第一幕 ヴィランの子 ②
「急いでいるのでは? 立ち止まってどうしたのです?」
「……早く行こうが、遅く行こうが、怒られるのは一緒。だからこそいっそ開き直った方が得だ」
曇天の空が晴れ、まだ目覚めてない瞳に日差しが刺さり、鬱陶しく思いながら欠伸をするオレをじとーっとした感情無き視線を紫外線と共に浴びせられる。
宇宙人。地球外生命体のうち知性を持つものの総称。EBEとも言うべきだ。
そんな事を言われて信じる筈がない。普通なら。
「……違うんだよな」
異世界人のような白髪に深紅の瞳であるだけでも人間からかけ離れているが、霧のように稀薄で人間とはあまりにも異なった気配である。
そしてありえない能力を目にした事によってその戯言に信憑性があった。
「赤霧春公さん」
「あの、そのフルネームやめてくれない? 春公でいいぞ」
「わかりました。ハルヒロさんと。それではハルヒロさん。この都市について聞きたいことがあるのですが」
この時間帯ではガヤガヤと人の混雑はそこまでではないが、上空にはドローンが飛び回っている。あれは人から『ヴィラン』に変貌した際に警報音を鳴らし、バベルから各支部へと情報を送られる。
そう俺達は監視の下で生活されられている。
「都市のことって……俺の記憶を視て、情報を得ているだろうに」
「はい。貴方の全てを知っています」
「怖いよ。恐怖だよ」
え? 本当にオレの全てを知ってるの? 全てってなに……今まで生きてきて、とびきり恥ずかしいエピソードってなんだっけ? 幸い交友関係は少ないのでトラブルはないが、妹の目を盗んで、エロを追求していた中学時代くらいしか思い浮かばない。そのくらいなら別に知られても恥ずかしくない。いや逆に誇るべきだと思う事にする。そもそも……
「その知識を持っても、今回の一件はどこか臭い」
となにやらシリアス的な発言だったので、現実に戻る。
今回の一見とはあの大蜘蛛の事だろう。確かにこの一件は聖來都市の異常事態といっても過言ではない。
その事態に気付いていないバベルを見上げる彼女に俺も疑問を口にする。
「──どうしてこの都市はあの『ヴィラン』に反応していなかったのか」
本来なら『ヴィラン』を検知してヴィランを狩る為の部隊が駆け付けて来る筈だった
だが走り回って逃げ回った時に、ドローンの前を通過した際にあれは反応すらしなかったのだ。
そんな事があっては、間違いなくこの都市は揺れる。
いつ誰が『ヴィラン』に堕ちるかわからなくなる世界は想像したくない。まず間違いなく疑心暗鬼に堕ち、そして末路は『ヴィラン』に降る。やがてこの聖來都市は崩れ去るだろう。
「この惑星は牢獄の中で縋ってでしか生きていけない愚者。その牢獄にたった一滴の毒によって崩壊するのは当然な事だと判断します」
冷たい声のようで、いや無関心に端的に言うセイラに思わず足を止めてしまった。
『牢獄』? 一体、彼女はなにを視て……その判断を下したのだろうか?
それは当然──オレの記憶、知識、情景、全てだ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
まるでオレの内面を、薄汚れた性根を見透かす深紅の瞳から逃れる為に足を運ばせる。
そうか、オレはこの世界を『牢獄』だと思っていたのか……。
「都市から悪だと認められない悪か……どんな思惑があるにしろ。この一件は終わっていないな」
役立たずのドローンを、そしてあらゆる『目』に視線を廻らすと、同意するようにセイラはこくりと頷く。
ふと通り過ぎるOLの綺麗なお姉さんが、傘を持ち歩き杖のように歩くお爺さんが変人を見る目つきでオレを見ていた。不思議そうに首を傾げていると、その答えを淡々とセイラは答える。
「ちなみに周囲からわたしは見えていません。周囲からあらゆるモノの認識を阻害する情報の霧を発生する認識阻害を使用しています」
この時代からしたらとんでもない能力に違いなかった。
「という事は周囲からは一人で喋っている痛い奴って見られてるんだな。なるほどなるほ……って馬鹿野郎‼ そういう事は早く言えよ⁉」
ふとよくセイラの身体を視ると、薄い靄が包み込んでいるようにも微かに視える。
オレに視えて、他人には視えない。
その意味を深く考える事は今はしない。
「そんなことより」
「そんなことなのか? オレの人権はそんなことなのか?」
「情報収集を始めましょう。明城守護者育成高等学園で」
3
警察、公安とは別の組織。『悪』を撃つだけに結成された組織の名は『守護者』。
だが公務員とは違って税金を貰う事はなく。『悪』を討つことで収入を得る。命を賭け、全てを賭して『悪』を討つ職にしては割に合わないブラックな職場である。
だがこのご時世『守護者』程に稼げる場所はそうはない。それも天才と呼ばれる異能者やら人間を辞めた化け物。ごく僅かにとっては天職だと言われたりしている。
不純な気持ちで『守護者』になりたいと思う者もいるし、純粋に『悪』をなんとかしたいと思う者。そんな夢を叶える為に守護者専攻の学園に入学するのだ。
「ここがオレの通う牢獄だ」
オレが通うのは線路付近の坂を上がった先に位置する『明城守護者育成高等学園』の前で物珍しいのかセイラはポカーっと正門の猫の石像をツンツンと突いていた。
「……確かにここだと、『ヴィラン』の情報には困りそうにないけど……それってオレ達がやることなのか? それにオレは協力するとは言ってない」
「はい。ハルヒロさんにも協力して頂きます。この惑星の人には内緒で」
「聞こえているのかな!? オレの声が悪いのかな!? 授業中の校舎前で大声で叫んでやりましょうか!?」
だが残念かな、今のセイラは俺だけしか視えていないので叫ぶものなら奇行者としか思われないだろう。
「いや、現実問題の話でオレとお前だけじゃあ無理だろう。少なくともオレはお手上げなんだが」
守護者研修生の俺に聖來都市崩壊に繋がる異常事態を解決する能力がある筈もないし、その資格がない。
「ではわたしはこの校舎で独り情報を集めます。ハルヒロさんもなにかしらの情報を集めてください」
「もしもーし!! もしもーし──っておい」
オレの声をあえて無視を決め込み堂々と正門を通過するセイラの足は速かった。
警備員のおじさんも「おや、霧かや?」と呆けた顔で不法侵入者を許している。
「……はあ、やるだけやって……いやまずは保険が先か」
思考を切り替える俺はふとあの悪を思い出し、自らの右手を見る。
『悪』を殺した手を。──人を殺した卑しい手を。
4
教室の扉を開くと、一瞬の静寂が訪れ、クラスメイト達の視線がオレに集まる。
当たり前だがそこには好意的視線はなく。落胆やら嫌悪のような負の視線を送り、やがて教師の授業に耳を傾ける。
そして幸い教官に至っては遅刻したオレに対して注意する事はなく無関心であった。
中にはなにかと因縁をつけ叱りつける教官もいるが、こういう無関心であるほうがなにかと都合がいい。
その事になんも不安のないオレは窓側の一番後ろの席に鞄を置き、チョンと机を叩いてタブネットを起動される。
守護者にはランセンスがあり、そのランセンスによって情報規制が解除される。
オレのランセンスは最低辺の守護者研修である。そこで開示される情報は一般的の内容だ。
どこの地域に『ヴィラン』が現われ、どこの守護者部隊が討伐したとか、テレビでの情報で入手できる情報しか拾えない。
「……10時12分。東区赤城街にて『ヴィラン』が現われ……討伐したか」
赤城地区と言ったら、あの大蜘蛛から逃げ回った場所である。この情報から推測すると、
センサーの故障ではなく、あの大蜘蛛だけが反応されていなかった。
故障なら直せば解決する話だったのだが、この事件は根が深そうだ。




