第一幕 ヴィランの申し子 ⑥
「……想像はしてましたが、そういう事なのですね」
昨夜の停電の全貌は見えていないが、予測は立てられる。そして先程の地震で確信させられた。
眠っている相棒を置き去りにして、セイラは一人で都市を散策していた。
「わたしの前任者の痕跡は消されている。わたしの探し物の所在は……」
言うまでもないと、必死に目を逸らしていた現実に向き合った。
「ハルヒロさんを利用するのは心苦しいですが、せめて……」
ふと呟いた言葉にセイラは疑問を感じる。
『心苦しい』? わたしが?
どうしてわたしがこの惑星人と違う生命体に罪悪感を抱いているのだろう?
この星に落ちた時は使い捨てる道具を利用しようと行動を開始した。この星の人達ならわたしとの適合もわずかだが可能だろうと希望に縋った。
だが道行く人達を観察して落胆に変わった。
やはりと言うべきか、だれも適応がマイナスを示していた。
当然の事だった。セイラは生まれながら『生贄』に選ばれ、誰も誰も信用なんて出来ない不適合な存在なのだから。
そんな存在が誰かと適合しようなんて出来るはずがない……はずだった。
────見つけた
適合率が3.14%。これだけ高い適応率は生まれて初めてだった。
赤霧 春公。
どうして彼がわたしと適応出来たのか、βηφΔЭγを通じてなんとなく察した。
彼とわたしは似ている。
なにがと問われると、その答えをわたしには解析できなかった。
わたしが罪悪感を抱く理由もまた解析などできるはずもない。
「……非合理です」
生きる為に、生き残る為に、合理的に対応していたつもりだ。
だが本来の道筋から大幅にズレているのは明白。
このままではハルヒロさんを無用な災厄に巻き込まれるのは確定……また無用な罪悪感が思考を邪魔する。
何度も、何度もエラーを起こす思考に生まれて初めての戸惑いになぜか悪い気がしないのはなぜか……?
「今は非合理に進め、『ルール』を把握する」
巨塔を見上げながら、セイラはようやく方針を決定する。
ふとその時だった。
今まで感じた事がない珍しいアストラルの気配を感知する。
λ
「ハルヒロさん。少しだけ気になる事があります」
『Star Garden』までの道のりを歩いていると散歩を終えたセイラが帰ってきた。
猫みたいだなぁと毎回、毎回思っていたが、どうしていつもオレがどこにいるか把握できるの?
「気になること?」
「はい。とりあえずティータイムしながら話しましょう」
「そんな金はねぇッ」
ここ最近のセイラはテレビドラマの影響を受けている。
「と言いたいが、ちょうど飯時だし、なにか食べに行くか……高い紅茶は無しでな」
「そんな時間はありません。はやく付いてきてください」
あれぇ、なにか決定的におかしくなぁい?
というツッコみをする暇などなく手を捕まれ、強引に引かれた。
人混みのないところで連れ込まれたオレはセイラの要望に応えるように『ミストマン』に変身すると、いつものように縦横無尽にビルを平行に移動する。
「それでどこに向かえばいいの?」
「『……下』」
「地下? 地下プラントか?」
「『そこまで遠くはありません。地上に近い地下です──いえなにかが地上に現れます』」
なにかってなんだよ?と疑問に感じたが、なにかの不吉な予兆は感じられた。
住宅街を抜け、工事中の鉄塔を駆けあがると、ヘリが二台付近を飛び回っている。
「あれは守護者のヘリ」
よく見れば、人通りが少なそうな通りにいる連中に守護者のトレードマークが視えた。
ヴィラン発生の警報は鳴っていない。それなのにここまでの部隊が駆り出されている?
本来ならヴィラン以外の事件なら警察が駆け付ける。だからかこの状況はヴィラン絡みだという事だ。
「これはちょっと急いだほうがいいな。セイラどっちだ?」
「『…………』」
「セイラ?」
先程から反応が薄いセイラに呼びかけるが、なにかに驚いているようだ。
「『……あそこに見える電波塔まで向かってください』」
「了解だ」
言われるままに目的地まで強行する。
ものの数分で電波塔に辿り着いたが、ここで異様な寒さを感じた。
吐いた息が微かに白い。
「……電波塔が凍ってる?」
氷に纏わる超能力か、ヴィランの能力か。
にしても建物を半氷させる程の威力を持つ存在が本当にいるのかは疑問を感じる。
「おいおい、なんだ、どうなってるんだッ!?」
「今すぐ応援を要請しよう!! こんなことが出来る化け物を俺達だけじゃ無理だ」
「監督者に指示貰いましょう」
この現状を目にした守護者の連中は撤退を余儀なくされる。賢明な判断だ。
「さてと……あそこだな」
木製のフェンスが叩き折られた痕を見つけ、地面に降りる。
よく見ればフェンスの破片が遠く離れた水道管にめり込んで水が噴射している。どれだけの力で破られたのか想像できない。少なくともミストマンの状態のオレでもそんな力は出せない。
「『……ハルヒロさん。足元に気を付けてください』」
後から追尾する敵の進行を遅らせるように足元が凍っている。
壁を駆けあがれる足で最大級の警戒で氷の上を歩く。
敵の侵入を阻む鋭く鋭利な氷柱に、青く、寒く、静かで、寂しさを感じさせる氷花。
「なんか綺麗でおっかないけど……」
思わず言葉が詰まる。
自動ドアが半開きで停止している休業中の『遊戯楽』というゲームセンターの中に入った。真新しい氷の破片を目印に追跡する。
追跡相手は消耗しているのか、氷の足跡の幅が大きかったり小さかったり、何度も転んで手形の跡がひんやりと残っていた。
「『ハルヒロさん。スタッフルームの扉から下に通じる通路がないか探してください』」
「は? 地下?」
「『反応が下から発せられています』」
スタッフルームに地下への入り口って、悪の組織の隠れ家ぽくね?
N
デク、デクっと重たい足を一歩、一歩前に進ませる。
生まれて初めて地上に出た感動を味わう暇などない。
グリードとの戦闘でやむを得なく地上に進出して待ち構えていたのは、何故か守護者達だった。
「テロリストらしい。怪しい奴を発見」「監督者の情報通り網にかかったな」
偶然か、必然か、『ナギ』をどこかの犯罪者と勘違いしていること察せられたが、誤解を解くことが出来ない『ナギ』は迎撃する為に更に許容分を超えて能力を使用した。運よく隠し通路の地下に逃げ延びたが身体は既にボロボロだった。
またグリードが現れたら、迎撃する余力はない。
失態だった。失敗した。
『ママン』が命を賭けて、『ナギ』を逃がしてくれた。
それなのに、この場所を嗅ぎ付けられたら終わるところまで追い込まれてしまった。
「……これ以上は危険。動けるうちにポイントに行かないと」
その時だった。カツンっと後方から反響する。
誰かが、この地下道に足を踏み入れた。
カツン、カツン、とその足音には迷いがないように思える。
いくつもの行路が張り巡らしている中で確実に『ナギ』が通った行路に進んでいた。
「……ここってもしかしてシェルターへの行路……だったが、廃棄されたぽいな」
「『最低限の整備しかされていませんね。非常時の逃走ルートのようです』」
「こういう場所って聖來都市に無数にあるのは知ってたけど……」
悠長にこんな場所で話す二つの『声』。足音は『一人』。
女の声は生声ではない事から通信機器を持ち歩いた男が一人だろうと推測する。
厄介なグリードが変声機を使っていなければ、さほど脅威になりえない。
あと『一回』。無理すれば氷結を出せる。
『ナギ』自身も気絶するかもしれないが、運が良ければ男も殺さずに衣服を剥ぎ取り、ここを脱出する一手になるはずだ。
男の正体が一般人か、守護者の追手か判断できない状況で能力を使うのを躊躇いはあるが、ここで迷っている時間はない。
カツン、カツン、カツン。
男は会話をやめて警戒するように歩幅を縮めながら確実にこちらへと迫ってくる。
蛍光灯にうっすらと紅い影が揺らぐと効率よく能力を出せるように右手を地面に置いた。
やがて、紅い影は形を形成されると、驚愕に固まってしまった。
「………………? ……?」
予想を超越し、予測を裏切られると、冷静だった思考にエラーが発生する。
現れたのは人? あれ人でいいんだよね?
紅霧の仮面に、紅と黒の不思議な装甲をした全身武装に首には、紅霧のネックウォーマーをしている。
あれってどうやって脱がせるの? 脱がせたとしても着れるの?
一瞬、同類かと勘違いしてしまいそうになったが、『彼』が纏う気配は『ママン』と似ていた。
「…………大丈夫か?」
警戒していた『彼』はボロボロの『ナギ』にそんな言葉を投げかける。
『大丈夫? ごめんね』
いつか熱が出て倒れた時に、転んでひざを擦りぬいた時に『ママン』がそんな言葉で気遣ってくれていた事を思い出した。
子供の頃は無邪気に笑っていた。例え『ママン』以外に会ったことがなかったが、『ママン』の言葉一つ一つが嬉しかったのだ。
「あなたは……だれですか?」
『ナギ』は警戒を薄めて、意味のない質問をする。
「…………通りすがりの偽善者だ。決して怪しい人じゃないよ?」
いや見るからに怪しい。
そう言っている『彼』も今更になって自分の恰好に恥ずかしくなったのか、声が震えていた。
「それより怪我しているんじゃないか?」
「『……落ち着いてください。なにかしらの能力の反動で一時的に身体の熱が奪われているのでしょう。身体を温められる場所で休ませれば大事になりません。それから怪我のほうもわたしのエレメンタルミストで治療できます。問題は……』」
「ここを脱出して、外にいる守護者達の包囲網から抜け出せばいいってことか」
「『……それではありませんが』」
いつの間にか、『ナギ』を連れてここを一緒に脱出する事になっている気がする。
そこになんの意味があるのだろうか?
『彼』がグリードの勢力で『ナギ』を捕獲するためか、『彼』が『ナギ』に警戒を解かせるために近付き隠している凶器で襲おうと考えている?
まさか、見ず知らずの悪者かもしれない『ナギ』を助けようとしている愚か者であるわけが……
「……あ、……やば……」
一瞬でも気が抜けたのか、今まで溜めていたものが一気に溢れ出した。
ビリっと途切れる視界に、遠ざかっていく声。
ガクッと身体は地面に叩きつかれる事はなく、誰かに支えられた感触を残し『ナギ』の意識は閉ざされた。
β
唐突に意識を失った黒フードの何者かを支えたオレはフードの奥に隠された素顔に驚愕する。
声色と体格から察してはいたが、少女だった。
幼い顔立ちから見て、あきなと歳は同じくらいだろう。
褐色の肌にかすり傷が薄い茶褐色の長い髪は泥水で汚れている。
クラスにいたらマスコットにされる愛らしい見た目に思わず頬をつねろうとするが、硬い仮面に阻まれる。
「なあセイラさん」
「『はい』」
「もしかして俺に認識阻害やってない?」
俺の目がやられた一番の可能性を責めてみる。
「『やってません。それにあなたには認識阻害は働きません』」
セイラさまいわく、一度でも合体(卑猥なことではない)したパートナーには認識阻害は無効にされるのだろうという事だ。
「なら薬もった?」
「『…………』」
なぜ沈黙するのかツッコみたいが、ここで現実逃避を終えよう。
「俺の目にはこの子の耳に動物の耳が生えているように見えるんだけど……最近の玩具ってこういう精巧に出来ているんだなぁ」
「『違います。その耳は天然。生まれながら生えている……特徴から見て『狐の耳』でしょうか』」
「……生まれながら……?」
「『彼女のエレメンタルの流れは自然体です。『ヴィラン化』のように後から植え付けた形跡はありません……信じられませんが、彼女はハルヒロさんと同じ『人』ではありません』」
「ヴィランでも人でもなければ、セイラと同じ宇宙人か?」
「『わたしが言う『自然体』はこの惑星に基準したもの、彼女のエレメンタルの値は『人』に近い。宇宙人ではないでしょう』」
突然変異とセイラは言う。
「『ただ彼女のエレメンタルにヴィラン特有の因子が綺麗に結びついている。これを消し去る事はわたしでも不可能です』」
「……つまり人でもあり、ヴィランでもある?」
セイラにしてはあまりにも曖昧な表現で頭に理解が追い付いていない。
そもそも人とヴィランの境界線はこの世界には存在しなかった。
一度でもヴィランになったら、それまで。
一生ヴィランとしての烙印を押されるのだから。
セイラの能力が世間に影響を与えたら、この境界線を壊す事が出来るかもしれないが。
「……ヴィランを消す事が出来ないってなんで?」
「『彼女のエレメンタルは生まれながらに人の因子とヴィランの因子を持って生まれています。両方の因子が支えあって共存していると考えてください。例えヴィラン因子を全て消し去れば、支えを失いエレメンタルは自壊します』」
「自壊するとどうなる?」
「『死にます』」
どういう風に死ぬのか詳しい内容を聞くのは自嘲する。
「生まれながら、ヴィラン因子?を取り込んで生まれる? そんな事例ってないよな?」
「『この都市の記録を閲覧する限りありません。故意に隠しているのかもしれませんが、彼女の生まれの経緯なら推察できます』」
流石はセイペディア先生である。知りたい事を淡々と話す便利だなぁ。
「『ヴィラン因子を持つ人と性交して生まれたってところでしょうか』」
「…………そ、そうなんだ」
なんとも淡々とセイラの口から卑猥な事を言うのがとてもそそる。
今の俺の顔は真っ赤に染められているに違いないくらいに暑かった。
「『彼女を言葉で例えるなら適切な名前をハルヒロさんも耳にした事があるはずです』」
ここまで言われれば馬鹿な俺でもわかる。
ヴィランの遺伝子を受け継いで生まれた子供に付けられる蔑称を。
「……ヴィランの子」




