第一幕 ヴィランの子 ①
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……よかった夢か」
よかったという割には、寝起きの気分は最悪だった。
慣れない頭痛やら、窓の日差しから学校は遅刻確実。これ以上欠席するとあんな学園にもう一年留学しなければいけない事を考えるだけで憂鬱になる。
深夜アルバイトを終えて、そのままで寝たのだろうか、寝間着ではなくそのまま土足のままで眠りこけていたようである。
机に朝食の食器のパンを齧り、『今日も頑張って 秋葉』というラブレターを読んだ。
「こんなモノ書いている暇があるなら起こしてほしかったな」
「……妹さんは赤霧春公さんを十分十五秒ほどの時間あらゆる手段で起こしておりました。起きなかったのは貴方です。まあ初めての変身で体内の精霊力が枯渇しておりましたから仕方はありませんが」
「あ、そうなの? それは悪い事したな。それよりパン食うか?」
「いただきます」
そういうと白髪の女の子ははむと可愛らしい口にパンを加え込んだ。
安いパンだが、慣れればこれが癖になるだろう。
そんな微笑ましく全裸の白髪の女の子を見て、 オレは淹れたての牛乳を口に含み──
「──ぶぶッッッッ」
思いっきり噴き出した牛乳は白髪の女の子にぶっかかった。
「おおおおおお、おまえ⁉ どうしてオレの部屋にッ⁉ どうして裸なんだッ⁉」
牛乳をぶっかかれた当人はパンを口に咥えていて、機械的な表情は変わらないが、どこかショックを受けていた。
白い乳液は女の子の白い肌をより白くし、胸元の乳液は先端から地面に垂れていた。
結論から言うが、その姿はエロかった。やった当人であるオレがそう思うのは罪悪感があるが、思わず見入ってしまった。
「その二つの質問の内、一つであるどうして赤霧春公さんの部屋にいる件ですが、今からおよそ八時間二十六分ほど前、地球人の呼称『ヴィラン』との交戦終了時に赤霧春公さんは精霊力が枯渇し倒れた為に、このセイラが赤霧春公さんの拠点を解析し、この場所まで運びました」
オレからの視線になんも恥じらいがないのか淡々と告げる。
いくつか疑問があるが、要するに昨日、いや今日のあの劇事は夢ではなかったようである。
「地球人? 精霊力?」
違和感がある聞き慣れない言葉を反復するようにして、天使の裸を見ている事への動揺を内に隠した。
その天使の名前はセイラ。どうしてかその名前が頭の奥に刻まれているように覚えている。
「とりあえず……これでも着ろ。目に毒だから」
恥じらいがないセイラに基本的に紳士なオレは近くにあったワイシャツとハンカチを渡した。決して裸ワイシャツが見たかった為ではない。
「……オレをここまで運んでくれたのは助かったが、どうしてオレの家がわかった?」
「わたしと赤霧春公さんには契約時にパス──いえ目に視えない糸で結ばれました」
「契約? パス? 目に視えない糸とは?」
このような電波少女の話を正面から聞く必要はないが、どうしてかこれは嘘ではない真実。いやしっくりこない。それ程にこのセイラの存在が常軌を逸している。
「解り易く解説するならば、まず大気中の元素を変換し、αχγを構築。私の身体と同化します。わたしの体質ですと霧が一番適応する為に──」
「──ごめん。もっと解り易く」
「セイラの身体が霧となり、貴方と同化する。これによって貴方はセイラの能力をセイラの代わりに引き出す事が出来ます。合体とも呼ばれるのですが」
合体──、一瞬卑猥な想像が頭を過ったが、セイラが言っているのはもっと別の……。
「合体とは、あの『ヴィラン』を……殺した姿のことか?」
感情を顔に出さないように気をつける。
「そうです。貴方達が呼称『ヴィラン』を倒すためにわたしは──この地球に上陸しました」
「は?」
地球に上陸した? あまりの電波発言に言葉が出ない。
「わたしには対悪霊装──通称βηφΔЭγという能力があります。だがこれには必要不可欠な存在……パートナーが必要です」
嫌な予感とセイラのある発言に混乱し、冷静さを失ってしまった。
冷静さを失くした敵など恐れる事がない、と師匠が言っていた。
だからこそもう少しだけ、恐る恐る踏み込んでいく。
「この地球に上陸しましたって、言葉がおかしくないか?」
セイラは無感情の表情で淡々と告げる。
「おかしくはありません。わたしは──宇宙人です」
1
悪に人権はない。
されどこの世は『悪』に満ち溢れていた。
千年前だったか、『悪』という病気が世界中に萬栄したのは。
悪意を具現化するように人を『怪物』に変える奇病によって当時、多くの命が犠牲になった。
地球人口の約6割が無残に殺される地獄に国という機能は崩壊するのは必然。
滅亡する事を悟った生き残った人類は悪を管理する都市を『創造』する。
悪に対抗する兵器は悪を駆逐し、監視システムは常に人を管理する社会情勢を構築する。
それでも『悪』という病は消える事はなく、犠牲者の数は減る事はない。
正義の執行者は日々、『悪』に堕ちた人を殺す事に抵抗を覚える事はなく。
いつしか人を切り捨てる行為を『善行』と呼ぶように『改変』されたのだ。
蟻が人に勝てないように、世界には理不尽なことだらけだった。
世界中に散らばる21ある10番目都市。
旧日本の三割を占める都市の名は『聖來都市』の中でもそういう風習を受け入れられていた。
新暦1000年6月1日。10時34分25秒。曇り。
初めての人類史上初かもしれない宇宙人との対面を果たした後、オレは制服に着替えボロ倉庫である我が赤霧春公の部屋から外へ出る。
出ると言ってもオレの部屋は車を収納するガレージであるから、ガラガラとシャッターを開けなければならない。流石に妹にこの生活はさせられないので二階八畳の調理場付の一室で寝泊まりしてもらっている。
その部屋も非常に狭いが、ここよりはましだ。
現にシャッターを開けたら、砂煙で早速汚れてしまった。本日もザラザラなベットで眠ることになる。
赤霧家は貧乏であるが、それを恨む事はしない。
そう考えつつ、この街の風景を睨みつける。
幸運を謳う都市の中央に愚行の象徴とも呼ぶべきか、雲を貫く程の高さの建造物はまるでバベルの塔であり、この聖來都市の監視塔でもある。
聖來都市の人々は『バベル』だか『神の家』とかいろいろな名前で呼んでいるが、正式な名前はついてはいなかった。




