第二幕 外からの侵入者 ⑤
上の階に上がった俺達は小道具売り場のレジの下に身を潜めた。
「ここなら一先ずは安心だな」
「『敵の気配もこの階にはない筈ですが、念の為に警戒しておいた方がいいでしょう』」
「だな。アサシンみたいに気配を消せる奴に会うのは師匠以来だよ」
気付いたら、殺される臨死体験を何度味わったのかを思い出し、今でも震えが止まらない。
「……ねえ、大丈夫。その左腕」
「あぁ大丈夫だよ。余計な事したのはオレだし。あの時の銃弾を防ぐ対策をしているとは思わなかったオレの過失だ」
オレがナギを庇ったあの時、オレの左肘がナギの身体に当たった。
その時に左肘が凍らせたが、セイラのお陰で動かせる程度には回復している。
「そんなことない……。守ってくれようとありがとう」
「どういたしましてだ」
狐の頭を撫でると、くすぐったそうにしていてかわいい。
「どうやってスプリンクラーを起動させた?」
「それは……セイラがやってくれた。どうやってかは俺もわからん」
「『認識阻害で火事だと誤認させ、可溶片を溶かし作動させました』」
「「へえー、わからん」」
なにを言っているのかわかるのに、意味がわからない。
「それにしても……追って来てないな」
「……追撃も来なかった。逃げている時に何発も拳銃で撃たれていたら死んでいたかもしれない」
「それは単に濡れたくなかっただけだと思うな。推測だがあいつの半径およそ一メートルの軌道を変えられるって事は雨の一粒一粒も影響するって事じゃないか? あの場面で能力を使う行為は目で軌道を読まれやすい。一度、軌道を変えた弾丸を防がれたって事もあって躊躇ったって事は十分に考えられる」
普通、飛んでくる弾丸を普通の人は対処できない。
恐らく、ルーシィの頭の中ではオレに『弾丸』に対応できる超能力を持っていると警戒はされた。拳銃の残弾も残り少なかったのなら、無駄弾を出すメリットはない。
可能性はいくらでも考えられるが……、どれにしたってなにかが引っかかる。
「『……ハルヒロさん』」
「どうした? まさか追ってきたか?」
「『違います。このフロアーに人の反応があります』」
「え?」
そういえばナギが血濡れで追われている連中がいるって言ってたな。
あのルーシィの惨殺から逃れてきた連中なのだろうか?
詳しい内容を聞く価値はありそうだ。
「あのルーシィの情報とあの惨殺の詳しい内容が聞けるかもしれないな。会いに行ってみよう」
「あっちにいる匂いがする」
「──ちょっと待て」
「なに?」
ちょこんとしているナギの狐の耳も不思議そうにしていた。
「帽子はどうしたんだ?」
「……ごめん。落とした」
セイラが用意した同じ守護者の帽子を被って、狐の耳を隠したナギの案内されたところは『キミマロ薬ストア』いわば薬局だった。
ここまで向かう道のりで結構な血の跡が地面に落ちていたので予想はしていたが、重傷者がいるようだ。
ふと足を止めると、誰かの息遣いが微かに聞こえたオレはナギに『止まれ』と手で合図する。
ナギも気付いていたのか、素直に従った。
警戒しながら、店の中に入ると予想通り荒らされていた。
泥棒のたぐいではなく、目的のモノを慌てて根こそぎ持って行った感じに散らかっている。そして────
「────しねえええええええええええええええええええええええええ」
隠れていた伏兵が鉄パイプ片手に形相が怖い顔をした『顔見知り』が襲ってきた。
え? 鉄パイプなんてどっから持ってきたの? とツッコみたくなったがグっと堪えて、右にステップで躱すついでに鉄パイプ持っている右手の甲にタイミングを合わせるように蹴り上げる。
「なッ!!」
不意を突いたと思っていた『顔見知り』の顔は驚愕に染まり、持っていた鉄パイプを放り投げる。
「ふッ!! ……あ」
その無防備な姿に思わずお得意の裏拳をかましてしまった。
「ぬひ」カエルが潰れたような声を上げて気絶している姿に、既視感を覚えてしまうがきっと気のせいに違いない。
「『もう一人います』」
その声と同時に閃光の光が照らされる。
「……どうして、あんたがここにいるのよッ?」
そこにはもう一人の『顔見知り』のアニマル柄の軽装にショートパンツのギャル。拳銃を構えて顔を青くしながら憎悪に睨んでいる
手に握っている拳銃の標準はオレを狙っているのだが、震えているのか、ブレブレに定まっていない。
こういう恐怖でなにを起こすかわからない人の行動を予測は出来ないので、降参するように手を上げた。
「このショッピングモールには偶然に入ってしまったが、この場所まで来たのは血の痕跡を追ってきた」
ただ冷静に、警戒を解くようにオレは『顔見知り』で名前もわからないギャルにここまでの経緯を話した。
λ
ひとまずの警戒を解いたギャルの案内で『隠れ家』に案内された。
オレが気絶させた男を抱えて、ナギはオレの後ろに隠れるようにしてギャルに付いていく。
『キミマロ薬ストア』から少しだけ離れた『ニコ』というブランドの服屋のスタッフルームの扉を開くと、濃い血の匂いがする。
そこには二人の重傷者がいた。
「……志桜里。痛み止めと緊急用の血液タブレット持ってきた」
「あ……ありがとうございます。睦美ちゃん」
「こういう時に遠慮しないの。血液型は間違ってないよね?」
「大丈夫です。……いただきます」
血液タブレット。ヴィラン発生時から大勢の血が流れる事が日常になってから市販でも買えるようになった緊急処置に使われる血液保管タブレット。専門的な事は省くが、血液不足で死ぬリスクを減らす薬を大人しそうな『文学少女』に飲ませた。
その文学少女の左腕は無く、守護者の純白だった制服は黒くコーディネーターされている。
「律も大丈夫?」
「私は……動けはする」
『格闘家女子』の右肩が抉られ守護者のマークが血で染められてた。『文学少女』に比べたら、命が危ないという怪我ではないが、重症には変わりはない。
幸いに応急処置の方は完璧にこなされているが、すぐに病院での治療が必要だろう。
ヒステリックギャルが『睦美』に重傷の文学少女『志桜里』、なにかしらの格闘技を齧っていそうな格闘家女子の名前は『律』という名前らしい。
俺は気絶させた名前無き男を地べたに寝かせた。
そこでようやくオレの存在に気付いた二人は「どうして、ここに?」と瀕死ながら目を丸めていた。
「……救助は呼んでいるのか?」
「あんた……今の状況を理解しているの?」
心底呆れるように見下す視線を向けるギャルの反応に内心ビビりながら、オレがわかっている範囲で答える。
「あの恐ろしい女に惨殺されて、救助を待つ以外の選択肢があるのか?」
半端な救助が来ても、あの初見殺しのルーシィを相手に厳しいだろう。
「……救助は呼べないの」
「は?」
「このモールには妨害電波が貼られているの。異常は伝わっても、こちらの情報は伝えられないのよ」
え? そうなの?
懐からボロボロの携帯端末を取り出そうとするが、あの時に投げてしまって今は手元にない。
「……ぶっこわれてたわ」
「今時に『ファル』持っていないのかありえなくなーい?」
心底呆れた顔をして引いているギャルは溜息を吐いた。
「って事は警戒区域指定にされていた事も気付いてなかったってわけね……で、あんたの後ろの子は何者よ?」
守護者用の帽子を深く被って『耳』を隠すナギはオレの背中の服を掴んでいる。
「……彼女は……そう研修生でオレと一緒に避難活動の雑用をやらされているパートナーだよな?」
「こくこくこく」
俺の守護者権限は最低レベルの『見習い』。オレに振り分けられそうなクエストは守護者達が抱える『雑事』を押し付けられる事が多い。
しかもナギが身に着けているのは『見習い』の身分証明で今のこの場では上手い言い訳の筈だ。
「そうなのね。あなたもこんな男とパートナーに選ばれて、こんな場所に連れ込まれるなんて災難ね」
「……こくこく」
ギャルの酷い言い草にナギは溜めないながら頷く。
お前はオレのなにを知ってんだよ? と文句を言いたかったが、それをするとナギについても追及されるかもしれないので話を戻そう。
「それでどうしてこうなったのか説明してくれるか?」
「はあ? どうしてあんたにそんな説明しないといけないの? あんたみたいな無能力者にこの状況を動かせるわけないっしょ。意味なんてナイナイナイ」
「…………」
……………………落ち着け。
ここでキレても状況が悪化するだけ。相手は子供。おれは大人。相手は女。ボクは男。
「お前にどんな凄い超能力があってもあれだけの死者を出したお前達より動けるのはオレしかいないだろ」
「はあ? なんでそんなに自意識過剰なわけ?」
「オレ達はあの女に遭遇して怪我一つなくここまで逃げ延びた。あいつの超能力の目星も対策もある。お前たちエリート超能力でなんとかしてくれるならなにも言わないが?」
「ぐッ」
「少なくとも一つでも情報はあっても困らない。この意味がわからないのか?」
対策など一つも立てていないが、はったりを駆使して正論に皮肉を混ぜて言い返す。
ここで言い合っても時間の無駄だが、こういう輩は口で強く黙らせる他に主導権は握れない。だがこのギャルの性格的に俺の発言は全て気に入らないのと、精神的にも不安定さで冷静な会話は望めないだろう。
どうするか、と考えていると予想もしない形で援護が入った。
「……私が話します。赤霧先輩」
吹けば消えそうな声で瀕死の『文学少女』が間に入った。
「志桜里。あなたはいいの。おとなしくしててッ」
「……大丈夫です。睦美ちゃんの処置のおか、げで喋れる元、気は取り戻しました。ありがとうご、ざいます」
「……志桜里、でも」
「どちらにせよ。状況確認の為に話し合わなけ、ればいけない、と思います。どうして私達は生きているのか、少しだけ気付いた点の確証を得、る為に直接対峙した赤霧先輩の話を私は聞きたい」
「……無事な理由」
文学少女の提案にギャルは目を丸くして心当たりがあるのかしばらく思考した後に俺に向きなおした。
「いいわ。けど志桜里。状況の説明はあたしがやる。あなたは無理しないで」
「わかり、ました」
文学少女を気遣う優しさはあるのに意外性を感じながら、オレは文学少女の『視線』の色を視る。いつだったか既視感を感じ──
「──ちょっと聞いてんの!?」
「すまん。話してくれ」
「偉そうに……あたし達のチームは緊急的に招集をかけられたの。南地区雨宮守護者支部を壊滅させた侵入者の潜伏先予測ポイントが判明したから」
「ちょっと待った。守護者支部を壊滅させたってどういうことだ!?」
「少しは今の情勢を知れえええええええええええええええええええええッ!!」
イライラが頂点に達したのかまたヒステリックに叫ぶギャルにそんなに叫んだら、いくらなんでもこのショッピングモールに潜んでいるかもしれない敵に見つかるぞと忠告できず「ご、ごめんなさい」とビビりながら謝っていた。
だって怖いもん。そんなに叫ばなくてもいいじゃん。おれの情報源の端末壊れてたし。
そう言えば、ルーシィも軽い感じで支部陥落したとか言ってたような……気のせいだな。
「……まあいいわ。簡潔に説明するから質問はやめて」
「わかった」
「昨日の深夜に北地区、東、西、そして南地区の支部の一つがこの都市に侵入したテロリストがそれぞれの支部をたった一人で壊滅されられた」
「……一人ってそ「その南地区を襲ったと思われる侵入者の一人の潜伏先をサイコメトラー達が協力して割り出して招集されたあたし達はベテランの守護者の指揮下に入ったの」
オレの質問に答えないぞと強引に続けて説明させているので、ふむと頷くことしか出来ない。
「インビジブルとの闘いの事もあって人間の戦闘が予測されたからあたし達は武装を悪討武器から銃火器に変えられて」
「ちょっと待て! 一つだけ質問させてくれ。どうしてお前達がやってんだ? こういう人間の対処は警察組織が対応する事案だろ?」
「そんなの支部がたった一人にやられて、だだ下がりの面子を回復させろと御上の命令か、その賞金に目がくらんだ死んだ守護者達の欲かのどっちかでしょ」
自然に毒を吐くギャルの目には微かに憎悪が視える。
「続けるわ。このショッピングモールに侵入したあたし達はあいつに、あの女に出くわした」
────ようこそ。哀れなトロール。私の舞台で踊るか選択肢をあげるね。
「特徴から侵入者と確信した指揮官は発砲という合図でその場にいた全員が銃の引き金を引いた瞬間に私の目の前で仲間の大吾が倒れるのがわかった」
なにが起こったのか今にでもわからないように身体を震わせているギャルの顔を真っ青だった。
「その銃声が終わった後には全てが終わっていた。引き連れていた守護者達死んでいて、唯一生き残ったのはあたし達四人だけ。恐怖で動けなくなったあたしと重傷の志桜里と律をそこで気絶している陽平がこのフロアーまで逃げだしたの」
「あの大男はやっぱり昨日俺に絡んできた奴だったのか……ちなみにどんな超能力かの情報は回ってなかったのか?」
「……負傷者の聴取から『風』を操る能力だと回ってた」
「風?」
一瞬、オレ達の推測が間違っていたかを疑ったがルーシィは俺の答えを『正解』だと否定しなかった。
という事は見間違い? いや彼等の目には『風』を操っているように見えたのか?
「あたしからの説明は終わりでいい志桜里?」
「はい、あり、がとう睦美ちゃ、ん」
もっと詳しい内容が聞きたかったが、これ以上ギャルを怒らせたくないのでやめた。
「赤霧先輩、質問があります」
「なんだ?」
「あの侵入者とどう、やって対峙した状況を教えてく、ださい」
「侵入者の手には拳銃が握られていた。俺はライオットシールドを拾ってその銃弾を防いだ」
「何発撃たれました?」
「……一発」
「そして狙われたのは……『ナギ』さんでは?」
その推理には心臓が飛び出るほどに驚いた。黙って話を聞いていたナギも心底驚いているのだろう。
まさかナギの正体を知られた?
「……そうだ。どうしてわかったんだ?」
「それが私が今も生き、ている理由です」
オレとギャルはわからないのか無言になる中で格闘家女子は察したのか、薄く笑った。
「私達は陽平と睦美のお陰で即死しなかっただろ? 志桜里」
「うん。律ちゃん。私と律ちゃんは睦美ちゃんと陽平君の近く、にいたから助かった」
「……それってあたしと陽平が無傷な理由?」
オレとギャルは意味がわからなく頭を抱えていると『そういうことですか』と納得したセイラの声が頭の中で響いた。
「睦美ちゃんと、陽平君が侵入者に狙われ、なくて、赤霧先輩を無視して、ナギさんを狙った理由は────外見です」
「…………タイプの話?」
ギャルは天然発言はともかく、もう一度整理した。
惨殺された守護者達にあって、オレに無いモノは?




