第二幕 外からの侵入者 ④
「うわ、めっちゃ荒らされてるな」
「……大きい爪痕がある。最近できたぽい?」
血の匂いを辿って建設中のショッピングの崩壊した通路から侵入した。
外から見ても察していたが、中の被害も中々酷い有様。
上のフロアーが崩落したのか、ここから登って上のフロアーに渡っていけそうな段差が出来上がっていた。
ヴィランが暴れた形跡に壁にこびりついている固まった血の跡に触れ、
「この血の感じからして、やっぱ二週間前のインビジブルの仕業だろうな」
「……違う」
「確かに血の匂いが……ちがうって?」
「腐ったやつと新鮮な匂いの違いはわかる」
「どれだけの嗅覚だよ」
流石は獣人。遠くの血の匂いの区別がわかるとは驚愕だよ。
「それに血塗れで動き回っているのが数人はいるけど、血の匂いが酷すぎで追えそうにない」
「なにかに追われている奴らがいて、少なくとも死人が大勢いるってことか?」
「……この溺れるくらいの蒸すくらいの血の匂いがして死人がいないなんてありえない」
「オレにはその匂いがわからないが……ヴィランの気配はあるのか?」
「『ヴィラン』? ナギはその『ヴィラン』の匂いを知らない」
「……匂いかぁぁ」
オレみたいに曖昧な気配に頼るでもなく、絶対残る痕跡を嗅ぎ取る事が出来るナギに恐怖を感じるのは不思議でもない。
雨で痕跡を消さない限り、決してナギから逃げられないという事だ。
いや別に敵対はしないけど、『かもしれない』という事実はそれだけ恐ろしい索敵スキルとも言える。
「『……ハルヒロさん。少なくともヴィランの反応はありません』」
とナギよりも意味の分からないSF少女の索敵能力者がいる事を失念していた。
実際、ふらふらどこかに散歩しているかに見えたら、ふと気が付いた時に後ろに立っていて、何度心臓をバクバク言わされたのか数えきれない。
一度捕まえた玩具は逃がさないと言わんばかりの執着さが感じられ、何度も恐怖を与えて来るエイリアンから逃れる方法などないのだ。
本当にマジデ……逃げたい。
「ねえ……その……」
どう呼んだらいいかわからないのか、オレに向かって複雑そうな顔をするナギ。
やはり『パパン』というあだ名に疑問を感じているようだ。
ここは『おにいちゃん♡』って呼んでくれと進言したほうがよさそうだな。
「おに「『わたしの事はセイラと呼んでください。ナギ』」
「うん、セイラさん。……パパンどうした? そんな複雑そうな顔して」
「な、なんでもないよ?」
「…………そう」
下劣な欲望を悟らせないように怪訝な表情を浮かべるナギからオレは顔を逸らす。
「……セイラさんのにお─────そこの大広間にある」
あるってなにが……と尋ねるのはしなかった。
オレは眉間にしわを寄せながら、その大広間で足を止める。
ふとピチャッと観葉植物にこびりついたミミズの死体からゼリー状の液体が静けきった大広間に響き渡った。
「…………これはひどいな」
大広間にあったのは、ナギが嗅ぎ取った血の元凶の正体がそこに大量に落ちていた。
引きちぎれた誰かの右腕が、守護者マークだと辛うじて判別出来る帽子に風穴が空いていて、こめかみに銃弾の跡がある『見知った顔』のガタイの大きい男が倒れていた。
死んでいる。死んでいる。ここにある九つの守護者達の死体がそこにあった。
血の濃さから想像はしていたナギも惨状を目の前に立ち尽くしている。
その最中に円状に倒れている屍の様子に疑念を感じた俺は『見知った顔』の遺体に近寄るが、意識外からの視線に阻まれた。
「普通はね。こういう惨状を目にしたらね。悲鳴を上げたり、失神するんじゃない?」
どうして今まで気付かなかったのか、背筋が凍り付かせる存在感に身体が震えた。
警戒しながら、ゆっくりと目線を上げ、大広間の中央にある噴水の像の上に座っている黒髪の大学生くらいの女性がいた。
首筋に蛇の刺青にボロボロのコートを纏い血化粧をした彼女の瞳から無気力さが伝わってくる。
「…………だれですか?」
他に聞きたい事が多々あったが、無難な質問をする。武器もないこの状況で地雷原を踏む勇気はない。
目の前に落ちている銃弾の跡がないライオットシールドを意識しながら彼女の瞳を視る。
「……ルーシィ。この都市に敵対? そんな活動をしているね」
「………………そっか敵対しているのかぁ」
やばい、この女に関わっちゃいけないオーラ―はこの死体の山を見てから断定的にわかってはいたが、想像以上にやばさのスケールが違った。
ここまで敵の懐に入ってしまって、『なら帰ります。お疲れ様でーす』って帰れないだろうな。
「……不思議だね。普通はね。私のような不気味な人に出会ったら冷静じゃなくなるんだよね?」
「うん。そうだろうね。出来れば見逃して───」
「────貴方からね。どこか余裕を感じるね。まるでこの状況でもなんとかなるかもってね」
ルーシィのオレを視る瞳は無気力から警戒の色を宿し始める。
明らかにやばい傾向だ。慎重に爆弾を解体しようと心得ていたが、爆発の予兆を肌に感じた。
ここから逃げるとしても、ルーシィの情報をある程度知らなければ、即死させられかねない。
確実に異能を持っているのは、この惨状からして間違いない。少なくとも威力のある拳銃は所持しているだろう。
それと敵の懐に入ってまで気付かせなかった存在感。俺より気配察知を得意とするセイラまで騙し、ナギの嗅覚も騙したカラクリがわかっていない。
なによりこの惨状の違和感を掴まなければ、オレもこの場の連中のように地に転がってしまうだろう。
どうせ爆発寸前なら、腹をくくるしかない。
「……現実逃避しているだけだよ」
対話の最中に気付かれないように、ナギにハンドサインを送り、念話でセイラと打ち合わせる。
「アンタみたいな女一人でこの場にいた全員を皆殺しにしたとは思わんでしょう?」
「ここに転がっている彼らはただ自滅しただけだね」
「じめつ?」
怪しまれないように足を一歩前に出す。
「そんなことより、なんでこんな事したんだ?」
「いきなり現れて、銃で撃たれたから反射的にやったね」
「……どうして銃で狙われるなんて事になったんだ」
「都市への無断侵入。南地区守護者支部陥落を実行している極悪人だからね」
はい?
あまりにも軽く言われたので、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
雅鳴が言ってた侵入者の一人がルーシィ? 先生と裏で繋がってる疑いがある連中の仲間だと?
「やっとそれっぽい表情になったね」
「……そうだな。少しだけ────興味が出て来たなッ!!」
隠し持っていた壊れた携帯端末をルーシィ目掛けてぶん投げる。
「くだらないね」
ルーシィが言うように一瞬の隙を生む行為に過ぎない。
オレの携帯端末はルーシィ手前1メートルで不自然に軌道が逸れてしまった。
「な」
拳銃を撃たれても平然としている存在にただの金属の塊を投げた程度で傷つける事は出来ないとはわかっていたが、原理が目に見えない。
「……やっぱり危険だね」
いつの間にかルーシィの右手に握られた拳銃の照準をオレに向けられる前に、ほんの一瞬の稼いだ時間を活用して、足元にあったライオットシールドを足を使って、手に引き寄せた。
ふとそこでゾッと背筋が凍る。
そもそもこの惨状そのモノがどうやって作られたのか?
どうしてルーシィはセイラの認識阻害が通じないのか?
この場の死体にはこみかみに銃弾の跡があるのか? 不意に全員が横から無防備に撃たれた?
嫌な予感は多々あった。拳銃を向けられ、ライオットシールドで防ぐ構造までは想定してあった。
────そもそもライオットシールドを構えている相手に正面から突破できな……い。
「────」
ルーシィの銃口はオレに向けられているが、ルーシィの目線の先にいるのはオレでない事に気付いた。
───この仮説が正解なのかはわからない。馬鹿な事をやろうとしているが迷っている時間がない。
迷いを撃ち抜くように鳴る銃声を前に構えたライオットシールドをナギの右横に構える。
その行動に流石に驚いたのか、瞠目するルーシィの顔が視界の端に見えた。
「ぐッ」
左肘に痛みを感じながらも、ライオットシールドに衝撃が入る。
「パパンッ」
大丈夫だと不敵に笑ってみせる。
ルーシィの放った銃弾の軌道はナギのこみかみをきっちり捉えていた。
「あんたの超能力は物体の軌道を変えられる、だろ?」
それを超能力とカテゴリーに入れていいのかはわからないが、随分と異端な超能力と言える。
サイコキネシスは静止した物体を動かす超能力があるが、銃弾を自由に操る程に強力さはない。
しかも軌道という概念的曖昧な力を自由に操る事が出来るなんて言う超能力の話を今まで聞いたことがない。
「……正解だね。すごい、すごいね。私に超能力を使わせたこといい、この惨状の微かな情報だけで特定されるなんて初めてだね」
「アンタの感傷はどうでもいい。どうして、オレじゃなく……この子を狙った?」
今のオレの顔はどうなっているのか、わからないが声は震えていた。
「正直、オレはアンタがこの都市と敵対しようがどうでもいい。クソほど興味もないオレが聞いてやる。どうしてこの子を狙った?」
頭は冷静だ。無防備に立っている敵を最初に狙うのは合理的な事もわかっている。
「この都市に憎しみがあって復讐してやるってところだろう。その敵対理由は? 百歩譲って警戒する俺を狙うのは理にかなっている。この場で殺された死体達はアンタに敵対行動を取ったから殺された理に適っているよ。それでこの子がアンタになにをした? 殺されるまでの理由があるのか、教えろ」
それでもなにもやっていないこの子が理不尽に殺されていいなんて許されない。
「……言ったよね。私は貴方達に敵対しているってね。ここに一人死体が増えても、同じだよね」
「同じじゃねぇよ。命を奪おうとした人と巻き込まれた人の命の違いがある。アンタが向ける殺意の先は間違ってる」
出来るだけヘイトをこっちに向けろ。そうするだけでルーシィの放つ弾丸の軌道を先見してやる。
その前にセイラの準備が完了すると思うが、やって損はない。
「狙うならオレにしろ。殺すならオレにしろ。このサイコパスガール」
「……貴方、面白いね。その挑発受けてもいいね。貴方を殺して、そこの女も殺すね」
「ヤンデレかよ。…………じゃあやろうか」
その時、室内でポツンと雨が降った。
「スプリンクラーが作動した?」
スプリンクラーの水は不自然にルーシィの半径一メートルのところで逸れる。まるで水の膜がその身を護っているかのようだ。
「いくぞ。ナギ」
「え? 逃げるの!? パパン」
「当り前だろうがッ!! あんな奴と戦ってられるかッ」
今にも戦いますよと雰囲気を醸し出していたオレが打って変わって逃げの体制にシフトした事に戸惑っているナギの手を取る。
その姿を呆気にとられたルーシィはそれを見送っていた。




