第一幕 ヴィランの申し子 ③
気が付いたら会議が終わっていた……不思議だ。
この学園の会議室の椅子は来客用にも広く使われるので、見栄の張った高級の椅子が使われている。
おかげさまで寝不足で死にそうだった体力は回復したと言ってもいい……体力だけは。
「それで……忙しい身分のナンバーワンがお供も連れずにこんな学校に来るなんて暇なのか?」
「お前さんは清々しいくらい会議内容聞いてなかったな」
聖來都市最強の座に位置する雅鳴はお供も連れずにオレが目覚めるのを読書しながら待っていた。
妙なお膳立てが働いているのか、やたら広い会議室に二人きりなことに嫌な予感しかしない。
ちなみに神出鬼没のセイラさんはいつの間にか散歩に出かけている。いつもの事だ。
「それで……忙しいナンバーワンがオレになんの用だ?」
いつもより口調が強めな事を俯瞰しながら、心をいつものように落ち着かせる。
「この場はお前さんの事情聴取という名目で使わせて貰っている。この学園で鬼木時雨の遺産を引き継いだお前さんを、な」
「……相変わらず他人事なんだな。あんたの親友だったんじゃなかったか?」
「親友だったから、こういう場に強引に立ち会っている」
雅鳴なりに思う事はあるって事だろう。
オレの父と時雨と雅鳴は学生の頃からの親友であり、雅鳴とはそれなりに面識もあった。
「そうですか。そんな事よりアンタの方で『遺産』を返してくれるように働かせてくれないか? 結局、なにもなかっただろ」
「現場検証は問題なし。というより時雨はどうやら数年間の電気の使用などまるでなく、荷物も全て廃棄していたと簡潔な報告書を拝見した。本来であればすぐに返還されるのだが時雨が起こした事件の規模が規格外な事からまだ時間がかかるだろう」
「それって警察の面目ってやつだよね?」
「否定は出来ないが、自分からも言っておこう」
鬼木時雨の遺産とは土地の所有権利書──鬼木時雨の所有する家だった。
オレの家のポストに鍵を入れたと言っていたが、ご丁寧にオレの名前に更新されてあった書類もあり、それを確認した時に愕然としたのは記憶に新しい。
すぐに家宅捜査で取り上げられたが、あれって法律だと日の出から日没までだったと記憶してあるが、先生が起こした事件の規模を考えて納得する事にする。
「そうしてくれ。ガレージ生活はこりごりだったしな」
「…………変わったな」
「はあ?」
「お前さんは誰かの施しを嫌がっていた。だが今はすんなりと受け入れている。力哉みたいだ」
ぴきっと頬が痙攣する。
「アンタの口から父さんの話をオレの前でするなんて……どういうつもりだ?」
「……確かにな。自分はお前さんに宗十郎の話題を振るのを避けていた。接触も必要最低限にしていた」
「当然だな。オレがあんたを殺したいほど恨んでいてもおかしくないからな」
感情を殺すように睨みつけると、さも当然のように雅鳴のごつい手を払った。
「わかっている。自分はお前さんの親父を──力哉をこの手で殺した」
西郷 雅鳴。
聖來都市の西地区統括している名家の出身。聖來都市を統括している六家の生まれながら西郷の家から迫害を受け、追放されながらも守護者ナンバーワンに君臨し続けた。
追放されたからこそ、オレの父と親友になり、ヴィランになった父を殺した男だ。
「……はぁ」
落ち着かせるように一度疲れた溜息を吐いた。
「あの一件でアンタを恨むのは筋違いだ。それにオレの父さんだってアンタに殺された事は救いになった筈だ」
「……救いねぇ」
父さんを殺した雅鳴に思うことがないと言われれば嘘になる。
だが雅鳴がやらなかったとしても、そこらの有象無象に殺されていたのは目に見えている。
仕方がない事だったと割り切った。
「それで今更なんの用ですか?」
「……体調は大丈夫のようだな」
「はあ……?」
鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔を晒した。
こいつはなにを言っているんだ?
「正直に話そう。お前さんはあとひと月くらいでヴィランに堕ちるだろうと予測していたが……」
「それは当てが外れたな」
「やはり時雨も抜け目がない。てかえげつないな」
「……せんせい? なに言って」
「お前さん……時雨に盛られてない?」
なにを言っているのだろう?
盛る? という事は胸? いやいや薬だろう。
鬼木先生って昔に栄養剤を作ったって話していたっけ?
確か名前は……
「『Tレックス』」
「ふざけるな。抗体だ」
「抗体?」
それってまさか……先生が世界中にばら撒いたヴィランの抗体薬だったか?
盛られていた? まじで?
「いや……心当たりなんてない。てか流石に先生だってそんな人体実験みたいな事をためさないでし……ょ……」
そういえば先生のコーヒーってどこ産って聞いたら、嗤ってた気がする。
え? まさか…………そういえば先生って自分で自分の心臓を取ったマッドサイエンティスト……、
「いや、やるわ」
「……だろ? あの事件の詳細を閲覧した時にそういう事だろうと思ったよ」
どこか懐かしそうに、そして寂しそうに雅鳴は笑う。
「あの日、一件の通知があった」
その声はどこか雅鳴からは絶対出ないくらいに微かに震えていた。
「あんな事件だ。時雨から極秘に情報を得て、久しぶりに現場に出たが、見事に空振りを喰らわされたと頭を抱えていた時に届いたよ」
あの先生……ほんと抜け目ないな。ナンバーワンをいて欲しくない現場から遠ざけるなんて……。
「それでどんな内容だった?」
「『騙してごめんねぇえええ!! てかいまどんな気分なのかな? うん? うん? 守護者( ´∀`笑 )ナンバーワンのちみが信頼している部下を引き連れて……ぷぷッ。きみの事だから『信頼の筋からの情報だ。覚悟のある者はついてこい』なんてかっこいいセリフ吐いたんだろうけど……肩透かしだね。ねえ、いま部下からどんな視線向けられているのぉ? わたしに教えてくれるかなぁああああああああ!? なんばーわぁあああん』」
「いや、嘘だろ」
「……あいつは元々そういう人格破綻者だったよ」
否定の言葉がみつからない。だが……。
「そして……理不尽を見過ごせない優しい男だった」
すると雅鳴は小型の端末をオレに見せる。
長いスクロールにはナンバーワンを煽る文章が進む。
進んで、更に進んで、進んで、やがて止まった。
『頭のネジが曲がったナンバーワン。出来れば彼らと力哉が護りたかった意志をどうかよろしく頼む』
なんとも言えない想いが胸を締め付ける。
惜しい人を亡くしたと思わずにはいられない。
ヴィランの子と貶められてから、先生はいつだって普通に接してくれた人格破綻者。
世界を憎み、世界に最期まで抗おうと生きた燈火はオレの胸に深く刻まれた。
「……あの件もある。不自由ない生活を保障する」
予め用意していた資料を俺の前に差し出した。
『アステローペ西工学研究院 編入資料』
「これは?」
「地下二層アステローペ西地区にある研究院だ。将来的には幅広い分野の就職にも手を尽くしている。お前さんの地頭はいいから問題なくついていけるだろう」
いやそういうことじゃなく……ね?
「時雨のお陰で今まさにヴィラン発生率が減った。守護者の人員も必要なくなるのは必然だ」
「いやその代表がそんなこと言っていいのか?」
「ふ」
雅鳴は鼻で笑うと、真剣な表情で少しだけ遠い視線を感じた。
「……いつまでもこの劣悪な学園に通わずに、あの方と一緒に編入するといい。勿論、学費は自分が持つし、成人するまで金銭的なフォローをしよう」
「いやそこまですることは──」
「──本来、あの件で支払わなければならなかった義務を払うだけだ。気にすることはない」
そこまで言われると、言葉を詰まらせる。
雅鳴が言うあの件についての金銭的な事は父さんが断った。理由は俺も納得がいっているし、貰うくらいなら働くと子供の頃の俺はそう言い放った。
がどうするべきか、普段の俺なら即断っていた。
誰かからの施しは受けたくない。受け取るなら報酬で十分だと歪な矜持がある。
人の善意は恐ろしい事を知っている。
善意で石を投げられた。善意で誹謗中傷され、善意で殺されかけた事がある。
オレからしたら『善意』と『悪意』なんて捉え方次第で一緒なんだ。
そんな人の施しは信用なんて出来なかった……が、今は目的がある。
「……少しだけ考えさせてくれ」
「そうだな。だが返事は平和になってからにしてくれ」
「は? 平和?」
「……会議で話したが、警戒レベル《レッド》が再度発令された」
警戒レベル最大って先生レベルの事件が発生した?
「まさか、あの停電って」
「停電の原因は時雨の副作用だ。だがそれによって前代未聞の都市にテロ集団の侵入者が現れた」
「え? 停電の原因が先生? それに侵入者ってどこの都市だ?」
「…………それはお前さんの権限では知ることが出来ない」
確かに『守護者見習い』の俺にそうそう情報は降りてこないのは当たり前だ。
まあサリーに聞けばいいから関係ないけどね。
「捕らえるまでひと月もかからないだろう。返事はそれから聞く」
話は終わりだと、雅鳴は席を立ちあがると、時間を確認し帰り支度を開始した。
人は凶器を内に秘めている。と師匠の教えだ。
格上相手に凶器を効果的に発揮させるタイミングは相手をいかに『油断』させるかによる。
「最後に一つだけいいか?」
「……どうした?」
「先生の背後にいた奴らに心当たりはあるのか?」
雅鳴は驚愕するように固まった。
「その顔は心当たりあるって顔だな」
「…………お前さんの手口、父親似だよ」
呆れるように溜息を吐く雅鳴に向かって畳みかける。
「あんな事件をいくら先生だって一人で起こせない!!」
「先生が言っている彼等ってだれのことだ!?」
「都市最強のアンタが言う’理不尽‘ってなんのことだ!?」
今までどれだけ現実を見過ごしたのだろう。
見過ごして、あるいは見ないふりをして、後悔する。
そんなのはもうごめんだ。
オレに出来る事はやる。先生の前で誓った。
これが俺の──、
「さっきも言ったがお前さんの権限で知らせる事はできないが……彼等についてのヒントをやろう」
オレの質疑に答えないだろう予想していたが、なんの気紛れか雅鳴の口は軽い。
「彼らを言葉で表すなら────古代種だ」
「……………………………なんだって?」
言葉の意味が理解できなく頭が膠着して、聞き返すのに時間がかかった。
そんな情けない姿に苦笑する雅鳴は早々と立ち去って行った。




