第二幕 外からの侵入者 ③
聖來都市警戒レベル最大が再度発令させているのだが、南区歓楽街入り口前には前の警報に比べて人の出入りが多い。
二週間制限された生活は長続きしない。
この都市にどういう侵入者が現れたのかの情報も不確かにしか出回っていないから、どれほどの脅威なのかも目に見えないのが現状なのだ。
先生が残した爪痕の復旧工事の業者も撤収作業に取り掛かっているが、どこか緊張感がないのが見受けられる。
それに比べてパトロール巡回している警察と守護者達の顔は深く帽子を被り、その奥に潜む表情に警戒の視線をそこらかしこに向けていた。
「……やけに人が多いけど、本当に大丈夫なのか?」
「『エレメンタルミストは機能しています。わたし達に視線とカメラの視界は向けられるでしょうが、警戒は出来ないように認識を阻害しています。ナギさんはハルヒロさんから一定の距離から離れなければ問題はありません』」
聞けば聞くほどにとんでもない能力だな。
「どこに向かっている?」
「……情報屋だな」
曇り空を眺めながらてくてく歩くナギに淡々と答える。
「『……わたしはハルヒロさんの中で隠れます。あのマスターにわたしの情報はいれたくありませんので』」
「そうだな」
昨日は行けなかった『Star Garden』に向かうべく外に出たオレの身体の中にはセイラが入っている。
ただオレの身体の中にいるだけで『アインベルン』に変身はしていない。
この状態であれば、セイラと手を繋ぐことなくすぐに『アインベルン』に変身でき、セイラの能力をオレとナギにかけやすいらしい。
「……ねえ、この服」
「なんだい? ナギ君」
流石にあのボロボロの恰好で歩かせる事が出来ないので、妹の秋葉の服を拝借して穿かせている。
頭の耳は守護者用の帽子で隠し、尻尾はリュックサックに尻尾が入るように穴を開けて隠した。外を出歩いていけるだろう服装に着替えられたが……少しだけ反応に困ってしまった。
「胸がきつい」
「ごめんね。うちの妹のコンプレックスだから、あまり触れないであげて」
避けていたが、ナギの胸のサイズはセイラより1カップ上で着痩せするタイプなんだそうだ(セイラがひっそりと教えてくれた情報)。
妹の秋葉のまな板の服装ではサイズが合っていなくて、目のやり場が困ってしまう。
「……それにしても不思議な能力。だれもナギの事を見てない。透明人間になった気分」
説明出来ない能力に、オレの身体と同化した現象を目撃したナギは目の色を変えて、目を尖らせていた。
「やっぱり……『同胞』じゃない」
「『同胞』?」
「ナギの事を『同胞』と呼んだ奴の気配は『ナギ』と似ていたけど、セイラさんはやっぱりナギと違う」
「……セイラの事は置いておいて、ナギを同胞って呼ぶ奴って──……どうした?」
ナギは地面に落ちていたカモの足をした葉を拾っていた。
「ねえ、これってイチョウ?」
「……そうだな」
「切れ込むがないやつを『扇型』って呼ぶんだっけ?」
「そこまでは知らん。植物博士じゃないからな」
オレの言葉に落胆するどころか、興奮するようにナギの手がイチョウの木の幹を触っている。その無邪気な姿にオレは愕然としてしまった。
まるで赤ちゃんのように初めてのモノに触れているかのように……。
地下プラントでもイチョウの木は珍しくない筈。
つまり生まれてきてからずっと『ママン』に隔離されていたのだろう事は想像に難しくない。
普通ではない『耳』に人にはない『尻尾』。少しでも違えば叩かれるこの世界ではナギの存在は癌でしかない。
「上には上があるか」
そんなことわかっていた筈なんだけどな。
「空って青いって聞いたけど、雲ってる。いつ晴れる?」
「梅雨終わりまではもう少しのはずだから、そのうちには晴れるぞ」
「その雨って空から水が降ってくるって聞いた」
「雨はシャワーみたいなじゃあじゃ降るぞ……そういえばこれから雨降るらしいな」
「……傘持ってない」
「そんな贅沢なモノは必要ありません」
なんでもない雑談に付き合いながら、イチョウの木の歩道を歩いた。
海が見たい。山に登りたい。川で釣りをしたい。新鮮な魚が食べたい。犬に会いたい。猫に触れたい。温泉に入りたい。バンジージャンプがしたい。宇宙に行ってみたい。月に行ってみたい。後半は『うんうん。行けるといいね』とピエロを演じた。
「やりたいことがあるならこれから先にやれる機会はあるだろ」
「………………」
オレがそう言うと、ナギは先程から一転して押し黙る。
別に意地悪で言った発言じゃないが、その『耳』と『尻尾』は決して世間にばれてはいけない。バレれば最後、この都市中、いや世界中から追われる目に合う。
大きな制限を抱えて、やれる事をやれる機会なんて限りなく少ない。
この問題にどこまで踏み込むべきか決めかねているが、『仲介屋』を見つけない事には始まらない。
「ねえ、パパン」
「……そのパパンってのは定着しているのか?」
「うん。パパンって呼ぶ」
「まあいいけど。それでなんだ?」
薄暗い路地裏に指を指しながら軽い感じで告げた。
「そこから血の匂いがする」
「なんだって?」
その裏路地は人通りが限りなく少なく、閉鎖中のショッピングモールがある。
確か、先生が起こした被害が酷く。見直しがされ警戒レッドが発令された事により人なんて立ち寄れないのだが、穏やかではない。
このまま無視するわけにはいかないだろうな。
「ちょっと寄り道していいか?」
「うん。ナギも気になる」
「そっか、なら一つだけ約束しないか?」
「……約束?」
「まあ正体がバレないようにするのは当たり前なので省くとして、ナギの能力はナギ自身を護る為に使ってくれ」
「は?」
まるで意味がわからないと言わんばかりにナギは目を丸くしている。
別に深い意味はないが、またあのような氷結を出されれば、守護者達が飛びついてくるのは明白だ。あれはいざって時の切り札にも出来ない。ならば自身の身を護る事に優先してもらいたい。
「な、なんで」
「オレになにかあったら一目散に逃げろ。いいな?」
「……わかった」
どこか居心地が悪そうにしているが素直に頷いてくれた。
「『ハルヒロさん』」
「わかってるよ。大丈夫、気を付けるから」
ぽつんと大粒の雫がナギの手の甲に落ち、その水滴を複雑そうに見つめていた。




