第一幕 ヴィランの申し子 ⑤
海が見たい。
木に触れたい。
外の空気はどんな味がするのか知りたい。
砂利の上で思いっきり走りたいとママンのズボンを小さな手で掴んで駄々をこねる。
「……この研究はきっと貴方の願いの助けになる」
そして必ず「ごめんね」って『ナギ』を愛おしく抱きしめる。
子供の『ナギ』にはママンの涙の理由など知る由なんてなかったが、『ナギ』とママンには決定的に違いがあった。
身体中に流れている血はママンと同じ血で、『ナギ』にはあるモノがママンに無かった。
その特異な事から『ナギ』は外の世界に踏み出しちゃいけないんだと、どこに目があるかわからないからフードを被る事を強要された。
子供ながら、いや子供だったからわかってしまう。
『ナギ』が生きていられるのはこの白い部屋だけなのだと、外にはママンが嘆き苦しむほどの危険があるのだと理解させられた。
「なかないで」「『ナギ』はだいじょうぶだから」
褐色の頬をにーっとさせる。
無理やりでも笑った。ママンの悲しい顔を少しでも笑顔にさせたかったからだ。
でも…………もしかしたら間違えてしまったのかもしれない。
『ナギ』は…………べきだった。
N
『ナギ』が目覚めたのは地上に繋がる今は使われた中間地点の連絡路の一つ。使われた形跡もないほこりが被って錆びついた古臭い扉に背もたれで眠っていた。
扉の先は使われていない地下線路に通じている。
「……あともう少し」
もう地上は目と鼻の先だが、警戒区域である地上に出ればすぐさま補足されるのは目に見えている。
先の戦闘でせっかく調達した運搬用ドローンを壊してしまったので、一層、一層、慎重に攻略してここまでたどり着いた『ナギ』の足は軽い。
ざらついた扉を開くと、鉄と油の腐った匂いに鼻をつまんだ。
「……臭いけど、暗くない?」
シュミレーションではこの場所に明かりはなかった。当たり前だ。
この区画には電気経路は遮断されている。
なのになぜこんなに明るいのか、それは頭上から光が漏れているからだった。
「これが太陽の光?」
微かに漏れ出る光に感動した。
初めて見る光は画面越しで見る光とではまるで違った。
そろりと震える手が光に差し伸べる。
「……少し暖かい?」
『ナギ』の手が太陽の光に触れている。おぼろげに写る影で指遊びするだけでも楽しいかった。
「…………そろそろいいかな?」
そんな感動に水を差すような不愉快な声に手を降ろした。
放置されている列車の上に立っていたのは、身体中が砕けて死んだはずの『グリード』だった。
どうして殺した筈のグリードがここに? という疑問は湧いてこない。
やはり生きていたというのが感想だった。
死んだはずなのに生きているからくりはおそらく……
「……その身体ってなに?」
「ただの体質だよ。私は死ねない体質だってことさ」
なんでもないように告げるが、『ナギ』からしてみれば冗談じゃないという気持ちでいっぱいだ。
どういう理由か、グリードは『ナギ』を補足している。
ここで倒しても、グリードはこれから先も必ず『ナギ』の前に現れる。
殺しても、殺しても、殺しても、現れるストーカーの存在に恐怖を隠せない。
殺しても死なないなら殺し尽くせばいいじゃない? と考えるが、それは悪手だ。
出来るだけ能力は使うべきじゃないと、ママンが言っていた。
「話をしよう。貴方も今は念願の地上には入れずに時間に余裕はあるはず、それとも誰かを待っているのかな?」
「……優秀なサイコメトラーでもいるの?」
「いるね。まるで未来を知っているかのように不気味な人間が」
わからない。誇張で言っているのか、このグリードからは嘘の匂いがしない。
「そんな事よりもう一度勧誘しましょう。我々の仲間になりませんか?」
「……どうして『ナギ』なの?」
「本音と建前どっちがいいですか?」
「建前」
「貴方が特異である運命に翻弄される『狐』であるから」
その言葉に思わずフードを深く被った。
「……本音は?」
「私が楽したいから」
「は?」
「私の組織は人材不足でね。いつでもどこでも駆り出される。私の能力が便利だからって毎日毎日働かせすぎだと思うでしょう? いくら死なないからって爆弾抱えて特攻してこいって命令にはいくら私だって『嫌です』って断りました。でもすぐさまボコボコにされましたから涙ながら爆破されて死にましたよ? いくらなんでもひどいと思いません? 少しでも楽しようと優秀な人材を確保するのは至極当然の事でしょう!?」
いくらなんでも本音をぶちまけすぎじゃない? クールのイメージが一転してめっちゃドン引きしてしまう。
「そういうことなので我々と一緒に」
「こ、断るッ!!」
先程とは別種の恐怖により、『ナギ』の身体から冷気が漏れ出した。
これが『ナギ』に能力を使わせる策略か、わからなかった。




