prologue UNDER
生きるのは息苦しい。
死ぬことは怖いけれど、きっと『 』に違いない。
『追われる者』はふと考える。
これからどうしようか?
不謹慎かもしれないが、浮き出しだっているのを肌で感じていた。
『近くに潜んでいる。サイコメトラーは逃走経路を直ちに割り出せ。その他部隊は所定──』
拝借した旧来の無線から手札を盗む影の足に迷いはなかった。
こういう事態を想定して何度も何度も『ママン』が造った仮想世界でシュミレーションをさせられていた。
どの時間に適した逃走経路は頭にインプット済み。
偽物の夜空には無数の巨柱の先を見る。
聖來都市のジオフロント最下層第六層『タイタゲ』。一層ごとに約半径100㎞、地上の空を投影されているので高さは目押しじゃ測れないが約3000mあるらしい。
地上を目指すには層の間を含めて上空およそ18㎞。地上までの正規ルートは一時間に一度に乗れる巨柱の大エレベーターを利用するのみ。
『αナイン。サイコメトラーが76番ゲートに向かっているという情報を得た。直ちに先行せよ』
「……あ、あ、ああぁぁ──『了解』」
声質を変える逃走者は無線に返事する。気絶させた部隊のリーダーの声質を真似ると計画通りに76番ゲート付近から66番ゲートに向かうリニアの走行中の回送列車に能力を駆使して飛び移る。
後部車両のドアを裏IDで手際よく侵入する。
「後部車両に……見つけた」
そこにあるのはプロペラ付きの蜘蛛のような形をしているお目当ての運搬用ドローン。
これがあれば上空の空気穴から直接地上へのルートを通れるが、違法制御プログラムが完了するまで時間がかかる。
予定通り『ママン』が用意したルートで一層分は上がる事に決めた。
その前に──
「──あ、あ、あぁ、『こちらαナイン。76番ゲート付近で服装は違うが、背格好が一致している少女を発見。すぐに応援を頼む。深い白いシルクハットにバニーガール姿以上』」
『白いシルクハットにバニーガール………………なんて?』
厳格そうな指揮官がなんとも間抜けな声に影は余裕の笑みを浮かべる。
「『対象周囲がゲートの人混みに紛れてロスト。これから追跡を──なッ!!』」
役者顔負けの演技をする影は無線機を踏み潰す。
仲間が対象にやられたのかという不可視な情報に踊らされ、76番ゲートに集結するだろう。
少なくともサイコメトラー達の意識は逸らす時間は稼いだ。
運用ドローンを担いで列車を後にすると、ママンの馴染みの古本屋近くのマンホールの中に侵入した。
地下世界全てに繋がっている下水道のカビ臭い匂いを我慢して真っ暗の通路を歩く。
酸素濃度も異常無し。このルートは正解。
カツン、カツン、カツン、カツンっと自分の足音が反響する。
追われている状況で、この空間には自分以外に存在しない事に違和感を、いや不安を感じた。
まるで異世界に迷い込んだかと、錯覚するようにふと足を止めた。
「お待ちしていました。新たな『同胞』」
こんな場所で待ち構えていると想像をしていなかった『追われる者』は視界が暗い中で黒いフード(『邪神じゃい』というダサいデザイン)を被った怪しい人物を見つけた。
背格好からも声質からも同年代。
気配は軽薄で目の前にいる筈なのに、声がかかるまで気付けなかった。
「私はガーディアン所属の【顔役】グリードです。以後お見知りおきを」
ガーディアン……『追われる者』を追っている守護者の連中の仲間らしい。
まさか、こんな通路にまで縄を張っていたとは信じられない。
無数の竪穴に一度踏み入れたら戻れない複雑の迷路の道にまで縄を張るなんてありえる筈がない。
未来が視えているか、それとも……。
「なぜ、私がこんなところで貴方を待っていたのか警戒しているというところですか?」
「…………」
「安心してください。貴方は決して私達から逃げられない」
まるでストーカーに出くわしたかのように気持ち悪いが、事実その通りなのだろう。
どういう『チ―ト』を使ったのか、捜索に関してはこいつらには負ける。
「あまり手荒な真似はしたくない。私は【顔役】なので戦闘能力はゴミ以下ですので」
「ならどいて」
抵抗の意思を見せるように背中の荷物を降ろした。
影の奥には蒼瞳が陽炎のように揺らぐ。
「おお、怖い怖い。勘違いしてほしくはないのですが……我々は貴方を『同胞』として迎え入れたいのですよ。なので危害を加えるなんて微塵も考えていません──『ナギ』」
『追われる者』──『ナギ』は目を瞑る。
人は生まれながらに、決まった航路を進まなければならない。
『ナギ』が生まれて、どれだけ『ママン』を苦しめただろうか?
──ごめんね、ごめんね。
何も悪い事をしていない『ママン』の懺悔の声が脳裏から離れていかない。
窮屈だ。『ナギ』が望んでいるのはそんなことじゃない。
「我々の元に来ませんか? 勧誘という奴ですね。貴方が望むモノ全てを差し上げましょう」
「……望むモノ?」
「手始めに貴方の大事な人の奪還でいかかでしょう?」
『ママン』の事だろう。
そもそも『ナギ』を捕える為に『ママン』を拘束したのは誰だったか?
「それに貴方程に染まっているのなら、この都市でそれなりの──」
「──断る」
「……本気ですか? 後悔しますよ? そもそも貴方に選択の余地なんてな……」
白い息を吐きながら喋るグリードだったが、ようやく違和感に気付いたようだ。
ここは5.5層。地震を防ぐ強固なプレートに地熱をエネルギーに変えて人が暮らせる環境になっている。
滅多な事がない限り、極端な温度の差は出ない。
ならば白い息を吐いているのはなぜだ?
この全身を凍らせる冷気はなんだ?
どうして手遅れになる前に気付かなかったのはなぜ?
「『ナギ』が望むモノは絶対に用意できない」
ピシ、ピシっとアイスが割れる。
冷気に色が濃く投影された。
「空が見たい」
グリードの足が地面に凍り縫い付けられ、徐々に身体中に浸食する。
「海が見たい。美味しい肉が食べたい。温泉に入りたい。気紛れに散歩したい。ブランコに乗りたい。山に登りたい。ゴロゴロ惰眠を貪りたいと思うし、ちょっとだけ働いてお金を稼ぎたい」
点滅する筈がないライトがチラつかせる。
影が光を飲み込むように膨れ上がる。
「だから『ナギ』の望みは貴方達には用意できない」
バキッとグリードの足木が折れる。
「ハハハ、まさかもうそこまでいっているとは思いませんでした」
「……そういうこと、か」
『ナギ』の身体から発生する冷気が胎動する。
違和感に気付いた『ナギ』は迷わず能力を開放すると──バキン、とグリードの身体は粉々に粉砕された。
蒼の瞳は上を、目的の空を見上げ歩き出す。
この日、地下世界の怪物は地上に侵略を始めた。




