第一幕 ヴィランの申し子 ②
特別教室で眠い瞼を擦る。
救助活動を終えて、倒れるように爆睡しかけたところで船林から緊急招集が届けられた。
最後の一文に『赤霧春公は単位不足により来なければ退学処置を取る』というラブコールがあったので無視することなど出来ないオレはいやいや外に出たのだったが……
「…………なあ、オレって学生だよな?」
「そうね」
「お前と違って、守護者見習いって名ばかりでハリボケの誰でも講義を受けたら取れる認定って強制義務は発生しないって話だったよな?」
「あなたの場合は欠席日数がやばいからの処置じゃない?」
「それでもこんな早朝から呼び出される強制力はない筈だろ? 形式上『一般な学生』が売りの高い金払って、出たくもない講義に参加するだけで取れる守護者見習いに仕事与えるのは間違っている」
「もうすぐ昼だけどね」
時計の針が上に向いている時計を呆れながら眺める東橋鈴乃は何故かオレの隣に座っていた。
オレが通う学校の特別教室は全校生徒が入れるように設計してあるので席は余るようにあるのだが、嫌われ者のオレの隣に座っている鈴乃の存在に注目がいく。
今まで学園で関わってこなかったはずなのだが、どうして今になってこういう風に歩み寄ってくるのか?
心当たりがないわけではない。
ミストマンとして相対した鈴乃は怪しげにオレを視ていた。
もしかして正体を探っている?
東橋鈴乃は基本『脳筋』だ。可能性は限りなく低いが警戒はするべきだろう。
ミストマンの正体を隠すために普段通りに生活しなければならない。
「くぴー、くぴー」
と意気込んでみたが呑気に隣で寝ているパートナーのセイラに気が引き締まらない。
誰にも存在が認知できていない事に驚き、眠っていても能力が生きているのが不思議だ。
「ちょっといいか、赤霧」
その寝顔を見たら、段々と眠く……な
「聞いているのかッ!! 赤霧────」
────ふと体制がおかしい事に気付いてしまった。
席から離れて、誰だかわからない男子生徒が目の下で気絶している。
なんで?
「流石ね」
呑気に称賛を上げる鈴乃をよそにオレはオレの行動に疑問を抱かずにいられなかった。
状況から推測するに、意識が薄れていた俺は毎度うざい因縁で絡んでくる輩を無刀取りの応用で絡め、そのまま地面に叩きつけたのだろう。
だがおかしい。
『先見の目』は言葉通り、『視界』から情報を予測する技術であり、達人のように流れるように相手を制圧できない。
視界に抑えられない存在からの不意打ちには無力なのだが……
「やっぱ調子が悪いのか?」
やはり辿り着いたのはそんな答えだった。
「なんかムカつくこと吐いた?」
オレの独り言に細かく反応する鈴乃を無視し、気絶させた取り巻き達を一瞥した。
視界から敵意を感じたのか、金髪のギャルが身震いし、格闘家女子は警戒を強め、おとなしそうな文学少女はガタイのいい筋肉マンの後ろに隠れ、その筋肉マンはいまにでも飛びつかんとする勢いを感じた。
だが誰も見覚えがない。初対面の筈だ。
どうしていかにも文句ありますとしているのか、予想は出来るが、心当たりはない。
「それで貴方達はなにか用でも?」
「……東橋さま……」
考え込んでいる隙にどこか面白そうな声色で鈴乃は聞いた。
すると取り巻きの全員があの東橋鈴乃が自ら突っ込んで来るとは予想していなかったのかギョッとしていた。
その気持ちはわかる。
東橋鈴乃はこの聖來都市を統べる四家の一つ。
東地区統括する武闘派『東橋家』のお嬢様であり、外から見たらヤクザの会長の娘なのだ。
そんなとんでもない化け物がこちらの味方などと想像もしていなかったのだろう。
ここは面白そうなので様子を見よう。
「……あたし達はそこサボり魔に文句言ってやろうとしてるだけ……邪魔しないでよ、東橋さま」
「サボり?」
オレと鈴乃はなんの事だかわからないと首を傾げる。
「「いつものことでは?」」
「いやいや、なに当然のように悪びれないわけ!? あんたのサボりによってこっちは迷惑かけられてるの!!」
「ご、ごめんなさい」
金切り声で叫ぶギャルに周囲は何事かと注目を浴びると、その中心にいる少しだけビビるオレを見て『またか』という顔をされた。
「たかがサボりで迷惑かけるってどういうこと? 貴方達ってそこまで真面目なタイプに見えないけど」
空気を吸う事しか出来ない鈴乃は火に油を注いだ。
すると我慢が出来なかったのか、筋肉マンが首を上げ見下すように睨みつけた。
「鬼木がやらかした復旧作業でこいつがサボったから文句言ってやろうとしただけですよ? 東橋さまぁ」
口調は丁寧だが、態度はそこらのチンピラにイラっときたのか鈴乃の右手は愛刀の柄に伸びていた。
「なあ鈴乃さん、鈴乃さん。復旧作業ってなんだ?」
「守護者ワークから災害の後始末する指令のことね。この学園も責任感じてるのか、きちんと貢献するように連絡網が回ってると思うけど?」
「そんなの来てないぞ」
そもそもこの学園に古風を感じさせる連絡網の存在がある事を初めて知った。
大方だがオレへの連絡を忘れていたわけではなく、やるだけ無駄だと諦めているのか、それとも連絡したくない程に嫌われているかに違いない。
「そうね。貴方に連絡が行かないのは納得よ」
容赦なく心を抉ってくる鈴乃に言い返せる言葉が思い浮かばず黙っている事にする。
「だそうだけど? 意図的にサボっていなかったわけだから誤解も解けたわね」
これで用は無くなったでしょうと五人組(一人気絶中)に何故か落胆的に言った。
普通なら誤解も解けてこれでいざこざも無くなるのだが、こいつらが怒っている理由の本質はサボりなどではないのだろう。
オレが世話になっていた鬼木時雨先生が世界を巻き込んだ事件を引き起こした事が起因しているのだ。
『鬼木時雨の協力者』とでも思われていそうだが……なんにしてもこのいざこざはここで終わる事はない。
「……東橋さまは……どっちの味方ですか?」
ここまで一度も声を上げていなかった文学少女が恐る恐る鈴乃に非難を向けた。
「どっち? どちらでもないけど?」
「……え……」
鈴乃のなんて事ない答えが予想外なのか、五人組(一人気絶中)は怒りを忘れて戸惑っている。
「それってなんで……あたし達の味方になってくれないわけ? そいつってヴィランの手先の疑いがかけられているって聞いたんだけど?」
「そういう誤解があるから形式的に傍にいたんだけどね」
ここでやっとらしくない鈴乃の行動に納得がいった。
どうやらここ数日『監視』されていたとセイラに教えられていた。裏でセイラの『認識阻害』で事情聴取は突破し、船林と鈴乃の証言もあった事からヴィランの手先の疑いは晴れたらしいが、用意周到の鬼木先生の事だからオレ達が疑われないように手を回していそうだ。
例の『遺産』の事もそういう風に利用しているのだろう。
「ここ最近警察のお世話になってったってッ!!」
「決定的なアリバイの証拠がインビジブルに襲われている映像データーがたまたま私の手元にあったから、これで背後関係はないって事になっただけ」
そういう事情を知らない連中がオレにいざこざを起こしていつものように返り討ちにならないようにどこかの誰かが鈴乃に協力をお願いしたってところか。
鈴乃相手にお願い出来る人物は限られているが、今はやめておこう。
「つまりこの件については無罪だったってこと……残念だけどね」
傍から見たら鈴乃が俺を庇っているように視えるのだろうが、オレには嫌な予感がしてならない。
今すぐに逃げ出せと『先見の目』が告げていた。
「ほらっ! やっぱりそいつの事かばって──」
「──別に貴方達が春公を襲っても、私は止めないけど?」
ここで強気だったギャル子は意味が分からず変な顔をする。まるで話が通じない異常者に遭遇したかのような反応に同意するように頷いた。
「やっぱりお前頭がおかしいよな」
「ありがとう。後で覚えていてね」
今まで見た事もないくらいのすっごい笑顔。それに恐怖を感じるのは気のせいじゃないだろう。
「……どういうこと? 現に邪魔してるじゃない」
「言ったでしょう? 『形式的』にって私が頼まれた事を実行しているだけ。『口』は挟むけどそれだけ……」
「ならそこをどい──」
「──だけど過度の暴行を止める権利があると思わない?」
だれかこいつをどうにかしてくれ。
「たられば話をしましょう」
気付けばこの場にいる全員が鈴乃の存在に圧倒され注目を浴びていた。
あと数分でこの教室に教官連中が押し寄せてくる。
本来ならこの気絶している男が悪態を吐き、周囲の観衆に晒し辱めるだけのつもりだったのか、ここまで注目を浴びる事は想定していなかった彼らは逆に醜態を晒されてしまっていた。
「貴方達が彼に襲いかかって、当然のように過剰な返り討ちにあったとして……それを止める権利はあるでしょう?」
「な、なにを言って……」
「と、当然ってなんです? 俺らってそこらの雑魚に見えますか?」
ガタイがいい男の口元が少し震えている。当然だ。鈴乃の闘気を肌で直に感じているのだ。常人なら失神している。
固唾に見守っていたが、そろそろ止めないと取り返しのつかない事になりかねない。
なにより早く椅子に座って惰眠を貪らなきゃ死ぬ。
「なにも考えないで、彼に挑もうとする時点でやられに逝ってると同じ。一矢報いたいなら『本質』を理──」
オレが口を挟もうとしていたら、ふと鈴乃は口を止めた。
鈴乃は信じられないモノを視るように目を見開いて、ある一点を見ていた。
それに釣られるように『議長席』を視ると、そこには面白い見世物を見物するように屈強な身体にそれなりの身なりをした大男がいつの間にか座っていた。
「……最近の若者は戦時でも騒がしくしなければならないとは嘆かわしい」
数人がその存在を認知したところで低音の声がこの広い会議室に響き渡る。
その30歳半ばで全盛期でない筈だが、その闘気は鈴乃を軽く上回っている事が誰の目からしてもわかる。
そして今の今までその存在を捉えきれなかったのか、この男が脳筋だけじゃないって事の証左。
「あれって……」
「まさか……どうしてこんなところに」
周囲がその存在に騒めいている中でガタイのいい男達は醜態を見られていた事実に顔を青ざめていた。
「聖來都市ナンバーワンに君臨する最強の守護者。西郷雅鳴」
忌々しい顔をする鈴乃は舌打ちする隣でオレは心を落ち着かせながらなに喰わむ顔で『僕関係ないですよ?』と主張するように静かに席に着いた。




