロです。まるで水道管に穴が無数にあると考えてください。少しの精霊力を使う度に膨大な精霊力を支払ってしまう状態です。このまま使用すると、鬼木時雨と同じ運命を辿るでしょう」
「ッ」
それを言われたら反論ができない。
確かに昨日の変身後から調子が悪いのは感じていた。
このまま使えば、きっとよくない事もわかっているが……。
「私がハルヒロさんのエレメンタルを魔改ぞ……調整を終えるまで間は必要最低限の使用をお願いいたします」
「魔改造って言った?」
「では行ってきます」
オレの声など聞こえないかと言うようにセイラの姿は霧になって消失した。
「……人間じゃない……」
となにか狐人のナギさんが愕然としていた。
「まあ自称宇宙人だしな」
いまさら宇宙人ってどういうこと?なんて今更聞けない。
「……まあセイラに任せるのが一番ってのは間違いないけど……」
「一番なら、どうして付いていこうしたの?」
「信頼しているけど心配しないって事にはならないだろ」
まあ、今のオレが行ったところで意味はないと思うが……。
「……パパンって変」
どこか寂しそうに呟くナギの声を聞き取れなかった。
「セイラについてはいいとして、ナギはあいつらと一緒にこのモールから逃げろ」
「どうして?」
別におかしい事はなに一つ言ってないが、ナギは不思議そうに目を丸くした。
「いや……どうしてってナギがここにいる理由はない。近いうちにここにナギを狙う追手の仲間が来る。だから出来れば『Star Garden』で待っていてくれ。俺も終わり次第に行くから」
「……どうして?」
「いや、だから……」
ふと、ナギの声が少しだけ震えている事に気付いた。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
明らかに様子がおかしいナギはどこか寂しそうだった。
「ナギが本気を出せばかるく倒せる」
「ああ、そういう事か」
確かに、ナギの能力ならルーシィを完封出来る。
だから『どうして、ナギを頼らないのか?』という事なのだろう。
「簡単な話で、あの女にナギの能力を使う価値はない」
¶
「……悪いが、お前の仲間達には少しだけ眠らせて貰った」
「は?」
「安心しろ。殺してはない」
今のところ全て予定通りいっている。
後は仕上げに入るだけだが、想像以上に難解そうだ。
「……どうやって」
「このモールを脱出したかか? お前が知っているか、わからんがこの地下には地下道が通っている。そこから出て、お前達の仲間を制圧させて貰った。ちなみにお仲間を特定した方法は教えない」
セイラの信じられない能力を話す事は出来ない。今限りなく信じられる嘘を並べる。
「どうして?」
「オレがこの場でお前を足止めしているかって? 一つは確実に怪我人をこの場から逃がすため……そして……」
仮にこのルーシィが侵入者の一人だとしたら、『先生』となにかしらの繋がりがあるかもしれない。
「お前達と話がしたいからだ」
「……話がしたい、ね? 時間稼ぎがしたいだけでしょ」
「最初に言っただろ。『今すぐにオレの前から消えろ。見逃してやる』って今のお前ならこの言葉に重みがあるんじゃないか?」
そう言ってやると、初めて悔しそうにルーシィの顔を歪ませた。
「オレは嘘はついてない。……いや攻撃してしまったけど、俺はお前を傷つけるつもりなんてない。だが逃げないって選択をしたのはお前だ」
「……最初から知ってた、ね。私の『殺し方』」
「こうなる可能性があるからこのモールを包囲し、妨害電波を張ったんだろ?」
察してそうだから種明かしをする。俺も本気で実行させる気がなかったので隠す理由はない。
「お前の能力の種さえわかれば、後は簡単だ。怪我人たちをこのモールから脱出させて報告すればいい『このモールを崩壊させろ』ってな。多分、今頃はお前の詳細な情報がバベルにいってる。オレがこの場で見逃しても、今の都市じゃ逃げ場はない」
「……このモールを崩壊?」
「いくらその能力が無敵に視えても、重量の──」
「どうやって?」
「──うん?」
なんとも不思議な間が流れる。
「『……ハルヒロさん。もう少し追い込むべきでしたね』」
それってどういう……嫌な汗が流れる。
「どうやってこの大きいモールを短時間で崩壊させられる?」
「…………さあ? なんだろ? ばくだん?」
普通に考えたら爆弾とかだが、ある程度の爆破じゃこの建物はもろともしない。
ヴィラン発生以降、建築技術は発展を遂げている。並大抵のヴィランが暴れても支障がないように造られているのは必然だ。
これを崩壊させられるとしたらどれだけの爆弾を使用するか、先生クラスの『巨人』のパワーが必要なわけで……、
いまさらになって後悔し始めた。
あの時のオレはなにを思って、そんな軽口のように適当に吐いたのだろうか?
そもそもこのモールを崩壊させなくてもやりようがある。
やばい。一番肝心な場面で間違えてしまった。
これからの展開は先見するまでもない。
「……あなたを始末して、逃げる時間は確かにある、ね」
やはりそうなるか、だがまだ対話の糸口はある。
「それでもなにかしら対策している組織がここに来るが?」
「並大抵な相手なら問題ない、ね」
「……俺はお前を殺すつもりもないし、ちゃんと見逃すって言ってんのにか?」
「貴方に恨みはない、ね。けれど貴方はこれから私達の『障害』になりえる。だから──消す」
そう告げるルーシィの瞳は覚悟に混濁していた。
「そうか、それは残念だよ」
さっきまでは仕方がなくオレを殺そうとしていた。
殺意があるのに殺す気がない。
これは矛盾ではあるが、そうではない。
ここに会った死体は自らの弾丸で貫かれた。だが見た目が一般人に近い輩は見逃した。
ナギに放った銃弾と俺に放った銃弾の数々には殺意があるが、軌道の先は『視線』で教えられた。それが無ければ既に終わっていた。
結論からしてルーシィは好きで人を殺す事に退避しているのだ。
どんな人にも『良心』があるのは当たり前だが、その秤が壊されたら?
ルーシィの正真正銘の本気に今のオレに切れる手札はない。
「……一分。私の攻撃を凌げたら、貴方の勝ち」
そう告げるルーシィは水場から青銅色の少しだけ錆びれた鋭利な物を引きずり出した。
「剣?」
鈴乃が持ち歩いている刀ではないが、あまりにも古い骨董品を水辺に隠していた?
そしてなんで今更そんな『ぼろい剣』を持ち出した?
「豪雨」
ルーシィは剣を右手に持ち水平を下回る角度で投げるかのように剣を振るった。
すると、地面にちりばめられていた噴水の破片に干渉し──
「グ──ッッ」
オレの脇腹を強打され、勢いで横に吹き飛んだ。
「はあ……、は……?」
なにがあった? 痛みで呼吸が出来ない。
未だに即死していない事実に幸運と疑問が頭を締め付ける。
どうして、先見が発動しなかった?
「貴方がどうやって私の思考を読んでいるかわからないから、私は思考する事をやめた」
「────そ、そういうことか」
オレの先見とセイラの予測は『相手ならこう動くだろう』と推測して導き出すモノだ。
だがその相手も予期しないモノまでは当然に読み取る事など出来ない。
ルーシィは『剣』で足元にあった『破片』を干渉させ『能力』で『不規則』に『最大速度』で飛ばしただけ。
その破片の一つが偶然に俺の横腹に強打しただけだった。
それだけなのにハンマーで思いっきり殴られ、いや抉られた。
「……もういく、ね」
「────ッ!!」
再び、剣を振るうルーシィに身体を投げうって立つ────オレの目の前に死が紙一重にすれ違った。
あと少しでも前に出てたら、死んでた。
「もう止めない、ね」
その落ち着いた声に絶望する。
どう動けばいいかわからない。こんな事を思うのは久しぶりだ。
どっから攻撃が来る? 右に避ければいい? 左に避ければいい? それとも後ろ? 前?
──────右ッ!!
勘は当たったが、次に備えないといけない。
唯一、頼れるのは視界からの情報だが……軌道がどう曲がるのか予測する事は今のオレ達には不可能。
そしてなにより先程のダメージで身体も自由に動かせない。
パリンと上空の照明がの欠片が刃となり、頬をかすり、微かな砂が視界を塞ぎ、瓦礫が右往左往から襲い掛かってくる。の欠片
台風の目の中で舞うルーシィに近づく事も出来ない。
だれも嵐に逆らえないように、なされるがままの今の俺に出来る事は……、いや諦めるなッ。
「これを止めるには……」
今、ギリギリ凌げているのは反射神経。
それ以外に思考をとめるなッ!! 対抗策を考えろッ!!
「『ハルヒロさん。βηφΔЭγしかありません!!』
そう。今ここで切り札を出すしかない。
アインベルンの能力ならこの嵐を凌げるし、なんならルーシィを制圧する事は難しくない。
だが……変身までの僅か数秒間は無防備になる。
コンマ一秒間集中が集中を途切れされるだけで命がけの状況で変身は出来ない。
だから一分間、どうやっても凌ぐしかない。
「うッッッッ」
急所を護っていた左腕が悲鳴を上げる。いくらガントレットが優秀でも衝撃は殺せず、中身はボロボロだ。
もうあれからどれほど時間が流れた?
体感時間が長すぎて、一分なんてもうとっくに過ぎていないか?
いやそもそも本当に一分でこの嵐は収まるのか?
そう考えただけで、心は死にそうだった。
────なら、もう殺したら?
そう、どこか子供っぽい悪魔が囁いた。
────このままじゃ殺されちゃうよ? やられたらやり返すでしょ?
確かに、もう手段を選んでいる場合じゃない。
でも……それでも……オレは……誓いを破る事はしない。
「約束、だからな」
オレがふと笑うと、嵐の勢いが弱まった気がした。
「『ハルヒロさん。あと7秒耐えてください』」
どういう事だ? と問い返す余裕はない。
だがセイラの言葉に力が吹き返した。
「なあ、もうお遊びはもう終わらせていいか?」
だったら弁論で動揺を、挑発させるまでだ。




